第拾七話「反魂⑤」
巡見使が江戸に戻るのは早かった。
幕閣の面々は彼らの醜聞が広がる前に関係者の処分を下し、代表であった若年寄の酒井もその責任を負い、任を解かれ当分の間、蟄居となった。また、あの場で狂った者たちはいずれも改易や厳封となり、その家族も含め大きく運命が変わった。
その処分吹き荒れる中で、最後まで状況を正確に報告し、すみやかに帰路の手配等を行った若き鳳凰藩の武士、遠州守と呼ばれた鳳凰隆康の処遇は異なった。
藩主の次男坊でもある彼は若くして幕府の推薦により、この任を任されたのだが、酒井に変わって、別の若年寄りから命じられていた青葉藩との交渉を独断で継続し、幕府からの派遣者、いわば今で言う現地の駐在員を置くことに無理矢理同意させた。
幕府にとっては、密貿易の疑いのある青葉藩の公式なお目付役が堂々と置けるようになった。
青葉藩にとってもそれは思うほど悪い話しではなく、幕閣に賄賂を贈る道筋がひとつ増えるという思惑があった。
(大藩であれ、たかが地方一藩の勝手なる振る舞いは許さじ)
幕府の執念はそう易々と変わるものではなかったが、小藩の鳳凰藩は、より幕府からの信頼を高めた。
この巡見で、鳳凰隆康に青葉藩主から直々に数人の青葉藩士を遊学させたいとの申し出があった。藩同士で許可できることではあったが、念のため、同行していた若年寄の酒井に許可を願い出た。
その件はすぐに許可された。酒井にとっては、今回の巡見の不始末はお家の状況が変わる一大事であったので、どうでも良いことであった。
青葉藩から遊学に出向いた三人の他に、彼らの下人や側女が十人ほど付き人となった。
その側女は誰もが美しく、人知の美を越えていたように若き隆康は思った。特にその中の一人、『崇』と呼ばれる女は一目見て隆康の心に火を付けた。
「かの側女を我に預けさせてもらえないか」
遊学を許可された青葉藩士に断る理由は無い、むしろこの女たちは、若き鳳凰藩御曹司への献上品であると内々に聞かされていた。
その日の晩から、すうと呼ぶこの女は便女として隆康のもとに置かれることになった。
一方、青葉の地では、熟練のマタギさえ驚愕する未知の獣が群れをなし、城下の庶民を次々と無残に食い殺していた。河原や空き地には引き裂かれた血まみれの四肢や臓物が転がり、それを目当てに群がる野犬の唸り声とむっとする血の臭いが、絶えず城下に立ち込めていた。




