第拾八話「惨殺⑤」
<登場人物>
影月 十太郎
本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる。お気に入りの小刀は京橋近くの古手屋から購入した甲割『十六夜』
霧雨 九蔵
沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく。愛刀は中先代の世から霧雨家に伝わる『時雨丸』
ひそ無
夢戒僧正の寺の最後の稚児 この幼児のもつ力を各藩は欲している
明石 右近
青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪 『丑寅の関』の関守に命じられる
鷹田 康三郎
鳳凰藩士 主君の密命を帯び、十太郎と接触する 家臣の砂田と土呂は青葉藩にて捕縛斬首 その後、別命を帯び青葉藩へ向かう
田菜
鳳藩の忍『朝露』の一草 三番目の少女 数え十三
茅
『朝露』の一草 四番目の少年 数え十
堅香子
『朝露』の一草 一番年若の少女 数え九つ
次から次へと繰り出される少女たちのクナイを右手の甲割で十太郎は軽くはじき落とす。
「ご丁寧に附子でも塗っているのか」
附子とは毒草の『トリカブト』のことである。
十太郎は地を蹴り、素早く後退した。十太郎の立っていた場所に左右から勢いをもった仕掛け矢が刺さる。
少女は十太郎から距離をとりつつ、両の指に挟んだ小ぶりのクナイを十太郎に向かって続けて投げた。
十太郎の姿が急に草の中に消えた。
周囲の草が複雑な動きを伴って音を大きく立てた。
十太郎は逃げながら辺りの草に幾重にもよじった絹糸を張っていた。
左右に目を動かしながら二人の少女は彼の気配を探った。
「うっ!」
年下の少女はその場で一言うめくと地面に倒れた。
草の中から、ひそ無を背負った十太郎が余裕の顔をして立っていた。
「せいぜい十を過ぎたくらいになったばかりだろう、何かの理由で奴に命令されているのかもしれねぇが、お前はまだ俺に勝つことはできねぇよ」
少女は悔しそうな表情で十太郎を無言のまま睨んだ、そして、胸元から懐刀を取り出し、自分の喉をめがけて勢いよく突き立てようとした。
が、それよりも早く十太郎の投げた石が刀をはじき飛ばした。
「何も死ぬこたぁねぇ、それだけの腕を持っているんだ、地獄の道を歩もうとも食うには困らねぇよ、けどよ、お前さんは嫁入り前の裁縫や手習いが似合う齢だ」
少女は力が抜けたようにその場に膝から崩れ落ちた。
十太郎は、自分の甲割の先で少女の細く白いあごを軽く持ち上げて微笑んだ。
「今まで怖かったんだろ、お前さんの目ん玉は心と一緒に鎖で縛られちまってる、早くそこに倒れている娘と向こうのガキも介抱してやりな、今から俺と片眼鏡の堅物が、お前たちを苦しめる鬼を退治してきてやるさ、その後でまだ話しがしたかったら聞くだけなら聞いてやる、それ以上のことは今はできねぇ、いいな」
そう言って甲割の先を使って器用に少女の首から首輪と鎖をねじ切った。
「逃げたければ逃げろ、ただし、桃宴や丑寅の関の山には下りるなよ、そこかしこにお前の腕じゃかなわねぇ変な奴らがあふれている」
呆然とする少女をそのままに十太郎は鷹田と九蔵のいる荒れ地の奥に走った。
九蔵は、十太郎が子供と戦う場所から荒れ狂う鷹田を少しずつ引き離していた。
「鷹田殿、ずいぶんとお強くなられた」
九蔵の言葉を白目をむく鷹田は振り下ろした刀の風切り音で返した。
(あの年齢の男にこれだけの力は出まい、いったい、誰に何をされたのだ)
一人の力ではこの男に勝つことは出来ないと九蔵はすぐに判断し、最小限の力で、彼を疲労させることに専念した。
(しかし、甘かったか)
彼の刀を振る速度は衰えを感じさせなかった。むしろ、九蔵を逃げる獣に見立てて楽しんでいるようであった。
渾身の力がこもった鷹田の刀を受け止め続けていると、どのような名刀でも折れるのは目に見えていた。
小さくクルミの殻が割れたような音が足下からした。
そこには、風雨にさらされ変色した人の骨が何本も草の中に転がっているのが九蔵の目に入った。
「ここも戦場であったか」
森に囲まれた地でありながらこの場所だけ太い樹木が生えていないのも、それが理由であったかと九蔵は納得した。そして迫り来る鷹田に対し、柄を握る手にいっそう力を込めた。
「鷹田のだんな、もう人をおやめになっちまったんですねぇ、さびしいもんでさぁ、あんなに優しいお侍だったのに、あんたみたいなお侍さんがこの世知辛い腐りかけた世を少しでも変えてくれると思っていたんだけどなぁ……そう思っていた俺が馬鹿だったのかなぁ、こんなになっちまったあんたの方が馬鹿だったのかなぁ、もう分からねぇや」
ひそ無を背負い自信ありげに微笑む十太郎が鷹田の後ろに立っていた。
「九蔵さん、背中のガキがおとなしくて助かってる、おとなしすぎて寝小便でも垂れてなけりゃ良いけど、ちょっと預かっていてくれねぇか」
十太郎は紐を解いて、動きを止めた鷹田の横を一気に駆け抜け、ひそ無を九蔵に渡した。
「さぁ、あんたと右近の赤鬼様、どっちが強いか、俺との戯れにつきあってもらうぜ」
そう言うが早いが、十太郎は鷹田に自分の甲割が届くところまで飛び込んでいった。




