再びはじまる世界
お久しぶりです、結月詩音です
ゆっくりではありますが投稿を再開いたします。
読者の皆様、お待たせいたしました。
カルデミナ大帝国が分裂し、歴史は三国が覇を争う時代となった。カルデミナ帝国、イスファターナ皇国、ソウェスフィリナ王国といったこの三国は、今日もまた歴史を紡ごうとしている。
イスファターナ皇国とソウェスフィリナ王国の間で同盟が結ばれて十年。その同盟の象徴ともいうべき両国に架けられた水道橋は、まさに完成を迎えようとしていた。
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「リフキア殿下、明後日の式典の確認作業が無事終了したと報告が参りました」
リフキアの側近、ヨルナ=シュラインが言う。かつてはその涼やかな面立ちに職務への熱い思いを向けていた彼女だが、リフキアに仕え始めて十年の月日が経った今では、武官としてだけでなく、執務においてもその力を発揮していた。
二日後、ついに水道橋完成の式典が行われる。
水道橋はイスファターナの商業都市、ラドファタスでその水道橋は二つに分岐し、ソウェスフィリナの北と南に向かって水が供給される。最終的にはソウェスフィリナの都へ集まり、川へ流れることになる。
「そうか、ご苦労」
リフキアは今年、二十五歳となった。ラドファタス就任から十年、リフキアは政治への積極的な姿勢と人望から、国中で慕われていた。
「殿下!ソウェスフィリナ王国よりレイヴィス殿下が国境を越えられたと報せが参りました」
アイゼンがバタバタと部屋にやってくる。
「そうか。ヨルナ、アレッタにも知らせてくれ。アイゼン、私も支度をする」
「かしこまりました」
「かしこまりました、殿下。それはそうとアイゼン、もう少し落ち着いて行動したらどうなの?」
ヨルナは呆れた顔で言う。この二人の関係性も相変わらずのものである。
「な、なんたって殿下の晴れの舞台だぞ!十年かけてやっとここまでたどり着いたんだから、これが落ち着いてられるかよ」
「お子様ねぇ」
「なんだと!」
「それでは殿下、失礼致します」
ヨルナは何食わぬ顔で部屋を出ていった。
「ハハッ、十年経ってもお前たちのやり取りは変わらないな」
「殿下!」
「私はお前達の関係性がいい方に向かってくれればとひそかに思っている。まぁ、未だにアレッタに正式な皇子妃の称号を与えられていない私が言うのもなんだがな」
「それは…」
「わかっている。覚悟したことだ。だが、お前たちに気をつかわせてすまないと思っている。アイゼン、ヨルナの歳も考えろ。男より女が弱い立場にあるのは現実として変わらないんだ。守れるのは…」
「守りますとも。しかし、思ってるばかりじゃダメですね。詩人のように耳のこそばゆい話は苦手ですが、時が来たらそれとなく伝えてみるとします」
「ああ」
イスファターナ皇家はこの十年の間に皇子と皇女が誕生した。もちろん、シウォンとリヨルの子どもである。皇子のルオンと皇女のシーラと名付けられた二人は今年で十歳と八歳になる。
リフキアが妃選びの際に公言していたこと。
『…皇太子殿下に皇子がお生まれになり、時期帝たる称号を与えられしときは、私は現在持っている帝位継承権を返上するつもりでいる。加えて本来、私は妃を持つつもりはなかった。ゆえに、これも皇子が時期帝たる称号を与えられるときに妃を迎えるつもりだ。それまでは婚約者として扱われることになる。
私の考えは揺らぐことはない。皇太子殿下の治世の磐石のために私ができることをしているに過ぎない。妃となるからにはまずこの二つを受け入れてもらわなくてはならない』
つまり、十年目の今年はその当時に始まった水道橋、妃選び、世継ぎ決定といったすべての節目の年となったのである。
「兄上達の到着はどのような様子だ?」
支度をしながらリフキアはアイゼンに尋ねる。
「はい、今夜にでもお着きになるとのことです」
「皇子と皇女を連れてやってくるわけか。前に会ったのは新年の祝賀だ。ルオンはともかく、シーラの方は私を忘れているんじゃないか?」
「お二人とも殿下に会うのを楽しみにされているとか」
「そうか。姉上も嫁いで以来の実の兄上とのご再会だ。お招きする以上、準備は抜かりないようにな」
「はい、心得ましてございます」
白地に銀色と青色の刺繍の入った礼服を纏ったリフキアは、アレッタを迎えに部屋を訪ねる。
元々ラドファタスは要塞都市であったために、居室といっても簡素なものしかなかったが、リフキア赴任を受けて改修され、今では城塞都市となった。その東側の宮殿にアレッタの居室はある。
「アレッタ、入ってもよいか?」
部屋に入ると、青色のドレスに身を包んだアレッタがにこやかに出迎えた。
「リフキア様、申し訳ありません。お待たせして」
「構わない。私が早々と迎えに来たのだから。シュウ、私に構わず支度を続けるように」
「はい、殿下」
リフキアは近くの椅子に座ってアレッタを待つ。
「今日も孤児院に行っていたのか?」
「ええ。今日はソウェスフィリナより王子殿下がいらっしゃると聞いていましたから、院長へ挨拶だけに済ませましたが」
「そうか。いつもありがとう」
「感謝されることでもありません。私がしたくてやっていることですから。あの子達を見ているとなんだか幸せな気持ちになれるのです。子どもがくれる温かさとでもいうのでしょうか」
リフキアはアレッタを幸せにできているのかという問答をこの十年心に抱いていた。もちろん、そんなことは問うたところで変わりもしない話だということもわかっている。でも、皇族も何もかも捨ててアレッタと向き合ったとき、自分の無力さが悔しくなってくるのである。
「殿下方、外へお出ましを。ソウェスフィリナの一行がラドファタスの門をくぐったとのことです」
知らせを受けてリフキアはアレッタの手を取る。いまだにこういうことは少し照れくさい。
アレッタはそんなリフキアを見てクスッと微笑むのであった。
二人の背丈はあっという間に縮まり、そして今度はリフキアが背を伸ばした。線の細かったリフキアは今ではがっしりとした体格になっている。日頃の剣の訓練と、ラドファタスを任された者としての風格がそう見せているのかもしれない。
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「よくぞいらっしゃいました、レイヴィス殿下。イスファターナ皇国一同、ソウェスフィリナよりいらっしゃいました皆様を歓迎いたします」
ラドファタスの城の中庭は青色の礼服に身を包んだイスファターナ側と、赤色の礼服に身を包んだソウェスフィリナ側とで埋められた。
リフキアの挨拶を受けたソウェスフィリナの第一王子レイヴィスは、リフキアをほんのわずかながら間を置いて眺めた。その様子はレイヴィスの臣下達からしたら小さく口角を上げたように見えた。
「これはリフキア殿下。そして妃殿下アレッタ殿。お初にお目にかかります。お二人よりのお出迎えに私ども一同、感謝いたします」
実際、リフキアとレイヴィスは十年前にタンベルクの町で会っているが、あくまでそれは非公式のため、表向きには今回が初めてということになる。
それよりも、イスファターナ側にはアレッタをレイヴィスが妃殿下と呼んだことに関心をもった。アレッタは正式な皇族としての称号を与えられていない。そのアレッタの名をレイヴィスは公式の挨拶のなかで口にしたのである。これでラドファタス城内のソウェスフィリナへの心情はかなりよい方向へ向いた。
些細なことかもしれないが、こういう形式とか対面とかいうものを重んじ、それにより国の力量を見るのがこの時代の政である。
「長旅お疲れのことと存じます。夜にはささやかながら宴を用意しておりますので、それまでお休みください」
「感謝いたします。ここに来るまでに少し水道橋を見て参りました。いや、実に見事なものでございます。手掛けられた殿下に、ソウェスフィリナを代表して御礼申し上げます。まずは何よりこれをお伝えしたかったのです。本来の礼には欠くことかもしれませんが」
「それは何よりの言葉でございます。十年、イスファルの者はもちろんではありますが、ここラドファタスの者達は最前線で水道橋の着工に携わりました。殿下よりのお言葉はきっと何よりの喜びとなりましょう。さあ、それではお部屋へ案内をさせましょう」
リフキアはヨルナに視線を向ける。
「それではご案内申し上げます。こちらへ」
ヨルナがレイヴィス達を案内する。それを見送るとリフキアは小さく息を吐いた。
「さすがだな、レイヴィス殿下は。全身から感じる凄みに緊張してしまった」
「ちゃんとご挨拶できておりました。済んだことを何もご自分で落とす必要はないでしょう」
アレッタは言う。
「それに、あの方はソウェスフィリナの動乱を収めて参られたのですから、これからますます勢いをつけられるでしょう」
ソウェスフィリナの動乱は今から三年前に起きた勢力争いであった。ソウェスフィリナには皇太后と側室、その子をを中心とする派と、王妃、そしてレイヴィスを中心とする派と存在した。二つは長く対立してきたが、三年前、皇太后派が各地で反乱を起こし、レイヴィスはそれを見事に収めて逆賊を一掃。次期王権を確固たるものとしたのである。
「兄上はどのようにお考えなのだろうな。今回半年ぶりにお会いするが…その辺り、改めてお聞きしたいものだ」
イスファターナとソウェスフィリナ。両国の関係は着実に近づいていた。その中心にいるのは間違いなく皇太子シウォンと王太子レイヴィス、そしてリフキアである。
夕刻、皇太子一行が到着した。そしてラドファタスはそのまま夜を迎えるのである。




