第拾七話「反魂④」
当代随一と謳われる名だたる絵師たちが描いた絢爛たるふすま絵や屏風はもとより、欄間に施された精巧極まる透かし彫りの数々に至るまで、一切の妥協を許さぬほどの手の込みようである。細部にまで注ぎ込まれた調度品の技巧の緻密さは、まさに青葉藩の底知れぬ財力の大きさと、その圧倒的な威光をまざまざと見せつけていた。
巡見使の代表者である酒井久朝は、まだ年若ながら堂々とした振る舞いであった。
藩主、青葉輝久からのねぎらいの言葉を受けた後、すぐにこれまでの藩の動静など、こと細かに奉行衆に説明を求めた。
その間中、藩主は大あくびをしたり首筋を掻いたりと落ち着きの無い様子であった。
酒井は丑寅の関越の地で起きたキリシタン狩りの説明を求めた。
「笹場崩れの谷は街道も途絶え、山のさらに山の奥でありました、わたしどもの迂闊は、まさかそのような地に多くのキリシタン共が流れ着いていたということは寝耳に水のことです、江戸より派遣くださったお奉行様におかれましては感謝の言葉しかございませぬ」
「聞くところによると、その奉行、市河助衛門は無頼の徒に討たれたというではないか、それに対して何か申し開くことはござらぬか?」
「お奉行様は御勇敢な方でおられました、我らも必死にお止めしたのですが、流れ矢が辺り……」
「反乱の徒の中に、武士がおったのか?」
「もともと、あの地は笹場藩の領地でもありました、だいぶ少なくはなりましたが、その浪人共が農民にやつして暮らしておりました」
「で、市河の出世欲と笹場の残党を同時に成敗したいことが一致したのであるな」
「そのようなことでは!こちらはあくまでお上の命に従った隠れキリシタンの成敗です、その証拠に他に大きく負傷した者はこの藩の中にほとんどおりませぬ」
「で、ことを起こした市河だけが亡くなったと」
「左様で……」
「ふぅむ」
もちろん酒井は、それが嘘であると知っているが、そのことについてこれ以上の詮議をやめた。それよりもこの青葉藩の隠れた財政の規模はどのくらいかが幕閣に命じられた今回の目的であったので、各地域の石高や鉱山の様子などを続けばやに質問した。。
(どこかでぼろが出よう……)
この青葉藩の藩主は愚かではあったが、奉行衆やその下の家老などはとても優秀である。一つ一つ、そらんじるように巡見使の質問に答えていた。
「つまらぬのぅ、もうわしは下がってよいか」
藩主の一言に青葉藩の奉行衆は凍り付いた。
「藩主様におかれましてはこれだけお引き留めしていて申し訳ありませんでした、あとは御家来衆に聞きますので、下がってくださってもかまいませぬ」
若年寄の酒井は藩主が下がるのをすぐに認めた。
(このような暗愚な藩主であれば、さほど問題は無い、むしろ、この奉行衆の扱いだ……こやつらは野放しにしておけぬ)
彼の後ろに控える幕府はこの青葉藩の権力をこの気に大きくそぎ落としたいと考えている。




