第拾七話「反魂⑦」
青葉藩藩主である青葉輝久が突然狂死した。
重臣たちは、既に死臭が出ている遺骸を香の臭いで誤魔化し、まだ生きているかのように偽装した。
そしてすぐに隠蔽工作に東奔西走し、末期養子の申請を幕府に行った。領地内に幕府の国目付が前の騒動から駐在していたので、それを幸いにあっさりとその申し出は受理された。
病の原因は犬煩い(いぬわずらい)とした。現代で言う狂犬病のことである。
養子は水戸藩の六男である元服が済んだばかりの葵頼年とした。幕府にしてみればそれは都合の良い出来事でも合った。
密かに家老の支倉常継は奉行と示し合わし、懐柔しようとしたが、水戸藩の御曹司は先代とまったく異なり聡明であった。
彼は幼い頃から水戸藩で水戸学を学び、藩主としての心構えを骨身に刻み込んでいた。そのため、家臣の序列や勝手な行動を厳しく制限した。藩内では多少の反発もあったが、こうした決まりを守り抜くことこそが、幕府による改易などの無理難題を回避する道であった。
藩内で最大の懸案となっていたのは、人食い獣による被害であった。先代の藩主は無辜の民が犠牲になるのを興じているような暴君であったが、若くして跡を継いだ新藩主は、直ちに獣の駆除を命じた。
藩士たちが総力を挙げて集めた情報を精査した結果、その元凶は丑寅の旧関所を越えた地にあることが明白になった。
洞鉛の地の烏がけたたましい鳴き声をあげている。
この地で生を得た十人の赤子は人の形を保ったまま元気に育っていた。乳は朱説が気付くと狐や狸といった山の獣たちが与えていた。
女たちが消えた後も夢戒僧正は不完全な獣を作り、野に放している。獣はここにいる者らを餌として認識はしておらず、動けるようになるとすぐに山の深い藪の中に姿をゑ消していた。
二か月を過ぎた頃から、赤子が一人、また一人と姿が見えなくなった。最後の三人となった時、夢戒は驚きもせず弟子の朱説に言った。
「あの女が迎えに来たのだ」
「そのようななことが……」
「何か対しての恨みをはらすべく一族とするためだ」
「朱説、まだ三人残されているが、一人は身体も大きくならず、泣くこともせず、この子だけは寺に隠しておきたい、わたしは女にそう頼んだ、あの者は守ることも含め了承してくれた、だが、残り二人は今晩に迎えに来ると……」
「誰も残らないなんて、夢戒様が受けた苦しみは」
「わたしは、子供らがまたこの地で幸せに生きられるという甘い考えを妖しどもに利用されたのだ、わたしの心の弱さに見事につけいられたのじゃ、わしはもう仏に仕える資格はすべて失った」
「そのようなことはありませぬ、夢戒様の思いは、この朱説、すべてはありませぬが、間違っているとは思いませぬ」
夢戒は静かに首を振って否定した。
「このように生まれ落ちた命、この赤子の命はお前にたくす、今からすぐに山を下りよ、山に住む数多の獣たちもこの地に起こる異変に気が付き騒ぎ出しておる」
「夢戒様、何をおっしゃる!師に罪があるのなら弟子も共に背負う覚悟でございます」
「この赤子らの命も巻き込んでもか」
朱説は何も言えなくなった。
「お前の方がむしろこれより困難の道を歩むことになろう、共にこのような出来事を見てきた者もお前もわたしは救ってやることはできぬ、今より仏の道を捨て、一介の人としての道を歩むが良い、朱説という名も捨てよ、お前にはこれから『六道』という名を与える、どのようなことがあってもわたしのような三悪道を歩むなよ」
朱説はそう言って子供のこぶしほどの大きさの布袋を渡した。
「女からの子の代金よ、これで商いでも起こし人としての一生をおくってもらいたい」
見た目より重い袋の中には、金粉がぎっしりと詰まっていた。
「いつの世かお前に頼ることになるやもしれぬ、それまでにこの残された子らを頼む」
「夢戒様の命であれば言われたとおりにいたします、しかし、どのようなところにいてもわたしの命が消えるその日まであなた様を一生お守りいたします、そしてこの子らを立派に育てあげますぞ、ですから夢戒様もそのお命を大切にして……」
そこで朱説こと六道は言葉をぐっと詰まらせた。
「さ、去ねよ、また血の宴が始まる」
六道は深く頭を下げ、静かに眠る二人の赤子を柔らかな干し草の詰まった背負子のかごに入れると杣道へと足を向けた。
夢戒は、何度も振り返る六道の姿が笹藪の中に消えるまで静かに見送っていた。
この日の晩、丑寅の関を境にした死骸のような姿をした凶暴な獣と青葉藩の足軽との最初の戦いが起こった。




