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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
七章 イスファターナの目覚め
78/125

愛の形


 リフキアの住まいである東宮殿は、新年の祝賀を終えた後、静かに夜が更けるのを待っていた。

 アレッタは少しの揉め事はあったとはいえ、祝賀を滞りなく終えることができたことに安堵していた。リフキアに目を向けられた以上、キハナ達が今後表立って何か騒ぐことはないだろう。そう思いはするのだが、あの時のアレッタは、内心穏やかにはいられなかった。思い返してみて正しい対処だったのか怪しいものである。

 アレッタは、思い返してみては大きな騒ぎにならなくてよかった。そう何度も言い聞かせるのだった。

 

 「アレッタ様、これは耳に挟んだことですのでもし事実と異なることなら申し訳ないのですが…」

 

 アレッタ付きの女官であるシュウは、アレッタの髪を櫛で解きながら言った。

 

 「今日、アレッタ様に他の妃候補であった者達が失礼をはたらいたと。それは本当ですか」

 「…シュウ、もう済んだことよ。これ以上は」

 「では本当なのでございますね!なんと無礼な」

 

 シュウが声をあげたのでアレッタは振り返ってそれを制そうとしたのだが、それよりも先にシュウが言った。

 

 「ご心配には及びませんわ、アレッタ様。アレッタ様や殿下にご迷惑がかかるようなことはいたしません。心の中で思い付く限りめっためたにしまするだけです」

 「…ほどほどに手加減してあげるのよ、シュウ」

 

 シュウは器用な上に何かと感がいいし、考えて動く女官だ。それに宮殿において災いがどこから広まっていくのか、その種を生み出すのは言葉であるとシュウは知っている。

 

 「私達が騒がなければこれ以上のことにはならない。殿下も今回は目をつぶられているから事態を大きくしたくないわ」

 

 アレッタが微笑みながらそう答えると、部屋の扉がノックされた。

 

 「失礼します、近衛隊のヨルナです」

 「どうぞ」

 

 アレッタが返事をすると、ヨルナは扉を開けて入ってきた。その顔にはどこか笑みがこぼれている。

 

 「アレッタ様、リフキア様よりお言葉を承って参りました」

 「殿下から?」

 「はい。もしアレッタ様さえよろしければ少し夜を共にされないか、と。祝賀もございましたし、お疲れであれば無理にとは申し上げませんが」

 

 アレッタはシュウに一つ頷くと、シュウはテキパキと準備に取りかかる。

 

 「私は構いません。支度が済み次第、殿下のお部屋に参りますと伝えてください」

 「かしこまりました。それではお待ち申し上げます」

 

 アレッタはそれから支度を済ませると、リフキアの部屋に向かったのであった。

 

 ▽▽▽▽▽

 

 「失礼します、殿下」

 

 アレッタはリフキアの部屋へとやってきた。

 

 「ああ、疲れてはいないか。急に呼んですまなかったな」

 

 リフキアは執務席に座って何やら書き記している。

 

 「…執務をされているのですか」

 「ラドファタスの長官とやり取りをしているんだ。ラドファタスの現状を知りたいと頼んだんだ。行ってから知るのは遅すぎるからな」

 「長官はなんと?」

 「まぁ、なかなかに大変そうだけど。イスファターナの商業都市を任せられるんだ。どちらかといえば楽しみの方が勝る。でも今は…」

 

 リフキアは立ち上がると、アレッタの側までやってきて手をとるなりそのままアレッタを抱きしめた。

 

 「…えっ、殿下」

 「名前で呼んでくれないのか」

 「……っ殿下」

 「すまなかったな」

 

 リフキアはそう言うとアレッタの顔をじっと見つめた。

 

 「アレッタ。今日のウィンコール嬢達の一件、私は正直…正直に許せなかったんだ。もちろん彼女達のこともだが、そう言わせたのは私だ。兄上に正式な跡取りができるまで、あなたを正式に皇家に入れることができない」

 「それは…」

 「そうだ。私が決断したことだ。それがこの国のため最善であるとわかって…あなたにも理解を得ている。でもこれは、あなたが責められることではない!私が責められるべきことなのだ。あなたをこれから何度苦しめることになるだろう…」

 

 アレッタはリフキアを見て名前のつかない感情がストンと心に落ちてきた。ずっとその姿を追ってきた。兄に追い付こうともがく姿を、国に向き合う姿勢を尊敬した。でもそんなことは関係なく今はリフキアという存在に惹かれている。

 

 「リフキア様、先に私から謝らせてください」

 

 アレッタは深く頭を下げた。

 

 「なぜあなたが謝る」

 「私達はきっと言葉足らずだったのです。私達は条件の合う者同士。どこかでお互いにそれが先行して、立場に囚われていたのでしょう。かくいう私も、今日は皇家の一員として見られることをかなり意識していましたから」

 

 アレッタはリフキアの手をとった。

 

 「私はリフキア様が私を案じてくださっていること、とても嬉しく思います。加えてリフキア様が執務に熱心なお姿や食事時にいろんな話をお聞かせくださるのも、私はとても好きなのです。つまり私はリフキア様をお慕いしています」

 「し、慕う…」

 

 リフキアは顔を真っ赤にしていた。

 

 「はい、お慕いしています。正式に皇家に入ることは私にとっては実はそれほど大事ではないのです。ただ、隣に立っていたい。だからもうお苦しみにはならないでください。私はリフキア様とであれば幸せになれると確信しておりますから」

 

 リフキアはさらに顔を真っ赤にして、恥ずかしさのあまり顔を背けた。そして近くのソファーに座る。座るなりちらりとアレッタを見て、隣に座るよう促した。

 

 「…また、あなたに先を越された気分だ」

 「先ですか?」

 「妃選びの時も私にプロポーズをしただろう。私が言う前に」

 「…そうでございましたか?」

 

 リフキアは少し苛立ちながら言う。

 

 「そうだ。私はいつもあなたに…私は!少しでもあなたの前では格好よくいたいのに」

 「リフキア様はかっこいいです」

 「またそんなことを…」

 

 リフキアはアレッタの表情を見て、言葉を詰まらせた。

 

 「…そうか。そう思ってくれるのか」

 「はい」

 「…なら、これからもかっこいいと言われるようでないといけないな。私だってあなたが好きなのだから…好きな人の前では格好よくいたい」

 

 リフキアはもう一度アレッタを抱きしめた。

 

 「もう一度言う。あなたが好きなんだ。だからあなたを苦しい目には合わせたくない。でも、それでもあなたはついてきてくれると言う。それがどれほど嬉しいかわかるか」

 「…ついていきます。どこまででも」

 

 冬の夜、宮殿の東はほんのりと温かい空気に包まれた。

 

 ▽▽▽▽▽

 

 「失礼します、殿下」

 「なんだ、キシュ。急に改まって。そう呼ばれると俺も構えなくてはならなくなるんだが」

 

 シウォンは礼服を脱いで、疲れたと言わんばかりに寝台に抱きついていた。キシュはそう言われながらも言い回しを変えなかった。

 

 「アレッタ様と貴族の令嬢の揉め事のお話は耳にされましたか」

 「…そうなのか?」

 

 シウォンはそう呟くとむくりと起き上がった。確かに祝賀の席で揉め事となると、何かしら罰が下されてもおかしくないことである。緊張が走るのも無理はない。

 

 「それで?それは近衛に入った通告か?」

 「いえ、ただ兵達が噂しております」

 「リフキア達はどうしたんだ」

 「…何も」

 

 それを聞くとシウォンはクスッと笑ってまた寝台に寝転がった。

 

 「安心しろ、キシュ。大事にはならん」

 「本当か?」

 「さすがはダナフォートの娘というところだな。リフキアだけならどうなったか少し怪しいけど」

 

 キシュは体に溜め込んだ緊張を流すようにため息をついた。

 

 「はぁ、よかった。お二人とも、今日の祝賀でとてもいいご関係だったから、騒ぎが本当ならラドファタスに行く前に面倒なことになると思っていたんだ」

 「本当ではあるだろうけどな」

 「えっ?」

 「噂は勝手にできないだろ。何かしらあったが、それを大きくせず事をおさめられたんだ。蒸し返せずともいいだろう。キシュ、ここの近衛をしっかり仕切れ。皇太子宮殿(うち)は今後一切これに関与しない」

 「わかった」

 

 するとナフカが何やら盆に飲み物を用意してやってきた。

 

 「噂の話でもしていたのか」

 「知っていたのか」

 

 キシュは言った。ナフカはシウォンにホットミルクを差し出しながら答える。

 

 「有能な部下が詳細に教えてくれたよ」

 「ハクか」

 「ウィンコール家も他の家もこれから大変だろうな。なんたって相手はダナフォート家とカトレシア家なんだから。二つを敵に回すなんて…考えるのも恐ろしい」

 

 キシュはナフカの言葉をそのまま想像して身震いした。

 

 「それはそうとリフキア様とアレッタ様、なかなかいい関係だと聴いた。なんでもリフキア様がアレッタ様を部屋に呼ばれたとか」

 「大方、揉め事の件で謝ってるんだろ」

 

 シウォンはホットミルクを飲みながら言う。

 

 「仲がいいならそれに越したことはない。ラドファタスじゃお互いが頼りなんだから」

 

 ホットミルクの空いたカップをナフカに渡して、シウォンはキシュとナフカを見る。

 

 「いよいよ国内改革に着手すると帝が宣言された。明日からまた忙しくなるぞ」

 「ああ」

 

 キシュとナフカは頷いた。

 イスファターナは新年を迎えた。その宴の終わった闇夜に浮かぶ月が、その担い手達を柔らかな光で包み込んでいくのであった。

どこか距離のあったリフキアとアレッタの二人をこのお話で縮められたらいいな、などと思ってますが…どうでしょうか。アレッタは分別をわきまえている上に剣も扱える体育会系(イメージ)なので思ったことはまっすぐストレートに伝える、行動に移すような女性です。

シウォンもリフキアもお互いにいいパートナーを得られたという感じでしょうか。


次話は遅くなると思われます。

少々、お待ち下さい

結月詩音

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