第拾七話「反魂⑥」
<登場人物>
影月 十太郎
本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる。お気に入りの小刀は京橋近くの古手屋から購入した甲割『十六夜』
霧雨 九蔵
沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく。愛刀は中先代の世から霧雨家に伝わる『時雨丸』
六道 三右衛門
江戸の口入れ屋の元締め 旧知の知人 夢戒僧正に依頼された仕事を十太郎に任す
夢戒僧正
『丑寅の関』向こうの地にある旧寺の住職 丑寅の関の乱の原因となった事件を引き起こす
朱説
夢戒僧正を慕う若き修行僧
青葉 輝久
先代の暗愚な青葉藩主
酒井 久朝
幕府の若年寄り 諸国巡検使として青葉藩に赴くが部下が失態を犯しその責任を負い蟄居となる
市河 助衛門
青葉藩に隠れキリシタンを詮議するために遣わされた郡奉行 夢戒僧正を無実の罪で牢獄に入れ、洞鉛の地を惨劇の場にしたきっかけをつくる
鷹田 康三郎
鳳凰藩士 主君の密命を帯び、十太郎と接触する。家臣の砂田と土呂は青葉藩にて捕縛斬首
菊川 保知
鳳凰藩家臣 『朝露』の里より、忍びの者『草』を率いる。獄につながれた鷹田の救出を主君から命じられる
月草
『朝露』の一草 年長の少女 数え十五 青葉藩潜入途上で死亡
銭巻
『朝露』の一草 二番目の少年 数え十四 鷹田を獄から奪還する途上で死亡
田菜
『朝露』の一草 三番目の少女 数え十三
茅
『朝露』の一草 四番目の少年 数え十
堅香子
『朝露』の一草 一番年若の少女 数え九つ
明石 右近
青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪 『丑寅の関』の関守に命じられる。
川田 長兵衛
青葉藩家臣 明石の重臣
支倉 兼嗣
青葉藩筆頭家老 『丑寅の関』の事変に深くかかわりをもつ
支倉 常継
兼嗣の父 他藩との折衝役を主に引き受けている
大谷 古四郎
青葉藩随一の豪商 遣欧使節に乗じた密貿易で得た富で青葉藩に武器を供与
ノーノ・サントス
異国より遣欧使節団とともに密入国した少女 兼嗣の命で大谷家に寄宿している
レイナ・ファルケ
ノーノとともに密入国した修道女 兼嗣の命で大谷家に寄宿している
射干玉の化生
青葉藩の獄にて保友と対峙 幻術で保友を翻弄する
丹羽 勘兵衛
鷹田と同じ獄の囚人 鷹田に丑寅の関内での一端を伝えるも刑死
鳳凰 隆康
先代の鳳凰藩主で崇宗の父 青葉藩への巡見で崇宗の母となる女すうを妾とする
すう
青葉の地で隆康に気に入られた側女 崇宗を産み 崇宗の時代に代わると城内で大きな権力をもつ
鳳凰 崇宗
鳳凰藩主 爽やかな風貌で家臣の信頼も厚い 人前で声を発さず二人の小姓を使って家臣を動かす
葦毛 坊丸
崇宗の小姓 右目が蒼い 感情を表に出すことなく崇宗の言葉を家臣に伝える
栗毛 峰丸
崇宗の小姓 左目が赤い 感情を表に出すことなく崇宗の言葉を家臣に伝える
闇住者
詳細不明
夢戒がよみがえらせた三十三人の子供たちは、人間では無かった。
手足の皮膚や肉は二晩めになると腐れ落ち、骨があらわになる。その獣の痛みが和らぐとき、それは肉を食っているときだけだった。
その様子を嬉しそうに見ている女たちがいた。
『闇住者』と呼ばれる者たちである。
初めは一人との遭遇であったが、もう既に十人ばかりになっている。彼女らはその美しい顔を袖で半分隠しながらヒソヒソと声を潜め笑っている。
夢戒ももう彼女らは人とは異なる者であるという認識であった。
彼女らの美貌は、すべて己の欲望を映し出した鏡であると彼は思った。
「何が足りないのだ!笑っていないでどうか教えてくれ」
町から弟子の朱説が骨を拾い集め戻ってきたとき、夢戒が必死の形相で彼女らに懇願していた。
「それではお前の何がもらえる?」
「求めるものなら何でもやると言ったはずだ、どうかあの子らをこの世に戻してくれ」
女たちは、さらに猿のような声で笑い、顔を皆で見合わせた。
「お前は修行の中で女人を避けていたそうだね」
女人結界の張られた高野山の僧らは女との接触が厳しく禁じられている。だが、既にこの女たちは夢戒の側を離れない。
「お前の精汁を我らの身体の中に注いでみよ、お前のできそこないの弟子のものではだめだ、長い間、戒律に縛られ心の奥底にため込んだふしだらなモノを毎晩、我ら一人ずつ、夜が明けるまで抱き続けるのじゃ」
女たちはすぐに着物を脱いだ。透き通るような肌に、長い黒髪が絡みつき乳房や秘所を見せぬようにしている。
朱説が近くにいるのを女たちは知っている。昔の朱説であれば犬のように女の腰にすがっていたかもしれない。だが、今の彼は必死に念仏を唱え続けた。
「若いお前はそこで我らのまぐわいを見ておけ」
一番、夢戒の近くにいた女はボロボロの僧衣を剥いだ。
夢戒の身体は痩せているものの、何か異様な精気が全身からほとばしっているように朱説は感じた。
妖しの者らに心身が浸食されていたのだろう、夢戒は豪快に笑い、自分のいちもつを猛らせた。
「夢戒様!」
朱説が止めようとしたが、身体がその場から動かなくなった。
「人の世に戒律などはいらぬ、獣のように喰い、共に寝、まぐわえばよい、すればお前のもつ邪心が新たな命の願いを叶えるであろう、もっと舐めろ、もっと突け、お前の心にため込んだゆがんだ念はこのようなものではないだろう」
女たちの淫靡な声は過去の華やかだった頃の桃宴を思い起こさせるよう毎晩のように響き渡った。
十日目が過ぎた朝、女たちの姿は朝日の光の中に消えていた。
だらしなく眠る夢戒を横目に、朱説は廃坑の外に木製の人形が何体も置かれているのを発見した。
その壱拾五寸ほどの大きさをした人形には心の臓の辺りに黒々とした墨で数字が書かれていた。その数、全部で十体であった。
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
今まで夢戒がつくった者らは泣き声を出すことなどは無く、醜悪な表情でうなり声を上げていた。
だが、辺りに響いている泣き声は赤子の声、そのものであった。
(この人形からだ……)
朱説はおそるおそるその人形の横に入っているひびに指を掛けた。豆の殻が割れるように木製の外装が簡単に外れた。
朝日の柔らかな日差しを浴びた赤子は玉のように美しい顔をしていた。すぐに他の人形も外郭を外し、むずかる赤子を取り出した。
「夢戒様!、夢戒様!」
朱説は驚き、すぐに大きな声でまだ寝ているであろう夢戒を呼んだ。
しかし夢戒は近くで日の光を浴びながら洞の入り口で静かに立っていた。その顔は後悔と嬉しさの入り交じった複雑で朱説が見たことも無い表情であった。
最初に木人形の胸に十と書かれた朱説が取り出した赤子。
夢戒僧正はこの赤子に『十太郎』という名を授けた。




