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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
六章 渦中
71/125

目に映る世界、目指す場所 2


 「いらっしゃいませ!本日は干し肉、小麦に夏の綿布が大特価だよぅ!」

 

 エル・シモンドの商店は川沿いから少し入った繁華街とは言わなくても、人通りのある通りに面したところにあった。店の規模は想像よりはるかに大きい。一般的な店よりも大きいのではないだろうか、などとリフキアが思っているとジオが言った。

 

 「あれが店主のタスマさんです」

 

 ジオが指したのは店先で大声をあげる人物であった。

 

 「ちょっと声をかけてきます」

 「あ、おい…」

 

 辞めた店に声をかけるのはさすがに気まずいのではないかなどと思っていたリフキアであったが、当の本人はそんな様子は微塵もない。

 

 「店長!」

 

 タスマは呼ばれる声に振り返ると、ジオをみて笑顔で迎えた。

 

 「おお、ジオ!なにかまた不足のものがあったか?」

 「いいや、違うって。店長に会いたい方が来てるんだ」

 「えぇ?」

 

 タスマは少し離れたところに立つリフキアをみて首をかしげる。

 

 「あんな若いお得意様はいなかったと思うんだが…」

 「違うってば。あの人は…」

 

 ジオからリフキアの素性を聞くと、タスマは目を見開いてそれから慌ててリフキアの元へ駆けてきた。

 

 「これは身内が失礼をいたしました。さ、中へお入り下さい。大したおもてなしもできませんが」

 「すまない。突然で驚かせたな。店主はそなたなのだな」

 「はっ。このエル・シモンド商店の店主を勤めております、タスマと申します」

 「身内と言ったが、ジオはそなたの親類か?」

 「この者は私の妹の息子でございます」

 「そうだったのか」

 

 ジオはぺこりと頭を下げた。

 

 「俺には金勘定よりも体を動かす方が向いてたんですよ。それでムーアンさんのところに」

 「それで、殿下。何かご用でございますか」

 

 タスマが尋ねた。

 

 「実は、そなたの商店が扱っているものを知りたいのだ」

 「具体的にどのようなものでしょう」

 「石材や木材、いわゆる建築材だ」

 「なるほど。では、中にてお待ち下さい。帳簿を確認して参ります」

 

 作業に戻るというジオと別れて商店の奥に通されると、店内には多くのものが置かれていた。食品から衣類、ちょっとした武器や旅道具まで品揃えは十分と言えた。

 

 「お待たせしました」

 

 すると、アイゼンがリフキア達に合流した。

 

 「急がせて悪いな。ご苦労」

 「はい。それで、殿下。この店に何かご用ですか」

 

 アイゼンが尋ねると、リフキアは真剣そうな顔つきで言った。

 

 「もしかすれば何か手がかりが得られるかもしれない」

 

 リフキアがいう手がかりとは水道橋建設に関するものであった。たとえ、ソウェスフィリナ側を煉瓦で作ることができたとして、イスファターナには煉瓦の文化は無いから造ることは一からのスタートとなる。また、大きな航路が面した場所ならともかく、そうでない場所は煉瓦を運ぶことすら厳しい。主体となるものが煉瓦であっても、やはりイスファターナの建築材を用いた橋造りはどこかで必要となるのである。

 そのための費用を考えつつ、煉瓦にも劣らない強度をもつ建築材を吟味する。何かリフキアの知らない建築材があるかもしれない。そう思っている。

 

 「なるほど…。そこまでお考えでしたか」

 

 アイゼンもヨルナもリフキアの考えを理解して息をついた。

 建築という分野においてリフキアはただ興味があるに過ぎない。その専門家でも何者でもないので、実際には力を貸してくれる人間は必要となる。その前に自分の知識や見識は増やしておきたい。都に出たのにはそんな思いもあった。

 

 「殿下、こちらです」

 

 タスマがリフキアに帳簿を持ってきた。ここ数年の建築材の流入の傾向を記してあった。

 しばらくそれを眺めるリフキアにアイゼンは尋ねてみる。

 

 「いかがですか」

 「…私の知っている限りで実現可能なものはわからなかった」

 

 リフキアはため息をついた。

 

 「…左様ですか」

 「やはりその手の専門家を探すべきだと思う。元々その予定だったけど、もう少しあとにしようと思っていた。そう何度も外に出られる訳ではないし、ラドファタスに着いてから見つかるかもわからない」

 

 すると、部屋の引き戸がカラカラと音をたてて開いた。

 

 「失礼致します」

 

 そこには一人の少女が立っていた。その後ろにはタスマの姿もある。タスマはどこかこの状況に慌てているようだ。

 

 「お邪魔申し上げます。(わたくし)、アレッタ=ダナフォートと申します。父の命を届けに参りましたところ、殿下がこの店におられるとお聞きしご挨拶に参りました」

 「…ダ、ダナフォートと言ったか」

 「はい」

 

 リフキア達は目を丸くしていた。目の前に現れたのは妃候補の一人、それも有力なダナフォート家の娘だったのである。

 

 「ここの店は父が援助していますので、定期的に連絡を取っているのです」

 

 確かにこの店の商品の管理には店主一人の手腕では賄いきれないところがある。有力な貴族が後ろにいてもおかしくない。

 

 「そうだったのか。突然訪れて申し訳ない。いずれ正式な場で会うだろうが挨拶をしておこう。イスファターナ皇国リフキアだ。そなたは父卿の代わりを務めることもあるのか」

 「極まれにでございます。普段は上の二人の兄が務めますが、学校の研究科の方が佳境とのことですので」

 「なるほど」

 

 アレッタはにこりと笑った。

 

 「失礼ながら殿下、先ほど部屋より偶然にも聴こえてしまったのでございますが、何やら建築に詳しい者をお探しのようですね」

 「…ああ」

 「ダナフォート家は各方面の専門家と少なからず知り合っております。もしよろしければお力をお貸ししたく存じます」

 

 アレッタは深く頭を下げた。それを聞いてリフキアは立ち上がるとアレッタの前に立った。

 

 「…どのくらいで都合はつけられるのだ」

 「…三日、いえ二日でご連絡申し上げます」

 「わかった。楽しみにしておこう」

 

 リフキアはアイゼンとヨルナに目配せをする。二人は立ち上がって部屋を出たリフキアに続いた。

 

 「殿下」

 

 アイゼンは声をかける。店を出ると、今日都のどこかに潜んでいた兵が馬の用意をしていた。

 

 「私が建築家を探していることを見越していたな、あれは」

 「いかがなさるのですか」

 

 ヨルナが尋ねる。

 

 「利用できるものはするつもりだ。だが、何か釈然としない」

 

 自分の行動を読まれたことが悔しかったのだろうか。

 リフキアは店を振り返ってもう一度品物を見る。リフキアを見送りに来たタスマは首をかしげていた。

 

 「いい店だ。タスマ、都の復旧に際して資材の搬入や取引を担ってくれたと聞いた。感謝するぞ」

 「いえ、私どもはやれることをやっただけにございます」

 「それによって救われたのだ。今後も何かあれば力を貸してほしい」

 「はい。もちろんでございます」

 「今日は突然訪れてすまなかった。これで失礼する」

 

 リフキアは馬に乗って、ちらりとタスマの隣に立つアレッタを見た。

 

 「見たところ帰りの御者はいないようだが」

 「はい。ここまでは歩いて参りましたので」

 「何?」

 「歩くのが好きですから」

 「もうすぐ日が暮れるぞ」

 「慣れております」

 

 何とも平行線な会話を交わして、リフキアは懐中時計を見る。あと一時間で日が暮れるというところ。ここから貴族街へ歩けば一時間はゆうに超えるだろう。

 

 「そなたの用件は父卿の命を伝えることと言っていたな。すぐに済むものか?」

 「この書状をタスマ殿に渡せば終わりにございます」

 

 なぜそのような仕事を娘に託したのか、リフキアはダナフォート卿の真意をはかりかねた。しかしながらこのままアレッタを放って帰るのも、一度気になったが最後、気の晴れるものでもない。

 

 「ヨルナ、お前の馬に乗せてやってくれ。ダナフォート家まで送る」

 「…承知いたしました」

 「いえ、殿下。そこまでしていただく必要は…」

 

 ございません。と言いかけてリフキアがヨルナに目配せする。ヨルナは馬を降りて「どうぞ」とアレッタに手を差し出した。

 

 「…」

 「貴族の娘なら、それもダナフォート家の娘であるならわかっているのだろう。早くされよ。日が落ちるのは早い」

 

 この国の皇子の誘い(手)を断ることは大変な無礼になる。わかってはいるのだがどこかもどかしいものをアレッタは感じていた。しかし、やはり断ることはできない。

 

 「…ではお言葉ありがたく、失礼致します」

 

 アレッタは馬に跨がった。ヨルナもその後ろに跨がる。

 都の大通りを通るのを避けて、迂回しながら貴族街に入る。そこまでの道中、アレッタは顔を真っ赤にしていたので、ヨルナは少し可愛らしくそれを見ていた。

 

 「妃選びの件、父卿から話は聞いているのか」

 

 突然、リフキアから言葉を向けられてアレッタはびくりと震えた。

 

 「…はい」

 「そうか。無理はされるな」

 

 そう言ったリフキアにアレッタは驚いていた。

 

 「今日、あの店で会って貴女はきっと賢いのだろうと思った。それにあのダナフォート卿の愛娘なら、よき淑女と育て上げられたに違いない。だけど、私は帝となるわけではない。それが意味するところはわかっているか」

 

 リフキアが帝とならなければ、その存在は帝の立場を脅かすものへと変わっていく。リフキアはこれから後、命を狙われる危機におそらく遭遇することもあり得るのだ。守りたくても守れる力を持たないとリフキアは言いたかったのである。

 

 「本当は妃選びのときに伝えるつもりだった。だが、妃選びに一度選出されると縁談の巡りは悪くなるというではないか」

 

 確かにリフキアの言うように、アレッタの元に来ていた縁談はある時ピタリと止まった。それは、一度シウォンの妃候補に上がったからである。幸い、アレッタはシウォンに会うことなく終わったのではあるが、それからあとは父オルモンドが見つけてきた相手であったりしたので、縁談というものの世間の目は意外と厳しいのだと理解した。

 当のアレッタにあまり結婚願望が無かったことも、これまで一度も成立しなかった要因の一つではあるのだが。

 リフキアの話は続く。

 

 「これからどうとなるかわからぬ人間に嫁ぐことが貴女にとって幸せかどうか。それに兄上ならともかく、貴女より三つも年下の男に嫁ぐなどやりづらいこともあるだろう。すべてにおいて、それでも国のために生きる力となる覚悟がある者に妃選びには来てほしい。それを前もって言えないのが残念だが、せめて貴女には伝えておきたい」

 

 アレッタはリフキアが自分を送ると言った意味を理解した。

 本当は今日、エル・シモンド商店を訪れたのも、帰りの御者を帰してしまったのも父オルモンドの命による。父の話を聞けばアレッタがリフキアに嫁ぐことでリフキアをダナフォート家が守ることができるということのようだった。

 父オルモンドが帝にはシウォンをと思っていることに異論はない。さらに聞けばリフキアはそのシウォンが失うわけにはいかない駒なのだという。

 国を守るために自分の存在が役立つならと、アレッタは話を受け入れ、今日の行動に至った。しかしどうやら考えが甘かったようである。

 リフキアは自分のことよりもまずアレッタや他の候補者の身を案じていた。もしかすると妃選び自体をやるつもりもないのかもしれない。自分の身が危険というときに相手の心配をする目の前の皇子に、アレッタは驚き、何より想像する皇族らしくないと思っていたのである。

 父オルモンドの計画ではわざと皇子にアレッタを送らせて、他の候補者を牽制する予定だったのだ。確実に妃の座をダナフォート家が獲るために。結果的に目的を果たしてたのかもしれないが、それ以上にリフキアという人物の奥深さを知らされることとなった。

 

 (ここまでは父上も想像しておられなかったはずね)

 

 アレッタはフッと息をもらした。

 

 「殿下。私はダナフォートの娘である以前に男として生まれていたならば、官職に付き、この国のために生涯を捧げるつもりでございました。女として生まれてもそれは変わりありません。官職に付けずとも何かの形で国のために働くつもりでございます」

 

 リフキアは馬の足を止めた。そしてアレッタを見る。

 

 「私はそのためのあらゆる手を考えて参りましたが、この日まで見つけることは叶いませんでした。ですが、一つだけ申させていただきますと、私はリフキア殿下の密かな支持者でございます。殿下の都で人心をまとめあげるために奔走されるお姿に感銘を受けました。ですから私にとって妃選びは、確かに危険なこともあるかもしれませんが国のためにと行動される方の側にあれる道だと心得ています。それが私の幸せです」

 

 そう言いきると、アレッタは酷く喉に渇きを感じた。自分でも長々と話したなと少し反省する。

 すると、目の前にいたリフキアは小さく笑みをこぼした。

 

 「…それが貴女の幸せとなるなら止めることもないな。妃選びの日を楽しみにしている」

 

 アレッタはそのとき、リフキアという人間をまっすぐに受け入れた。リフキアの言葉はアレッタの胸に綺麗に仕舞われることになった。

 自分の生き方を認められた、そんな気がしたのだ。そしてそれがとても嬉しかった。

 

 ダナフォート邸に届けられてリフキアと別れたアレッタは、門をくぐり、邸に入る。すると、玄関で父オルモンドがアレッタを待っていた。

 

 「…どうであった、殿下は」

 

 アレッタは微笑んだ。

 

 「ただ者ではないと」

 「…」

 「父上、この話を私に下さってありがとうございます。どうやら、殿下は私達が思っているよりもずっと大きいお方なのだと思いました」

 

 アレッタは父の前から下がって部屋に戻る。アレッタの頭にはずっとリフキアの言葉が繰り返されていた。

 

 「…二日、ね」

 

 アレッタは笑って本棚から一冊の古い本を取り出して見始めた。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「…お聞きしてよろしいですか、殿下」

 

 宮殿の門をくぐったところでヨルナが尋ねた。

 

 「なんだ?」

 「なぜ、ダナフォート卿の娘を乗せられたのですか」

 

 リフキアは最もな意見だなと頷いた。

 

 「それが、ダナフォート卿が望んだことなのではないかと思ったからだよ。それに妃選びについても話しておきたかった」

 「卿が望んだこととは」

 

 アイゼンが言う。

 

 「卿は確実に妃の座を獲りにきてるんだと思う。だから芝居をうったんだろう。その背後にいる人の姿もわかるから受け入れてみたんだ」

 

 背後にいる人というのはシウォンのことである。相手がダナフォート卿であるなら間違いはないだろう。

 

 「…アイゼン、ヨルナ。今日は早く休む。たぶん夜のうちに宮殿に辞令の話が広まり、明日は国が大騒ぎだ。今日くらいは休みたい」

 「承知いたしました。そのように計らいます」

 「頼む」

 

 リフキアの言うとおり、翌朝、国中は一つの辞令に揺れた。

 リフキアのラドファタス赴任―それは帝の意思決定と、今後この国の未来が皇太子シウォンの手に握られることを意味していた。

 ある者は驚き、ある者は残念に思い、ある者は怒りに震えた。

 

 そんな朝がやって来るとは知らないこの日の夜は、いつもに増してとても静かだった。

ひとまず今日はここまでです。

お待たせいたしました。

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