第拾六話「伴天連追放文③」
虫の声も絶え、夢戒の吐く息は白い。
朱説は戻ってくることはなかったが、夢戒は無事に逃げおおせてくれている方を願った。
着ている僧衣もシラミだらけで、はたくと埃のように板を並べただけの床の上に落ちた。
「疑いの念が晴れた、ここより出よ」
その日の朝、青葉藩の侍が突然現れ、骸のようにやせ衰えた夢戒を屋敷の外へうち捨てるように追い出した。
あの詮議の後、郡奉行は、青葉藩の者に焚き付け、この洞鉛を隠れキリシタンが潜伏していると触れ回った。ほとんどの藩の者たちは無視したが、隠れキリシタンを徹底的にあぶり出すことがこの藩の安定となるという考えを抱く一派はその扇動にのった。
通常であれば、たとえ噂があったとしてもむやみやたらに処罰をしたりはしない。だが、先の無い郡奉行は功にあせっていた。
すぐに幕府に早馬を走らせ、青葉藩の動きが鈍いことを伝えると脅した。対応に困った青葉藩は、この発見の一番の功は郡奉行であると約束し、私兵色の強い一部の兵による探索と抵抗する者への成敗を認めた。
この戦いの中で見届け人役の郡奉行は誰知ることなく殺された。抵抗した村人による争いの中での死が公式の見解であったが、青葉藩の中ではこの件について口に出して反論する者は誰もいなかった。
「確かに元隠れキリシタンであった家族もいた。それは本当にごく少数派で、ほとんどは貧しいがゆえに故郷を捨て逃げてきた哀れな者たちばかりである。だからこそ、新しい名を与えたのに」
道の先に自分と同じ乞食のような風体の僧が座し、地に両手と頭をつけていた。
「朱説だな……」
地に伏したまま朱絶は肩をふるわせている。
「気に病むでない、お前が生きていただけでも光を感じる……帰ることは出来たのか」
朱説は声を上げて泣いた。
「申し訳ありませぬ、急に関が閉じられ、間道や山にも兵が溢れており、わたしもすぐに捕らえられ、牢の中、昨夜、ようやく放免されました、聞くところ無戒様もまもなくご赦免されると聞き、ここでお待ちしておりました」
細くなった手首に罪人を示す入れ墨がのぞいていた。そうとうな仕置きだったのか、よく見ると首筋から足首まで無数の傷あとが付いていた。
「もう泣くことはやめよ、洞鉛まで案内を頼めるか」
「関は閉じているので、間道を参らざるを得ません、もう兵は引き上げていると聞いております」
朱説は涙と鼻水で汚れた顔をようやく上げた。
足場の悪い杣道を二人の汚れた風体の僧が歩く。
曇天の下、吹く風の音は赤子の泣き声に似ていた。
広葉樹は既に葉を落とし、岩陰には薄く積もった雪のあとが残っている。
見上げると山中に異様な数の烏が枝にとまっていた。人の気配を察した烏は一斉に飛び立ち、空を覆った。
笹藪を抜け、元街道の道にたどりついたとき、夢戒は目を疑った。
街道の木々の枝には、ちぎれた麻縄が均等に風に揺れていた。その下には髪の残る頭骨や手足の薄茶色に汚れた骨が積まれていた。
自分の身体が痛むのを忘れ、夢戒は寺へと向かって足を引きずりながら走った。
ぼろ笠が外れ、枯れ草の上に逆さに落ちても、足を前へ前へと進めた。
(あぁ……)
家々や寺は焼け落ち、黒い炭の柱が卒塔婆のように立っている。
本堂があった場所には小さな骨が折り重なるように固まって落ちていた。子どもたちがここにまとめられ殺されていたのは明白であった。
夢戒の顔からすべての表情が消えた。




