第拾六話「伴天連追放文②」
詮議の場は、母屋の軒先である。
地面に敷き詰められた丸石の上にむしろが敷かれ、その中心に夢戒僧正が座り、後ろのむしろのぎりぎりの端に朱説が正座し、頭を下げたまま動かずにいる。
白髪交じりのまげを結った詮議役の郡奉行は、与力から受け取った改帳にくぼんだ眼をせわしなく動かし、ひとつひとつ質問を重ねた。
生まれた年、親が亡くなった年、子供の数。通常の改めであればそこまで細かく聞かれることはない。夢戒は、この老獪が落ち度を見付け、自分の手柄にしたいのだとすぐに覚った。
青葉藩自体が幕府に目を付けられているのは夢戒も知っている。
関ヶ原の戦の後、初代藩主が進めていた遣欧使節は幕府も許可をしていた。幕府には考えがあっての許可である。そこで得た南蛮貿易の収益の大部分は幕府に上納させられた。共に貿易の甘い汁を吸っていた二代将軍も、この藩の立場を理解した上での宗門改である。
(幕府はその利を独占したいと思っているがゆえ、この力のある大藩を直轄領としたいと考えている、お取りつぶしを阻止したい青葉藩は、西国九州の地で起きているような拷問や虐殺をあえて行うことでその疑いをなくしたいのでないか)
夢戒は、人の欲から出る醜さを感じ取った。
改帳を閉じながら郡奉行は、首を左に少し傾けながら、口をへの字に曲げた。
「洞鉛のあの貧しい地にこれだけの人が暮らしていけるものなのか?」
「先代の師から聞いていることは山崩れの時が一番に人が減りました、山師や鉱夫などの残された家族が必死になり、残された田畑を耕し、広げ、血のにじむような努力で何とかここまで人を増やしてきたのです」
夢戒の答えに奉行は側に控える与力に内容を確かめた。与力もその答えを肯定した。
「そこに住む者は外界との繋がりが強いか」
夢戒は変なことを聞くと思った。
「いえ、元々、山の奥の奥、他藩へ通じる街道も通っておりません、そこで生まれ、その地を出ず、そこで死を迎える者がほとんどです」
「そのようであるか、誰も知らずそこだけに住む者どもの集まりか……」
この返答に、奉行のくぼんだ目は冷たく笑ったように夢戒には見えた。
「では、そこに落ちてきたキリシタンが命乞いを求めてきたらどのようにする」
「こちらはその者がキリシタンかどうかなど分かりませぬが、変事がありましたら人を介して関の番所までお届けいたします」
「我らがもし村の中でそのような証拠を見付けた場合は、奴らを束ねるお前は何とする」
「藩命に逆らうつもりはござりませぬ」
「このような物も見たことはないか?」
奉行が近くの箱から手にしたのは、手に乗るほどの子安観音像であった。
「これは仏の姿に見せた奴らの持ち物だ、ほぅら、この後ろに異国の字が細かく彫られておる」
「観音像は分かりますが、観音像はあくまでも観音像、それ以上でもそれ以下でもございませぬ」
そのようなやりとりが続くうちに、奉行の態度にいらだちが表れてきた。
「ふぅむ、その方、人相が変わっておるなぁ、目鼻立ちはまるで異国の血が混じっているようだのぉ」
「そのように昔から言われておりましたが、異国に行ったことなどないことはむろん、如来よりいただいたこの顔には何の隠し事もありませぬ」
「もう一度聞く、お前には伴天連の血が入っておるのではないか?」
「ならばどこでもお切りになるが良い、皆と同じ色の血が流れるだけのこと」
「ふぅむ、ここにきての開き直りか……お前は伴天連であろう、いや伴天連に違いない」
この奉行の言葉に傍らにいた与力たちも驚いた。
「お奉行様、この僧は確かに目鼻立ちは少し異なりますが、伴天連などとは……」
「黙れ、田舎与力の分際で!わしの目を疑うか!」
「めっそうもない!」
「なら黙っておれ、この僧は帰すな、お前にはまだ聞きたいことがある」
「お奉行様、お待ちを!」
朱説は奉行が血迷ったのかと思った。急いで立ち上がり夢戒の前に走り出た。
「喝食のお前などに用はない、もし、これ以上に詮議の邪魔立てをするのならば、その汚い首をはねるぞ」
「朱説、騒ぐでない」
「しかし!」
「お前は外にて控えておれ、騒動を起こすではないぞ、このままだと山で待つ者たちにも迷惑をかけることになる」
「は、はぁ」
「お奉行様、わたしの面相で迷惑をかけたのなら素直に詮議に臨みます、ただ、この下男は関係のないこと、これについてはよろしいでしょうな」
奉行は与力に命じ、朱説を詮議の場より連れ出すように命じた。朱説は夢戒より注意を受けていたので、嫌々ながらも指示に従った。
「この僧を捕縛し座敷牢へ、わしは上様にご報告がある」
そう言うと、奉行はさっさと部屋の奥に下がった。
与力たちは、申し訳なさそうに夢戒を軽く縛り、屋敷の蔵を改造した急ごしらえの牢に連れて行った。
「お坊様、たいへん失礼をいたしました、あの奉行はまことの郡奉行ではありませぬ、この改めのために幕府の命により下ってきた他藩の役人です、わたしたちも何とか上の方に話をいたしますが、このご無礼の数々、しばらくお許し願います」
「気にするでない、お主たちの苦労も分かる、あの男は強い手柄を欲する目をしておる、あと一つ頼みがある、屋敷の外に控える下男の男に洞鉛にすぐに変えるように伝えて欲しい」
与力は深々と夢戒に頭を下げた後、蔵の錠前をかけた。
あれから七日経っても、夢戒は蔵に閉じ込められていたままであった。飯は屋敷の下僕が届けにきたが喉に通ることはなかった。
虫の鳴く声が止み静寂が訪れた。
(これから何があるのか……わたしはどうなってもよい、だが、狭隘の地の者たちだけは無事でいて欲しい)
人の心の中にこそ浄土と地獄が同時に存在する、夢戒はあの郡奉行の中に闇を感じていた。夢戒が暗闇の中に座し、思いにふけっていると小さく自分の名を呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。
「夢戒様、朱説にござりまする、返事をしてくださいませ」
その声は間違いなく朱説の声であった。
「朱説か、戻っていたのではないのか?このようなところにいては危ない、すぐに下がれ」
「帰るに帰れず、夢戒様を待っておりました、この二、三日まちの様子が騒がしいので聞いてみたら、我が地へ報償目当ての雑兵の集団が向かっているとのこと」
「なんと!」
「詳しいことは分かりませぬが、隠れキリシタンの捕り物だと」
「青葉藩の者たちなのか?」
「食い詰め者の浪人や浮浪者、刑の減軽を約束された囚人の一団ですが、その藩命は青葉から出ておりまする」
「自分たちの手を汚さずに益のみを得ようとするか」
「夢戒様のお力なくして、我々は動けませぬ」
「すぐに飛んでいきたいところではあるが、わたしがこの牢を抜けることによって、より大きな被害がでるやもしれぬ、ここはお前だけ先に行って、逐一、わたしに報告をしてほしい」
そう言って夢戒は自分の左手に巻いていた紫水晶の混じる念珠を外し、窓の外へ放った。
「路銀が無くばそれを売れば良い、頼む、そして村人たちには逃げよと伝えよ」
「わ、分かりました、すぐに様子を見て参ります」
朱説は既に泣き声となっている。
「さ、早く」
ここに来る前、逃げようとしていた村人を押しとどめた強い後悔が夢戒の心を刺した。
虫の声がまた辺りの闇に広がっていった。




