揺れる心
お待たせしました。
今回、ちょっと荒れる回です(汗)
翌朝、夜の静けさを忘れたかのような騒ぎが起こった。リフキアのラドファタス赴任の辞令が正式に触れられたのである。
一番の動揺を感じたのは都イスファルに住む国民である。中でも昨日リフキアと会っていた者達はかなり驚いていた。そのためどこか仕事にも身が入らないでいる。
ムーアンはそんな作業人達を見て何とか励まし合おうとしたが、その効果はあまり見えていない。彼らにとってリフキアはそれほどに大きな存在へと化していたのである。
「お前達、何をそんなにしょげた顔をしている」
そう言って作業場に現れたのはザクロだった。
「ザクロさん…だって、殿下は」
「都から出るだけだろ。何を嘆く必要がある?ラドファタスはでかい商業都市だ。むしろ殿下はそこで大任を任されるってことだ。喜ばねぇでどうする」
「…でも!」
ザクロはぽんと作業人の肩に手を置いた。それが栄転ではないことをここにいる者達は勘づいているのかもしれない。そう思ったザクロは言った。
「昨日、なぜあの殿下はここに来たと思う?」
「…」
「国ってのは普通あんな事件があったあと、僅か一ヶ月で外に出してくれるような甘い世界じゃない。何かあれば国が乱れるからな。それでもここに来たのはお前達の働きを見て任せられるか判断するためだろ。酒場で昨日、言ってたじゃねぇか。約束、したんだろ」
『共にイスファターナを造る道を行く限り私達は常に仲間だ』
リフキアの言葉は誰もの心に残っていた。それを思い出したのか泣き始める者もいる。
「みずくせぇよ。何で昨日、言ってくれなかったんだ。大変なことなんだろ?それを抱え込んで」
作業人は言う。
「言えないのが皇族なんだ。どんなに若かろうと、本心までを国民に晒すことは絶対にしない。でも、仲間と言ったその言葉をお前は嘘だと思うのか。違うんだろ」
「…っ」
「待っててやろうじゃねぇの。何年かかるかわかんねぇ大仕事を終えて、きっとあの殿下は戻ってくるだろう。その時にはこれでもかってくらいもてなしてやろうぜ」
何年かかるかわからないその時のために。作業人達は心に悲しさと悔しさに火を付けたかのように作業に取り組んだ。
「…ザクロ、お前というやつは」
ムーアンはそう言って息をついた。いつもこういう役回りに回るな、と長年の友は思う。
「昨日将軍の使いが来たんだよ、うちに」
ザクロが一言に将軍というのはキシュのことだけである。
「たった一言、任せたと書かれた文を渡されてよ。俺だってあいつらと同じなんだ。何か自分を変えてくれた熱いものを知っちまうと、それが離れていくのが何より悔しいんだ。あいつらにとってそれがあの殿下だったってわけだ」
「そうか。そうだな」
そんな話が都で行われていた頃、その中心に構える宮殿の中では大きな騒ぎとなっていた。
リフキアの宮殿には朝からカトレシア家の当主ヒジェールや縁のある者が詰め寄せていた。しかし、リフキアは彼らに会うことはしなかった。
「殿下、外が騒がしく申し訳ありません」
彼自身の不手際ではないのだがアイゼンが言った。
「わかりきっていたことだ。国の重鎮を適当にあしらうのが難しいのもわかっている。かといって、武力行使とはいかないだろ」
リフキアは少し上の位置からこの状況を見守っていた。
押し掛けてきた彼らが何を言いに来たのか、何をしに来たのかなどと考えてみる。まさか、堂々と「帝位を狙われないのですか」などと言いはしないだろう。リフキアは考えるほどに、兄シウォンがこれまで背負ってきた皇太子としての重圧を感じた。
昼過ぎに至るまで彼らはリフキアの宮殿に押し寄せたままである。リフキアに言わせれば仕事を放棄して何をしているのかと彼らの思考を疑うものである。
すると外が突如と静かになった。リフキアは何かあったのかとヨルナに尋ねる。
「確認して参ります」
ヨルナがちらりと外を伺うと、そこにはダナフォート家の当主オルモンドが立っていた。彼は厳しい視線を貴族達に浴びせる。
「ここで何をなされておいでか」
オルモンドの声に誰もが静まり返る。
「今朝の発表で動揺なさるのはわからぬでもないが、仕事を放棄するのは話が違うというもの。殿下とて御歳十五歳。皇族の務めとして此度の辞令を受け準備をなさるとき。それが自らの仕事を棄て殿下の邪魔までしようとはこの国の官吏としていかがなものか」
オルモンドは辺りの貴族達の顔をじろりと見つめる。
「早くここを去られよ。どうしてもと言うならば、この私が法務長官の権限をもって不届きなる輩に然るべき対処をいたそう」
貴族達は一人、また一人と去っていった。それまで貴族の対応をしていたアイゼンはオルモンドに一言礼を伝える。
「ありがとうございました」
「礼には及ばない。昨日、娘を拙宅までお送りくださったと聞く。迷惑をかけて申し訳ないとお伝えしてほしい」
「はっ」
オルモンドは去り際にちらりと宮殿の一角を見た。そして彼のなかでは最大の笑みを表情にすると何やら楽しげに帰っていった。
オルモンドが見たその一角にいたリフキアは、オルモンドが去るとクスクスと笑い始めた。ヨルナは突然の笑いに驚きと不思議を感じずにはいられなかった。
「なるほど。では本当にダナフォートは兄上に…」
「殿下?」
「いいや、何でもないよ。少し安心しただけだ」
「はぁ…」
すると、アイゼンがリフキアの元へやって来た。
「失礼致します。ただいま兵より連絡が」
「何だ?」
「皇妃様が帝の宮殿に向かわれ、辞令破棄をお求めになっていると…」
「!」
リフキアは一瞬、時が凍ったかのような表情をしていた。目をつぶってゆっくり息を吐ききって再び開かれたその目は、まるで何かと別れを告げたように悲しくもあり、そして覚悟を決めたようであった。
「…行くぞ」
リフキアは歩き始める。「どこへ」という言葉は愚問であった。
「はい」
アイゼンとヨルナはリフキアの背を追って共に帝の宮殿に向かったのであった。
▽▽▽▽▽
「帝、どうかお考え直しをお願い申し上げます」
冬に近づいて寒さも増してきたこの日、皇妃シシルは帝の宮殿の前で聞き届けられるまではと叫び続けた。いくら冬物のドレスを着ていようと寒いことに変わりはない。帝に取り次ぎの連絡も断られ、直談判することも叶わなかったシシルはこうして宮殿の前で叫んでいるが、これは寒さとの戦いでもあった。
「リフキアはまだ十五の歳。親元を離れラドファタスへ赴任とはあまりにも酷い仕打ちとは思われませぬか!帝、帝の真意を私は知りたいのです。どうか、どうかご説明ください!」
「母上!」
リフキアは帝の宮殿の前に立つ母に声をかける。しかし、母はリフキアを見つけると普段の落ち着きを失って、リフキアの肩を恐ろしいほどの力で掴んだのである。
「リフキア!あなたからも帝に願い出なさい!ラドファタス赴任など正気の沙汰ではない!あなたは殺されるかもしれないのですよ!」
「母上!落ち着かれませ。これは私がお引き受けしたことでございます」
シシルの目は大きく見開かれた。
「…それはどういうことです」
「ラドファタスは結ばれた同盟の要衝となる場所となります。私の役目はそのラドファタス一帯の整備でございます」
「お前には無理です!」
「いいえ。帝にも皇太子殿下にも出来ぬ事ゆえ私が参るのです」
「…何?」
「帝も殿下も今は国内に目を向けたいときでございます。しかしながら同盟を結んだ今、外にも目を向ける人間が必要なのです。その役目をお受けいたしました。母上、ご心配はありがたく存じますが、私も皇族の一人です。国のために生きるは生まれもっての定めでございます」
リフキアがそう言うとその場にいたシシル付きの女官や兵は驚いていた。リフキアの印象といえば常にシシルの言うことに従う意思のない少年であったからである。
しかし、シシルの反応はそんな彼らとは違った。
「…やはりシウォンのせいか」
「母上?」
「シウォンに何を言われたのです!シウォンの元へ帝の命で行ってからお前は変わってしまった!シウォンに今回のことを強要されましたか!」
シシルはリフキアの肩により一層の力を込めていた。
「…っ」
「一体何を吹き込まれたというのです。後ろ楯もないあの者にラドファタスに行ったお前が守れると思いますか!その保証はどこにあるというのです!」
「母上。私は私の意思でラドファタスへ行くと申しました。殿下にも強要されたことなどただの一度もありません。帝も同様です」
リフキアは真摯に語った。
これが伝わらなければ恐らくもう一生、理解してはもらえないだろう。そう、リフキアは考えていた。ここが本当にこれまでの自分との分水嶺なのだと。
「母上、私はこの国の皇子として帝と未来の帝である殿下の補佐をする身です。これは私が決めた私の道です。母上には私のすることを応援していただけたら何より嬉しいことです。これまで多くのご心配もご迷惑もお掛けしました。私のような者が宮殿で生きていられたのも、母上がお守りくださったからだと思っております。しかし、これからは私の足で歩かせてください。母上、どうか今回のことをご理解いただきますようお願い申し上げます」
リフキアは言った。言い切って口の中の水分は緊張で渇ききってしまっていた。
すると、リフキアの肩からシシルは手を離した。触れられていた部分は爪で肉が抉られているところもある。冷たい風がそこを触れると激痛が走る。だが、リフキアはそれを表情にはしなかった。
シシルはしばらく俯いて何も言わなかった。
「…母上?」
リフキアが異変を感じて声をかける。シシルは笑っていた。
「…異国の女の子どもが時期帝とは世も末。国が乱れる!イスファターナの貴族を蔑ろにするあの皇子が国を振り返ったところで何があるというのです。誰も味方するものか!外に味方を作っても同盟など上手くいくはずもない。恨み合うもの同士がなぜ手を取るなどと。笑い話の一つに消えよう!」
「母上…」
こんな姿など見たことがなかった。見たくなかったというのが本音であった。
「リフキア、お前にもわかるときが来るでしょう。きっと母の言葉が理解できる日が来る!」
そのときだった。シシルの顔色が急激に変わった。リフキアの後ろを睨みつけているのである。
リフキアの後ろに何者かが立った。風に流れてきた香りで誰であるか理解した。
「ご乱心ですか、皇妃様。ここは帝の執務をとる宮殿にございます。落ち着かれませ」
シウォンはリフキアに自分の上掛けを与えて言った。驚くことに意外と傷は深いようで、着ていた服の肩の部分は血で赤く染まっていた。
「…なぜ、お前が」
「お会いしたいのは帝ではなく私ではないかと思いましたゆえ」
「ではやはりお前がリフキアを!」
「…違うと申したところでお信じにはならないかと思いますが、帝の意見に賛同したことには違いありません」
「リフキアが邪魔なのであろう!後ろ楯のないお前にはリフキアの存在が邪魔なのであろう!」
シシルは恐ろしい形相でシウォンに掴みかかった。
「兄上!」
しかし、シウォンはリフキアを止めた。
「ラドファタスに行ったリフキアを殺すつもりであろう!宮殿よりはよほど手が出しやすかろう!」
「…リフキアを殺すなど、夢にも思いません」
「簡単に嘘を!」
シシルの手はするすると首へと向かう。
「嘘…。殺せば人はそこで終わりです。使えるものを使わずに切り捨てるは愚者の道に他なりません」
そのときのシウォンの表情にシシルは一度怯んだ。とても冷たい青い瞳が自分を飲み込むようにさえ感じられた。
「私を殺すことでお気が済むならここで殺されるがよろしい。もう、簡単には顔を思い出せない母に久しぶりに会いに行くのも悪くはないでしょう」
「!」
シシルはシウォンの首から手を離した。離されたところには掴みかかられた痕がくっきりと残っている。
シシルはシウォンを睨みつけたままであった。
「皇妃様。辞令の執行はリフキアの妃選びが終わり、新年の祝賀を終えた後となります。ご心配はごもっとも。ですからそれまではリフキアとゆるりと親子の時間を取られてください」
シウォンはそう言うとシシルに背を向けて帰る指令を出す。歩き始めたシウォンにシシルは言った。
「許さぬぞ、そなただけは!許さぬからな、シウォン!」
激しい叫び声を無視してシウォンが歩みだしたとき、宮殿の扉が開いた。そこには帝本人が立っていた。
「帝…」
シウォンはどういうことかわからぬといった様子で父を見つめた。
帝はちらりとリフキアを見て、そしてシシルに目を向けた。
「…帝」
「皇妃」
帝のシシルを呼ぶ声の低さにシシルは身を固めた。温厚な普段の姿をどこにも感じない、そこにいたのはシシルの全く知らない人物のようである。
「…皇妃。これまでのいかなるそなたの行動にも目をつぶってきた。ゆえに、今さら過去のことについてとやかく問題にするつもりもない。しかし、これからは違う。今後皇太子シウォン、リフキア両名に危害を加える者はいかなる者にも厳重なる罰を与える。それが私の覚悟だ」
「…帝」
「今回の辞令にそなたが口を挟むことは出来ぬ。リフキア、予定通りの執行をすることを改めて命じる」
「はっ」
リフキアは深々と頭を下げた。
「皇妃には今回の騒ぎの罰として一ヶ月の謹慎を命じる。宮殿より出ることを禁じ、改めて今回の反省をすること。以上だ」
帝はシシルから視線をシウォンへ移した。何かを言いたそうな表情をシウォンへ向ける。シウォンはそんな帝にたいして頭を下げると自分の宮殿への帰途へついた。
帝は執務室に戻った。席に着くと同時にシュワームが紅茶を出す。その茶を少し口にすると、帝はシュワームに言った。
「…シュワーム。私はシウォンに実は恨まれていたりなどするのだろうか。恨むという感情ではないにしろ、何かを圧し殺させているのだろうか」
シュワームはその言葉の意味するところを知った。帝もシウォンとシシルのやり取りをすべて聞いていたのだ。
『もう簡単には思い出せない母に久しぶりに会いに行くのも悪くはないでしょう』
帝の脳裏にはその言葉がこびりついていた。確かに、わかる者ならその言葉に違和感をきっと持ったことだろう。
シウォンはあの言葉で、母の死に関した人間を特定することに成功したのだ。
「殿下は帝の真意をわかっておいでです。亡き皇妃様も復讐を望まれぬことくらいお分かりでしょう」
「…酷い父親だとは思わぬか。子どもの思いも汲めぬなど」
「親の心子知らずとも言いますように、子どもの心もまた親はすべて知ることはできません。子どもの成長は早い。万一に今理解されていなくても、いつかわかりあえると思われます。そのためにも帝としての責務をきちんと果たしていくしかないでしょう」
「…そうだな」
その頃、シウォンはナフカの呼んだ医師の手当てを受けていた。今回来たのはナチではなくアイジェスである。
「失礼致します。ナチ医官様の代理で参りました」
「アイジェス!」
ナフカは驚いて言った。
「お久しぶりでございます」
「ナチは不在か?」
シウォンが尋ねるとアイジェスは首を振った。
「いいえ、医局におられます」
「託されてきたのか」
「何やら医学書を読むのに夢中になっておられまして、連絡を受けた兵から大まかな症状を聞くと、怪我の手当てくらいなら自分はいらぬと仰せで…。私でご不安があられましたらすぐにでもナチ医官を呼んで参ります!」
すると、シウォンはクスクスと笑った。
「よい、そなたで構わぬ。お前の腕は毒のときに見せてもらったし、ナフカの知り合いでナチのお墨付きがあるならこれ以上不足なものはないだろう。実は早いところ治療をしてほしいのだ。何かと不便だ」
アイジェスはそうしてシウォンの首のあざを見た。多少爪で切られたところや打ち身になっているところもある。だが、アイジェスが心配したのはそこではなかった。
「殿下、呼吸は苦しくありませんか」
「特にはない」
「一応、色々と確認させてもらいますね。めまいやだるさはありませんか」
「ない…。何か深刻そうだがどうした?」
シウォンが尋ねると、アイジェスはナフカとキシュに言った。
「お二人は殿下のご側近ということで改めて申し上げますが、今後首を絞められるなどという行為が二度とないようにお願いいたします。相手が皇妃様でお力が弱かったのが幸いですが、男であれば話は違うのですから。わかっていて止めなかった、という気もしてなりませんが」
アイジェスはちらりとナフカを見た。ナフカがいかにもそのような感じであったからである。
「確かにある程度の圧がなければ死には至りませんが、万一に呼吸に障害が出たり、血が頭に行かなくなれば生活に支障を来します。事情は知りませんが今後はお止めくださいね!」
「わかっているよ。今回のようなことは二度とない。俺の前で殿下を死なすようなことはない」
キシュが言った。
「本当にお願いしますね」
アイジェスはそのあと、シウォンの怪我を手当てして帰っていった。
「あれは優秀だな。ナチの後継者となるかな」
アイジェスが去ったあと、シウォンは首に巻かれた包帯に触れながら言う。
「さて、まだまだこれからだろうさ」
ナフカはそう言って、気になっていたことを聞いた。
「…なぜ、わざと試すような言葉を?帝が聞いていることもお前にはわかっていただろうに」
シウォンはナフカとキシュに向き直った。
「過去のことを今さらとやかく言うつもりはない。これに関しては帝に同意する。だけど俺のなかで確認しておきたかったことでもあり、あの場ほど緊迫していないときっと答えてもらえなかった。永久に闇に眠っていただろうことに終止符を、今度こそ完全に」
「…これで、お前の心に整理がつくならこれ以上何も言わないさ」
キシュが言う。
「復讐だとか言うつもりなら、またアイジェスを呼んで手当てをしてもらわなきゃだが、お前はそんなものにとらわれるような小さな奴じゃない。第一似合わないよ、お前には」
「似合わないか」
「ああ」
その日の夜、寝台にリヨルがやってきた。このところ体調の悪かったリヨルとは別の部屋で眠っていたのだが、それが久しぶりにとなると少し驚いた。
ナフカの計らいなのかどうかと考えながら、リヨルを近くへ招く。
「体調は?」
「もうだいぶ安定しているんですよ。ですから、またシウォン様と共にいられます。晩酌はできませんけど」
リヨルは軽快に笑った。その笑い方がどこか亡きシヴァと重なってシウォンはリヨルを抱きしめた。
「…シウォン様」
「しばらくこうさせてくれ。少しでいい」
「…はい」
リヨルは抱きしめられる温もりを心地よく感じながら、シウォンの腕のなかにいた。
「ナフカから頼まれました。もし体調がよいのならシウォン様を慰めてほしいと。きっと、私になら心のなかを見せてくれるだろうと」
「…」
ナフカの計らいであったことを理解して、シウォンはため息をついた。
シウォンはそれからリヨルに事の次第を話して言った。
「…思い出すと、母上は私よりも先に私の料理にまで手をつけたりと、何をするにも自分から先にしておられた。それが私を守るためであって、そのために亡くなったと思うと、とても簡単には許せない。これまで病だと思っていたことがまさか毒のせいだったと知るのも遅すぎた。情けない自分に腹が立つ。だけど、復讐だとかそんなことで解決するものでもなくなってしまった」
知らないよりも、知ってよかった。だけど、簡単には飲み込めるものじゃなかった。この感情をどこに向ければよいのか、シウォンにはわからなかったのである。
「…本日限りです」
リヨルは言った。
「本日限り、この事に関してシウォン様が泣くことをお許ししますわ。それ以上は母君がお許しにならないでしょう。きっとお叱りになるはずです。ですから本日限り、私くらいには精一杯、母君のことを悲しむ姿を見せてもよいではありませんか。これから共に生きていくのですから」
込み上げていた思いはついに決壊した。
「リヨル…っ」
シウォンの溢れ出す涙にリヨルもつられて泣いていた。自分だったらきっと抑えられないだろう感情を、シウォンは何とか飲み込もうとしている。国のために、弟のためにはそうするべきなのだとわかっているからである。
その夜、二人は泣き疲れて眠った。
一日をかけて揺れた都は、夜を迎え再び静けさを取り戻したのである。




