第拾八話「惨殺⑥」
十太郎の『甲割』は、捕り物の十手に似た刃を受け止め相手を打撃によって打ち倒す武器である。打ち倒すといっても相手の打ち所が悪ければたやすく致命傷に持ち込める業物で、十太郎は古道具屋で偶然、気に入った物を珍しく大切に使っていた。
九蔵は何でこの業物を彼は愛用している理由を口には出さないが、とっくに気付いていた。
十太郎は口は悪いが、優しすぎる男なのである。彼が自分を下がらせたのも何とか鷹田を救いたい一心なのだろうと彼のはかない希望を九蔵は読み取った。
九蔵が戦えば、必ず相手の首が血しぶきを上げて飛ぶ結果となって終わる。
鷹田の懐近くに飛び込んだ十太郎は鋭く彼の肋骨と肋骨の間である肋間隙を突いた。鷹田は鎧を身に付けているが、この地に来るまでの間の戦いでいたるところが壊れている。
だが、少し後ろにのけぞっただけで、地の底を這うようにし、刃を草ごと切り上げた。ちぎれた草が渦を巻いて高く空に舞い上がった。
「あんなに年寄りくさかったじじぃだったのに、どうやってここまで変わったんだえ」
十太郎は息を整えながら鷹田に聞いた。しかし、鷹田はこめかみの血管をムカデのように浮き上がらせて、力任せに斬りかかってくる。
まさに力押しだけの剣術である。力押しだけとはいえ、ほぼ彼の剣に対抗できる者は、この国に数えるほどしかいないのは明らかであった。
「がぁあああ!」
「阿片だって、ここまで狂う奴はいねぇな、伴天連の秘薬か?寺に置いてきた女に聞いときゃよかったぜ、こんなに元気になるなら年寄りもいい働き手になる」
鷹田の刀を十太郎の甲割が、火花を散らしながら受け止めた。
だが、十太郎は戦いの中で小さな変化を見逃さなかった。鎧と小手の間の間接が異常に膨らんでいるのである。
(血がたまっている、あの場所を九蔵さんと一緒に狙えば、太い血脈が切れるはず……化け物といえど血が無くなれば動きが鈍くなるはず……しかし、あのまじめな侍をここまで狂わせた者は誰か、それが永遠に閉ざされることもありうる……必ずそいつらは俺たちの仕事を妨げる存在となる)
「よごせぇ!その子をよごせぇ!」
狂人と変じた鷹田の言葉らしい言葉を聞いたのはこれが最初であった。
「誰だい、あんたをそこまで変えたやつぁ!」
「よごせぇ!その子をよごせぇ!桃園の子をよごせぇ!」
一層、全身を震わせ髪を振り乱す鷹田に十太郎の言葉は届かなかった。
「くそったれ!」
夏のにわか雨のような激しい斬撃が繰り出される。
(我と取引をしないか)
寿太郎の脳裏に微笑を浮かべた若い侍の姿が浮かんだ。
「誰だ?」
鷹田の攻撃はさらに激しさを増す。
その若い侍は、霧がかる空間の中に立ち、両脇に双子の小姓を控えさせていた。
(鷹田がせっかくこのような陸奥の地で見探してくれたのだ)
(こちらに来れば歓迎しよう)
若侍が話していると思ったが、彼は口を閉じたままであった。両脇の双子の小姓が交互に口を動かしている。
「てめぇは誰だ!」
「十太郎!」
幻惑の世界の住人との会話を引き裂くように九蔵の声が響いた。
十太郎の首が、あとほんの少し前にずれていたら、鷹田の刃の餌食となっていた。
我に返った十太郎は、額の汗をぬぐった。
夢とは異なっている。丑寅の関抜けをした時に戦の幻を見せられた感覚と非常に似ていたと十太郎は感じた。
「最近、訳の分からねぇ変人ばかり集まってきやがる、早く仕事を終わらせて草津の湯にでもつかりてぇや、九蔵さん、やっぱり俺たちが相手にしている連中は人間じゃねぇ、正真正銘の百鬼夜行だ」
「何があった!」
「奴ら、鷹田のじじぃを使って、俺たちに会いに来やがった、『へのこ』に毛も生えそろっていねぇような奴らだったぞ」
「へのことは……」
男性器を指す言葉に、九蔵は少しだけ顔をしかめた。




