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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
六章 渦中
62/125

期待


 「旦那様、書状が届いております」

 

 都の東側。貴族街の比較的大通りにダナフォート家の屋敷はあった。その書斎にて久しぶりの休みを楽しんでいた当主オルモンドは、執事が持ってきた書状を睨む。

 

 「差出人は?」

 「カトレシア家のヒジェール殿です」

 「…しつこい男だ、まったく」

 

 オルモンドはそう言いながら封を開ける。どうせ中身は見なくてもわかっていた。リフキアとオルモンドの娘の婚約話についてである。

 案の定、中身はその通りだった。オルモンドは執事に娘を呼ぶように伝える。しばらくしてやってきたのは、剣術の稽古中だったのか、武術服に身を包んだ、はつらつとした娘であった。

 大きな瞳と、茶色みを帯びた髪。そしてその笑顔はとても人を魅了する力がある。

 

 「お呼びでしょうか、お父様」

 「アレッタ、入りなさい」

 

 アレッタと呼ばれた娘は、父親の前で優雅に礼をしてみせた。

 

 「何用でございますか」

 「第二皇子殿下との婚約の話が来ている。しばらく長考の時間をほしいと言っているんだが、何度も催促が来るわけだ」

 「…第二皇子殿下とは、都で噂になっている殿下のことでございますか」

 「そうだ」

 

 アレッタはしばらく考えて言う。

 

 「もし、私が婚約することになれば、カトレシア家と繋がることになりますね。皇妃様は皇太子殿下よりはご自身のお子を帝位に就けたいとお考えと聞いたことがありますが、父上はどのようにお考えですか」

 

 思わずオルモンドも舌を巻く。アレッタはいつの間にか情報を仕入れていることが多い。その上頭が回るから、 もし男であったならなどと親ながらオルモンドは思っている。

 

 「その噂はここだけの話、嘘でもない。もし、反旗を翻す何てことになれば共倒れもあり得る」

 「では、お受けにならなければよろしいではありませんか」

 「…」

 

 アレッタはもうすぐ十八を迎える。いい加減婚約者を見つけなければ、婚期を逃しかねないのだ。

 

 「…お前自身はどうなんだ?」

 「私ですか」

 「もうすぐ結婚の適年齢になるだろう。焦っている様子はまったく見えないが」

 「私は国に生きると決めております。お父様やお兄様達のように国に生きたいのでございます。そうであるからこそ、私は剣の稽古にも励むわけでございまして…」

 

 アレッタはよく育ってくれた。どこに出しても問題ない、オルモンド自慢の娘である。しかし、どこか普通の娘にあって良さそうな夢が感じられない。綺麗に着飾ったり、それこそこのくらいの歳では結婚に夢を見てもいい頃である。しかし、アレッタの口からそのような言葉が出ることはない。

 そんなことを考えるオルモンドを前にアレッタは笑った。

 

 「お父様。そのようにしかめ面をなさっていては掴める機会を逃してしまいますよ。お父様はダナフォート家当主として、どうされたいかをお考えください。私は、それが必要とあればそれを行いますし、その必要がないのであれば結婚する意味も無いかと思っております」

 

 不思議なことに、結婚の考えについてはカトレシア家のルージュと、ダナフォート家のアレッタはほとんど同じ認識を持っているようだった。

 

 「ただ…」

 

 アレッタは言葉を続けた。

 

 「お父様はカトレシア家と手を握るつもりはあまりないという認識でよろしいでしょうか。しかし、先方にいつまでも返事をしないのもいささか気分のよいものではありません。一度、私が殿下にお会いすればそれでよろしいのではありませんか」

 「しかし、相手は殿下だぞ。一度会えば大体はそのまま…」

 「皇太子殿下とルージュ様の前例があります。この家のためを考えれば、一度お会いしてダナフォート家は使える人間だと思わせればよろしいのでしょう、お父様」

 

 にこにことしながら恐ろしいことを言う娘である。すると、扉の方からアレッタに称賛の拍手を送る者達がやってきた。

 

 「アルヴィンお兄様!イシュフォードお兄様!」

 

 二人の兄を見たアレッタは二人に飛び付く。

 

 「こらこら、アレッタ。父上の前でみっともない」

 

 アルヴィンが言う。

 

 「ですが、三ヶ月ぶりです。大目に見てください」

 「まったくだ。兄貴は細かすぎるんだよ、なぁアレッタ」

 「そう言うイシュフォードお兄様は適当すぎます。私はアルヴィンお兄様の方が好きです」

 「な、何をこいつ!」

 

 そんな二人を他所に、アルヴィンはオルモンドに言った。

 

 「リフキア殿下のお話は都じゃ結構大きくなっています。あの方が現皇妃やその回りの人間に潰されない限りは、いずれ皇太子殿下を支える第一人者になってもおかしくありません。何しろ、皇太子殿下には派閥がありませんから」

 

 そう言われてオルモンドはまた唸る。

 

 「それに正直カトレシア家について、先があるようには思えないんです。なぁ、イシュフォード」

 「学校でも権力のことしか頭に無さそうな連中です。誇り高いダナフォート家が彼らと手を組むことはありませんよ」

 

 イシュフォードはアレッタを片手に抱き抱えたまま言う。

 アルヴィンとイシュフォードは共に皇立学校の研究科にまで進み、アレッタは昨年専門科を卒業していた。大抵貴族の子息達は研究科まで進むのだが、同年代にはカトレシア家の子息達もいる。

 

 「ここは一つ、アレッタの手腕を見てからで良さそうなのでは、父上」

 

 アルヴィンにそう言われ、イシュフォードやアレッタもそれに反対するような感じはない。オルモンドは執事に便箋と封筒を持ってくるように頼むと、カトレシア家に返事を出すことにしたのだった。

 

 翌日、ダナフォート家当主オルモンドは都を馬車で巡っていた。都にあるダナフォート家が関わる店を訪れてその様子を聞くためである。ダナフォート家はイスファターナの貴族中の貴族。息がかからないところはほとんどない。都の東から西にかけて馬車を一日走らせる。その馬車の中でオルモンドはずっと、リフキアについて考えていた。

 すると、突然馬車が大きく揺れた。窓枠についていた肘ががくりと落ちる。

 

 「…っ何事だ」

 

 オルモンドが尋ねると執事のキースが締め切られたカーテンの外を覗きながら答える。

 

 「どうやら災害のあった地域が近いようですね。道が悪いのでしばらく揺れるかと。申し訳ありません」

 「構わん。そうか、あの地域にまで来ていたのか…」

 

 そう何気に呟いてオルモンドは急に思い立った。

 

 「…馬車を止めろ。しばらく歩く」

 「旦那様?」

 「近くにエル・シモンド商店があったはずだ。先日、復興のための金を渡してはあるが、念のために様子を見ておきたい」

 「かしこまりました」

 

 オルモンドはキースと共に外に出る。 地面はあらかた綺麗にされたのだろうが、まだあちこちに廃棄物の山ができていた。よく見れば取り壊される建物もあるようで、被害の大きさが噂に聞く以上であることを実感した。

 

 「ここに…リフキア殿下が」

 

 オルモンドは思わず口にした。

 

 「…おそらく貴族ならばこの様なところに立つことなんて考えたこともないだろう。それこそ、こんなところに立ったら総務長官殿など発狂してしまいそうだ。そういう私も好んで立とうと思わない」

 

 キースはあちこちを見回していた。流れ込んだ泥を流したのか足場は悪く、歩けば水が跳ねる。履いているものが泥で汚れかねないのである。自分はともかく、オルモンドを泥で汚させるわけにはいかない。

 そんなキースの気持ちも他所に、オルモンドは街を歩き始めた。

 

 「だ…旦那様!」

 「気にするな。殿下がここを歩かれた時はいかほどであったかを思えば、大したことでもない」

 「…はい」

 

 オルモンドは街を歩く。その様子はあまりに異様。何しろ立派な馬車から身なりの整った人間が二人、平民街を歩いているのである。人々は彼らを自然と目で追っていた。

 

 「旦那様!」

 

 すると、目の前に木材を運んでいたエル・シモンド商店の店主、タスマ=シモンドがオルモンドを見て立ち尽くしていた。

 

 「タスマ、そなた…」

 

 タスマの後ろにはエル・シモンド商店の店の者達が次々に連なって木材を運んでいた。

 

 「こ、これはですね旦那様…」

 

 オルモンドは首を振った。

 

 「まずは作業を終わらせてからだ。それに、咎めることもない」

 「はい…申し訳ありません。少々お待ち下さい」

 

 オルモンドはタスマ達を見送って、その先のエル・シモンド商店で待つことにした。その道中も人々が木材を運んでいる。

 

 「その木材は何に使うんだ?」

 

 オルモンドは行き交う作業人に尋ねる。

 

 「この先の河の近くは建物が倒壊してたり、その恐れがあって建て替えなくちゃいけないんです。エル・シモンド商店が木材の発注をかけてくれたんで、当初の予定よりうんと早く届きました」

 「河の近くにまた建物を作るのか」

 「ええ。何でも同盟が成立していずれ水路ができるとかで、イスファルに入る前のカディーヌ河を水路へと分岐させることでこの災害が二度と起こらないようにする計画を、殿下が計画してくださったんです。今は殿下はいらっしゃらないけど十分にお力はいただきました。あんなにお若い殿下の力に俺らが甘えるばかりじゃぁいけねぇってみんなで頑張ることにしたんです」

 

 オルモンドはその男の手を止めてしまったことを謝ると、商店に向かって歩き始めた。

 それにしてもリフキアの影響力は想像以上だった。

 

 「…私はどうやら過小評価しすぎたのかもしれんな」

 

 そしてそれはタスマの話を聞いて確信へと変わる。

 

 「お待たせしました、旦那様!」

 

 商店の応接室にてタスマを待っていたオルモンドは、タスマから都の様子について話を聞く。慌てて帰ってきたのだろう。タスマの額には汗が滲んでいた。

 

 「申し訳ありません、この様にみすぼらしい格好で」

 「よい。急に訪れたのは私の方だ。ここで木材の発注をかけたと聞いたが」

 「はい。カディーヌ河の工事の件はお聞きになりましたか」

 

 オルモンドはうなずく。

 

 「今、都の建築に関わる者達が河の調査をしています。そこからいろいろ計算するのにまだ時間を要するようで、私らはその前にできることをと思って、河の近くには住居ではなく作業場を作ろうとなったのです」

 「作業場か」

 「はい。いくら河が工事によって流れが緩やかになっても河の近くに居を構えたがる人間はさすがにいないようで」

 「その後の利用はどうするんだ」

 「この辺りの人々の集会場などになるかと。私には珍しく、金に関係ないものを作ることに手を貸しました」

 

 タスマは恥ずかしそうに笑う。平民だけの作業が始まって一週間。これまであまり関わりがなかった人間同士の関係が生まれ、徐々にその輪が広がりつつある。

 

 「悪いことではないだろう。金はもちろんだが人情も商店にはあってしかるべきだ」

 「旦那様…」

 

 オルモンドはダナフォート家の当主であるわけだが、その分家やその配下の者達にとても慕われていた。顔は厳しいが、それは見た目だけで指示は的確。加えて下の者達の采配にも意外と寛容で、たまに酔狂にも乗っかってみせる。

 ダナフォート家もといオルモンドがこの国のために尽くすことを皆が知っている。下の者達はそんな彼に応えようと全力で働くのである。

 

 「殿下のことをお聞きしたい。殿下はここでどのように指揮を執られたのだ」

 

 オルモンドが言うと、タスマは苦笑いした。

 

 「正直、あんなお方は初めて見ました。平民と同じような格好で、平民に混じって作業をなさっていたんです」

 

 それを聞いたオルモンドもキースも目を丸くした。

  

 「しかし、やはり皇子であられると。これは作業で知り合った者に聞いた話ですが、お付きの方が事件に巻き込まれたとかで、その時の殿下は私らに見せる表情とは違い、皇子の顔をして罪人達を捕らえたとか」

 

 なかなか面白いことをする、とオルモンドは思っていた。

 何かをするとき、それを本気で取り組むのに当たって必要なことは次の二つのどちらかであるとオルモンドは思っている。

 一つは、完全な信頼を置く配下に常にその状況を把握させること。もう一つは、自らの目で確かめること。この場合前者は第二の目に片寄ることで、その場でしか見ることができないものを見逃す恐れがあるために、定期的に自分の目で確かめることが必要とされる。その点後者は、完全な方法であると思われるが、それができるのはせいぜい貴族まで。皇族のように保身を考えなくてはいけない人間がそう簡単に出歩くことは本来難しい。

 はじめから後者を使うというのはなかなか度胸がある。まして、先日まで無能と呼ばれる皇子だったのに。

 皇宮に怯え、皇妃という絶対的存在の陰に隠れるだけの皇子かと思っていたが、どうやらこの時代には腐りきった世の中を変えるべく生まれてきた人間がまだ存在したようである。

 

 オルモンドは高揚感に笑いを隠せなかった。それをキースやタスマが不思議そうに見ている。

 

 「キース。昨夜の書状、厨房の火にでもかけておいてくれ」

 「えっ…よ、よろしいのですか」

 「構わん。簡単に私の娘を売りはしない。もっと上手く使ってやる。改めて別の書状を送ることにする」

 

 オルモンドはタスマに言った。

 

 「タスマ、この街の経済をお前の商店が握れ」

 「うちがですか」

 「金は本家から出す。殿下はいずれ戻られる。その時一番の功労者はこの都の人々に間違いないが、立役者はこの店だ。この都の経済の流れをお前の器量と才腕で掴んでくれ」

 

 タスマはオルモンドの意図を理解した。

 

 「それならば…手始めに百テルー。いただけますか」

 「わかった。近日中に届けさせる」

 「ありがたく」

 

 オルモンドは商店をあとにして馬車に乗り込んだ。靴や裾はすっかり汚れてしまったが、そんなことはオルモンドにとって些細なものだった。それよりも見えてきた先が堪らなく面白い。

 

 「…嬉しそうでございますね、旦那様」

 

 キースがオルモンドの対面で小さく笑っていた。この男とも付き合いが長い。主従の関係はあるが、友に近い存在でもあった。そんな長年の友にオルモンドは言う。

 

 「これ程嬉しいことがあるだろうか。長年我がダナフォート家はイスファターナへの忠誠を誓ってきたが、それを本当に誓うべき人間がいる時代に生まれてこれたことが私の誇りだ。危うくカトレシアなんぞに我が家を汚されるところだった」

 「旦那様、お嬢様はいかがなさるのですか」

 「…考えてある」

 

 オルモンドは家に帰るなり、アルヴィン、イシュフォード、アレッタに話をする。その反応は三者三様であった。

 

 「よろしいのではないですか、父上。何より、父上が楽しそうであられるのが私達には興味深いのですが」

 

 アルヴィンが言う。イシュフォードは納得しつつも不安げな顔だ。

 

 「アレッタの身が危険ではありませんか、父上。餌をちらつかせて手玉にとるようなものでしょう」

 「そう見えるかもな」

 「だったら!」

 

 オルモンドはイシュフォードに言って聞かせる。

 

 「これはこちらからの挑発でもあるんだ、イシュフォード。皇太子殿下に早く決断をしろという」

 「…」

 

 オルモンドはアレッタに視線を移した。

 

 「やれるか、アレッタ。下手をすればお前の身は危険となることは間違いない」

 

 アレッタは向けられた視線の分、同じだけ見つめ返した。

 

 「…私は父上や兄上と道を違える可能性もあるわけですね、そうなると」

 「それはこの国にとって最悪の場合だな。イスファターナ皇家はカトレシア家とダナフォート家を失って倒れるだろう」

 

 アレッタは頷く。

 

 「やります、父上。これがダナフォート家が果たすべき役目であると信じて」

 

 三人の子ども達が出ていくと、オルモンドはキースに段取りを伝えた。

 それが終わるや、オルモンドは深くため息をついた。

 三人の子ども達の母親が亡くなったのはアレッタが六歳の時。オルモンドも宮殿での仕事におわれてなかなか家を省みることはできなかったが、兄妹達は仲良く育ってくれた。

 

 (もう少し…見守っていてくれ、マルタ)

 

 執務席に置いている写真の女性にオルモンドは視線を向ける。その写真の女性の笑みにオルモンドは顔を綻ばせながらまた自身の仕事に目を向けるのであった。

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