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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
五章 変革の鐘
56/125

囚われの身

すみません、お待たせしました!!


 「ではヨルナは日没ごろにはここを出たと言うのか」

 

 アイゼンは天幕のなかでヨルナが連れてきた子どもを診た医師を問い詰める。

 

 「はい。子どもが眠りついたころですからその時間くらいかと思われます。というか、あまり大声出さないでください。やっと眠りに着いたんですから」

 「では、一体どこに行ったんだ…」

 

 それ以上ここから話は聞けないとみたアイゼンは、リフキアのいるグロンドの天幕へと向かう。天幕の近くまで来ると、香ばしい匂いが漂ってきた。中ではリフキアとグロンド、そして都の近衛庁舎で作業していたミュンツェルが救援としてやって来て、一同は肉を食らいつくように食べていた。

 

 「…情報は得られなかったようだな」

 

 リフキアはアイゼンにそう言うと、自分の隣に座るように命じた。

 

 「グロンドが用意してくれた肉だ。まずは食べろ。闇雲に探しても見つからない」

 「はい」

 

 骨付き肉の味加減は抜群で、そのうまさと気持ちの焦りがアイゼンの心の内で攻めぎあった。

 

 「…ムーアンからの話だと、この辺りには柄の悪い連中がいるらしい。その件に関しては自分よりザクロの方が詳しいからと呼びに行ってくれた」

 「ヨルナ、あいつ今朝何か変だったんですよ。夜も遅く帰ってきて…どこに行っていたのかと思えばここに来ていたと朝言って…。殿下にヨルナが報告したあと、話を聞いてもはぐらかされてしまって…」

 

 ミュンツェルは骨付き肉を食べ終えて皿に置いた。

 

 「何かあったのかもしれないですね。女騎士ともなれば目をつけられてもおかしくない」

 「!」

 

 アイゼンはミュンツェルに厳しい視線を向けた。

 

 「…失礼、彼女は近衛の有能な武官だ。私だって心配をしている。だが、意図せず不謹慎な言い方となったことは謝る」

 「ともあれミュンツェル、ザクロが来たら即刻都の兵をあげてヨルナを探しだしてくれ。私の武官だ」

 

 リフキアはそう言ってはいるが、内心は今にもヨルナの捜索をしたいところであった。だが、それを許さない身分をリフキアは持っている。万全の準備を整えてからでなくては兵が動かせないとなると、やはり歯がゆい。しかし、それは受け入れなくてはならないことである。

 

 「…アイゼン。ヨルナを救ったら城へ戻るぞ。私の言葉無くしても、おそらくその命が下る。何もそれですべてが終わる訳じゃない。やれることをやろう」

 「はい」

 「しかしだ…」

 

 その瞬間、リフキアの表情に影が落ちるのをアイゼンは感じた。

 

 「私は自分のものを横取りされるのが、これほどに不愉快なものだとは今日まで知らなかった。ミュンツェル、ヨルナを拐った奴等の処遇に一枚くらい私が噛んでも構わないだろう?」

 「!」

 

 ミュンツェルはそれをこの場で拒むことはできなかった。かつてリフキアは自分の側近を失い、ようやく自分の道を追い始めたところでこの事件である。おそらく一方ならない怒りがあるだろう。

 

 「フッ…そうしたら第二皇子リフキアの悪名が広がるだろうか。そちらの役はお前達近衛に任せるよ」

 

 その場にいたグロンド医師は、何も聞いておらぬと心を終始自制する必要を求められていた。

 

 しばらくしてザクロが息を切らしてやって来る。その手には弓が握られていた。ほぼ同じくして、近衛庁都近衛隊の兵士達が集まり、ミュンツェルによって指揮されることとなった。

 

 「隊を二つに分けて、殿下は私と来ていただきます。アイゼンも無論こちらの隊に」

 「わかりました」

 

 二つの隊にしたのはザクロの説明によって拠点が二つであることがわかったからである。リフキア達が向かうのは最近現れる頻度が高い拠点の方である。その隊にはミュンツェル、リフキア、アイゼン、ザクロとミュンツェルが宮殿から連れてきた精鋭の一人が付き、もう一つの隊には都の近衛の副隊長とミュンツェルの連れてきた残りの精鋭達五名が兵を動かすことになっている。

 

 「問題は分けた隊に居場所をどう伝えるかだな。両方があまりに離れているから馬で伝えても遅い」

 

 リフキアが言うとザクロがにかにかと笑いながら言った。

 

 「そいつはこれで解決だ、サン」

 

 ザクロは弓を掲げる。

 

 「弓?」

 

 リフキアは訳がわからぬと言いたげである。

 かつてザクロは戦場において弓で活躍した。今ザクロが手にしているのは、何か特殊な筒が付いている矢である。その矢は宙に放たれると風がその筒を通り抜けることによって音を発生させる。強く弓を引けば引くほど甲高く、大きく鳴り響く。その音の鳴り響いた長さ、音の高低さで離れた軍に指示を出し、連携を取るものだ。

 鳴弓(めいきゅう)と呼ばれるこの技法はワーベル将軍の軍では幾度と弓兵によって行われ、大いに活躍を見せた。ワーベル軍の影の立役者ともいう存在だ。ザクロは戦場で何度とこれを用いてきたのである。もはや、その名手とも言えた。

 ミュンツェルはザクロの意図するところを理解していて頭が痛そうにしている。

 

 「…ほどほどの高さにしてくれると助かる。都でそれをしては後々、お偉い様方に謝罪をするのが大変になる」

 

 そもそも、鳴弓は大規模な戦場でするからこそ意味があるもの。都のような人が大勢集まる場所で、夜中に甲高い音が鳴り響いては迷惑もいいところである。

 

 「そんなこと知ったこっちゃねぇな」

 「…何を言っても無駄なことは既に知っている」

 「そいつはありがてぇ」

 

 ミュンツェルはかつて戦場に立っていた。当然ザクロとも顔見知りである。何やら険悪そうな二人を前に、リフキアは兵達に伝えた。

 

 「一番はヨルナの身の安全と心得て取りかかってくれ!いいな!」

 「はっ!」

 

 そうして二つに分けられた隊は、ヨルナの行方を探すことになったのである。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「…ん」

 

 目覚めたとき、そこは薄暗い建物の中だった。身動きがとれない。どうやら縄で手を縛られているらしい。

 

 「お、目が覚めたらしいぜ?」

 「昨日の仕返しはどうしてやろうか」

 「この女、上玉だもんな。きれいな顔を歪めるのも面白ぇよな」

 「うっわ、お前の方こそ歪んでるなぁ」

 「だが、そそる」

 「確かに」

 

 気味の悪い視線だ―。

 ここにいる男は四人。さっきはもっといたはずだから今は出掛けてるのか?いずれにしろ逃げるなら相手の少ない今のうち―!

 

 「何か反応しろや。人形みてぇに表情を硬くしやがって。言ったろ?顔を歪めんのが楽しみだってよ」

 

 男に顎を掴まれる。力加減もまるで容赦がない。

 

 「…おい、あんま手荒にすると(おさ)達が来たときに何言われるかわかんねぇぜ?」

 「うるせぇ!俺は昨日こいつにやられてんだよ!長に滅茶苦茶にされる前に少しくらい俺が可愛がってやろうってんだ。なぁ…!」

 

 ヨルナは男を心のなかで嘲笑った。

 こんなにも価値の低い人間はどこにもいるものなのか。兄弟は然り、こいつらも。兄弟は相手にすると後々面倒だから手は出さなかったけど、こいつらはそんなこと関係ない。

 -だったら存分に暴れてやろう。

 

 ヨルナは顎をつかんでいた男に全力で蹴りをかました。男の顎にヨルナの足は命中し、男は飛ばされた先で気絶した。

 

 「…っと、そろそろ帰してもらうよ」

 

 ヨルナは縄を抜け出した。

 

 「この女…縄を!」

 「捕まえろ!」

 

 ヨルナは最初にヨルナを捕らえようとした男の腕をとって床に投げ落とす。それから、鈍器をもってやって来た男もみぞおちに蹴りをくれてやった。

 

 「…っ、なんなんだお前!」

 「お前達に名乗る名はない!」

 

 ヨルナは素早く動いてその男の背後に回るや、首に一撃を加えて気絶させた。

 

 「…私の剣」

 

 ヨルナが男達がいた場所に置かれていた剣を手にする。するとその時、薄暗い建物に光が差す。

 

 「へぇ…これはいい時に来たみてぇだな」

 

 ヨルナは男達の集団を見るや目付きを変えた。ここに残っていた男達は下っぱ中の下っぱだったのだろう。今現れた奴らはそもそもの雰囲気からして危ない気しかしない。平気で人を殺しそうな雰囲気である。

 ヨルナは手にした剣を置いた。

 

 「…賢明だ、お嬢ちゃん。抵抗すればどんな扱いをされても拒めねぇ。だが、今ここで従うってならもう少しましな扱いをしてやる」

 

 おそらくこいつが長―。

 ヨルナは再び捕らわれることになった。


 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「お嬢ちゃん、一体どこであんな武術を身に付けたんだ?」

 

 長と思われる人物の名はロロウと言うらしい。幹部連中とみられる奴等がそう口にしていた。

 

 「…別に、自分を守るために身に付けた。それ以外の何物でもない」

 

 ヨルナは目には布を巻き付けられ、手だけでなく足も縄を絞められ、喋ることだけは許された。

 

 「お嬢ちゃんの過去にも興味はあるが、一つ面倒なことに俺は気づいちまった」

 「…」

 「お前、近衛騎士だろ?」

 「!」

 

 その言葉に他の連中も騒ぎ出す。

 

 「長!こいつが騎士だって!?」

 「おおよ、そこの剣を見てみな。しっかりと国の紋が入ってるじゃねぇか」

 「ってことは、いずれここに兵が来るってか!」

 「だったら面倒だ。すぐにも手放しましょうぜ」

 

 ロロウはため息をついたが、それはすぐに質の悪い笑みに変わった。

 

 「お前ら、頭を働かせろ。こいつは利用できるかもしんねぇってことだ」

 「!」

 

 ヨルナは利用できるというロロウの言葉に身をよじらせた。

 

 「動くんじゃねえよ」

 

 ロロウはヨルナを抱き寄せる。

 

 「噂に聞いたがこいつはたぶん第二皇子の側近の一人だ」

 「第二皇子って…」

 「そうよ。今、都の復興作業に着手する皇子だ。その皇子がソウェスフィリナとの同盟の鍵よ。なんせ、水路計画はあの皇子抜きには生まれなかったとも聞く」

 

 ヨルナはロロウという男が知るはずのない情報を手にしていることに驚いた。だが、それを聞き返しては情報を肯定することになる。

 

 「…何か言ってもいいんだぜ?こっちは有力な人間から話を聞いてるんだ。お前が否定したところで信じる価値がどっちにあるかは自明の理だろ」

 

 ロロウは言った。

 

 「それで頭、その女をどう使うって言うんですか」

 「この嬢ちゃんを皇子の面子が守れねぇ程度にしてやりゃあいい。ゼルドに引き渡せば皇子の面子は崩れて同盟の瓦解もあり得る」

 

 ロロウは瞬間、ヨルナの口のなかに布を突っ込んだ。

 

 「死ぬことは許さねぇ。つまらねぇからな。それに考えてみろ。お前が助けられない限り、皇子の面子は潰れる」

 「…」

 

 ヨルナは絶望的状況であることを知った。この状況で逃げ出すことは不可能。加えて、ゼルドという人間が、同盟反対派のしかも宮殿内の情報を手にできる高位の貴族であるとわかった以上、国の存亡に関わることである。

 ヨルナは何とか縄をよじらせたりしたが、初めと違いきつく何重にも巻かれた縄は解くことができなかった。

 

 「時期にここにゼルドが来る。ここを出れば都の近衛も簡単には俺たちを探せない。近衛が手を出せない場所だからな」

 

 やはり高位貴族が噛んでいる。近衛が手を出せるのはあくまでも都の治安維持に関することまで。城の兵は国王の命あるいはそれに代わる者の命によらない限り、貴族の家に押し入ることはできない。

 

 「さぁて、ちょっくら眠ってもらおうか。気絶させるんじゃあまり効かねえことはわかったから大人しく薬を飲んでもらうぞ」

 「やめ―」

 

 まもなくしてロロウ達はその場を離れた。そして、その数分後、リフキア達がやって来たときにはその場には誰一人としていなかった。

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