第拾八話「惨殺④」
十太郎は、僧正から預けられた少年を背負い、谷筋に沿った道無き道を鹿のような速さで下っている。
九蔵は十太郎と右近が寺内でやり合っているとき、ひそかに自分の愛刀と十太郎の甲割が堂の入り口である石段に置かれたままになっていることに気付いた。僧正はこうなることを知っていたかのように女に命じていたように九蔵は思った。
『ひそ無』と名付けられている子供は、無表情のまま木々の間から時折見える曇り空を見上げている。
「十太郎、止まれ、人が来る」
先に進む九蔵は足を止め、小声で十太郎の歩みを制した。
下半身を沢の水に浸けたまま、足軽とみられる男たちが強引に大岩を越えていた。彼らの位置から頭上にいる十太郎たちの姿は見えていない。
「小僧、声を出さずに静かにしていろよ」
十太郎が、背負っているひそ無にささやく。
「どこの者か分かるか?」
十太郎に問われた九蔵にもほとんど全裸に近い足軽の男らの正体は分からなかった。ただ、彼らは何かから逃げているように見えた。
「うぉ、うぉ」
それまで黙っていたひそ無が、少し興奮気味に言葉にならない声を上げた。
谷底の岩の上を軽々と跳ねながら、鎖のようなもので繋がれた子どもたちが男たちに迫ってきていた。
「骸?」
そのうちの一人の少女がクナイのような金属片を岩を上れずにいた男の首に刺した。男は悲鳴を上げるまもなく絶命した。
他の足軽たちも子供たちにいとも簡単に命を奪われていた。
三人の子供の後ろに大きな影が見えた。その陰は、右手を上げ十太郎が隠れている谷の崖筋を指さした。
「まずいな、見つかったようだ」
大きな影の男に命じられた子どもたちは猿のような素早さで崖を駆け上ってきた。
九蔵と十太郎は、笹藪をかき分け尾根筋を目指した。
「十太郎、この小僧と一緒なら子供の刺客といえどやってしまうか」
「九蔵さん、俺ぁ動けねぇ年寄りと子供を殺すのだけは勘弁してもらいたい」
「だろうな、なら……」
「あの後ろのでかい影には死んでもらうしかねぇな」
十太郎と九蔵は、尾根筋の見通しの良い場所に出ると、それぞれのなじんだ武器を手に相手を迎え撃つ姿勢をとった。
幼い少女が二人、少年が一人、首輪を付けそこから細い錆びた鎖が谷の方に延びている。
「われら上様の邪魔立てをするものは許さぬ」
声変わり前の少年の声が辺りに響く。
「邪魔をするつもりなんかねぇさ、ただ、俺たちは山を下っていただけさ」
片耳のない少女が、十太郎の背負う幼児に気付いた。
「その子供はどこの子ぞ」
「知り合いのじいさんから、親戚筋のじいさんのところにもらわれにいくところでさぁ」
十太郎は、他の者たちの動きを警戒しながら軽口を叩いた。
「もしやお前たちは、青葉か?青葉の者なら殺す、桃宴の地の者か、桃宴の地の者ならば……」
「いやいや、出羽から抜けてきた罪者、つまらねぇ者と思ってくだせぇ」
十太郎は軽く嘘をつき、少年らの次の反応を観察した。
二人の少女が十太郎と九蔵を囲むように左右に音も立てずに分かれた。
「九蔵さん、このうるせぇ子犬どもの飼い主が追いついてきたようだ」
「あぁ、思ったよりもでかいな、右近殿と同じくらいか」
「ちょっと小僧を背負っているから俺の動きはにぶくなる」
「では子犬の始末はお前に任せよう、わたしは躾のできていない子供が大嫌いだ」
九蔵はそう言うと自分の愛刀の鯉口を切った。
風にながれる萱草の中に熊のような大きな身体の侍が仁王のように立っている。その手には三本に延びる錆びた鎖が握られていた。
十太郎はその顔にどこか見覚えがあった。ただ、姿、形、身体からほとばしる妖気は以前とまるで異なっている。
「あんた……」
「お主らか、ずっと探しておったぞ!その小僧はもしや……」
鳳藩の家臣、鷹田康三郎その人であった。
「がはぁ!」
鷹田は嬉しそうに熊のようなうなり声を上げ吠えた。
十太郎もこの不可解なできごとに少し興奮している。
「おっさん、ずいぶんと変わっちまって、そのむくみきった顔を見るまで気付かなかったぜ、なんか変なもんでも喰っちまって鬼になっちまったのかなぁ……たとえば人とかね……あわれだよ、おっさんも死にぞこなったんだなぁ」
その瞬間、四方から十太郎と九蔵めがけて鷹田と子どもたちが襲いかかってきた。
「ガキ共は大人の話に割り込むんじゃねぇ、おれの躾は厳しいぞ」
十太郎の素早い甲割の一撃は、少年の身体を後方に大きく吹き飛ばした。
「十太郎、子供を殺すのが嫌いではないのか?」
九蔵は鷹田の刀を打ち流しながら十太郎へ言った。
「急所は外してある……多分……」




