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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
六章 渦中
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不穏な風


 この日、リフキアの宮殿にはヨルナ=シュラインがやって来ていた。正式な復帰はもう少し後だが、現在の仕事の確認とかやることが多いらしい。せっかく与えた休暇もそれでは心も休まらないとリフキアは心配していたが、当のヨルナは軽快な笑みを見せていた。

 

 「ご心配ありませんよ、殿下。せっかく休暇をいただいていますが、医庁にいたときは早く仕事に戻りたくてソワソワしていたんです」

 「そうは言ってもなぁ…」

 「本当に、ご心配はいりませんから」

 

 そう、ヨルナがリフキアに説明していたとき、アイゼンが少し陰った顔をしてやって来た。

 

 「殿下、宮の殿より通達書が参りました」

 

 リフキアもヨルナも互いに目を合わせて驚いた。

 宮の殿は皇族の行事を司る機関。今のリフキアに参加しなくてはならない行事は思い当たらなかった。

 

 「アイゼン、なぜそう浮かない顔をしているんだ」

 「…」

 

 アイゼンは眉に力を入れて何かを考えている。おそらくそれは良いことでないのは予想が着いた。

 

 「…中身はなんだ?その手にしている通達書を渡してくれ」

 

 アイゼンはゆっくりとそれを渡した。中身は普通の通達書に違いないが、リフキアはそこに書かれた文を見て全身に寒気が襲った。

 

『リフキア=イスファターナ第二皇子殿下

 

 この度皇太子殿下の婚儀をつつがなく終え、第二皇子たるリフキア殿下におかれては今後のイスファターナ皇国がより磐石となるための方策として、殿下の妃選びを正式に執り行うこととなりました。

 候補には以下の家の娘をと協議しております。

 殿下におかれては国の発展のため真摯に妃選びに向き合っていただきたく存じます。

 詳細については後日ご連絡申し上げます。

 

 候補者…ウィンコール家、キルセント家、…リュンカータ家、ロイフェルタ家  以上

 

  イスファターナ皇国宮の殿』

 

 リフキアは通達書を二、三度読み返して顔をあげた。先程と逆にヨルナがリフキアを心配して見つめている。

 

 「殿下、そこにはなんと書かれてあるのですか」

 

 ヨルナが尋ねる。リフキアは、部屋に入ってきたときのアイゼンの表情の理由に納得して答えた。

 

 「…私の妃選びの通達書だ」

 「妃選びですか!なぜ、それが今…」

 「わからない。だが、私はこれを受けることはできない。兄上が結婚なさったばかりで私が妃を迎えることがこの国にとって良いことには思えないから」

 「…左様でございますね」

 

 ヨルナもリフキアの言っていることを理解した。

 リフキアはこの国の第二皇子。今現在、帝位継承権第二位を持っている。つまりはシウォンに万一の事があれば次の帝になる資格を持っているということである。

 

 そして、シウォンには後見となる家がない。シウォンの母、前皇妃シヴァは帝国の流れを汲む民族アルカインの長の娘だった。アルカイン族は長いことイスファターナの北東の地で力を持っていた民族だった。歴史を見れば幾度とイスファターナとアルカイン族は争いを続けていた。それが今ではイスファターナ帝アドロフ三世とシヴァの結婚により、イスファターナ領として統治を受けている。シヴァが単身でイスファターナ皇家に嫁いでくることによって両民族の争いは歴史から名を消したのである。

 しかし問題は簡単でなく、シヴァはイスファターナ上流階級の伝統と尊厳を語る貴族達から、アルカイン族というだけで執拗な嫌がらせを受けることもあった。

 それは生まれてきたシウォンにとっても不幸に違いはなく、皇太子となった今、母方の家もないシウォンはイスファターナ貴族達と離れた位置にある。

 もし、リフキアがイスファターナ貴族の娘を妃に迎えたら、有力なカトレシア家の後ろ楯を持つという以上の力を持つことになる。それは、皇太子であるシウォンの立場からすれば恐れるべきことであった。

 

 「殿下、その候補の家をご覧下さい」

 

 アイゼンが言った。リフキアはもう一度通達書に目を移す。候補の家はどれもイスファターナでは名の知れた貴族。すると、リフキアはある家の名を見てアイゼンが求めていた気づきに気がついた。

 

 「…何故だ」

 「わかりません。しかし、殿下。宮の殿の使いの者が申すには、候補の家の最後は、ダナフォート家とのことでした」

 「ダナフォート家!」

 

 ヨルナも名前を聞いて驚きの声をあげる。

 

 「アイゼン、宮の殿へ行く」

 「こ、これからですか?」

 「行かずにいられるか!」

 

 リフキアは怒りを込めて叫んだ。普段穏やかなリフキアが叫ぶのでアイゼンもヨルナも驚く。

 

 「宮の殿は何を考えているのだ。考えればわかることのはずなのに…。とにかく、長官に確認にする」

 「わかりました」

 「殿下、私もお供させてください!」

 

 ヨルナが言った。リフキアは厳しい視線をヨルナに向ける。

 

 「足手まといにはなりません。私も殿下の側近の一人。お連れください」

 「…わかった。無理だけはするなよ」

 「はい」

 

 そうして三人は宮の殿へ向かった。

 宮の殿の長官オジン=カーターは、普段表に姿を表すことはない。先日のシウォンの婚儀や、皇族の取り仕切る行事を除いては姿を表さず、側近の者に取りつぎなどは任せている。ゆえに、リフキアが宮の殿へ赴いたところで、簡単に会える人物ではなかった。

 

 「第二皇子リフキアが長官に会いたいと言っていると伝えてほしい」

 

 そう、宮の殿で働く宮務兵に伝えたリフキアだったが、やって来たのは長官本人ではなかった。

 

 「ご挨拶を、第二皇子殿下。私、宮の殿長官代理を務めます、カイン=リシュレインと申します。長官に代わりご用件をお伺いします」

 

 白髪のまだ三十代の男は、リフキアに深々と頭を下げた。髪が白いのは宮の殿の高官である証しとも言えるもので、このカインという男が代理と名乗ったことを考えれば、次期長官に最も近い人物なのだろう。

 

 「長官には会えないか」

 

 リフキアは尋ねる。

 

 「長官はただいま神殿に籠られ、祈祷の最中でございます。ここまで来ていただきました殿下にはご容赦願います」

 

 リフキアは溜め息をついた。

 

 「それでは、基本的に代理のそなたであれば、この決定がいかなる意味を持つかは答えられるだろうな」

 

 リフキアは懐から通達書を取り出した。

 

 「これは、今朝方届けるよう指示したものでございますね」

 「では、何が書かれているかはわかっているな」

 「はい」

 

 カインは平然とした様子で答えた。そのカインの態度がリフキアの苛立ちを助長したともいえた。

 

 「なぜ、今なのだ。そしてなぜ相手にこんなにも家格が高い者を集めている?」

 

 リフキアの声色には怒気が含められていた。

 

 「殿下はこの国の第二皇子たるお方です。相手に不足はないかと思われますが」

 「そういうことを言っているのではない!皆が口にしないだけで、私と皇太子殿下には決定的家格の差があることはわかっているだろう!それを助長するかのようなこの妃選びの相手は何事だと聞いているのだ!」

 

 カインはリフキアを見つめて、しばらく間を置いて答えた。

 

 「…我々宮の殿の高官は、シウォン様にソウェスフィリナ王女殿下が嫁がれたことにより、その立場は磐石であると考えております。ゆえに、リフキア殿下にはイスファターナ貴族と皇家の関係を結んでいただく役目を負っていただくことになるのです」

 

 カインの言葉を聞いて、リフキアは冷ややかな怒りを口にした。沸き立つほどの怒りのなかでもその思考は常に冷静に運用されていたのである。

 

 「なるほどな。そう言ってしまえば憂いなしとそなたらは考えたのだな。なんと甘い、後を考えない思考なのだ」

 「…殿下」

 「カイン。私はそこに書かれている家の娘とは会わぬ。そなたらには失望した。オジンにはそう伝えてくれて構わない」

 

 すると、リフキアを背後で呼ぶ声がした。

 

 「リフキア!」

 

 皇妃シシルであった。薄紫のドレスに華やかな装飾を施した彼女は、息子を見つけるや満面の笑みでやって来た。

 

 「リフキア、まさかここで会うとは」

 「母上」

 

 リフキアは頭を下げる。

 

 「あなたにもその紙が届きましたか」

 

 リフキアが手にしている通達書をシシルは指した。

 

 「カイン、よくぞリフキアに良き相手を選んでくれました。なんと礼を申せばよいか」

 「もったいないお言葉でございます」

 

 シシルの声色にも見られる感情の高まりに、リフキアは疑念を感じずにはいられなかった。

 

 「リフキア、本当にあなたは恵まれていますよ」

 

 リフキアは奥底で何かが崩れていく音がした。

 

 「…母上もそのようにお考えなのですか?」

 

 まるでパズルが剥がれ落ちるように目の前の光景は形を変え、頭に不協和音が鳴り響いている。

 

 「何故なのです。何故、争いの種を生むようなことをなさるのです。母上ともあろう方がこの書状に疑問を感じなかったのですか。私は…私は今とても驚いています!」

 

 リフキアは頭を下げると宮の殿を立ち去った。

 

 「殿下!」

 

 慌ててアイゼンとヨルナは追いかける。

 宮の殿を出てしばらく走ると、そこがどこなのかリフキアはわからなかった。広い宮殿のなかでも表側には出ることはほとんどない。おそらくは宮殿の表側に近いと思われた。

 リフキアは少し荒れている息を整えるかのようにしばらく歩く。歩いて木陰に座り込んだ。

 

 「…どうして」

 

 どっと全身に疲れが押し寄せた。考えても答えは簡単に出てこない。もはや答えを求めることが無駄な気がする。

 常識のように思えてそれは人にとっては好機であったり不幸であったりする。しかしながら、望みもしないことに好機を匂わされても全く嬉しくない。リフキアのなかで次期帝たる存在はシウォンただ一人なのである。それに代わる存在などいるはずがない。

 そんなことを思っていると、横からスッとコップが渡された。

 

 「水をお飲みになりませぬかな」

 

 白髪の老人は言った。

 

 「そなたは…」

 「はい。オジン=カーターにございます。先程はカインにお相手をさせてしまい申し訳ありません」

 

 リフキアはコップを受け取って水を飲む。

 オジンは傍目にはどこにでもいそうな老人のように見えた。しかし、この人物が宮の殿を長きに渡って動かしてきた、最高位の長官に違いはないのである。リフキア自身、オジンと面と向かって話すのは初めてのことであったので、少し緊張してしまう。

 

 「カインも悪気があってあのような言い方をしたのではないのです。ただ少し人の心を介する事が苦手なのです」

 「オジン、私は」

 「妃選びはせぬと仰せでしたな」

 「…そうだ」

 

 リフキアの真剣な表情にオジンは小さく笑みを漏らした。

 

 「早まることはありません。殿下、悩みの種は皇太子殿下への思いからではないですか。あなたにとって皇太子殿下はどういうお方か、今一度じっくり考えなされ」

 「…兄上は私がお仕えすると決めたお方だ」

 「その方のためなら命をも()すと?」

 「その覚悟でいる」

 

 オジンはゆっくりと空を見上げた。

 

 「これもまた定め…か」

 

 オジンはポツリと言葉を漏らす。リフキアはそれを不思議そうに見つめていた。

 

 「リフキア様。妃選びの件、本当にお受けになりませぬか」

 「兄上を害するとわかっていてやるわけがない」

 

 オジンは「なるほど」と一言口にした。

 

 「では、会われるだけ会うのはいかがですか」

 「どういうことだ?」

 「候補者達に会うだけ会って、それだけで終わりとするのです」

 「そんなことをする意味がどこにある?」

 

 リフキアの問いにオジンは笑った。

 

 「貴族との結び付きは何も権力だけにあらず。今のリフキア様であれば、きっとそれぞれの家を見定める判断がお出来になるのではありませんか」

 「しかし…」

 「ちなみに申しますと、ダナフォート家を候補者に進めてこられたのは他でもない、皇妃様とカトレシア卿ですぞ」

 「!」

 

 リフキアは驚きのあまり立ち上がった。

 

 「オジン。まさかとは思うが母上と伯父上は…」

 

 リフキアの声は震えていた。

 

 「気づいても良い頃でしょう。皆が言わぬだけであって、その流れがあるのは事実。まして、今回の同盟に反対の者も相まってその動きは大きくなっている。反皇太子派か、反同盟派かは境を失ってきているのです。リフキア様はどちらなのでしょうかな」

 「私は!私は兄上こそが次期帝であると思っている。それが揺らぐことはない!」

 

 声を荒げたリフキアをオジンは嗜めるように言った。

 

 「あなたの周りにはそうは思わぬ方々がいささか多いですな。だからこその妃選びだと私は思っておるのですよ」

 「…」

 「強くおなりなされ。あなたが誰であれ、あなたの心が全てなのです。リフキア様が皇太子殿下に命を賭す覚悟で生きられるのなら、それは確かに反対する勢力とは対極の立場でございましょう。しかし今のリフキア様では弱い。今のあなたは、ようやく芽を出したところであって、やはりカトレシアの血を継ぐ皇妃様のお子なのです。今後のイスファターナに必要な力を持つ者は必ずいるでしょう。リフキア様に、その判断がお出来になりますかな」

 

 リフキアはその身に雷が落ちたかのような衝撃を受けていた。つまりは、母と伯父の意に反するのなら、それに見合う力が必要だということ。

 母と伯父の意に反するのなら―!

 

 「…オジン、そなたの考えはよくわかった。わかった上で聞こう。そなたはどちらの立場なのだ?」

 

 オジンはまた笑う。

 

 「私は…どちらでもありませんよ。宮の殿の長官はただ、神の声を聞き、皇族の方が血を繋ぐためのことを考える役職。皇族の方がただの人であることを許さぬための役職とも言えますかな。人としての幸せを阻むための仕事を生業とする我々に、皇族の方がされることを善悪で評価することはありません」

 「…どちらでもない、か」

 「はい」

 

 リフキアは一息、息を吐ききるとオジンに言った。

 

 「オジン、リストの貴族の娘に会うことにしよう。ただし、私は妃を迎えるつもりはない。狙いは私の力となれそうな者を見つけることだ」

 「ホホッ、何か問題があれば皆が宮の殿に詰めよりますなぁ。難しいことを老体にさせてくれまするな」

 「少しだけ耐えてくれ。宮の殿だけにすべての責任を負わさせはしない。決めるときは私も決める。だが、それは今ではない。ただそれだけだ」

 

 リフキアは少しだけ気持ちの整理がついた。まだ何も解決してはいないのだが、方向が見えただけで十分である。

 

 「オジン、詳細は宮殿に伝えてほしい」

 「わかりました。近く、使いの者に届けさせましょう」

 

 リフキアがオジンと別れようとしたその時、アイゼンとヨルナが待ち構えていた。

 

 「…殿下」

 「すまない。勝手に行動したことは謝る」

 

 アイゼンがひとつ頷いた。

 

 「わかってくださればよろしいのです。それに、お気持ちは我々も理解しているつもりです」

 「殿下、宮殿に戻りましょう」

 

 ヨルナが言う。

 二人ともどこか表情が硬い。おそらくはオジンとリフキアの話が聴こえていたのだろう。だからリフキアも改めて言うことはしなかった。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「それで?」

 

 また愉快そうに話を聞いている人物が一人。その青い瞳を光らせながら執務席で興味津々に報告を受ける。

 

 「はい、どうやらリフキア殿下のお心は変わらぬようです」

 「そうか…」

 

 報告を終えたハクは一息をついた。対してシウォンは両脇に控える側近二人に言った。

 

 「ナフカ、キシュ。お前達も身の回りには気を付けておくことだ。そろそろ本格的に動き出すだろうからな」

 

 するとその時であった。執務室の扉がノックされる。

 

 「入れ」

 

 シウォンが答えると一人の兵が入ってきた。

 

 「何かあったか?」

 

 キシュが尋ねる。

 

 「はい。それがその…。法務長官殿の密使が参りまして、長官殿より言伝てにて殿下にお会いしたいと申されているようです」

 

 法務長官とは他でもないダナフォート卿オルモンドのことである。

 キシュが報告をした兵を帰すと、シウォンは笑っていた。

 

 「何なんだ、シウォン。勿体ぶらずに教えてくれないか」

 

 ナフカが尋ねる。

 

 「大したことはない。ただ、意外な大物に会えるのだから準備を怠らないに越したことはない。ハク、法務長官ダナフォート卿に返事をしてほしい。あくまで秘密裏を望むようならこちらもそれに習おう」

 「承知いたしました」

 「ナフカ、キシュ、ハク。いよいよ動くぞ。お前達の働きに期待している」

 「はい!」

 

 イスファターナに不穏な風が吹いていた。その風は何を運んでくるのか。何を巡り合わせるのか。

 夕刻、宮殿の一角にてシウォンとダナフォート卿は顔を合わせるのであった。

遅くなり申し訳ありません。

しばらくはゆっくりの投稿となります。

今後もイスファターナ戦記、よろしくお願いします。


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