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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
五章 変革の鐘
59/125

運命に選ばれし者達

お待たせしました。


 「失礼します」

 

 シウォンより休暇を与えられていたハクであったが、翌日の昼にはシウォンの執務室に姿を現した。シウォンはハクをからかってみせた。

 

 「何だ、仕事をしていないと落ち着かない口か?」

 

 ハクは苦笑する。

 

 「まさか。せっかく頂いたのだからと都で評判の甘味処に行ってきたんです」

 

 ハクはナフカにお土産と言って菓子の箱を渡す。中には色とりどりのフルーツを使ったタルトケーキが入っていた。

 

 「あとで皆さんで分けてください」

 「ありがとう。ナフカ、昼の休憩の時にでも出してくれ。あと、リヨルにも」

 「かしこまりました」

 

 ナフカが下がると、ハクはシウォンに言った。

 

 「それでついでと言ってはなんですが、現場を見てきたんです」

 

 ナフカもすぐに戻ってきたのでハクは早速報告を始める。

 

 「第二皇子殿下が昨日都より戻られて、停滞するとみられていた現場は変化を遂げていました」

 「というと?」

 

 シウォンは興味深そうに尋ねる。

 

 「同盟に対してあまり積極的でなかった都の人々が、カディーヌ河の治水作業に前向きに取り組み始めました。それ以外にも、被害の大きかった宿場町の作業を積極的に取り組んだりと、これまでにはなかった動きと言えるでしょう。様子をしばらく見ていますと、リフキア殿下がいつ戻られても恥ずかしくないようにと人々は励んでいるようです」

 

 ハクによれば何でも都の人々を引っ張っているのはザクロやムーアン、そして若手の作業者達だと言う。もともと乗り気でもなく、むしろ反対していた彼らがリフキアの名のもとに働いている。

 それを聞いたシウォンは思わず大笑いした。側にいたキシュにナフカもその様子に呆気にとられる。

 

 「そうか。そこまでやりきったか」

 

 シウォンは満足げな表情をする。しかし、それも次の言葉で打ち切られた。

 

 「…だが、面倒だな。そうだろう、シウォン」

 

 ナフカが言うと、シウォンは気分を害されたとナフカに視線を向ける。

 

 「ナフカ。身内の仕事に対して喜ぶこともできないか、俺は」

 「そうとは言っていない。今までお前が不動の皇太子であったのは、リフキア殿下が動かれなかったからだ。リフキア殿下の名声が大きくなるほど、お前の敵も増える」

 

 キシュとハクは二人の会話をいささか緊張した面持ちで聞いていた。

 今のところリフキア本人が敵になるとは考えにくいが、その回りの人間は十分にシウォンの敵になりうる。

 

 「まずは反同盟派を摘発すること。それが、今後シウォンの急務になる」

 「…というよりも、反皇太子派の方が正しいかもな。この国で力を持つ人間で今のところ目ぼしいのは数えるほどだ」

 

 キシュやハクにもその目ぼしい人物には心当たりがある。

 

 「ナフカ様、少しよろしいですか。いえ…ここで話して構わない話ですが、預かってきたものがあります」

 

 ハクは懐から赤い封筒を渡す。ナフカは一瞬ハクの表情をうかがったが、どうやら一度開けられているらしく、その中身を知っているとみえた。

 

 「…ナフカ、中身はなんと?」

 

 シウォンの問いにナフカはゆっくりとそれを答えた。

 

 「都の東のルヴェロという宿屋の地下…そこは彼らの拠点という供述がシュライン武官よりあったとハクが言っていたな。あの豪雨の日。そこから貴族の車が出ていくのを確認したとこの文には書いてある」

 

 ハクがそこに付け加える。

 

 「報告の人間が言いますには、黒い馬車で白字でひし形のなかに花がある紋が入っていたと。私は家紋には詳しくないのですが、皆様は心当たりありますか」

 

 ハクがそう言うと、まずシウォンとキシュの顔色が変わった。そして報告の紙を読み終えたナフカもその表情は決して良いものではない。

 

 「…それってシウォン」

 

 キシュが言う。シウォンは前髪をかきあげながら少々気だるげに言う。

 

 「白字のひし形のなかに花がある紋はたった一つだけ。ダナフォート家だ」

 

 ダナフォート家はイスファターナの貴族中の貴族。カトレシア家と並ぶ古くからイスファターナに仕えてきた家である。

 元々ダナフォート家は先祖代々武官の家柄だが、現当主オルモンドは宮殿で働く文官だ。彼やその子息達が有能であることはよく知られている話である。キシュもダナフォートという名は歴代の将軍でよく耳にするので、その名前にはあまりに衝撃があった。

 

 「…他に、誰がいたとかは聞いていないか」

 

 シウォンは尋ねる。

 

 「ええ。その者も私と同じく家紋には詳しくなかったために、馬車を見てもどこの誰とまでは…。ですが、その…ダナフォート家の馬車はあまりに素晴らしかったために記憶したと」

 「そこに出入りしていたのはダナフォート含め、その他の貴族達もいたと言うわけか」

 

 シウォンは厳しい表情をしていた。ダナフォート家がイスファターナに及ぼす影響は大きい。もし、彼らが主動となって反同盟派を指揮しているなら、国が本格的に二つに割れてもおかしくない。いや、もはや二つに割れるとかいうもの以上の状態だ。国として機能しなくなる。

 

 「だが、ダナフォート家は呼ばれたに過ぎない。そう見るのが適切じゃないか、ナフカ。俺はあの男ほどのこの国への忠義者は他に知らない」

 「そうであることを願いたいな。敵には回したくない」

 「俺が国を本気で考えている限りあの男が敵になることはないはずだ。ナフカ、俺はこの地位をリフキアにくれてやるつもりはさらさら無い。だが、自分で這い上がってくるように仕向けておいて、都合が悪くなったら切り捨てるようなことはしない。今回のあいつはすごかった。あいつから引き継ぐ残りの仕事にも手は加えない。この方針で行く」

 「…わかった」

 

 キシュもようやく安堵を得た。たまにシウォンとナフカのやり取りをみていると、意見が対立することがある。どちらも考えているからこその対立だが、傍目にはとても緊張するものである。

 ナフカは自身の仕事の続きをするために、自分の部屋に戻った。

 そこでようやくキシュはシウォンに声をかける。

 

 「シウォン、もっと他の言い方は出来なかったのか?」

 

 シウォンは顔をあげてまじっとキシュを見つめる。

 

 「…それは、さっきのリフキアの話のことか?」

 「面倒なんて言い方をしたナフカにももちろん非はあるが、お前まで食いかかったら元も子もないだろう」

 「いいんだよ、キシュ」

 

 シウォンは何か深い意味を込めて言った。

 

 「いいんだ、本当に。ナフカ…あいつは鏡に映った俺に等しい。ナフカが俺に言うことは俺に反する意見だ。俺は俺に見えないものを見る存在としてナフカを必要とする。ナフカとて、それはわかっているはずだ」

 

 ハクはシウォンのその言葉が何かに引っ掛かった。眠らせた記憶のどこかに―

 

 キシュはやれやれとため息をつく。シウォンとナフカの関係はある意味では不思議なものだ。本来交わらなかったであろう天才と天才が出会い、片方はもう片方に仕えている。ナフカの力さえあれば一人でも十分大物として生きられただろうに。

 ナフカを得たこと―それがシウォンの強みなのかもしれないと、キシュは思う。この二人の領域に立つことは並大抵の人間では出来ない。例えほかの国の時期王候補であっても、両者の出会いと同じような奇跡を起こすことは難しいだろう。

 

 『強いものは強い者ものに惹かれ、また互いに反発しあって輝きを増し、磨きをかける』

 

 以前、軍でキシュの隊にいた老人がキシュに向かって言った言葉である。異例の早さで昇進していった不安に駆られていたときにそう告げられたのだ。それには続きがある。

 

 『強きものには強きものが向かわねばならぬ所がある。自分の回りを取り巻く時間が速いと思うなら、必要とされた場所に着くことをその速さでなくては追いつけぬほど望まれているからだ』

 

 シウォンとナフカが互いに磨きあう存在だとして、その先に何があるのだろうか。見守ることしか出来ないのだろうか。

 キシュはたまにシウォンやナフカと距離を遠く感じることがある。歳だけでない、何かの壁に隔たれたような感覚だ。

 

 「キシュ?」

 

 シウォンが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

 「な、なんだ?」

 「なんだって…お前がずっとそこで固まっているから声を掛けたんだ」

 

 シウォンの向ける青い瞳がキシュの心の内を見透かしていそうで目を合わせまいとしてしまう。

 

 「おい、本当にどうかしたのか?」

 

 手先が冷たい。キシュは急に恐ろしくなってきたのだ。どこか並みの人間の時と感じ方が違う彼らだからこそ、出来ることは多分にあるだろう。だが、何事か成された後に残るのは天才ゆえの破滅の道なのではないか。

 ふと、そんな考えが過る。

 

 「こら!」

 

 シウォンがキシュの頭にコツンと拳を落とす。

 

 「…っ」

 「何をそんなに考えることがあるんだ?俺にも言えないことか?」

 

 目の前にいるのは二十歳にも満たない青年である。ちょうど、キシュが戦場で将軍として力を奮ったのと同じ年頃。

 その青年には大きな力が眠っていて、キシュでさえその力をまだ全ては見ていないだろう。

 

 「シウォン」

 

 キシュはぎゅっとシウォンを抱き締めた。

 

 「なんなんだ?本当に急に…」

 「俺はお前に何もしてやれないかもしれないけど、何があってもお前の剣であることは変わらないからな」

 「…」

 

 シウォンには何が起こっているのか訳もわからなかった。キシュにとってはそれで一向に構わない。

 先を見るものは立ち止まってはいけない。だから、キシュの中にあるこの気持ちを伝えてシウォンを引き留めてはいけないのだ。

 

 すると、シウォンはポンとキシュの背を軽く叩く。

 

 「当たり前の事を言うな。どんなに嫌がろうと離してなんかやるものか」

 

 キシュは笑った。

 たとえこの先、シウォンとナフカの運命を変える大きな分岐点が現れたとしても、そして現れた未来がどんなものであっても、自分に課せられたのはこの二人の側にいることなのだろう。

 抱き締めているシウォンはいつの間にかキシュの背に近づいてきている。初めて会った頃はまだ肩にも届かない背であったのに。そう思うと月日の流れの早さは言うまでもない。

 

 「急に黙ったり笑ったりとおかしな奴だな」

 

 シウォンはそう言って、また執務を始めるのであった。

 

 一方でナフカは、殺風景な部屋のなかで今後のシウォンのスケジュールの調整に追われていた。

 すると、静かに何者かが部屋に入ってくる。

 

 「ノックぐらいしたらどうだ?」

 「俺と主の仲でしょう」

 

 やって来たのはハクである。シウォンとキシュの様子を見て邪魔をすまいとこっそり出てきたのであった。

 ナフカはため息をついた。

 

 「…セシルだろう、情報元は」

 「赤い封をあの場で出したこと、怒ってますか」

 「いいや、今更だ。殿下も誰から来たのかくらいは見当がついているさ。セシルに礼を言っておいてくれ。助かったと」

 「それはもちろんですが、俺は何か仕事があるんじゃないかと思ってきたんです」

 

 ナフカはハクを見て言う。

 

 「…都の監視は続けてくれ。それを報告してくれればいい。たぶん、今年のうちにこの国の政局は大きく変わる。その時になったらお前も忙しくなるんだから、今はゆっくりしておけばいい」

 「殿下は…ご自分の保身を手を入れることはしないんですね」

 

 ナフカはどういうことかわからず首をかしげた。

 

 「普通、貴族の後ろ楯とか必要とするんじゃないですか。でも、殿下はそれをお持ちではないでしょう」

 

 ナフカもそれには答えられなかった。今まで何度もその手の誘いの書状は届いていたが、すべて断っている。しかし、シウォンが派閥を後ろ楯にしていないからこそ、今のイスファターナが時期政権をかけて争うことがないとも考えられる。それを見越しているのか、そうでないのか―

 

 「殿下は実力がある。今のところ派閥を持っていないことによる不利さは考えられないからな。全て前例に乗っとる必要はない…」

 「なるほど、そういうお考えもありますか」

 

 ハクは言う。

 

 「…主は、なぜリフキア殿下の件をあの様なことを仰られたのですか。主らしくない、というのが私の本音なのですが」

 

 ナフカは少し考えて、それから手にしていた書類を奥とハクと向き合った。

 

 「らしくない、とお前にはそう見えたか?」

 「ええ…」

 「俺がここにいる意味が何となく…最近わかってきた気がする。二年も費やしてしまったけど」

 「意味ですか」

 「…俺と殿下、二人が考えることは違う。俺の役目は殿下が気づけないことに気づいて、反対論を伝えることだと思う」

 

 ナフカは本棚から本を取り出した。祖父ジルサ・シュタートの歴史書兼旅行伝である。

 

 「おそらくこの時代は一つの分岐点だ。戦いをとるか、共存をとるか、国は選択を迫られている。歴史書にかかれる限りこの大陸は、イスファターナもソウェスフィリナも生まれる前、カルデミナ大帝国時代を除いてはずっと争い続けている。そんな中、殿下はいずれ帝となる。おそらく、二択のどちらを取るかで命運は決まるんだ」

 「それは…今の三国を統べる国が現れるということですか」

 

 ハクが尋ねるとナフカは苦笑した。

 

 「さあ、どうだろうね。同盟がそうなり得る運命に抗えるか、はたまたやはり滅びる国が現れるか。それがわかるのはもう少し後だと思う。だから、今のうちに殿下には身の回りを綺麗にしてもらわなくてはならないんだ。来るべき時、国が安定していること。そのためにはリフキア殿下の立ち位置を殿下なりに考えてもらう必要がある」

 「そこまで…お考えですか」

 

 ハクには追い付けないほどの深い読みを聞かされ、急にナフカの存在が遠く感じる。

 

 「考えることだけは無限に許された自由の権利だからね」

 

 考えることと起こすことは違う。飛燕時代にハクが暗殺技術を教えてくれとナフカに頼んだときに言った言葉だ。実際に計画を立てても実行できるのはその十分の一程度だったりすることは稀じゃない。だから、いくつもの案を想定し、急な事態に対応できるだけの技術をつけることが必要なのだと、ナフカは言ったのだ。

 暗殺とは違う世界に身を置いてもそれは変わっていないらしい。おそらく、ハクに言った他に何通りの予測があって、厳選されたのがさっきの話なのだ。

 

 ハクはしばらくナフカの部屋に居座ると、いつものようにふらふらとまた出ていった。そしていつもの厨房裏の休憩場でゆっくりと思考を巡らせる。

 

 主は変わったのだろうか。

 ハクは近頃、ナフカに飛燕時代とはどこか違うものを感じさせられる。あの頃、ナフカの回りにはゆったりとした風が吹いていた気がする。それが今ではナフカを中心に巨大な風の渦が起こり、いつの間にか追い付けなくなっている感覚を覚える。

 

 『君は、ずっとヒュバルについていくのか?』

 

 ハクはふと、かつてそう尋ねられたことを思い出した。その人物とはナフカの慕う兄、青蘭ことジュランその人である。

 

 『おそらくいつか、ヒュバルが羽ばたく時が来たら、ヒュバルを遠くに感じるだろう。でも、ヒュバルはおそらく君の感じる孤独に気付かない。何故ならヒュバルを動かすのは運命に等しい大きな力だからね』

 

 ―運命―

 その一単語はハクの記憶の中に何度と出てきた。

 

 『私が兄さんと出会えたのは運命なんだ』

 

 仕えはじめた頃、ヒュバルことナフカはそう言った。そして青蘭さえも運命ということについて語った。

 

 『ヒュバルは求められるものが大きすぎる。その大きな器に注がれるのは美酒でなくてはいけない。並大抵のものでは価値を損なう。ハク、俺やお前ではあいつの器には役不足だ。本当に出会うべき人間に出会った時、あいつは真の意味で強いぞ』

 

 その美酒がシウォンであったとして、シウォンはナフカを自分の鏡といい、ナフカ自身もシウォンに対しての存在の意味を知った。ハクの感じたナフカとの距離は、いよいよ時代の欠片がはまり始めたその兆候なのだろうか。

 考えすぎかもしれなくても、そう思われてならない。

 

 「よう、休憩か?」

 

 窓からバルトレインが言った。

 

 「ええ、まあ」

 「そうか。あ!」

 

 バルトレインは一旦窓から離れて、しかしすぐに戻ってきた。そして何やらハクに向かって投げる。

 ハクはあわててそれを受け取った。どうやら赤い実が房にいくつも付いている果実のようだ。

 

 「アルネシアって言うんだと。イスファターナの南の暑い地域で採れる珍しい果実だ。食べてみろ」

 

 ハクは渡された赤々とした果実を口にする。ほんのりとした甘味と酸味が絶妙で、思わず目を見張る。

 

 「うまい!」

 「だろ?俺も初めて食ったが驚いたぜ」

 「では、これを今日の夕食に?」

 「悩むんだよ、どうするか。こいつで肉に合わせたソースを作るってのも良さそうだし、酸に浸積させてしばらくしたら酒で割るのもうまそうだろ?」

 「最後の方がそそられますね」

 

 バルトレインはにやりと笑った。

 

 「ハク、今日の夜ここにこい。こいつに合う旨いものを食わせてやる」

 「でも、殿下方に提供するんでしょ?」

 「こいつは日持ちがしないんだ。だから、珍しい。明日には食えなくなるこいつの残りを堪能する権利は料理長にあると思わないか?」

 

 ハクはちょいっと悪者を演じてみせるバルトレインを見て笑う。たわいもないことだが、考えすぎていた頭を一瞬で今の時間に引き戻してくれたようなそんな力を持っていた。

 

 「ええ、それではお邪魔します」

 「おうよ、待ってるぜ」

 

 その夜は遅くまで厨房に明かりがついていたという。

 

 バルトレインとの話に花が咲いて、ようやく終わったのは日をまたいで二時間ほどたった頃だった。勢いで結構な量を飲んだが、足取りはまだしっかりしている。ハクは外を歩きながら夜風を心地よく感じていた。すると、急に足元が明るくなる。

 見上げると、先程までは雲に隠れていたのだろう。ここしばらくで一番大きい満月が姿を現していた。ハクは思わず足を止め、その月に魅入っていた。

 初めてナフカに会ったときにもその後ろには月があった。

 

 「…お前はあの方を守ってくれるか」

 

 その問いに答えるものは誰もいない。その冷たく優しく真っ直ぐな光は、ただただ神々しく光るのである。

 ハクはそれから夜明けまで物思いに耽りながら月を眺め続けたのであった。

 

 同じく月を眺める者が一人。銀髪の執務官、ナフカ=グリュネールである。その手にはなお、ジルサ=シュタートの著書が握られていた。そのタイトルは『飛翔するナフカ』である。

 言わずもがな、ナフカ本来の名はヒュバル。ナフカとは養父シュワームに付けてもらったものである。そのシュワームはこの『飛翔するナフカ』から名を取っていた。

 ナフカとは、旧カルデミナ大帝国時代にイスファターナ地方に伝わっていた時を統べる龍の名前である。ジルサ=シュタートの『飛翔するナフカ』には、イスファターナ建国に至るまでの建国帝と龍の話が記されている。

 

 (伝説の龍とは大袈裟な名前だが…)

 

 ナフカは月を見上げた。兄ジュランの死から夜は避けてきたナフカである。だが、今夜はなぜかこの月に呼ばれているような気がしたのだ。

 ただ目の前の大きな光に吸い込まれるように感じる。どうしたものか、ナフカは月から目が離せなかった。

建国の龍伝説はまたどこかで話す予定です。


本作で50話を迎えました!

多くの方に読んでいただき、ありがとうございます。

次話は少しお待ち下さい。



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