祝賀を前にして
新年の祝賀の席が設けられたのは明けて十日後のことだった。
イスファターナ皇国では年が明ける前と明けて二日は家族で過ごすという慣習がある。イスファターナの前身のカルデミナ大帝国時代はそうでなかったらしいく、建国帝にはじまる慣習のひとつであった。
「シュウ、そろそろ支度を始めましょう」
アレッタは夜明け前から目覚めていた。女の支度とは忙しい。これくらい早くから始めなくては終わらないのである。
シュウというのはアレッタ付きとなった女官のことである。話によればダナフォート家とも縁のある中流貴族の出身らしく、彼女の父親は軍部の経理を任されているらしい。父親が軍部にいるということで、このシュウもある程度の武芸は身に付けていた。その点アレッタとも気が合うものがある。また、彼女はアレッタの要求を正確にかつ期待を越えて答えてくれるのでとても頼りになる存在になっていた。
「アレッタ様、靴はこちらでよろしいのですか」
シュウは少し迷いながら尋ねた。
「ええ。それでいいの」
「失礼ながら、淑女なるものは格式ある式では靴の高さにも注力します。これは少し低すぎるのではありませんか」
「分かっているわ。別にその手の靴が嫌いなわけでも履けないわけでもないの。ただ、今日は私が殿下の妃候補として初のお披露目の場でもある。殿下の隣に並ぶ私が殿下より身長差が明らかでは何かと疑念を持つ者もいるでしょう。低い靴を履いたからといって身長差が無くなるわけではないけど、それでも幾分ましになるわ。殿下にとってもラドファタス赴任を任されたあとの初の皇務ともなるわけだから、気を配りたいの」
シュウはそれを聞いて己の考えの足りなさをアレッタに詫びた。
「アレッタ様がそこまでお考えとは、考えが及びませんでした。今のお言葉を殿下がお聞きになればどれ程喜ばれるでしょうか。そういうことでしたらこちらの靴を少し磨かせていただきますね」
シュウはそう言って女官に靴を手渡した。
「ドレスはあれで間違いはないかしら、シュウ。やっぱり他のものがよいのかしら。今になって不安になるわ」
「皇妃様は長年深い青のドレスを着るのが伝統となっています。皇太子妃殿下は薄い青のドレスを着られるとのことです。妃殿下からもぜひ揃いの色でと仰せつかっております。しかし、アレッタ様のご懸念もわかりますので他の装飾は控えめにそれでも美しく揃えさせていただきます」
アレッタの立場上、その服装は皇妃はもちろん皇太子妃よりも目立つものであってはいけない。当日まで当人達が何を着るのかはわからないので不安要素はたくさんあるのであった。
シュウはそんなアレッタを見事に飾り付けた。
「お言葉ではありますが、妃殿下は金色の見事な髪色をなされています。皇妃様もお髪は少々まとまりづらいご性質。アレッタ様以上に髪のまとまりやすさと美しい色をなさる方はおりません。ですから装飾にはこちらを使いたいと思います」
シュウはアレッタの前に銀色のティアラとイアリングを用意した。
「銀のティアラは皇族となられる方が身につける伝統的なものです。宮の殿より昨夜届けられました。お髪にはこれのみであとはイアリングを。普通なら物足りないところですが、アレッタ様以上に銀が似合われる方はおりません。見かけ上は美しく、それでいて盛りすぎず。これであれば妃殿下と揃いの色のドレスであっても決して問題とはならないでしょう」
「ありがとう、シュウ。きっとすごく考えてくれたのでしょう。素晴らしいわ。本当に」
シュウはにこりと微笑んだ。
「アレッタ様のためならばその最善を尽くすのが私の仕事です。それにアレッタ様は飾り付ける甲斐があります。私もとても楽しませてもらっています」
シュウはそれからメイクを施し、髪にティアラを、そしてイアリングを付けた。ここまでですでに昼前となっている。祝賀まではあと二時間ほどとなっていた。
すると、扉がノックされる。
「私だ。入ってもいいだろうか」
シュウはすぐに扉に向かい、この宮殿の主を迎え入れた。
「ちょうどお支度が終わったところでございます」
「そうか。それはよかった」
「私は少し席をはずします。式までお時間がありますし、何か軽食でもご用意いたしましょうか」
「いや、よい。実は兄上に呼ばれている。アレッタも来てほしいとのことだ」
「左様ですか。では、すぐに支度を致します。準備が出来次第お呼び致します」
「ありがとう」
シュウが部屋を出ていくと、アレッタはリフキアに軽く頭を下げた。
「とてもきれいだ」
リフキアは言う。
「殿下もお似合いです。白に銀糸の礼服とは」
「そうか。この姿は人にそう見せたことはないからだな。兄上の金糸のものも見事なものだ。そちらは見たことがあるのだろう?」
「…はい」
もちろん、これまで社交の場に出ていたアレッタは少し戸惑いつつも言った。
「だから今日は私の方を目にしていてくれないか?」
「それはもちろんでございます」
「そうか。それは…嬉しいな。兄上に嫉妬することもない」
「嫉妬とはリフキア様!」
するとリフキアはアレッタの首に何かを掛けた。三日月の形のネックレスである。
「私からのささやかなプレゼントだ。私からのものはまだ送れていなかったから」
リフキアはそう言うと、服に隠れてはいるが彼の胸にも揃いの形のものがつけられていた。
「大事に致します。どんな賛辞よりもどんな送られものよりも嬉しく思います」
「そうか。それならよかった。アレッタ、これから苦労を掛ける。条件を飲んでくれたこと、本当は申し訳ない気持ちが大きい。今日、私達に向けられる目は温かみよりも好奇心の方が強いだろう。それでも共にいてくれるというだけでとても頼もしい。こんなものでその証になるとは思えないけど、受け取ってほしい」
「どうかもう、条件のことはお忘れなさってください。今、私は誰よりも幸せな場所にいると思っていますから」
リフキアはアレッタを抱きしめた。もちろん、着崩れない程度に優しく。
すると扉がノックされた。
「失礼致します。殿下方、ご準備整いましてございます」
リフキアはアレッタを離した。
「さ、行こうか」
「はい」
リフキアはアレッタに手を差し出した。お互いの手からじんわりと伝わる温もりが二人の思いを深めていく。
部屋を出る際、それを目にしたアイゼン、ヨルナ、そしてシュウは微笑ましく見送ったのであった。
しばらく投稿遅れまして申し訳ないです。
少しずつ再開していきますので、イスファターナ戦記をよろしくお願いします
結月詩音




