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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
九章 国民喚問
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国民喚問(イスファレーテ) 3


 「頭が痛いな、シュワーム」

 

 アドロフ三世は大きなため息をついた。

 シウォンのしていることを進めていきたい気持ちと、国をまとめる者としての役目として貴族を蔑ろにはできないことが帝を悩ませていた。

 昨夜はミュンツェルに命じて貴族を退去させたが、今日の国民喚問では代理のシュワームでは貴族や学士の収まりがつかないであろうことを考えると、帝にすべての決定が委ねられる形となったのである。

 

 「…申し訳ありません。このような事態になったのは私の至らなさによるものです」

 

 シュワームは頭を下げる。しかし、帝はその手を取って首を振った。

 

 「いいや、シュワーム。そうではない。優秀すぎる子を二人も持ってしまったからには想定されたことだったのだ。帝となる器と才を持っているが後ろ盾のないシウォン、万人を思う優しい心から民心を掴んだリフキア。当人達の及ばぬところで起きた火を消すのは私の役目であったというのに。寝台で弱っている場合ではないな」

 「…帝」

 「お前のお陰だぞ、シュワーム。シウォンに優秀な息子を味方につけてくれた。あいつにとってそれがどれ程心強いことだろう」

 「滅相もございません」

 

 帝は寝台から立ち上がると父親の顔から政務へ向かう帝の顔へと表情を変えた。

 

 「私と同様、いい側近を持った。それにこの十年、半端に皇太子として鍛えてきたわけではない。あいつはいくらでも這い上がって来るだろう」

 「それでは」

 「…あぁ。今日の国民喚問次第だが。少し時期尚早であったかもしれないな」

 

 帝は学士が訴えてきた内容の書かれた紙を目の端で見ると、それを握り潰した。

 

 「自分の息子をこのように言われこれほど腹立たしいことがあるか!」

 

 帝の怒りは凄まじかった。書かれていた内容はシウォンを否定するものばかりであったからである。

 こうして、二日目の国民喚問には帝も出席することになったのである。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「そうか…父上が国民喚問に」

 

 帝が国民喚問に来ることを聞いたシウォンは、この数カ月体調のすぐれない父への心配をしていた。

 

 「医官から今朝の体調は問題ないと言われていても、いつ急変するかわからないだろう。父上を休ませて差し上げることもできないのか、俺は…」

 「だが、貴族や学士までもがああやって反発すれば帝が出てくる他に収拾がつかない。まずは今日、今後を思う俺達の主張を帝と貴族に伝えることを考えよう」

 

 キシュはそう言ってシウォンの肩を掴んだ。

 

 「大丈夫。お前ならできるよ」

 

 すると、執務室にナフカがやってきた。

 

 「遅かったな。連絡はシハルから受けていたからシウォンの支度は済んでいるぞ」

 

 キシュは言った。

 

 「助かった。突然すまなかったな、キシュ」

 「普段はお前に頼りきりだからな!それに、うちの隊には優秀な副官もいる」

 

 その副官とは言わずと知れたハクのことである。

 

 「そうだな。とにかく今日は助かったよ。来る途中に聞いたが、帝が国民喚問に出席されるそうだな」

 「あぁ。それをシウォンが気に病んでいたから励ましていたところだ」

 

 するとシウォンはナフカの手を指差した。

 

 「お前、その手はどうした?」

 「ん?」

 

 キシュも手を覗き込む。ナフカの左手には包帯が巻かれていた。

 

 「あぁこれは…昨日、茶器を割ってしまって手を深く切ったんだ。夜遅くだから自分で簡単に処置したんだが、傷が深いようだったから朝一でアイジェスのところに行ってきた」

 「それは災難だったな。利き手ではないとはいえ、勝手が悪いこともあるだろう。何かあったら俺を頼れよ、ナフカ」

 「ありがとう、キシュ…。それでなんだが…」

 「…どうかしたのか」

 

 ナフカの歯切れの悪さにキシュは首を傾げた。するとシウォンが口を開く。

 

 「国民喚問を前に言いにくいことだから渋っているのか。その傷も、偶然というわけではなさそうだ」

 「…あぁ」

 「話してくれ、ナフカ。何があった」

 

 ナフカは重たい口から言葉を紡いだ。

 

 「…ルカーシュ=ルーフェルべクトを知ってるか」

 「ルーフェルべクトっていえばこれまでに文官を多く輩出する名家だろう。そういやお前、先代の御当主に師事していたと言っていなかったか?」

 

 キシュが言うとナフカは頷いた。

 

 「ルカーシュは先代の孫に当たる俺の学友だ。そいつと昨夜会ったんだよ」

 「それで?」

 

 シウォンが何かを感じたのか真っ直ぐにナフカを見つめる。

 

 「ルカーシュはゼルドだったんだよ」

 「ゼルドといえば…!嘘だろう…」

 

 キシュはまさかという顔で言う。近衛の中でもずっとその存在を追っていたが一向に真相が雲隠れしていたのだ。

 

 「シウォンやキシュに毒を盛り、皇妃様とつながり、シュライン武官を捕えたあの組織を動かしていたのがルカーシュだったんだ。あいつはそれを昨日自分から明かした」

 「なぜまたそんなことに…」

 「一緒に学んで、友だと思っていた奴がお前達を傷つけたと思うと許せなくてな。思わず物に当たってしまった…。気に入っていた茶器だったのに」

 

 シウォンはナフカの左手をそっと取ると笑った。

 

 「馬鹿だなぁ、物に当たって自分を傷つけたら元も子もないだろう」

 「シウォン…」

 「全くだぞ」

 

 キシュがナフカの髪をわしゃわしゃと掻き乱した。

 

 「お前だって信じていた学友の正体を知って傷ついただろうに、これ以上傷を増やしてどうするんだ。この傷はちゃんと治療してもらったんだろうな?」

 「…あぁ。アイジェスからも叱られたよ」

 「そうか。その傷はしっかり完治させろよ」

 「あぁ。だが、あいつが皇妃様の側にいるとなると何かと面倒だ。師匠の後継になれると一族から認められていたやつだから」

 

 シウォンは遠くを見て大きなため息をついた。

 

 「なんというか、今回は何もかも間が悪いな。そうなってしまったものは仕方がないし、父上が出席となると俺達には不利でしかない。やれることは伝えることを伝えるしかないな。もしそれでダメなら…。また別の何かを考えよう。お前達は俺を見捨てないでくれるんだろう?」

 

 ナフカとキシュはそれを聞いて笑みを浮かべた。

 

 「当然だ」

 「当たり前だろ」

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 国民喚問の講堂へ向かう途中、シウォンは帝に出会った。

 

 「帝、おはようございます」

 

 シウォンが頭を下げて道を譲った。すると、帝はシウォンを一瞥もせずに目の前を通り過ぎた。

 

 「…シウォン」

 

 通り過ぎた後、頭を上げたシウォンにキシュは声をかけた。シウォンはその背中を目で追っていた。

 

 国民喚問二日目。

 この日の議論は白熱したものとなった。

 

 「帝、この国の定める法によれば世襲できなくなった各領主長官職は審議の上、貴族の中から決めて参りました。東方地域が自身の推薦する者を長官に据えたいというのはこの国の法に反する行為です。その場での決断が余儀なくされたとはいえ、法律や中央での審議を軽んじられたことに変わりはありません」

 

 そう話を切り出したのは、総務庁長官ヒジェールである。

 

 「我々は皇太子殿下の今回の対応を非常に残念に思っております。皇太子であるということはいずれは帝となりこの国を背負われるということ。しかし、今回のように中央を蔑ろにされるとなると、臣下の我々は何もできません。我々はこの国の未来を考え、皇太子殿下がその座に相応しいのか、不信を感じざるを得ないのです」

 「総務長官、それは言葉がすぎるのではないか」

 

 帝はようやく口を開いた。

 

 「…無礼なのは承知の上。しかしこれは我々貴族が感じていることでございます。それにもし東方地域の長官を推薦された者が担ったとして、それではイスファターナの身分制が根幹から崩れることになります。東方地域はそれで良いかもしれません。しかし他の領地の民はその地の長官に従おうと思うでしょうか」

 「…」

 

 帝は椅子に深く腰掛けて背もたれに体を預けながら回答を考えあぐねていた。すると、ナフカがすくっと立ち上がって発言を求めた。

 

 「…帝。私に発言の許可をいただけますでしょうか」

 

 講堂がざわついた。一側近が発言するなど国民喚問では考えられないことだったからだ。

  

 「何をふざけたことを。国民喚問において執務官が口を挟む前例などこれまでになかった。皇太子殿下が発言なさればよいことであろう?」

 

 ヒジェールは言う。するとそれを聞いたナフカは口の端に笑みをこぼした。

 

 「それはおかしなことだ。執務官といえど、あなた方と同じ国の試験を受けて国のために働く一人でございます。所属が違うというだけでこの場で発言ができないのはそれこそ、前例はないとはいえ法に反するのではありませんか」

 「…っ、それは」

 「ナフカ=グリュネール。発言を認めよう」

 

 帝はナフカに発言権を渡し、ヒジェールは苦い顔をしながら席に着いた。

 

 「先程、東方地域の推薦する者を長官職に据えた場合、各領主長官職の身分制における地位が揺らぐとの発言が総務長官殿からあったかと存じます。しかしながら、身分制における地位を保証するにはいささか疑問な点がいくつかあるのです。私からはその報告をさせていただきたいと思います」

 

 ナフカはキシュに渡しておいた資料を帝と貴族達に配らせると、その中身について話し始めた。

 

 「これは、率直に申し上げますと不正の報告書でございます」

 

 再び講堂がざわついた。

 

 「たとえば修繕費などと称して長年、民から国の定める税以上に増収し、着服していた者。それから、貴族間での金銭のやり取りは財務庁に申請の上、許可を要しますが…報告されていないことが多数発覚しております。言ってみれば賄賂です。しかも、この件に気付くべき財務庁は何故か気付いていない。また、今夏の土砂災害で河川が一時使えなくなった際、国庫から支給された食糧はすべての民に行き届かせるよう通達も出ていたそうですが、配給されなかった地域もあったとか…」

 

 ナフカは淡々と資料の不正を述べると言った。

 

 「身分や法について論じる前に、この状況で長官や貴族であると名乗られるのはこの国に務める者として大変遺憾に思います」

 

 貴族の何人かは不正を読み上げられる度に震える者さえいた。

 すると帝が資料に目を落としながら言った。

 

 「私が国庫を開いたのは何のためだと思っている!お前たちではない、民を守るためだ!国に務めながら未だにこのようなことをするとは。これでは迂闊に病にかかることもできんな!」

 

 帝の声は怒りに震えていた。

 

 「他の不正についてもおって沙汰をする。近衛と軍部に調査命令を出し、各領地、官庁の不正があれば即刻逮捕し証拠と共に報告するように」

 「承りました」

 

 軍部の長官はソルギ=コーエンという寡黙な男だが、医庁のナチ同様、今回の国民喚問に出席はしていなかった。よって近衛長官のミュンツェルのみ、その命に返事をした。

 

 「帝、発言を求めます」

 

 シウォンが立ち上がった。それによってナフカは下がる。

 

 「認めよう」

 「ありがとうございます」

 

 シウォンはずっと息苦しい状態で議論を聞いていた。皇太子としての自覚や責務それについては承知しているが、やはりそれを責められると心に苦しいものがある。だが、ナフカがここまでこの優位な状況を作ってくれた。シウォンはそれに応えなくてはならない。それが、どんな形であっても。

 

 「帝、皇太子としての自覚に責務…それは皇太子となった日より学んでまいりましたが、今回の件は将来この国を背負う者にあるまじき中央を軽んじる行為であったという意見を否定できません。しかし、我が国と異なる伝統をもつ旧アーヴァイン領に関してはその伝統の保護のためにも彼らの望む長官が就くべきだと考えております。どうかご一考ください」

 「…ふむ」

 

 帝はため息をついて言った。

 

 「今度の官吏任用試験において合格したら検討することとしよう。未だ現長官のソジンは存命であるし、急務ということでもない。合格すればソジンの教育を受けさせることとしよう」

 「しかし帝、それでは…」

 

 ヒジェールが言うと、帝は厳しい目をした。

 

 「これだけの不正が出てきているのだ。長官の出自が平民だから、貴族だからなどというのは問題ではない。試験の門戸は誰にでも開けている。そう法律にも明記しているのだ」

 

 すると帝はヒジェールからシウォンに視線を向けた。

 

 「そしてシウォン」

 「…はっ」

 

 帝はシウォンの目を見ていた。亡き妻シヴァと同じ青い瞳を。

 

 「…三月だ。不正の報告書がすべて出揃い次第、三月の間、お前は手持ちの仕事とお前の管轄のラティーユに関わることを禁ずる。その三月は皇太子としてお前が将来について再度考える時間だ」

 

 講堂は帝の沙汰にしんと静まり返った。皇太子に三ヶ月の間暇を与えるというのは、重すぎる処罰のように感じられた。

 シウォンはその命令を静かに飲み込むと頭を下げた。

 

 「心得ましてございます」

 

 そして帝よりこの会議に終わりが告げられた。

 

 「国民喚問はこれにて終了とする」

 

 そうして帝は早々と講堂を後にした。シウォンは、帝に声をかける暇などどこにもなかった。

 貴族達が次々と退出していく中、オルモンドとその息子で総務庁に務めているアルヴィンがシウォンの元へやって来た。

 

 「ナフカ、意図的に私の名前を出さなかったように見えたが」

 

 オルモンドが言っているのは調査資料のことである。夏の間シウォンと視察に出ていたナフカに調査の時間はない。証拠資料となったおおよそはオルモンドとアルヴィンによるものだった。

 

 「今はその方が良いかと思いましたので。我々と密な関係があるとなると、貴方方も動きにくいでしょうから」

 「結果としてはそうだが、帝の殿下への沙汰を知っていたわけではないだろう」

 

 それは国民喚問開始前に、帝に声をかけられなかった時点で何かあると感じていたゆえの対策だった。

 

 「今回のこと、仮に貴族の不正で長官職が試験の合否で決定することになっても俺に対しての不満は残ったままだろう。帝は俺に対しても何かしらの処罰を与えるはずだ」

 

 去っていく帝の背中を見ながらシウォンはそう言った。

 

 「なるほど。それでか」

 

 オルモンドは頷くとシウォンは口を開いた。

 

 「ダナフォート卿、そしてアルヴィン。今回のことはお前たちのお陰だ…。感謝するぞ」

 

 シウォンは席を立ってオルモンドの方へ一歩踏み出そうとしたが、急に胸の締め付けられる感覚に襲われ呻いた。

 

 「…っ」

 「殿下!」

 

 シウォンは胸を抑えてナフカの腕を掴んだ。

 

 「シウォン様!胸が苦しいのですか?」

 

 キシュの問いにシウォンは苦しげな顔で頷いた。ナフカがシウォンの背中を擦っているとアルヴィンが言った。

 

 「わ、私が医庁へ医官を呼んでまいります」

 「頼む、アルヴィン殿」

 

 アルヴィンが去ったあと、オルモンドはシウォンの様子を見て何かを探し始めた。

 

 「呼吸が浅い。息が上がったな」

 

 オルモンドはシウォンの手と頬に触れ、軽く叩いた。

 

 「殿下、私の声がわかりますか。わかったら私の手を握り返してください」

 

 オルモンドはシウォンから握り返されたのを確認すると言った。

 

 「殿下、私の声にあわせて呼吸をしてください。まずは吸って…」

 

 オルモンドがシウォンに呼吸の指示をしていくと、しばらくしてシウォンの呼吸は落ち着いていった。シウォンは未だ呼吸に疲れた様子でキシュにもたれながらオルモンドに言った。

 

 「…少し楽になった。ダナフォート卿、助かったぞ」

 「いえ、大したことではありません」

 

 すると、アイジェスがアルヴィンと共に走ってやってきた。オルモンドは素早く状況を説明する。

 

 「そなたが医官か。今、少し呼吸が落ち着いているところだが再発もあり得る。よく見てほしい」

 「わかりました。ありがとうございます。初期手当てがその後の経過にも繋がりますから。感謝いたします」

 

 オルモンドは頷くとシウォンに言った。

 

 「それでは殿下、私どもがいても邪魔になりましょうから失礼いたします。しばらくゆっくり休まれませ。こちらのことはお任せください」

 「…ダナフォート卿」

 「わかっております。リフキア殿下のこともお任せください」

 

 オルモンドがそう言うと、シウォンはフッと笑みを浮かべた。

 

 「皇太子殿下、今動けそうですか」

 

 アイジェスが尋ねる。

 

 「…少しなら問題ない」

 「キシュ様、殿下を宮殿までお運びください。ナフカ様は何かリラックス出来る香りの良いお茶を」

 「お茶でいいのか」

 「気を休めることが何よりの治療ですから」

 

 そうしてシウォンはキシュに支えられながら皇太子宮殿へと帰っていったのであった。

今回で国民喚問(イスファレーテ)の回は終わりとなります。できたら早めに投稿したい(書きたい)という気持ちです…(実現しますように)。

それでは今後もお楽しみに。

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