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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
二章 執務官ナフカ=グリュネール
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同盟がもたらすもの


 「皇太子殿下、みや殿でん長官代理、カイン=リシュレインでございます」

 

 その声を聞くなり、シウォンの手にしていた羽ペンの動きが止まった。そして、不機嫌を全開にしてドアを睨む。

 

 「…ナフカ、これを片付けろ」

 「はい」

 

 ナフカがあらかたの書類を持ち去ったところでシウォンはキシュに目配せする。

 

 「…入れ」

 

 キシュが扉を開けると、宮の殿特有の装いをした男が深々と礼をして入ってきた。

 

 「おはようございます。朝早くの来訪をお許しください」

 「よい、それで用件は何だ?あいにくと別件がかなりある。手短に済ませてくれるとありがたい」

 「では、まずはこちらを」

 

 カインはキシュに書類を渡す。封を開けたキシュが中身をシウォンに手渡した。

 中身はソウェスフィリナ王女の細かな情報である。

 

 「ご到着までにお読みください」


 シウォンは受け取った資料を一瞥いちべつする。


 「これでは、相手は隠すこともできぬな」

 

 あまりの項目の細かさにシウォンは呆れている。

 

 「この国の皇妃となられる方です。素性は明らかになっているべきでしょう」

 「仕える者のことまで細かく…よくもここまで調べあげたものだ。私の寝首ねくびをかかれることを想定した上でのものか」

 「それだけでなく、イスファターナの機密を漏らされてはなりません。素性の確かなものを国に入れるため、こちらも調査は徹底しております」

 

 シウォンの隣に立っているキシュも、ちょうど戻ってきたナフカも、シウォンが怒りを何とか押さえているのに気づいていた。

 

 シウォンは仮面をかぶり続けてカインに言う。

 

 「カイン。そもそも私と王女の婚姻は、私と先方との家庭問題にすぎないことをまずは理解してほしい。これまでの因縁を思えば慎重になる理由もわかるが、これには配慮というものがない。王女は自国を出て、味方の少ないこの国にやってくるのだ。そして何より、イスファターナとソウェスフィリナの同盟が結ばれるとしたら、それは互いに不利のない平等なものでなくてはならない。そなたらの努力は認めよう。だが、私はこれを目にするわけにはいかない」

 「あくまで…王女の不利にならないようにですか」

 「そうだ。それに、先に言っておくが、王女がここへ来たとき、彼女の側で仕えるのはソウェスフィリナの者とするつもりだ。それを私は揺るがすつもりはない」

 

 カインはしばらく黙していた。

 

 「…殿下はそのおつもりでも、臣下達からは問われることになるでしょう」

 「そこは今後の私と帝との問題だ。結ばれる同盟は必ず平等であることを、皇家を補佐する立場にあるそなたは理解しておいてほしい」

 「…なるほど。とりあえず、この書類は殿下にお預けしましょう。煮るなり焼くなりお好きになさってください」

 

 そして、カインはもう一言付け加える。

 

 「しかし殿下、私は宮の殿の長官代理にすぎません。上位官達を説得せねばならないことと、それは簡単ではないことを殿下はお分かりのはずです」

 「…そうだな」

 「ではこれにて失礼いたします」

 

 カインは出ていった。

 シウォンはナフカにカインの持ってきた書類を勢いよく手渡す。

 

 「俺に当たる分には構わんが、感情がにじみ出ていたぞ」

 

 ナフカはさとしながら、ちらりと書類に目を落とした。そして、クスクスと笑いを漏らす。

 

 「まあ、よくもここまで…」

 

 そして、何やらファイルに挟み込む。加えてその美しい顔には満足げな笑みが、整った口元からは毒気が吐き出された。

 

 「…これしきの情報を集めるのに時間をかけすぎだ、愚か者」

 

 シウォンもキシュもそれを聞いて笑い出す。

 カインが渡したものに書かれていた内容の三倍、濃い内容のものをナフカは独自に調べあげて三日前にシウォンに渡していた。

 それはあくまで知るためのもの。宮の殿のようにその情報で待遇を変えるといったものではない。

 

 「さて、ナフカ。呼んでいる長官らをここへ。一気に仕事に取りかかるぞ」

 「ああ!」

 

 その日の皇太子宮殿はあわただしく人が行き交った。

 ソウェスフィリナとの国境に近い町の長官らが次々と呼び出されてやって来る。その度にリフキアは立ち上がって深々と頭を下げていたのだが、彼らは当然、清掃員のリフキアなどに興味はない。そもそも気付かないのだ。そして、彼らは互いに様子をうかがいながら話をしている。

 

 その会話の内容は決まって今年の河の水量統計の話か、木材の質と価格であった。リフキアは廊下を拭きあげながらそれらの関連性について考えていた。

 どの長官も隣町と競うように価格を気にしている。ソウェスフィリナに近いということは、ソウェスフィリナの水不足に関することなのだとは思うが、恐らくはそれにかかる費用と時間、そしてそれが永続して使われるものでなくてはならないというところに問題があるのだろう。


 シウォンはおそらく、同盟が決まり次第、ソウェスフィリナに水を供給するつもりなのだ。

 直面する課題は、どうやって水を運ぶのか。

 大きな水の道を作るにしても、イスファターナに金属は乏しい上に、水と空気が触れれば脆く壊れやすい。

 かといって木はどうなのだろうか。イスファターナの財源の一つで豊富な木々は、山から運んでくる人件費と、加工する人件費がかかる。そして腐敗もしやすい。きれいな水をできるだけ届けたいというシウォンの意図があるはずだ。その課題はリフキアの中でくるくると頭の中で回っていた。

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