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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
九章 国民喚問
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与えられた時間、そして始動


 「シウォン様!」

 

 皇太子宮殿に着くとリヨルが顔を青くして待っていた。宮殿で情報は恐ろしいほど早く回る。シウォンに暇が与えられたことをすでに知っているようであった。加えて、医庁から医師が来て何やら慌ただしくしていればシウォンの身に何かあったのかと心配だったのだろう。

 

 シウォンはそんなリヨルの頬に触れて言った。

 

 「大丈夫だ。少し疲れたんだろう。心配をかけてすまない」

 

 そんなシウォンの触れた手は指の先までひんやりとしていた。

 

 「キシュ様、殿下を寝台へ」

 

 アイジェスに促され、シウォンは寝台についた。

 その後、シウォンをアイジェスが診たところ特に問題はなく緊張と疲労によるものだと診断がついた。

 

 「視察後の国民喚問(イスファレーテ)でしたし、お疲れが溜まっていたのでしょう。ただ、呼吸が苦しくなるのは体にとっては大きな異変ですから、シウォン様が動けると思っても体は休ませてください。今日は無理の無いように」

 「わかった。どうせやることもないのだ。ゆっくりしていよう」

 

 アイジェスが念を押してシウォンとナフカ達に言って帰ると、シウォンはナフカの淹れた紅茶を飲んで寝台の背に深くもたれた。

 

 「シウォン様、国民喚問の件は…」

 

 リヨルが尋ねる。

 

 「ナフカとダナフォート卿のお陰で高官達の不正を暴くこともできたし、アーヴァインに関しては当初の予定通り試験によって長官を決めることになった。問題は何もない」

 「ですが…」

 「この件が終わったら休暇を取るはずだったんだ。それが少し早まっただけのことだよ。リヨルや子ども達と過ごせる時間が増えるんだ。願ったり叶ったりだよ。父上の体調だけが心配だが」

 

 リヨルはシウォンの手を握ると言った。

 

 「帝がシウォン様に暇を命じられた意味は理解しています。貴族達や学士達からシウォン様に向いた矛先を収めるにはこうする他に無いと。それでも…私は悔しいですわ。これではシウォン様がされてきたことが報われません」

 「リヨル」

 「どうして…どうしてですか。シウォン様はこの国を良くしようとされているのに」

 「リヨル…」

 

 シウォンはリヨルの頭を撫でながら天井を見上げて大きな息をついた。

 

 「ありがとう、リヨル。そうだなぁ…正直に言えばこの命令には少し堪えるところはあるんだが、それでも俺がこれからやることは何も変わらない。お前がそう思ってくれるだけで私は救われているよ」

 

 正直な話、シウォンの心はかなり疲弊していた。

 今後、周囲のシウォンに向く目は厳しいものとなるであろうし、政務から三ヶ月離されることは政務に邁進(まいしん)してきたシウォンにとって何より辛かった。

 だからといって、罰として与えられたその現実を表立って嘆くことはできない。リヨルが嘆いてくれることはシウォンにとって何より嬉しかった。

 

 「少し休めということだろう。父上もきっとそうお考えなのだろうから。何かを変えようとするときに反発は付きもの。時間を急ぎすぎるとこうして詰ってしまう」

 「では、うんと体を休めてください。視察から帰ってからずっと気を休めることもできていなかったのですから」

 「あぁ。そうする」

 

 二人を置いてナフカとキシュは部屋を後にした。

 

 「どうにかならなかったものだろうか、ナフカ。妃殿下が仰るのも無理はない。シウォンが決断しなければアーヴァインとの約定は結べなかったんだ。貴族達の反発を抑えるためとはいえ、これはあんまりじゃないか」

 「やめろ、キシュ。今回はどうしようもなかった…どうにもできなかったんだ。そんなことよりここからは情報戦だ」

 「情報戦?」

 

 ナフカは頷く。

 

 「敵にはルカーシュがいる。これからは、いち速い情報と味方してくれる相手が必要になってくる」

 「となると、近衛の出番だな。取り急ぎ新しい人事の調査とラティーユの庁舎に定期的に人を飛ばさなくてはな」

 「頼めるか」

 「おう」

 

 キシュが走っていく後ろ姿を見つめるナフカの表情は、まるで影を纏ったかのように冷ややかで、その切れ長の目だけは獲物を見定める鷹のような鋭い光を放っていた。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 「兄上が暇を与えられただと!」

 

 翌日、ラドファタスの庁舎には早馬で帝からの勅書が届いた。

 中身は、国民喚問における決定事項、それにおいての今後のたいおうについてである。ヨルナから受け取った勅書の中身を読みながらリフキアは自分の拳を机にぶつけた。

 

 「どうしてこんなことになった。兄上は東方との約定を破るわけにはいかなかったのだ。返事をせずに帰っていたとしても、約定を破棄した、国防を考えなかったと兄上を非難する気だったのだろう!中央(イスファル)は何をしている!」

 「落ち着かれてください、殿下」

 「これが落ち着いていられるか!」

 

 リフキアは珍しく怒りを顕にしていた。

 元々、シウォンが国民喚問にかけられると聞いたとき、力になれなかったことに仕方がないとわかりながらも不甲斐なさを感じていた。そしてその結果がこれである。

 

 「父上も父上だ…。貴族や学士の反感を収めるためにも兄上に暇を与えたのだろうが、それにしても三ヶ月は長すぎる。間違いなく兄上に不利になるだろう。民心とはそういうものだ」

 

 リフキアは部屋をうろうろとしながら勅書を握っていると、アレッタが部屋へ入ってきた。

 

 「失礼します、リフキア様」

 「アレッタ」

 「父から手紙が届いたのですが、その中に…」

 

 リフキアはアレッタから手渡された文を開く。その文の差出人は、リフキアの予想しない人物だった。

 

 「ナフカ?なぜあの者から…」

 

 本来臣下から文を皇族に直接差し出すことは無礼とされる。リフキアの義理の父であるオルモンドも、娘のアレッタ宛としてでしか文を出すことはできないのである。

 リフキアはその文をまじまじと読み始めた。

 

 『リフキア殿下

 

 まずは、殿下宛の文を私がこうして文を差し出す無礼をお許しください。

 今回のことを受けて、殿下もきっとお察しのことと存じますが、皇太子殿下に大変不利な状況となっております。今の皇太子殿下に必要なのは皇太子殿下の力となる各領主長官でございます。しかし、今回の件によって殿下は領主長官達にも反感を買ってしまいました。

 私から僭越ながらご意見申し上げます。

 この三ヶ月、ラドファタス周辺領主を殿下におまとめいただきたく存じます。それも、リフキア殿下御自身が皇太子殿下のお味方であるという形で、でございます。

 難しいこととは理解しておりますが、リフキア殿下のお力無しに盤石なイスファターナの統治体制を作ることは叶いません。

 臣下の身でご意見いたしましたこと、改めてお詫び申し上げます。

 殿下のお力添えを願い、ここにしたためさせていただきます。

 

                  ナフカ=グリュネール』

 

 リフキアはそれを読み終えると、冷静になったのか静かにその文を中身を気にしていたアレッタやヨルナ、アイゼンに渡した。

 アレッタ達も中身を読み終えると何かを考えながら窓の外を見つめているリフキアの方を見た。

 

 「私は愚かだったな」

 「愚か、でございますか?」

 「怒っている暇があるのなら、馬を駆ってあちこちの領主長官に話をつけに行くべきだったのだ。兄上の反感を抑えるためには味方を増やす他にないのだからな。それに…こうして意見されてから気づくとは」

 

 リフキアは前髪をかき上げながらナフカからの文にもう一度視線を落とした。アイゼンはその姿がシウォンに見えて、思わず胸がドキッと音を立てたのを感じた。

 

 「アイゼン」

 「…は、はい!」

 「ん…?どうかしたか?」

 「いえいえいえ」

 

 アイゼンは大きく首を振った。リフキアはその様子に首を傾げ、ヨルナはその様子を理解した上で呆れてため息をついた。

 

 「なんだ…しっかりしてくれよ。アイゼン、新しい人事について早く情報を集めてくれ。予想でもいい。新しく決まった領主長官にはラドファタスが全面的に助けをすると書面も出したい。そうだな、まずはこのラドファタスから動きやすい西域、東域に。特にアーヴァインは至急だ。これは、ヨルナにやってもらおう」

 「私も、ダナフォートが運営を助けている各地の商店に新領主長官を助けるよう働きかけます」

 

 アレッタが言った。リフキアはそれに頷く。

 

 「頼む」

 「お任せを」

 「兄上を追い出そうだなんてさせない!兄上がいつか帝となられるときの布石は今このときから打っておく。みんな、頼んだぞ!」

 

 各々が部屋を出ていった後、リフキアはナフカからの文を一瞥すると近くにあった蝋燭の火にかけた。

 

 (大胆なことをするものだ)

 

 リフキアは灰になっていく文を見ながら心の内でそう言葉にした。

 ナフカの言葉が無かったら動けていなかった自分が悔しかった。シウォンの誰よりも信頼できる、任せられる人間でありたいのにその先をいく相手がこの国にはいる。その相手が兄の支えになっていること、味方であることは何よりも心強いし、彼がいれば何とかしてくれると思っている節もある。

 

 リフキアはそんな自分が酷く嫌いだった。

 

 そしてもっと憎いところは、リフキアが布石を打つこと、打てることを当然と考えていること。そして恐らくこのことをシウォンには話さずにいるのだろうことだ。いつの日か今日からの布石はリフキアの功績となっているのだろう。

 

 「あの日から…まるで追いつけた気がしないな」

 

 あの日、皇太子宮殿にシウォンの補佐として行った十年前。あれからリフキアは成長し、地位や役目を持った。ナフカはあの日からずっとリフキアよりもシウォンの隣に立っている。


 そこでリフキアの頭にはなぜ執務官なのかという疑問が浮かんだ。

 もし彼が執務官でなく高官の一人だったら、若くして一つの庁を任されていたかもしれない。いや、そんな器に収まるのだろうか。彼がどこかの国の王として立ち上がったら――。

 そこまで考えてリフキアは首を振った。

 

 この文がいつか露見すれば少なからず問題になる。憎くて尊敬して憧れる彼の唯一の汚点になるだろうこの文は、もうすぐ灰となって消えるだろう。

 

 「証拠を消してやったんだ。イスファルに戻ったら文句の一つくらいは言わないとなぁ」

 

 リフキアは完全に灰になった文を窓から庭へ振りまくと、各方面への書状を書き始めたのであった。

お待たせしました。九十五話です。

諸事情で腱鞘炎になってしまい利き手を動かすのが辛くて、投稿が遅れました…申し訳ない(涙)

そんなわけでゆっくり書いていますが次回もお楽しみに!!

早くナフカが文句を言われてるシーン書きたいなぁ。。

結月詩音


☆投稿のお知らせはTwitter(@shion_isfal)、なろうの活動報告欄にて随時更新しています。

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