第拾七話「反魂③」
青葉藩城下にて、野犬の仕業と思われる獣害が多発した。
女子供はもちろん、城下を見回る警護の者たちでさえ、跡形もなく姿を消すか、腕や脚を食いちぎられた無残な姿で発見される事件が相次いだ。もはや夜間に一人で歩けるような状況ではなかった。さらに悲惨を極めたのは墓荒らしである。まだ葬られて間もない亡骸ほど狙われ、一夜のうちに掘り返されては、泥にまみれた棺桶だけがぽっかりと空の口を開けていた。
他にも恐れられていたのは、狩衣や巫女装束をまとった美しい少年少女たちが、夜な夜な町の辻に現れ、鈴や鐘を手に舞い踊る姿であった。彼らの姿を一目見ようと近付いたり、声を掛けたりした者は、皆一人残らず姿を消したという。
(みよや こわらべ まうよはつきよ たのしや かなし うれしや かなし)
舞う者たちは、そのような戯れ歌を口にしていたそうである。
通信手段の無い世でも、人の良くない噂は瞬く間に広がる。
動揺が広がった人心をいかに早く沈めるか、城の中の者たちは苦心した。
騒ぎがさらに大きくなると幕府が、どのような理由をつけてでも藩の政治に介入してくることは明らかであった。
春になり、幕府から諸国巡見使が派遣されてきた。彼らの仕事は各藩や領地の様子を視察し。上に報告する上士である。
幕府の若年寄りを中心として、副使、従者には幕府と関係の深い藩の士によって構成され、彼らの報告内容次第によっては、改易などの懲罰も場合によっては生じることがある。
各藩にとって、特に目を付けられている外様大名にとっては気の抜けない調査であった。
藩境までは筆頭家老である支倉常継自らが迎えに出、逗留場所でもある大谷家の本屋敷まで三十名にもなる一団を案内した。
この巡見使の代表である若年寄りの酒井久朝は、道中の疲れを癒やすことも無く、すぐに藩主との面会を求めた。
藩主との直接の面会は、よほどの危急で無い限り求められることはない。家老の支倉は悪い予想が的中したとあきらめの境地にいた。
「ならばすぐに御駕籠を用意いたしますが、城内でもいささかの準備があるので、よろしければあと半刻ほどの余裕を賜りたく存じます、それまでには御家老様には不便のないようお迎えの場を整えます」
支倉の要求を酒井はのんだ。酒井自身も無理な申し出であることは承知していた。
支倉はすぐに城まで早馬を飛ばした。
城内でも予想していたこととはいえ、蜂の巣をつつくような騒ぎとなった。
青葉の藩主、青葉輝久は暗愚である。
初代の青葉隋龍公の威光はとうに消え、この藩主は昼間から酒を飲み、腰元から引き抜いたよりすぐりの美しい女たちをいつもかたわらに侍らせていた。
古庭や奥島など古くから仕える奉行衆は、家老の支倉からの伝言をすぐに藩主に伝えた。
「わしは会いたくない、そもそもキリシタン討伐も余所からきた者たちが必要以上に厳しくおこなったからじゃ、人を食う野犬が増えたのなら、逆に殺して犬鍋にでもすればよい、話すことがないのになぜ会わなければならぬのじゃ?」
「上様は、そこにお座りいただいているだけで、すべて我ら奉行衆が対応します、上様は寛容にお聞きしているだけで御心配はございませぬ」
「五朗左右衛門がそう申すのなら」
古庭は安堵した。
「それでは、まずは酒と女をほんの数刻お控えくだされ」
「女たちくらいならここにおってもよいじゃろ」
「いえいえ、その女どもの美しさに目がくらみ、幕府の使者が連れて帰ってしまうやもしれませぬ」
「それはいやじゃ」
女のえり元から乳をまさぐっていた輝友はすぐに手を止め、女を突き飛ばした。
「わしの物はわしの物じゃ、お前たち、後ろに下がれ、わしが対応している間はここに顔を出すのでは無いぞ」
ほぼ半裸の女たちはすぐに部屋を後にした。
「では、謁見の間に行くまでにいくつかお話しておきたいことがあります」
「早く申せ!」
奉行衆は、できるだけ言葉の意味を分かりやすく輝久に伝え、巡見使の応対に備えた。
先ほどまでのおだやかな春の陽が雲に隠れ、奥羽山脈から吹き下ろす冷たい風が青葉の地に吹いた。
「それでは御案内つかまつる」
家老の支倉を先頭に、巡見使の一団は大谷の屋敷から城へと移動を開始した。




