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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
五章 変革の鐘
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復興計画1


 翌日、リフキアはアイゼンとヨルナを連れて視察に出た。

  今回の対策本部が立てられた庁舎に向かうと、現場監督のムーアンがリフキアを待っていた。

 

 「殿下、お初にお目にかかります。現場監督のムーアンです。この様なところにまで足を運んでいただき、感謝いたします」

 「書面だけではやはりわからぬことも多い。早速被害の状況を見に行きたい」

 「ええっ!見に行かれるのですか」

 

 ムーアンは信じられないとばかりに目を見張る。その後ろにいる彼の部下達も同様の表情だ。

 

 「何か問題でもあるのか」

 「いえ…その、現場はここより酷い状況ですし…」

 「だからこそ行く意味があるんじゃないのか?書類だけではわからぬことを見に来たと言ったつもりだ。さあ、案内してくれ」

 

 リフキアはムーアンに被害現場であるカディーヌ河の周辺を歩いていった。河の流れはもう、何事もなかったかのように穏やかである。しかし、この河はまるで命を宿したかのように暴れ狂ったのだと、作業する者は言った。

 やがて、被害がもっとも大きかった、河が方向を変える地点では、建物の崩壊と土砂の流入が、作業を難しくさせているようだった。

 建物がぎっしりと並び、そこに何万という人間の暮らすこの都で、この地域だけがただの大地と化している。リフキアはふと、背後のカディーヌ河を見る。

 

 (本当にこの河がこれだけ多くの被害を?)

 

 そう思わざるを得ないほどに今のカディーヌ河は穏やか。リフキアは自然の及ぼす力に恐れをなした。これではいくらか知恵を絞っても、自然に勝つことなどできないのではないか。では何をすればよいのか。

 

 「…殿下?」

 

 ムーアンに尋ねられ、リフキアは我に帰った。

 

 「何だ?」

 「いえ、この先は医師団しか踏み入れない場所です。引き返しましょう」

 「医師団のみとはどういうことだ?」

 「恐れながらこの先は伝染病が発症しております。ゆえに、殿下はお近づきにならない方がよいかと思われます」

 「病は終息したと聞いたが?」

 「ここは、国籍不定者達の宿場町でございました。おそらく、医師団の調査には含まれなかったのでしょう」

 

 リフキアは絶句した。

 言われてみればこの場所に医師が立ち入った形跡はない。リフキアは足を一歩踏み出そうとした。すると、リフキアの前に手が差し出される。

 

 「…何の真似だ」

 

 差し出したアイゼンをリフキアは見る。

 

 「殿下。安全確認が取れた後、入るべきです」

 「待っていてはここにいた者達はどうなる!」

 「今の殿下に何ができますか」

 

 アイゼンに言われてリフキアは顔を硬直させる。その表情には怒りが込められていた。

 

 「殿下は医師ではございません。私もヨルナも同様です。私たちにできることはここにはございません。ましてや御身はこの国の皇子の称号を与えられておいでです。ご自重ください。できることをいたしましょう」

 

 「この国の皇子」というその言葉が頭から離れない。リフキアは庁舎に帰ってから一人、机に突っ伏していた。

 

 やはり、書類だけでわかることは何一つないと身に染みてわかった。

 百聞は一見にしかず―とは、よく言ったものである。そして今、自分は現実に打ちのめされている。無能と呼ばれたあの頃と何か変われたつもりでいた。だけど、結局今何もできていやしない。

 

 (悔しい―)

 

 この力は何のための力なのだろう。歳がいくつも離れた人間に指図ができるこの力は、一体何のための力なのか。どうして自愛しなくてはならないのか。自分と他の人間では何が違うのか。

 

 すると、部屋の扉がギィィと軋む音を立てて開いた。リフキアは顔をあげると、そこにいた人物に声を失った。

 

 「…兄上、なのですか」

 

 そこにいた兄の姿はあまりにも普段の容姿とは変わりすぎていて一瞬、他人に見えるほどだった。麗しの黒髪は荒れ果て、真っ白な肌は痩せこけて見え、唯一兄とわかるのは青い瞳だけである。

 

 「ナフカに化粧をしてもらってな。これなら身分を隠して動き回れる」

 

 こんな化粧までできるナフカとは一体何者なのか、そう思わざるを得ない。

 

 「どうしてここに…?」

 「お前が近衛に視察の許可を取ったと聞いて、様子を見に来た。その様子ではこの国の現実を知ったか。そして自分の無力さに苦しんでいるというところだな」

 

 リフキアは兄の洞察に観念して言った。

 

 「兄上、今の私は何ができるのでしょうか」

 

 シウォンはリフキアを目の前にバッサリと切り捨てるように言う。

 

 「何もできやしない、お前にも俺にも」

 

 リフキアは言葉を詰まらせる。シウォンなら何かできるのではないか、そう思っていた自分がどこかにいたからだ。

 

 「何もできないとは…」

 「皇族はいつから神になった?未来が予知できるわけでもなければ、永遠の生を与えられたわけでもない。できることは本当に一欠片も有りはしない」

 「ではなぜ皇族は…帝は!こんなにも特別視されなくてはならないのですか」

 

 シウォンはまたもやリフキアの言葉を失わせた。

 

 「建国帝の栄光のためだ」

 「…」

 「この国を作り、人々を導いた建国帝は確かにその時代の人々の英雄だったのだろう。しかしその子やその子孫達は何をしたか。ただ生まれただけで何もしていやしない。そんな皇族なんて山程いるだろう」

 

 シウォンは深くため息をついて椅子に座り込む。

 

 「だが、生まれながらに手にしたこの力は人の命を左右するほどの効力がある。正解なんてわからないが、自分の思いに対する覚悟と誠実さ。それが伝わる相手は必ずいる」

 「覚悟と…誠実さ…」

 

 リフキアは深く息を吐ききると、シウォンをまっすぐに見つめた。シウォンは面白そうに口角をあげる。

 

 「兄上、宮殿から医師は何人ほど出せますか?」

 「医師?」

 「最も被害の大きかった場所は、国籍不定者の宿場町だったそうです。そこでは病が発生していますが、医師団は彼らを患者として扱わなかった。もう手遅れかもしれませんが、可能な限りを助けたいのです!医師団の再度投入を希望します。それから復興予算を増額していただきたいです!」

 「なぜ?」

 

 そう言ったシウォンを陰に帝の姿がちらついて見えた。

 

 「この国の未来への投資だとご理解ください」

 

 今度言葉を失ったのはシウォンの方だった。シウォンはなるほどと納得すると立ち上がる。すると、廊下からこの部屋に向かって足音が聞こえてきた。

 

 「馬鹿者。誰に向かって言っているんですか?俺はただのしがないここの作業人ですよ、殿下」

 

 リフキアの全身に寒気が襲ってきた。シウォンの意図がリフキアの想像を遥かに越えていた。リフキアは喉の奥が焼けつくような思いで言う。

 

 「…そなたに宮殿への使いを頼みたい。医師団の派遣と復興費の増額。これを、要請すると伝えてほしい」

 「それは…ご命令ですか」

 「そうだ。第二皇子リフキアの名を出して必ず伝えよ」

 「かしこまりました。必ずやお伝えいたしましょう」

 

 シウォンは深々と頭を下げて部屋を出ていった。それと入れ替わるようにアイゼンとヨルナが部屋に入ってくる。

 

 「殿下、作業人が何かご用でしたか?」

 

 アイゼンが言う。

 

 「…というより今のは」

 「ヨルナ」

 

 リフキアはヨルナに「これ以上言うな」と視線を送る。

 

 「アイゼン、さっきはありがとう。でも、私はいずれあの地に足を踏み入れる」

 「…」

 「私が私であるために。この国に住まう人間は一人残らずイスファターナの民だ。その認識をお前達には忘れないでもらいたい」

 

 アイゼンとヨルナは「はい」と返事をした。リフキアはヨルナに言う。

 

 「私が部屋に積んでいた本の中にアルドール=フィッテルトの本が数冊あったはずだ。ここに持ってきてくれないか」

 「図面はいかがなさいますか」

 

 どうやら、ヨルナはリフキアが一つ一つの本に対しての図面を作成していたことに気づいていたらしい。

 

 「…図面はすべて持ってきてくれ。何か役に立つかもしれないから」

 「わかりました」

 

 ヨルナが庁舎を出て、仮設の馬小屋に向かうと、先程の作業人が馬上から手を伸ばした。その後ろには見慣れた男の姿がある。

 

 「…乗れ。急ぐのだろう」

 「ですが…」

 

 やはり先程の作業人は皇太子シウォンであったのだと確信した。すれ違ったときにその青い瞳がちらりと見えたのである。

 

 「キシュには荷物を運ばせている。ここにある馬はお前が乗れば残りが一頭となる。リフキアともう一人の護衛の分がなくなり、あいつは動けなくなる。ゆえに、乗れ。妻帯の身とはいえ、あの妃は事情を申せば文句は言わない」

 

 ヨルナは考えた末にシウォンの手を取った。

 宮殿までの道中、馬上でシウォンはヨルナに言った。

 

 「…ヨルナ=シュラインと言ったか」

 「はい」

 「シュライン家の長女。女ながらに剣を手にしたのには訳があるのか。答えたくなければ答えずともよい」

 「…負けたくなかったのです。女だからと兄弟達から蔑まされる日々に耐えられませんでした。兄弟を見返してやりたかったのです。ただ…それだけです」

 

 すると、シウォンは「なるほどな」と言った。

 

 「自分でそれだけだと価値を下げる必要はない。その発言だけで、お前は女だからとお前を蔑んだ兄弟達と同じ事を自分にしているようなものだ。女が剣を持って何が悪い。お前が生まれるのがあと十五年遅ければ、そんな考えを持つ人間なんていなかったかもしれないのにな」


 シウォンはボソッと「まだまだだ」と口にした。

 

 「ヨルナ」

 「…はい」

 「しなやかな考えと言うのは男よりも女の方ができるそうだ。女で剣を握るには生きにくい時代だが、そんな時代はすぐに無くなる。負けるなよ」

 

 そう言われて、ヨルナは心の奥がすっと洗われていくような気持ちになった。

 やがて宮殿に着く。シウォンはあえてリフキアの宮殿に近い方の門から入ってくれたらしい。

 

 「リフキアを頼む。あいつはようやく一人で立てるようになった。私では手が届かないことも多い。お前達があいつを守ってくれ」

 

 ヨルナは思わず口にしていた。

 

 「意外でした…皇太子殿下がそれほどに殿下を案じておられたとは」

 

 シウォンはクスクスと笑いながら言った。

 

 「素直だな、全く…母は違えどリフキアは私の弟だ。案ずることくらい許されるだろう」

 

 シウォンはそう言って馬を飛ばして去っていった。シウォンはしばらくしてから馬を降りて、化粧を落とす。

 

 「楽しそうだな、シウォン」

 

 キシュが言った。

 

 「…そう見えるか」

 

 顔の化粧を落としきって、すっかり元の姿に戻ったシウォンは笑う。

 

 「あいつの側近もなかなかのものだな。それがわかっただけでも今回の収穫はあったと見える。それに…あいつもなかなか使えそうだ」

 

 瞬間、キシュはシウォンの表情を見てリフキアをふと憐れんだ。今のシウォンの表情は何かを企んでいるときの嬉しそうな顔である。

 

 「…無茶なことだけはして差し上げるなよ、シウォン」

 「何を言うか、失礼な。まあ、投資をしてやろうじゃないか。あいつの未来に」

 

 シウォンは立ち上がると、皇太子宮殿とは反対の方向へ向かう。

 

 「おい!どこに!」

 「帝の執務室だ。早くついてこい」

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 帝の執務室にて―

 

 帝「復興費の増額?その金をどうするつもりだ」

 シウォン「リフキアから聞くには未来への投資だと」

 帝「…?」

 

 キシュ(言葉不足にも程があるだろう…シウォン)

今回はここまでです。

本日もイスファターナ戦記を手にとって下さりありがとうございます!

次回投稿をお楽しみに、しばらくお待ち下さい。


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