第拾八話「惨殺②」
刀を持っていない二人の戦いは圧倒的に十太郎が有利であった。軽々と右近の攻撃をかわし背中に回るとしがみついたまま、彼の首筋に枝を突き立てた。
「これで、一回死んでおりやすよ」
十太郎を掴もうと後ろに回した腕を踏みつけ、懐中にひそませた組紐で首と手首を瞬時に結び付けた。
通常であればそこで動きが止まるものだが、右近は肩の関節を自ら外し、腕と紐ごと十太郎の首を締め上げようとした。
だが、十太郎は下にすり抜け、股間を蹴り上げた。
右近はその場に悶絶した。
「でっけぇイチモツ持ちは狙いやすい」
「ま、待て、お前はこの姿にやつした魔を野に放つのだぞ」
「右近様が、俺たちを利用してあわよくば退治しようとしたのも事実、俺たちがここに来るために青葉侍を利用したのも事実、あの坊さんは俺たちにならあのガキを表に出すと思っていたのだろうけど……」
股をおさえ苦しむ右近のそばに十太郎は腰を下ろした。
「俺たちは依頼人の仕事を完遂させるのが第一なんで、正直、俺だって右近様を殺したくはない……あの伴天連女の二人もここに向かっているはずだ、今の俺なら奴らだって殺せる自信はある……だが、まだ来ねぇっていうことなら例の『玉藻の前』とやりあっているんじゃなかろうか、あの女の周りにはたくさんの骸もかしづいていやがったからな」
十太郎の言うように、女の姿はまだ見えない、霧が晴れてきたこの状況なら何らかの動きはあるはずであった。
「無理は承知のうえだが、青葉藩から脱藩する気はありやすか」
十太郎はそう言いながら、右近の大きな身体を焦げた丸太ごと紐で幾重にも巻いた。
「何を言うか」
「骸の秘密を手に入れたいのは、青葉藩も同じ、幕府と同じ穴の糞仲間だ、これを否定できるのなら、あんたのそのでかい身体と助ける命の価値はある」
「馬鹿な、藩を捨てるなど!」
「そんなもんは、塵壺の底に捨ててしまう方が右近様の本音に近いと思うのですがね」
地面に横たわる右近の左耳をかすめるように十太郎は地面にとがった枝を突き立てた。
「もう一度だけ、考える余裕を預けときやす」
右近は空に顔を向けたまま沈黙した。
「忍びの兄さんはどうする?」
保知は十太郎と右近の争いを止めることもたきつけることもせずただ見ていただけであった。
「おまえたちとは兄弟かもしれぬという訳か」
「坊主の戯言は話し半分くらいに聞いておく方がいい」
「わたしは戻る、おのれの生きてきた足の下には、多くの命が埋まっている責任がある」
「好きにおやりなせぇ」
九蔵は既に幼児を背負って杣道をたどっている。
「本当に楽しい道中でした、お二方には心から礼を言いやす」
十太郎は地に倒れる右近と傍らに立つ保知に軽く頭を下げ杣道へ走り去っていった。
保知は右近を拘束している紐を石を器用に使い切り外した。
右近はただ黙っている。
「明石様、あなたは彼に三回殺されていますよ、あの男は思っていたよりも恐ろしい奴です」
彼の首筋やのど元に枝で突いた赤い点が付いていた。




