第拾七話「反魂⑤」
酒井がさらに奉行衆を問い詰めようとしたとき、後方で控えていた巡見使の一人が突然、立ち上がり大きな声で歌い出した。
「こひしといふてなくこゑは このよのなげきとはことかはり ほねみをひたすばかりなり……」
「お控えくだされ」
周りの者が必死に止めようとしても、その侍は狂ったように広間で跳ね回る。
さすがに酒井も失態だと恥じ、その場をひとまず閉じるように部下や藩士に命じた。
(誰やつに薬を盛られたか)
酒井はすぐにそう思ったが、証拠はない。
すると、仲間を止めていたもう一人の巡見使も突然狂ったように笑いだし、畳の上を転げ回った。
「遠州殿、この者らをすぐに下がらせよ」
酒井に命じられた遠州と呼ばれる若い巡見使は、すぐに前の間に控えていた下人を呼び、失態を演じた二人を縛り上げた。
縛られた二人は、まだ白目をむきだし、かすれ声で歌を口ずさんでいる。
「このような無礼を働き、誠に申し訳ございませぬ」
先ほどまで気丈にふるまっていた姿は、若年寄の酒井から消えていた。
詮議の場はすぐに閉じられ、巡見使の面々はそそくさと城を後にした。
「何があったのか?」
奉行衆も顔を見合わせ、この場で起こった出来事に首をかしげた。
「ああ、とても騒がしかったのぅ」
女に肩を支えられながら藩主が広間に戻ってきた。
見送りせずに残っていた奉行衆は、その場に平伏し、今、起きた出来事を藩主に報告した。
「何を慌てておる、あれはわしが神に願って起こしたのじゃ、成り上がりの将軍家よりもこの青葉の方が格が上だということを知らしめたのじゃ」
「上様、そのような言葉が幕府の耳に入れば一大事でござる」
「案ずるな、わしはもうこの地の神と約束したのじゃ、この藩の民の命と丑寅の地を少し分けることで、青葉の都が安泰となることを、お主らも慌てることはないのじゃ」
「そのようなこと……」
「さ、宴じゃ、女ども酒肴を用意せよ。童どもここに来て良き舞を見せよ」
奥のふすまが開き、狩衣姿の少年や巫女装束の少女らが衣擦れの音もたてず広間に姿を見せた。
「この者たちはいつの間に……」
奉行衆が驚きの表情を見せる中、彼らは舞をはじめた。
(みよや こわらべ まうよはつきよ たのしや かなし うれしや かなし)
半裸の女に囲まれた藩主は腹を抱えて嬉しそうに笑う。
(みよや こわらべ まうよはつきよ たのしや かなし うれしや かなし)
「我らは何を……」
(みよや こわらべ あおばはつきよ うらみつもりて おもいは きえず)
同じような歌い回しが鈴と小鼓、笛の音と共に続く。
藩主の野猿のような咆哮の合いの手。
巡見使の見送りを終えた奉行衆や家老が引き返してくると、広間からにぎやかな囃子と笑い声が漏れ聞こえてきた。不思議に思い、広間の隙間を覗き見ると、妖しき鬼火がゆらゆらと群がっている。その渦中、藩主も家臣も女らも、取り憑かれたように我を忘れて踊り狂っていた。




