とある執務官の夜
「ご苦労」
夜、皇太子宮のナフカの部屋には客人がいた。客人は近衛兵の格好をしているが、正式の兵ではない。ナフカ個人に仕えている陰である。その名をハクといった。
「無理を頼んで悪かったな」
「何をおっしゃいますか。これは私の得意とするところですから」
「そうだな、お前に任せるのが一番だ」
「しかし…いよいよ現実になるんですね。六年ですか」
ナフカはハクの言葉に対してはしばらく答えなかった。
「…早いな、時間が過ぎるのは」
「すみません。辛いことを思い出させてしまいましたね」
慌ててハクは謝った。
「いいや、普段は思い出すこともできないから、お前のように記憶を共有してくれる奴がいて助かってる」
ナフカはハクに温めたスープを渡した。ハクはそれを大事そうに口にする。
「変わっていませんね、この味。私にとってはこのスープが母の味です」
「このスープはできあいのものだぞ?」
「それでも何も変わってません。ナフカ様の作るものはいつでも…温かい」
ハクはグッと最後の一口を飲み干した。
「ごちそうさまです。報告書はこれです」
「ああ」
「では、しばらくは都にいますから呼んでください」
陰は颯爽と闇に紛れて消えた。
ナフカは一人となった部屋で窓を閉め切り、カーテンも閉めた。
夜に人がいると安心する。一人の夜ほど心が寂しく苦しい思いをする時間はない。 特に今日は過去を思い出してしまったから余計にそう感じてしまう。
ナフカは棚から本を取り出した。
シュワームがナフカに与えた本である。あっという間に一度読みきってしまったのでこうして何度も読み返す。
本に更けるのは寂しさからかもしれない。単純に好きだということもあるけれど。
まだ夜は長い。ナフカはゆっくりとページをめくっていった。




