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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
七章 イスファターナの目覚め
73/125

妃選び

お待たせしました


 辞令が下されてからおよそ十五日が過ぎた。冬の寒さも厳しくなり、窓から見る光景はどこか物寂しくなってきた。

 皇妃シシルは帝より謹慎の命を受けて一ヶ月の間、何人も面会することを許されていない。それは息子のリフキアであっても同様であった。謹慎が明けるまであと半月、この一年が終わるのに一月となった日、いよいよリフキアは妃選びを迎えた。

 候補者二名ずつがその日の午前と午後にやってくる。候補の家は十件あったために、五日設けられた妃選びであったが、正直なところ五日も日をかける必要性などどこにもなかった。

 理由はリフキアにある。リフキアはまず候補者に会うや否や、こう伝えるのである。

 

 「私はラドファタスに赴任することが決まっている。妃となればついてくることとなり、自ずと危険もあるだろう。私の妃となっても幸せにできるとは保証できない」

 

 まず、ここで大半の候補者達が頭に浮かべていた夢や願望に疑念を持ち始める。そして二言目にリフキアは言う。

 

 「…皇太子殿下に皇子がお生まれになり、時期帝たる称号を与えられしときは、私は現在持っている帝位継承権を返上するつもりでいる。加えて本来、私は妃を持つつもりはなかった。ゆえに、これも皇子が時期帝たる称号を与えられるときに妃を迎えるつもりだ。それまでは婚約者として扱われることになる。

 私の考えは揺らぐことはない。皇太子殿下の治世の磐石のために私ができることをしているに過ぎない。妃となるからにはまずこの二つを受け入れてもらわなくてはならない」

 

 候補者達は席に着いて三十分ともたずに帰途についた。そして噂は噂を呼び、二日目からは候補からおりる謝罪の文がいくつも寄せられることとなった。

 というわけで、リフキアの妃選びは初日を除いて間の三日は暇をもて余すこととなった。

 

 「こう謝罪の文が送られてくる時点で、皇族に関わることへの考えの甘さがうかがえるな」

 

 リフキアは送られてきた文を適当に見ながら言った。だが、そんな中でも断りの文を出して来なかった家がある。もちろん、ダナフォート家であった。

 

 「さすがというか、貫禄すら見えますね」

 

 アイゼンが言った。

 

 「まあ、こうなることは分かっていた気もするけど」

 

 リフキアはアイゼンを呼ぶと用意するものを渡した。

 

 「…これを、ご用意するのですか」

 「使うとは限らない。場合によってはそうするかもしれないという可能性だ」

 「…わかりました。尽力します」

 「すまない」

 

 アイゼンは頭をかきながら部屋を出ていく。その様子を見たヨルナはクスクスと笑った。

 

 「殿下もアイゼンを上手く使いますね」

 「人聞きの悪いことを言うなよ、ヨルナ。そうだ、頼んでいたものは届いたか?」

 「ええ。麗しの君にお願いしましたらすぐに届きました」

 「後日、礼に行かなくては。あれを見つけるのは簡単じゃないようだし」

 

 そうしてダナフォート家からアレッタがやってくる日となった。予定日は十の家中十番目。最後の最後である。他の妃候補者が皆辞退したため、初日を除いての三日は突如と何の予定もない時間を過ごすこととなった。しかし、それもアレッタからの報告がなければの話であった。

 

 「またこうしてお目にかかることができ、とても光栄に存じます。先日はご迷惑をお掛けしました。ダナフォート家当主、オルモンドが娘、アレッタ=ダナフォートでございます」

 

 優雅な礼を施したアレッタは顔を上げるとにこりと微笑んだ。

 

 「先日のご報告はお役に立ちましたでしょうか」

 

 この報告こそ、リフキアが有意義な三日を過ごせた理由である。その報告の始まりとなったのは、先日都へ行った際にアレッタが『ダナフォート家と繋がりのある建築の専門家を紹介する』と言ったことにある。

 約束通り二日後に、アレッタの代理と称する者が文を渡しに来た。そこに書かれていたのは建築に通ずる著名人の名前である。建築と一言に言えども、さらに細かい専門とするものがある。しかもその文には会うことができる日時まで書かれてあったので、こちらから返事をすればすぐにでも彼らと話をすることが可能であった。

 そうしてこの三日、リフキアは有意義な時を過ごすことができたのである。

 

 「役立ったどころの話ではなかった。本当に感謝する。お陰でこの三日で会えた者とは詳細を話す段取りまでつけることができた」

 「それはようございました。お役に立てて私も嬉しゅうございます」

 「さあ、座ってくれ。少しばかりのもてなしを楽しんでほしい」

 

 リフキアはそう言ってアレッタを温室のテラス席まで案内する。そして仕える者達を下がらせた。

 それからリフキアがティーポットに手をかけたとき、アレッタがそれを制した。

 

 「お茶は私が」

 

 リフキアはそれを優しく断った。

 

 「私にさせてくれないか。これは私という人間の始まりのようなものだから、貴女にはそれを知ってもらいたい」

 

 リフキアはそうして紅茶をアレッタに提供した。この紅茶こそ、ヨルナが麗しの君ことナフカに頼んで調達したものであった。

 

 「どうぞ。好みでミルクを入れるのも美味しいと思う」

 「…では」

 

 アレッタは注がれた紅茶を口にした。すると一瞬で格別な美味しさが口一杯に広がった。爽やかで香りも申し分なく楽しめる。

 アレッタは驚いていた。執務官ならともかく、茶を淹れてもらう立場のリフキアがこれほどまでの紅茶を淹れることができることが不思議だった。

 

 「殿下はこれをご自分の始まりであると仰せですが一体…」

 「私が今のような私であるのにはまだ一年も経っていない」

 

 リフキアは自分も席に着いて茶を一口、口にした。

 

 「…貴女もご存じのはず。この国の皇子でありながら、私は表にほとんど出ていかなかった。ゆえに、私の顔を知らない貴族も多いことと思う。

 夏より前のこと、ある日私は帝に兄上…皇太子殿下の宮殿でその補佐をするようにと命を下された」

 

 それからの経緯をリフキアは語った。有能な執務官の補佐をすることに始まり、そこで紅茶の淹れ方を学んだ。それから掃除を清掃員と共にして多くの学びを得たこと。

 語り終えると、リフキアはどこか懐かしさのようなものに浸っていた。

 

 「…そして皇太子殿下のもとに水道橋の話が上がっていたとき、私は元より建築が好きだったことが役立った。両国が繋がるに際して互いの国の文化を損なうようなことがあってはならない。そうして提案した案が採用されたとき、私は生まれて初めて何かを成すことが出来た。ゆえに今回の赴任の件は、私はこの件を任されたことを心より喜んでいる。成し遂げたいと思っている」

 

 リフキアはアレッタに言う。

 

 「伝え聞いていることとは思う。私の妃となるに至っての条件。それを受け入れ、なお国のために共に生きてくれる者を妃には選ぶ。はじまりからこんな話ではあるが、先日すでに話したことだし今さら取り繕うこともお互いないだろう。貴女の考えを教えてほしい」

 

 アレッタはその時、父オルモンドの言葉を思い出していた。

 妃選びのこの日、オルモンドはわざわざアレッタの出発時刻まで待ち、宮殿に遅れて向かったのである。オルモンドは馬車に乗り込んだアレッタに言った。

 

 「…最後の最後はお前がどうしたいかだ。ダナフォートの名前も貴族であることも忘れ、幸せになれる道を選びなさい。噂は聞いている。候補がお前一人になっても何も気負うことはないのだ。だから、お前が生きたいようにしなさい。もし、お前の決断に物申す者がいればアルヴィンやイシュフォードはもちろん、何より私が相手をする。だから、気にせず答えを出しなさい」

 

 こんなに娘に寛容な家は他を見てもないだろう。生まれた娘は家にとって繁栄のためのいい道具というのがイスファターナ貴族のこれまでである。それにも関わらず自分の意思決定を重んじるよう育ててくれた父には感謝の言葉しかなかった。

 

 「…何年でも、私はお待ちいたします」

 

 アレッタの答えはリフキアに示された。

 

 「たとえ十年待って、二十八歳となっても殿下がお許しくださればお待ちいたします」

 「理由を…聞いてもよいか」

 

 今さらアレッタの返答に驚くこともしない。いわばこれは政略的結婚でもあるわけで、リフキアがアレッタに好意を持っているかと言われれば、それは恋愛的好意ではない。

 周りが妃を迎えることを求めている。リフキアはそのために妃選びを受け、加えては自分の要求を飲んでくれる相手を選ぶのが目的なのである。

 求めているものに恋愛感情はなかった。あるのは国への一途な思いだけである。

 アレッタは理由を尋ねたリフキアにこくりと頷いた。

 

 「…私も殿下のことを知るようになったのはつい最近のことでございます。都での災害にダナフォート家もいくつか被害を受けた店がありましたからその援助をと考えていたときのことでした。とある店に援助の話をしに参ったとき、通りで騒ぎがありました。そこでは殿下が平民に扮して作業をされていたのです」

 「…」

 

 リフキアは思い出して恥ずかしくなった。

 

 「そのときが殿下にお会いしたはじめての日でございました。その日私は殿下というお人に興味をもったのです」

 

 アレッタはそれから何度か現地に赴いたのだと言った。

 

 「国のためにと働かれる皇族の方の姿が間近で目にできる。こんな機会はそう巡ってこないと思いました。一番驚いたのは宿場町に向かわれることとなったときでした。病が流行しているとわかっていて、現状を知るのにはご自分の目を大切になさる。いつの間にか反発していた民も殿下を慕われるようになっていました。何度か皇太子殿下にもお会いしましたが、殿下はまた別の方法で国を作られるのだと理解したのです」

 

 アレッタは立ち上がってリフキアの前に片膝をついた。突然のことにリフキアは目をぱちくりとさせる。

 

 「…殿下。一言に申しますと、私は殿下の国の作り方に感銘を受けました。国のために生きたいとする私の夢は、殿下の道と共にありたいと思ったのです。妃は二の次です。まずは殿下の道のお供としてお選びいただけませんでしょうか」

 

 十年待てると言ったアレッタの答えは、リフキアに対しての告白に形を変えた。リフキアは驚きこそしたが、やがて椅子から立ち上がるとアレッタと同じ目線になった。

 

 「私の立場は危険を伴う。兄上が正式に帝となればより一層増すだろう。それでも私についてくるというか」

 「何かを成すのに危険はつきもの。それを恐れるはお供として失格にございましょう。それに、私はダナフォートの娘です。今さら危険を恐れるような生き方はしておりません」

 「…そうか」

 

 リフキアは立ち上がった。そしてアレッタの手をとる。

 

 「少し嬉しかったぞ。私の行動に感銘を受けたと言ってくれた。兄上を追いかけてきたがやはり同じようにはできない。私なりに模索した結果を誉められるのは嬉しい。だが、これきりにしてくれ。あまり誉められると調子に乗りそうだ」

 「…はい」

 

 リフキアはアレッタの手を掴んで温室の出口へと向かった。

 

 「馬は乗れるか?」

 「はい」

 「では行くぞ。用意させている」

 

 宮殿内には少し小高い丘がある。都イスファルは元々山を開拓して作られた街であったために、至るところに丘がある。通称王の丘と呼ばれるこの丘は、あまり人通りのない宮殿の北側にあり、普段は軍の訓練などに使われている。

 それからリフキアは馬を降りる。アレッタも同じく馬を降り、二人は木に馬を繋いだ。

 

 「…本当は都に出られるよう許可をとるはずだったが、さすがにこれ以上の無茶は許してもらえなかった。まあ、ここなら宮殿内だから護衛が近くにいることもないのだが」

 

 アイゼンも努力をしたのだが、今回ばかりはミュンツェルから許可をもらうことはできなかった。理由は妃選びにおける兵の運用など、再編成しなくてはならないからとのことであった。

 

 リフキアは懐から小さな箱を取り出した。

 開けられた箱には青色の宝石に銀のリングの指輪が入っていた。青はイスファターナを象徴する色、銀は皇族であることを示す。これが帝やその妃、皇太子やその妃になると金のリングとなる。

 アレッタもそれがどういうものかを理解していた。これを受けとるということは皇族として生きていく覚悟を決めたということである。

 リフキアは自分の腰の剣を地面に置き、膝を着いて騎士の礼をとった。

 

 「殿下!」

 

 一国の皇子にそのような真似をさせることなどできないと、アレッタは自らも膝を着こうとする。ところがリフキアがそれを止めたのである。

 

 「不覚にも先程は貴女から告白をさせてしまった。せめてこのときばかりは私のわがままを聞いてはくれないか」

 「…」

 

 アレッタは戸惑いながらも立ち上がる。リフキアはクスッと笑って言葉を紡いだ。

 

 「たとえ婚約者であろうと、この先私が選ぶのは貴女だけだ。共にありたいと言ってくれたことに私も応えたいと思う。アレッタ=ダナフォート=イスファターナとして生きる覚悟はあるか」

 「はい」

 

 アレッタは素直に答えた。リフキアはアレッタの指にその指輪をはめた。

 

 「…ありがとう、アレッタ」

 

 そうしてリフキアは立ち上がると、柔らかくアレッタを抱きしめた。

 しかし、この光景は少しだけ異質であった。十五歳のリフキアと十八歳のアレッタ。二人には明確な身長の差があったのである。

 

 「…格好もつかないな。あと三年、待っていてくれないか。その頃にはきっと背も追いつく」

 「格好がつかぬなど、そんなことはございません。見た目など中身でどれ程にも覆い隠せるものです」

 

 アレッタは笑った。リフキアはアレッタを解放するとアレッタの手をとった。

 

 「先程気づいたのだが、剣の心得もあるのか」

 「…それは」

 

 アレッタの手には武術をする者に特有のたこができていたのである。

 

 「ダナフォート家は代々、武人を輩出してきた家でございます。上の二人の兄に武術はしっかり仕込まれました。剣だけでなく弓も学びました。妃となるにはあまり必要のない…といいますか可愛げもない技術でございます」

 「そんなことはない。近くに武術に長けた者がいるとは心強い。それに、『武術は人を倒す力にあらず、心を鍛えるものである』という言葉もあるくらいだ。アレッタのいう中身そのものじゃないのか」

 

 アレッタはそれを聞いて破顔した。

 

 「そのような言葉、初めて聞きました。一体どなたのお言葉なのですか?」

 「…っ、さて誰のものであったか」

 

 リフキアもそこまで深掘りされるとも思わず焦りを見せた。

 

 「…思い出すことにする」

 「はい。楽しみにしております」

 

 おそらくアレッタもその言葉がリフキア自身で作ったものであると気付いているのだろう。その顔に浮かんだ笑みはどこか笑いを堪えている様子だ。でも、アレッタにとってそれは悪い印象を持たなかった。むしろ、認めてもらえている嬉しさの方を感じていたのである。

 

 「さて、帰ろう。きっと夕食の準備がされている」

 「…ご一緒してよろしいのですか」

 「いずれは私の妃となるのに一緒でない理由がないだろう。帰りはまたそなたの家まで送り届けてもいい」

 

 アレッタは少し照れながらこくりと頷いた。

 馬に乗ったリフキアとアレッタはゆっくりと丘を降りていく。

 

 「ラドファタスには行ったことがあるか?」

 「いいえ、一度もございません」

 「そうか。私もなのだ。では、お互いに赴任したらどのような場所であるか見に行かなくてはならないな。ラドファタスの近郊には近衛馬を育てるところもあるという。アレッタの馬を用意しなくてはな。あ…馬より馬車の方がいいのだろうか」

 「馬車より馬の方が殿下にはお似合いかと思われます。馬にいたしましょう」

 

 きっとリフキアなりの配慮なのだろう。歳が三つも離れていてはアレッタよりリフキアがやりにくいのかもしれない。少しでもその差を埋めようと、相手を知ろうとしてくれているのだろう。

 そんな風にアレッタが思っていると、リフキアが馬を止めた。わずかに考え込んでいるようだ。

 

 「いかがなさいましたか?」

 「…いや、その。会ってまもなく言うべきか迷っている」

 「おっしゃってください。何か失礼をしたのであれば改善いたします」

 「違う!そうではない…そうではなく…」

 

 リフキアは顔を真っ赤にしていた。

 

 「…貴女は私が突然名前で呼んでも何も驚かなかった」

 

 そう言えば突如とアレッタと呼ばれはじめた気がしなくもない。

 

 「私のことを名前で呼んでほしい。殿下ではなくリフキアと」

 「…名前でございますか」

 「そうだ」

 

 アレッタは少し考えたがリフキアの意を組むことにした。

 

 「…リフキア様とお呼びしたらよろしいですか」

 「ついでに言えばよそよそしい敬語もいらない」

 「…わかりました。確かにその方がよいですね。先程までだと主と部下、そんな話し方であった気もします」

 「ありがとう、アレッタ」

 

 名前で呼ぶことを許す意味をリフキアは知っているのだろうか。今の会話だと単純にそう呼んでほしいという意味に聞こえる。本来は、その相手に信頼を置くという意味なのであるが…今さら尋ね返す必要もない。アレッタはそう考えについた。妃に対して何より考えているのはリフキア自身なのだ。指輪をもらい、選ばれたことだけでリフキアから信頼は得られたのだろうと思っている。

 

 「…リフキア様」

 

 アレッタは言った。

 

 「これからどうぞよろしくお願いします」

 

 アレッタはその言葉にいろいろ浮かんできた思いを込めたつもりだった。そしてそれはどうやら伝わったらしい。

 リフキアは顔がくしゃくしゃとなるくらいの笑みを浮かべていた。

 

 「こちらこそ、これからよろしく」

 

 アレッタが正式にアレッタ=ダナフォート=イスファターナとなるのはまだまだ先のこと。しかし、後の歴史書には二人の仲は良かったと記されている。

 イスファターナを牽引していく二人の未来はまだ、始まったばかりであった。

今後二週間程度、投稿が遅くなります。

現状でも遅いのですが申し訳ありません。

2月以降はある程度の早さでお届けできるよう努めますので、よろしくお願いします

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