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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
七章 イスファターナの目覚め
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対面式


 「第二皇子リフキア殿下並びにアレッタ=ダナフォート様。本日はおめでとうございます」

 

 宮の殿の長官補佐、カイン=リシュレインは広間の大扉の前でその配下達と共に挨拶をした。アレッタが正式にイスファターナの姓を名乗ることができるのは結びの式を終えてからとなるとで、それはずっと先のことになるだろう。それまではアレッタはダナフォート家の娘に変わりはない。

 ただ、特例としてアレッタは城でリフキアと共に暮らすことが認められた。婚約者となれば何かしらの危険が及ぶことになる。アレッタの身を守るのに都の外では不可能だと判断されたためだ。これにはシウォンの発言も関わっていて、少しの間ではあるが自身の妃リヨルの手助けをしてほしいとのことであった。

 そうして今日は皇族との対面式となる。謹慎中の皇妃シシルは欠席となるだろう。それに皇族とはいえ現帝と血の繋がりが濃い者しか集まらない。帝の叔父や叔母も本来は出席するのだが、高齢のため欠席すると聞いている。そうなると今日の対面式には必然と帝と皇太子シウォンを皇太子妃リヨルの三名しかいないこととなるのであった。

 

 「ありがとう。この場を用意してくれたそなた達に感謝する」

 

 リフキアは言った。カイン達が横にはけると、リフキアはアレッタに言った。

 

 「アレッタ、大丈夫か」

 

 平静を保っているように見えるアレッタではあるが、緊張はするものだろう。アレッタは小さく頷いた。すると髪飾りがシャランと音をたてた。

 

 「お気遣いありがとうございます。もちろん、緊張はしていますが私は大丈夫です」

 「…そうか」

 

 その時、刹那の出来事であったのだが、頷いたアレッタの美しさにリフキアは心臓が羽上がりそうになっていた。それを抑え込もうと返事をした結果、なんとも単調なものになったのである。

 

 「殿下?」

 

 アレッタはまじまじと自分を見つめてくるリフキアを不思議そうにしていた。

 

 「何かありましたか」

 「い…いや、その」

 

 ふと目をそらしたものの、言い逃れることがリフキアにはできなかった。

 

 「…その、とても綺麗だと思った」

 

 アレッタは目を真ん丸として驚いた。そして真っ白の肌を火照らせる。

 

 「…っ、ありがとうございます。お気に召していただけたなら何よりです」

 「ああ…」

 

 そんな二人の様子を見て戸惑いつつ、咳払いをしたカインは進行を始めた。

 

 「…それでは、お二方ともこの先に進まれましたら広間の中央にてお待ち下さい。帝ならびに皇太子ご夫妻が参られましたら礼をお取りになり、進行にお従い下さい」

 「わかった」

 

 互いに顔が火照っているが平静を取り戻そうと必死に努力をしていた。

 広間の扉が開かれると、そこには赤の絨毯が敷かれていた。二人はゆっくりとそこを進んでいく。そして中央まで歩くと深く臣下の礼をとった。

 

 「帝、並びに皇太子ご夫妻のご入場です」

 

 その声がかかるのに時間はそうかからなかった。

 アレッタは部屋に人が入ってきた音で広間の空気が変わったような感覚を持った。まるで神域に踏み入れたような、先程とは違う緊張がある。

 

 「顔をあげられよ」

 

 帝の声にリフキアとアレッタは立ち上がった。

 

 「二人とも前へ」

 

 そう告げられて今の場所から玉座の真ん中くらいの場所にまで足を進めた。

 

 「それでは今回の式の進行を行わせていただきます、宮の殿副長官ホジュンです。どうぞよろしくお願いいたします。それではまずはリフキア殿下よりご挨拶をお願いいたします」

 

 進行にしたがってリフキアは一歩前に出る。

 

 「本日はこの場を用意いただき感謝を申し上げます。帝、並びに皇太子殿下、妃殿下におかれましてはご多忙の中、妃選びにはじまる今日の日まで数々のお力添えをいただきました。また私の進む道を背中で示し、力の及ばぬときには幾度とお支え下さり、ありがとうございました。これからはイスファターナの姓を名乗る者として、帝、並びに皇太子殿下の一番の臣としてお力添えをして参りたいと思っております。私の妃も同様にこの国のために生きることを道とする者でございます。これからは二人で歩んでいく所存です」

 

 リフキアがそう告げると帝はゆっくりと頷いた。

 

 「大きくなったな、リフキア。私もここにいる皇太子もお前の歳では国を背負うその意味を理解してはいなかった。この一年はお前にとって有意義なものであっただろう」

 「はい」

 「これからお前は国を支える役目を担う。その意味を改めて理解してほしい。今でこそ皇太子の風格をみせるシウォンも根本は人の子だ。間違うこともあるだろう。そのときには弟であるお前の言葉が何より重い。これを忘れないでほしい。そして、お前は家族を持つこととなった。守る相手が出来たということだ。家族を守れずに国は守れぬ。十分に大事にするように。これから主に三人でイスファターナを背負えること、嬉しく思う」

 

 帝はリフキアを祝福した。儀式などでなければもっと感情的に言葉をかけ、リフキアを抱きしめていただろう。

 

 「それでは皇太子殿下よりお言葉を」

 

 進行のホジュンの言葉にシウォンは頷く。

 

 「リフキア、今日はおめでとう。私の言葉は妃のものと重ねさせてもらう。この一年が有意義なものとなったのは私も同じだ。妃を持ち、お前という信頼できる人間を味方に得ることが出来た。これからはお前と新しく家族となるアレッタ殿とイスファターナを支え、より私の信頼する者へと成長してくれることと期待する。おめでとう」

 

 シウォンの言葉は簡潔でこそあったが、そこに全てが意味されていた。妃のリヨルはシウォンの言葉を終えたあと、少し深く頭を下げる。

 

 「お三方のお言葉をこの胸に刻み、イスファターナの力となれるよう全身全霊で歩んでまいります」

 

 リフキアはそう言うと再びアレッタと並んだ。

 

 「それではアレッタ様。ご挨拶をお願いします」

 

 ついにアレッタの番となった。アレッタは一歩前に出て、レイ・ドローグ・オルソフォリム(大陸の最美の礼)と呼ばれる最上の礼を行った。かつてリヨルが結びの式で国民を前にやってみせたものである。アレッタのものもまた美しくその所作が一つ一つ行われた。

 帝もシウォンもその礼を見て納得の頷きをする。

 

 「ダナフォート家当主オルモンドが娘、アレッタ=ダナフォートでございます。帝、並びに皇太子殿下、妃殿下にご挨拶を申し上げます」

 「顔をあげられよ」

 

 帝の声にアレッタは視線を帝へと向けた。

 

 「本日はこのような場を設けていただき感謝を申し上げます。リフキア殿下の妃となる身として、そして長くこの国の守護の役目を仰せつかって参りましたダナフォート家の血を引く者として、イスファターナ皇家に生きる覚悟をして参りました。国を支えることをご自分の道と仰せになったリフキア殿下をお支えしたいと思います。そしてご不在の皇妃様、そして皇太子妃殿下のもとにて、イスファターナの良き伝統を守っていきたいと思っています。どうかこれより末永くよろしくお願いします」

 

 アレッタはまたひとつ頭を下げる。帝はリフキアに視線を移して小さく笑った。

 

 「リフキア、良い妃をもらったな」

 「はっ」

 

 リフキアは少し頬を赤らめながら言った。

 

 「アレッタ殿。リフキアの少々受け入れがたい条件を飲んでくれたのは貴女だけだと聞く。親としては心配もあるだろう。承諾してくれたそなたの父にも感謝する。貴女が側にいればリフキアも安心して送り出せる。どうか、リフキアを頼む」

 「微力ながらつとめさせていただきます」

 「本当にお前にはもったいない相手だなぁ、リフキア」

 

 そう言ったのはシウォンである。

 

 「だが、貴女が弟を支え、国のために生きると言ってくれたこと嬉しかったぞ。歳も近いことだしリヨルのことも支えてほしい。ようこそ、イスファターナ皇家へ」

 「ありがとうございます」

 

 進行のホジュンが終わりの言葉を告げようとしたときであった。アレッタは帝に言った。

 

 「お三方にこの場をお借りして、許可をいただきたく存じます」

 「アレッタ、何を…」

 

 リフキアは止めようと手を伸ばした。儀式の進行を中断させるなど本来あってはならないことだからである。

 

 「許可などは後程申請すればよいではないか」

 「いいえ。お許しいただければこの場で申し上げることと思います。でなければこれからお見せしようとしているものにも不敬にあたるかと」

 

 アレッタは毅然とリフキアに言った。今の現状以上の不敬など考えられないリフキアであったが、そこでシウォンが帝に発言した。

 

 「帝、アレッタ殿は分別のつかぬ者ではありますまい。妃や弟の前で難ですが、幾度か顔を会わせたことのあるよしみで言えば彼女には相応の理由があるのでしょう。お聞き入れしてみてはいかがですか」

 

 シウォンに促されて帝も首を縦に振った。

 

 「ありがとうございます」

 

 アレッタはそう言うと、近くの兵に預けていた包みを受け取った。

 

 「その包みは?」

 「よろしければ帝にお手にとっていただきたく存じます」

 

 帝はそれを承諾した。するとシウォンが立ち上がってその包みを帝のもとへ運んだ。

 帝はその包みをそっと開く。そこに入っていた青色と銀で装飾された短剣があった。言わずもがな、オルモンドに託されたダナフォート家の家宝である。

 

 「これは?」

 「それは先々帝の御代、ダナフォート家の当主に嫁がれたソラン=イスファターナ皇女殿下、私の曾祖母が先々帝よりたまわったものでございます」

 「なんと…。確かに皇家の紋とダナフォートの紋が刻まれているな」

 「それは長く我が家の家宝でありましたが、父オルモンドよりこの度託された次第でございます。その剣はイスファターナ皇家とダナフォート家の両家の姿を刻むもの。どうか手元に置くことをお許しいただきたいのです」

 

 帝はリフキアを呼び、それをアレッタに返すよう伝えた。

 

 「アレッタ殿、その剣は確かに貴女が手にしているべきものだ。貴女以外に相応しいものもいないだろう。先々帝の心と皇女殿下の心を貴女が受け取ったと解釈することにしよう。それよりも、そのような事実があったことを伝えてくれたことを感謝する。ダナフォート家には長く力を尽くしてもらっているが、それはこれからも変わらないということと受け取っていいかな」

 「万が一にもダナフォート家がお力添えしないことなどございません。お許しいただきありがとうございます」

 「今日はとてもよい日となった。二人とも互いを知り互いのために生きなさい。二人の今後に期待している」

 

 帝はホジュンに目配せをする。

 

 「そ、それでは対面式はこれにてつつがなく終了させていただきます。帝、皇太子殿下、妃殿下はご退席下さい」

 

 リフキアとアレッタは再び礼をとった。帝は立ち上がるなり広間を出ていった。しかし、シウォンとリヨルは壇を降りて二人の前に立ったのである。

 

 「さ、堅苦しいことはなしだ。リフキア、アレッタ殿」

 

 シウォンは言う。

 

 「これから私達の宮殿にいらっしゃいませんか。ささやかですけど、夕食の準備をさせています」

 

 リヨルはそう言ってにこりとアレッタの手をとった。実際にはリヨルの方が一つ年下ということになるが、立場的にも身分的にもリヨルの方が格上ということになる。しかし、リヨルは全くそういった雰囲気を出さずににこやかに笑っていた。

 

 「私、姉がいなかったからとても嬉しいのです。アレッタさん、どうかよろしくお願いします。仲良くしていきたいですわ」

 「ありがとうございます、妃殿下」

 

 シウォンはリフキアの肩に手を置いた。

 

 「それでどうする?お前のラドファタス行きもそう先のことじゃない。アレッタ殿の歓迎会も兼ねて招かれてみないか、リフキア」

 「何で兄上はそんなに楽しそうなんですか?」

 「そう見えるか?」

 「大いに。ですが、ご用意してくださった好意を無下にはしません。お招きをお受けいたします」

 「そうかそうか」

 

 シウォンは愉快そうに笑った。

 その日の夜、皇太子宮殿では規模は小さいが宴が行われた。そこでリフキアはシウォンに酒を進められる。

 初めての酒にリフキアは一口飲んだだけで顔を真っ赤にした。リフキアはそれを面白がるシウォンを見て、式のあと愉快そうだった意味を納得するのである。あとでナフカから聞くとある程度度数の強いものだったようである。しかし、シウォンはそれを全く様子を変えることなく飲んでいる。

 

 「いつかは兄上と酒を酌み交わせるようになりますよ」

 

 リフキアは言った。

 

 「その日を楽しみにしていよう」

 

 宴はとても賑わって終わりを告げた。リヨルとアレッタも年が近いだけに最後の方では姉妹のようになっていた。

 

 東宮殿に帰ると、アレッタはこれから自分の部屋となる所へリフキアから案内された。

 

 「僅かな間だけどここがアレッタの部屋だ」

 

 それから色々部屋の説明をしていくリフキアにアレッタは言った。

 

 「リフキア様、今日の式ではご無礼をいたしました。危うくご迷惑となるところでした」

 

 するとリフキアは首を振る。

 

 「間違っていなかったのだから謝ることはない。驚いたとはいえ私もきつい言い方をした。悪かったと思っている」

 「そんなことは」

 「だからお互い様だ。気にすることはない」

 

 リフキアは「少し話をしよう」とソファの隣に座るように促した。

 

 「実は私にはもう一つ名前がある」

 「えっ?」

 「昔、兄上にサンと呼ばれたことがあった。古い言葉で誠という意味があるらしい」

 「誠ですか。何やらぴったりな気がしますね」

 「そうか?まあ、たまにその名前を使うことがあるから覚えておいてほしい」

 「わかりました」

 

 リフキアはそれから皇妃である母のことを話した。

 

 「アレッタなら薄々気づいているかもしれないが、私の母は私を帝に据えたいのだと思う。だけど私は帝になる気は全くない。その器でもないと思っている。もし…母上からそのようなことで何か言われたらすぐに教えてほしい」

 「リフキア様のご意志はあくまで義兄上様をお支えすることということですか」

 「そうだ。私は母上にそれを分かっていただきたいと思っている。たとえ何年かかったとしても」

 

 アレッタはリフキアの手に触れた。

 

 「伝わりますよ、きっと。リフキア様の国へのお心は火のようにとても熱いものです。会って間もない私が感じるのですから、お母上たる方がわからぬことはありません」

 「ありがとう、アレッタ」

 

 リフキアが隣のアレッタの方を振り向くと、アレッタもまたリフキアを見ていた。二人はバッチリと視線が合わさってしばらく静かな時が流れた。

 

 そこからはゆっくりと時が流れていく。互いの距離は少しずつ、迷いを感じながらも近づいていった。先程触れた手からは互いの熱が先んじて伝わっていく。静寂さが心臓の拍動の音を聴こえさせるているようでもあった。

 

 ―やがて唇が触れあう

 

 それはほのかに夕食のベリータルトの甘酸っぱさを秘めていた。

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