新年の祝賀
約半年、長らくお待たせしました。
体調を崩しておりまして、なかなか投稿できず申し訳ありません。
ゆっくりですが再開していこうと思いますので、よろしくお願いします。
祝賀の席にシウォン達皇太子夫妻とリフキア並びにアレッタは同時に入場した。本来ならこれも異例のことなのだとアレッタは理解している。結びの式をしていないアレッタはイスファターナ姓を名乗ることは出来ない。一貴族として席に出席するのが当然なのだ。
少し複雑な思いもあるが、アレッタはリフキアのエスコートで会場に足を踏み入れた。
瞬間、盛大な拍手が会場に響いた。中央の赤い絨毯を歩いていくなか、色々な目がアレッタにも向けられた。すると、リフキアの手がぎゅっとアレッタの手を包み込む。驚いてちらりとリフキアを見ると、リフキアは小さく微笑んだ。
会場の正面に設けられた玉座に対して右側にリフキア達が、左側にシウォン達が並ぶ。二組が並び終えると盛大な拍手は突如と止んだ。
「帝、並びに皇妃様ご入場です」
一同はその声と同時に礼をとった。小さな足音が止むと、広間に帝の声がかかる。
「皆、面を上げよ」
一同が顔をあげると、シウォンが立ち上がって中央へと歩く。
「帝、並びに皇妃様。新たな年を迎えることができ参上いたしました一同、ここにお喜び申し上げます。帝のご治世の末永い安寧に我々尽くしていく所存です」
帝はそれに一つ大きく頷いた。
「昨年もつつがなく終えることができた。一番大きいはソウェスフィリナ王国との同盟の締結であろう。皆の尽くした力はもちろん、この国に来てくれた皇太子妃にも感謝する」
「もったいない、お言葉でございます」
リヨルは頭を下げる。
「さて、今年この国においては外政はもちろんのことであるが、内政にも注力したいと考えている。外政においては昨年末に第二皇子リフキアを中心に今後ラドファタスでの活動を主とすることを宣言した。内政においてはこの国の教育制度の改革に着手するつもりである」
帝の言葉にシウォン達の後方は大きくざわめくこととなった。
「こちらに関しては皇太子シウォンを中心に展開されることとなろう。しかるべき人事は今後発表されることとなる。同盟を結び、外との繋がりを持つことがどういうことか、いまいちど皆に知ってもらいたい。すなわちそれは、他国にない強さを持たなければならないということである。それは何も軍事力だけではない。イスファターナの軍事力は諸国にも誇れるものである。しかし、人の力が国を作ることを忘れてはならぬ。すなわち徳を備えることだ。イスファターナは徳を持つ国である。そう諸国に名を知られる時、イスファターナは真に国としての機能を果たす。古きを重んじる心は大切であるが、新しきものに目を向けることも同じように大切と心得てほしい。
今年は皆の働きがより一層国を発展させる年となるだろう。皆の働きを期待し、今日は互いの親睦を深める場としてほしい。私からは以上である」
やがて会場は貴族達の互いの挨拶が響いていた。シウォン達の次にリフキアとアレッタは帝と皇妃に挨拶をする。
「父上、母上、新年を迎えられましたことお喜び申し上げます。今年も一層国のために励むことここにお約束いたします」
「期待している」
帝はアレッタをちらりとうかがう。そして何やら安心してにこやかに笑うのであった。アレッタは対面式が帝に会う初めての日であったので、少し帝の様子に戸惑った。皇務とはまた別の顔ということなのだろう。そう理解して微笑み返す。
それから一歩前へ出て隣に座る皇妃シシルに礼をとった。
「ダナフォート家当主オルモンドが娘、アレッタと申します。遅れましてお義母上様ご挨拶申し上げます。正式なご挨拶はまた日を改めてさせていただきます。今後ともよろしくお願い致します」
シシルは上から下までアレッタを見るとクスッと小さく笑った。
「気の付く娘だこと。さすがはダナフォート卿の娘ですね。今度私の宮殿にお出でなさいな。ゆっくりお茶でもして楽しみましょう。リフキアを頼みましたよ」
「もったいないお言葉でございます。お伺いする日を楽しみに致します」
シシルはアレッタの靴に気が付いていた。今日は新年が明けた初めての催し。そしてラドファタス赴任の辞令が出て、妃選びを終えてから初のお披露目の場でもある。リフキアとアレッタは間違いなく品定めを受けるのだ。歳のことは仕方がないとして、アレッタが見せた僅かな気配りは称賛する。初めから好印象を持ったと言っていい。だが―
相手はダナフォート卿の娘。願ってもない相手ではあるが、当主オルモンドはどこか腹の底の見えない人物である。
一体どこまで信頼をおけるものか、シシルは考えを巡らせるのであった。
帝と皇妃に挨拶を終えて、リフキアとアレッタはシウォンの元へと向かった。
「兄上、そして義姉上様。改めまして新年のお祝いを申し上げます」
シウォンとリヨルは会場の少し脇にいた。身籠っているリヨルを思ってのことなのだろう。
「ああ、リフキア。父上と皇妃様に挨拶は済ませたか」
「はい」
「アレッタ殿もさぞ緊張されたことだろう」
「私は殿下が側におられれば何も不安に思うこともございません」
アレッタは少しだけ挑戦的にシウォンに言った。シウォンは驚いて目を丸くし、リヨルは「まぁ」と愉快そうに笑い、隣のリフキアは顔を真っ赤にしている。
「仲が良いなら何よりだ。リフキア、そしてアレッタ殿。謝るべきことはたくさんあるが今はそれをしない。二人のお陰だ。感謝している」
「私やアレッタにとっても今は謝辞を受けるときではないと思います。是非ラドファタスから戻ったときに盛大にその分をお返しください」
シウォンは頷く。
「さて、そろそろかな」
シウォンはリヨルの手を握り返して言った。そして二人で正面まで歩いていくと集まっていた貴族達は何事かと二人を見た。
「皆に伝えることがある」
会場は物音ひとつしなくなった。
「この度リヨルが身籠ったことがわかった。つまりはイスファターナとソウェスフィリナを繋ぐ子が誕生することとなる!」
シウォンの声に会場は大きな歓声に包まれた。
「おめでとうございます、皇太子殿下!イスファターナ万歳!」
「万歳!」
会場は歓声に包まれた。しかし、その反対に身の処しかたを考える者達もいた。特に皇妃シシルなどは憤りを感じずにはいられなかった。観衆のいるこの場で表情には出さずとも、内心は煮えたぎっている。ようやくリフキアに妃となる人間を見つけられたというのに、子どもまでできればいよいよリフキアに勝ち目はなくなる。しかも、シシルが謹慎をしている間に、リフキアが正式な婚儀はシウォンの跡を継ぐ正式な子どもが生まれてからだと周囲に宣言している。
もしシウォンがこのまま帝となればどうなるだろう。きっと先日の一件で、自分が前皇妃シヴァに手をかけたことくらいわかっているはず。許すはずもない!カトレシアも、リフキアも終わりなのだ!
「皆、ありがとう。今日の祝いの日に伝えることができてよかったと思っている。これから妃が皇務に出ることは少なくなり、皆の協力が不可欠となるだろう。この国の未来を担う子だ。私から妃への協力を頼みたい」
「私からもよろしくお願いいたします」
シウォンとリヨルは深く頭を下げた。会場はそれに拍手で応じる。
「…!」
リフキアがアレッタの手を握っていた。それはすまないという意味にも、いつかはこうなりたいという意味にも思えた。リフキアの表情からはそれを確かめることは難しかった。
「殿下、少し外の風に当たってきてもよろしいでしょうか。どうやら人に酔ってしまったみたいです」
アレッタは言った。
「大丈夫か、もし辛いのならシュウを呼んで…」
「いえ、そこまでは。少し風に当たれば良くなります」
「そうか…」
アレッタはくるりとリフキアに背を向けて、テラスへと向かった。一人や二人、テラスに人がいてもいいはずだが、今はシウォンとリヨルの懐妊の挨拶に皆が目を向けているせいか誰もいなかった。
ちょうどよかった。無駄に気を張ることもない。
こうやって悩むこと事態がきっと無駄なのだともわかっている。自分がやらなければならないことも理解している。それでも、この会場で自分が人にどう見られているのかを考えるだけで息がつまる。
皇太子シウォンの世が磐石となるため、皇族とダナフォート家の架け橋にならなくてはならない。同時に、今しばらくは皇妃筆頭の反皇太子派にダナフォート家の意図を悟られずいい顔をしていなくてはならない。やらなくてはいけないことは、これから常に重たくのし掛かってくることだろう。
その時アレッタの隣にやって来た者がいた。
「ダナフォート嬢…いえ、アレッタ妃殿下とお呼びするべきかしら」
アレッタはその声の方に顔を向けると、そこには元妃選びの候補者達が勢揃いしていた。その筆頭にいるのは中でも格式高いウィンコール家の令嬢、キハナ=ウィンコールであった。
「…何か」
アレッタが軽く問いかけるとキハナ達はくすくすと笑った。
「リフキア殿下の妃となった方がこんなところに一人でいらっしゃるんだもの。昔のよしみで心配して差し上げることくらいの心はあってよ」
アレッタは心の中で深くため息をついていた。確かに、ダナフォート家とウィンコール家は家同士の付き合いもあったからこういった社交の場ではよく一緒にいることもあった。だが、今向けられているのは心配ではなく冷笑している目だ。何に対してかは大方の検討はつく。
「少し空気を吸いに来ただけだから、貴女方のご心配には及ばないわ。でも、お気持ちはありがとう」
アレッタがその場を去ろうとしたとき、誰かの足がアレッタの足に掛けられた。ふいのことにアレッタは激しく転んだ。
「…っ」
「大丈夫ですか。やはり体調がお悪いのでは?」
駆け寄ってきたキハナ達がわざとらしく手を差しのべてくる。その手をとることなくアレッタは立ち上がると、ドレスに付いた汚れを払う。
「言ったでしょう。心配はないからもう関わってこないで。貴女方には関係のないことだわ」
キハナはクスッと笑った。
「皆さん、お気付きになって?アレッタ様のお履き物…まるで少女のようね」
リフキアとの身長差を感じさせないための靴。望んでその靴を履いているアレッタは特に気にするわけでもなかったが、キハナ達は次々と言葉を吐き出していく。
「皆さん、アレッタ様はこの国のため女を捨てて嫁がれるのですわ。お仲間としては盛大に祝って差し上げなくてはと思わなくて?」
「ほんと、私にはできないことですわ」
「さすがダナフォート家。おやりにやることも私達とは違いますわ」
虫酸が走るとはこのことなのだろうとアレッタは自分の辞書に経験を書き加えた。
「なるほど、私のことはそのように認識されているんですね。そうですか、『女を捨てた』と」
アレッタはちらりと会場を確認した。どうやらこちらの様子が少しずつ騒ぎになり始めている。これを大事にすればリフキアに迷惑がかかる。
そう思ったアレッタは、キハナ達に向き直ると言った。
「私がどう言われようと貴女方が私には関係のないこと。これ以上は失礼してもよろしいかしら。殿下をお待たせしてはいけないので」
アレッタがそこから動こうとしたとき、グラスを持っていたリフキアが目の前にいた。
「…殿下、これは」
「飲み物でもどうかと思って探していたんだ。待たせてすまなかった」
リフキアはアレッタに微笑みかけると、キハナ達に視線を向ける。それは普段のリフキアなら見せない温かみの欠片もない表情だった。
「何か…物騒な言葉も聴こえた気もするが。私の気のせいか」
リフキアの姿にキハナ達はわなわなと震え始めた。
そんな震えるようなら初めから口にしなければよいものを―などと思いながらアレッタは呆れる。
「殿下」
アレッタがリフキアの腕に触れた。
「殿下、この方々は私のことを心配してくださっただけでございます」
「アレッタ、ここはそなたの体面を保つためにも…」
「私もまだまだということです。私が体面を保たなくてはならないのはこの国の国民に対してです。そう…、いずれは彼女達にも認めていただけるよう殿下の隣を歩かねばなりません。殿下にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。しかし、今しばらく私の成長をお待ちくださいませんか」
アレッタは深く頭を下げた。そうされてはリフキアにはどうすることもできない。
「殿下方、何かございましたか」
すると、会場を見回っていた近衛兵二人が声をかけてきた。
「…ちょうど良いところに来てくれた。どうやら妃の友人達が酒に酔われてしまったらしい。どうやら宴の席の果実酒は濃度が高かったようだ。家の者を呼んで帰りの準備をさせるように頼めるか」
「承知いたしました。それでは皆様、こちらへ」
近衛兵達に促されて、キハナ達は何か物言いたげにアレッタを見ながら去っていった。その後ろ姿を見ながらリフキアはため息をついた。
「…これで、よかったのか?」
リフキアは呆れながら言った。
「はい。それに殿下は人を裁くのはあまりお好きではないのでしょう。些細なことでお手を汚すこともございません」
「…ハハッ、些細なことか。そうか…いや、私は大事にされているのだな」
リフキアは軽快に笑う。
これまでの生き方では皇族としてやっていけないと、ここ最近のリフキアは気を張っていた。だからこそ、アレッタの言葉はそんなリフキアの胸にストンと落ちてきた。
アレッタは首をかしげつつも事がここで収められたことに安堵を感じていた。
「だが、私の妃のことだ。二度は許さぬ。昔から人の顔を覚えるのは得意なんだ」
祝賀の広間に戻ると、心なしか皆の視線はアレッタの足元に向いていた。騒ぎが噂となって広まりつつある。
アレッタが履いている、かかとに高さがほとんどない靴は社交の場の流行からは遠く離れている。最近の流行は細い高さのあるヒールのついた靴だからだ。
すると、リフキアがアレッタを自分の方に引き寄せた。表情は公に見せるいつもの顔なのだろうが、アレッタを引き寄せた力がほんのわずか強い。アレッタはそのほんの小さなリフキアの行動がとても嬉しかった。
「リフキア殿下、少々よろしいですか」
声をかけてきたのは他でもない、ダナフォート卿ことオルモンドとその息子達だった。
「ダナフォート卿、卿を探していたところだ」
「それはそれは、嬉しい限りにございます。先程帝と皇妃様にご挨拶を申し上げて参りました。殿下にはアレッタ様のことを末永くお頼み申し上げます」
「それはこちらの言葉だ。私は本当に恵まれている。アレッタは私にはもったいないくらいだ」
「親としてはそう言っていただいて嬉しいですが、アレッタ様は皇族の方となられるのに不馴れなのは事実です。殿下にはくれぐれも甘いだけではなく厳しい目を向けてください」
リフキアは深く頷いた。
「さて、殿下に息子達を挨拶させようと思っていたのです」
すると後ろに控えていたアルヴィンとイシュフォードが前に出て礼をした。
「お初にお目にかかります。長男のアルヴィンと…」
「次男のイシュフォードと申します」
「アレッタ様は我々の大切な妹。殿下には末永くよろしくお願いします。それから、我々兄弟は文官と武官を目指しております。ゆくゆくはこの国のためにこの身を尽くす所存です」
アルヴィンの言葉にリフキアは頷いて言った。
「心強いことだ。アレッタを妃に迎え、そして二人の兄ができた。私達二人にとっての兄だ。特にアレッタにとっては心の支えともなるだろう。共に国のために尽くせる日を楽しみにしている」
アルヴィンとイシュフォードはちらりと互いの顔を見合わせ、小さく微笑む。そして深々と頭を下げた。
その時、リフキア達の後ろからリフキア達を呼ぶ声がかかる。シウォンであった。
リフキア達はオルモンド達の元をあとにして、シウォンの元へと向かった。
「リフキア、何か騒ぎがあったと聞いた」
「大したことでは」
「…そうか」
シウォンはちらりとアレッタを見て笑った。
「アレッタ殿、些細なことでもその気遣いはあなたの心の豊かさの表れなのだろう。兄として感謝する」
「いえ…大したことでは」
「いいや。お陰で私の妃も安心して歩かせられる」
「えっ…」
シウォンの隣にいたリヨルはにこりと笑って、ちらりと自分の靴を見せた。すると、その靴はアレッタと同様、かかとの高さのない靴であった。
「身重の身ではこちらの方が歩きやすいのです。無理して高さのある靴を履かなくてよくなりました。感謝します」
リヨルはアレッタを抱き締めた。
リフキアはそれを見てようやくアレッタの靴のことに気付き、リヨルとアレッタが会話している間、シウォンに背中を軽く摘ままれたのだった。
「人を守る立場になるのだ。もう少しそういうことも学べ、リフキア」
「…はい」
「だが、この広間の空気はどうにかしなくてはな。一曲くらい踊ってきたらどうだ?つまらん噂を立てている連中にお前達を見せつけてこい」
リフキアは頬を赤らめながらリヨルと話をするアレッタに声をかけた。
「義姉上様、少し失礼します。アレッタ、一曲私と踊ってくれないか」
「まぁ」
リヨルはにこりと微笑んでその場から去る。
「返事は…もらえないのか」
リフキアは手を差し出して言う。
「私の答えは決まっていますわ。喜んで」
その日、宴の席での二人の踊りは会場にいた者を圧倒した。翌日の王都新聞にはそのことを『二つの新しい月は太陽の輝きを放った』と表現したという。




