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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
二章 執務官ナフカ=グリュネール
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兄と弟

 その夜、久しぶりにリフキアは図書館に出向いた。するとそこにシウォンの姿もあったのである。

 

 「兄上!」

 「…リフキアか。どうしてここに?」

 「いえ、少し調べものをしたくて」

 「そうか、私に構わなくてよい。好きにするといい」

 

 シウォンはそうして再び本に目を移す。回りを見ると、ナフカやキシュの姿もない。一人でここに来ているらしい。

 そんなシウォンの姿を見たところで、リフキアは目的の本を探す。かつて、見たことがあったはずのあれを探すために。

 

 リフキアが向かったのは建築物の場所であった。皇妃である母と離宮に出向いた際に、その離宮の細部の装飾に見とれてしまったことがある。以来、この手の本はほとんど読み尽くした。

 久々にやって来て手に取った本は、どれも見覚えがある。

 そんななか、ペラペラとめくっているとある場所でリフキアの視線が釘付けになった。込み上げてくる歓喜に、リフキアはすぐにシウォンの元に向かう。

 

 「兄上!」


 (よかった、まだいらっしゃった)

 

 駆け寄るや、リフキアは振り向いたシウォンの顔を見て、さっと熱が覚めていくのを感じた。突然、自分の行動が恥ずかしく感じる。

 

 「…なんだ?何か用があるのだろう」

 

 シウォンは自分の手にしていた本を畳んで棚に戻す。そしてじっとリフキアを見つめた。

 

 「あ、兄上。その…兄上はソウェスフィリナとの同盟が結ばれたら、イスファターナから水を供給されるおつもりでおられる…のですよね」

 

 シウォンは一瞬驚いた様子だったが、時期に「そうだ」と答えた。

 

 「そして、木材によって水路を作ろうと考えられているのではありませんか」

 「そうだ。この事は話していないはずだが」


 眉をひそめるシウォンを他所に、リフキアは言った。


 「兄上、精密な計算はしておりませんので、果たしてこれがよい案かはわかりかねますが、一つ、金属でも木材でもない、水路の作り方があるのではないでしょうか」

 「…というと?」

 「石です、兄上」

 「石…!」

 

 シウォンはぎゅっとリフキアの肩を掴んだ。その目は子供のようにきらきらとしている。

 シウォンとしては全く予想していなかった解答に、目の前の弟に驚きを隠せないでいる。

 

 「確かに、腐敗しないな。そして丈夫だ」

 「それともう一つ。石はイスファターナの山間部に行けばいくらでもありますが、切り出しにも時間がかかります。そこで、ソウェスフィリナの特産のレンガを利用してはどうでしょうか」

 「!」

 「レンガはソウェスフィリナの住居にも使われるほど身近なもの。ソウェスフィリナの景観にも違和感は無いはずですし、何より()()できるのではありませんか」


 この水路が完成したとするならば、間違いなく同盟の象徴となるはずだ。

 しかし、互いに因縁のある国同士。いきなり手を取り合うというのも難しいものである。そしてそんな時に、いきなり大きな建造物が街を横断することになれば、そこに住まう者の心はどうだろうか。

 リフキアはそれを加味して特産のレンガを使うことを提案した。()()とはそういった意味である。


 「その本に載っているのか?」

 「石で作られたものなら…これです。タンベルンの石橋。これをレンガで作ってはどうでしょうか」

 

 シウォンはそれを見て確認をすると、ようやく思考のもやつきが晴れた嬉しさのあまり、リフキアをぎゅっと抱きしめていた。シウォンの頭のなかに石を使うという概念はなかったのである。

 

 「一体、どうして!」

 「…カドバーンの離宮はご存じですか。あれはイスファターナができる前の時代のものをそのまま使っています。あの装飾に興味があって、以来、建築物の本はほとんど読みました…お役に立ててよかったで…す」

 

 その瞬間、かくんとリフキアの力が抜けていき、シウォンは押し倒される形になった。

 

 「おい、リフキア!」

 

 その額はとても熱い。

 

 「誰か、誰かおらぬか!」

 

 こんなときに限ってシウォンはお忍びでここに来ていた。ナフカもキシュもいない。ましてここは図書館の最深部である。声も届いていないのであろう。

 

 「…っ、リフキア」

 

 シウォンはリフキアを抱えた。まだ幼さの残るその顔には、満足しきったのか笑顔が見える。

 

 「…お前はやれるんだよ」

 

 シウォンは背中にリフキアを背負って図書館を後にした。






 

 「ナフカ!いるか!」

 

 皇太子宮殿に戻るやシウォンは叫んだ。ナフカが何事かと慌てて出てくる。

 

 「どうした!」

 「医官を呼べ!今すぐにだ!」

 「お、おう」

 

 そこにキシュも現れる。

 キシュはシウォンに変わってリフキアを抱えると、そのからだの熱さに驚く。

 

 「キシュ、俺の部屋でいい。早く寝かせてやれ」

 「わかった」

 

 キシュはシウォンの心配そうな顔に小さく喜んだ。やはり兄弟なのだと当たり前のことだが、それが嬉しかった。

 シウォンは起きてきた女官に氷の枕を用意させ、医官が来てからもずっとリフキアについていた。

 

 「心配ありません。お疲れになっただけでしょう」

 「そうか…」

 「はい。それに、安心なさったようですな。満ち足りたお顔をされている」

 

 医官はホホッと笑いながら出ていった。

 

 リフキアの手を握りながら見守る。しばらくして額のタオルが温くなっているのを、シウォン自ら取り替えた。

 

 「…ナフカ」

 

 それを見ていたナフカにシウォンは言った。

 

 「ナフカ、見つけたぞ」

 「!」

 

 察したようでナフカは驚く。

 

 「レンガだ。レンガで水路を作る」

 「レンガ…しかし一体、どうやって気づいたんだ?」

 

 シウォンはリフキアの額にタオルを置き直す。

 

 「リフキアだ。リフキアが俺に提案してきた。初めは石ではどうかと。それだけでも驚いたが、切り出しに時間がかかることを考えたら、ソウェスフィリナのレンガはどうかと。ソウェスフィリナの者は馴染み深く、安心もできるだろうと」

 「リフキア殿下が…そんなことを」


ナフカでさえ驚いていた。この執務官にこんな顔をさせる人間はなかなかいない。シウォンも悔しさを顕にしながらもこの案に心躍らせている。


 「ここに来る客人達の本音の会話を聞ける清掃員の仕事につけたが、まさかそこまで読み取って来るとは思わなかった」

 

 シウォンは立ち上がって言う。

 

 「これを、ソウェスフィリナに突きつける。正式な費用と時間を計算してくれ、ナフカ」

 「もちろんだ」

 

 ナフカはすぐさま部屋を出た。

 

 そしてシウォンは翌朝までリフキアに付き添っていた。

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