シーン 116
皇帝との謁見が終わった翌日。
朝から胸騒ぎがして気分が落ち着かなかった。
首筋の違和感は強烈で痛みすら感じる。
それがずっと気になって、サフラたちにも告げておいた。
皇帝ではないが、何事もなく杞憂に終わって欲しい。
しかし、そんなささやかな思いとは裏腹に、それから数時間後、悪い予感が的中した。
陸と空から複数の魔物が現れ、帝都を強襲してきたのだ。
まず、第一陣として攻め込んで来たのは、翼を持たない亜人と魔物の群れ。
亜人の中には、この辺りでほとんど目にする事のないフォーモルをはじめ、ゴブリン、オーク、オーガ、コボルトなど総勢で百を超える数がいた。
それらを率いていたのは “ネピリム”というジャイアント。
ネピリムは身長が七メートル近くあり、この種特有である水色の体色とエルフのように尖った耳を持っている。
また、知能が他のジャイアントに比べて高く、下等な亜人を使役する能力を持っている。
魔物も珍しいモノが多く、マンティコア、ガルム、ラミア、ミノタウロスなどが確認された。
そして、魔物を率いているのは、巨大なワニの怪物“タラスクス”だった。
タラスクスとの死闘はまだ記憶に新しく、非常に厄介な相手だ。
第二陣として空から攻め込んで来たのは、ワイバーンやグリフォンの他に、見た事のない魔物も含まれている。
そして、偵察を行ったハンターが一番驚いたのは、それらを率いていた“グリーンドラゴン”の存在だ。
グリーンドラゴンは名前が表す通り、緑色の体色を持ったドラゴンで、背中にはコウモリを模した巨大な翼を持っている。
そして、このドラゴンの恐るべき能力は、口から“強酸”を吐き出すこと。
また、上空から撒き散らせば被害が広範囲に及ぶ。
「レイジ、陛下からの通達だ!至急援護に回ってくれ」
アルマハウドは皇帝の遣いで用件を伝えに来た。
しかし、それ以上は語らず、剣を構えて町へと消え、宮殿の方へ戻っていった。
町の中にはすでに何匹かの魔物が侵入し、住民たちに被害が出ている。
彼はその状況確認と侵入した魔物の退治も兼ねていた。
「サフラ、ニーナ、お前たちは残ってペオたちを守れ。俺は人手が足りない町の入口に向かう。それと、くれぐれも無理はするな。最悪の場合、家を捨てても構わない。お前たちの命が最優先だから」
「わ、わかった」
緊張した面持ちのサフラたちを残し、町の入口を目指した。
空からの攻撃は、ハンターたちでは有効な反撃手段ないため、相手から攻めてこない限り応戦する事はできない。
そのため、大半の戦力が町の入口に当てられている。
入口付近では、すでに亜人たちと交戦するハンターたちの姿が見えた。
その中にはクオルやガウエス、バリージェイにグラウドンの姿も見える。
少し離れた物見櫓の上では、他の弓兵に混じってピュレーの姿もあった。
他にも大会に参加した猛者たちが必死で町を守っている。
「男爵様!」
後方からハンターたちの指揮していたギルドマスターが僕に気が付いた。
彼も武装している。
その表情は硬く、戦況が芳しくない事を示唆していた。
「加勢に来た。状況は?」
「南から大量の亜人と魔物が押し寄せています。今は何とか持ちこたえていますが、弓兵の消耗が激しく、前線がジワジワと押され、何匹か町の中へ侵入を許してしまいました…」
「わかった。では、弓兵たちの居る櫓で援護する。マスターは戦闘に参加できそうな見習いたちの援護要請を頼む。チームを組んで入り込んだ敵の迎撃に当たらせた方がいい」
僕の意見を聞き入れたギルドマスターはすぐさま伝令を手配した。
宿舎には見習いのハンターたちが待機している。
実戦経験こそ少ないが、この際贅沢は言っていられない。
このまま出し惜しみしていては押し負けてしまう。
彼もその事を理解したらしい。
僕は急いで高台に作られた物見櫓を駆けあがった。
櫓の上には十人ほどの弓兵が陣取り、休みなく矢を射掛けている。
ピュレーは特徴的な“ダブルバンド”で、遠く離れた敵を射殺していた。
しかし、彼女の弓は弦が二本ある特別な仕様のため、弓を引く力も通常より多く必要になる。
そのため、連続して使用すれば相応の疲労が返ってくる。
「加勢に来た!何とか持ちこたえてくれ」
「だ、男爵!?どうしてこちらへ?」
「俺もここから銃で狙撃する。攻撃の手を緩めるなよ」
櫓から前線までの距離は約八十メートル。
弓で狙うには少し距離があり、熟練者でも命中させるのは難しい。
幸い敵は固まって攻めて来るため、同時に射掛ければ何本か当たると言う程度だ。
それでも、当たり所によっては一撃で亜人を葬れるため、貴重な戦力として役に立っている。
僕の拳銃でも弓と同じような事が出来るものの、元々狙撃に適した形ではない。
銃を手に強く念じると、拳銃は狙撃に適した形状に姿を変えた。
現われたのは“M700”という狙撃銃。
銃身が一メートル近くあり、遠くの標的を視認できる高倍率の“照準器”が付いている。
また、安定感を増すため、銃身の中央部から“バイポット”と呼ばれる二本の“脚”が付いている。
今までに扱ったことのないタイプの銃だが、エーテルの力で反応するため、これまでに扱った物と大差はないはずだ。
銃を櫓の手すりに据え付け、狙撃の姿勢を取る。
照準器を覗くとフォーモルの姿が見えた。
拳銃とは違い、標的をハッキリと視認した状態なので少し感覚が違う。
その気になれば毛穴も見えてしまうほど映像が鮮明だった。
照準の中心をフォーモルの額に合わせ、引き金を引く。
弾は狙い通り額を貫通し、一撃で頭を破壊した。
どんな亜人でも頭を撃ち抜かれれば生きては居られない。
特に額はエーテル器官と密接な位置にある。
急所の中でも特に有効な部位だ。
「だ、男爵、今のは?」
「気を散らすな。話は終わってからだ!」
驚くピュレーに注意を飛ばし、次の獲物を照準器で捉える。
初めはぎこちなく引き金を引いていたが、それは銃を身体に馴染ませるためだ。
反動もリロードも必要ないため、慣れて来れば夢中で敵を倒す事ができる。
そんな中、亜人を率いていたネピリムが別の指示を出した。
僕の狙撃に気付いたというわけではなく、仲間が減ったため戦略を変えるといった様子だ。
ネピリムはジャイアントの中でも非常に賢い種類のため、頭は鉄製の兜で覆われている。
これでは頭を撃ちぬくことが出来ず、他を狙うしかない。
心臓を狙おうと照準をズラしてみると、身体には分厚い鉄板で出来た“胸当”をつけていた。
「クソッ、何でこんなところにネピリムが居るんだ!ヤツはジャイアントランドにしか居ない固有種じゃなかったのか!?」
休みなく弓を射掛けていた中年の男性が弱音を吐いた。
戦闘開始から三十分近くが経ったが、一向に終わりが見えてこない。
焦りと疲労から精神的に追い込まれていた。
「いや、ヤツは本当にネピリムなのか?あの統率された動き、まるで訓練されているようだ…」
別の若い男がそれに同調した。
ネガティブな思考は簡単に伝播する。
誰かがこの流れを止めなければならない。
「余計な事は考えるな!一匹でも多く倒し、町を守るんだ」
気丈に振舞ってネガティブに陥っていた二人に檄を飛ばす。
それに驚いて二人はすぐさま攻撃を再開した。
二人の話が正しければ、ネピリムはこの大陸には居ないジャイアントだ。
それが徒党を組み、南から攻め込んできている。
対応するハンターたちもほとんど目にした事がないため、対応に苦慮していた。
基本的に、“巨大な亜人”と考えてはいけないらしい。
ネピリムを仕留められずにいるのは、的を絞らせないよう動き回っているところだ。
ネピリム自身、僕の狙撃から逃れるためにやっているとは考えられず、単に落ち着きがないように思う。
それでも、すぐに照準から外れてしまうため狙撃は難しい。
戦場の様子を見渡そうと照準から視線を外すと、タラスクスが指揮する魔物が前線を大きく押しやっていた。
足元には戦死したハンターの死体が転がり、次から次に押し寄せてくる魔物が容赦なく踏み潰している。
魔物の中でも“マーナガルム”の近縁にあたる“ガルム”は、狼特有の俊敏な動きと獰猛な牙で前線のハンターたちを次々に殺害していた。
マーナガルムとの違いは体色だけと、とても危険な存在だ。
狙撃する相手を変え照準をガルムに移した。
こちらはネピリムよりもはるかに俊敏だが、防具を着けているわけではないため、頭を狙うのはそれほど難しくない。
射線上に仲間が入らないよう注意しながら引き金を引いた。
ガルムは体格が大きいため、頭を撃ってもすぐに倒れることはない。
それでも何発か身体に撃ち込むと動きが徐々に鈍くなっていく。
また、仲間の弓兵たちが射掛ける矢が身体に刺さり、動きは目に見えて遅くなった。
こうなれば、ソフトボールほどの大きさがある“眼”も撃ち抜ける。
精神を集中して右の眼球を撃ち抜いた。
弾は眼を通じ、その先にある脳を破壊した。
いくら強靭な身体を持っていても、急所を突かれれば簡単に命を狩る事ができる。
「や、やったぞ!男爵がガルムをやった!!」
先ほど仲間の話に同調していた若い男が声をあげた。
目に見えた戦果は仲間の士気を高める効果がある。
ただ、ここで浮かれるわけにはいかない。
畳み掛けるように別のガルムを撃ち殺し、苦戦する前線をフォローした。
「だ、男爵、空から敵が!!」
ピュレーの声に気が付いて頭上を見ると、櫓を狙ってグリフォンが襲い掛かってきた。
以前対峙したことのある魔物だが、戦い方次第では拳銃でも対処できる相手だ。
狙撃銃を素早く“AK-47”に持ち替え、こちらに向かってくるグリフォンに弾を浴びせた。
拳銃とは違い一発ずつの威力がある自動小銃は、連射性能にも優れ、グリフォンの翼に無数の穴を空けていく。
空から襲ってくる敵とは言え、翼さえ使えなければ脅威は半減すると言っていい。
グリフォンは羽ばたく事ができなくなり、真っ逆さまに落下していった。
落ちたところを近くに居たハンターたちが取り囲み、確実に命を奪っていく。
連携の取れた動きは無駄がなく、後ろで指揮するギルドマスターも満足顔だった。
「全員、空からの敵にも注意しろ!特にワイバーンの尾にある毒は強烈だ。絶対に近づけるな!」
「男爵、別の方向から“ズー”が!」
ピュレーの指差した方向には、鷲の身体に獅子の顔を持つ怪物が見えた。
グリフォンよりも身体が大きく、羽ばたくだけで暴風を巻き起こす事が出来る怪物だ。
ズーが起こす暴風のおかげで、矢を射掛けても軌道がそれ、ことごとく無力化されてしまう。
「だ、男爵、お願いします!」
気弱そうな若い男が僕に懇願してきた。
言われなくても対処するつもりだ。
グリフォンと同様、翼を撃ち抜いて地上に落としてやればいい。
ギリギリまで引き付け、一気に翼を蜂の巣にした。
ズーは暴風を起こして応戦しようとしたが、すでに身体を宙に浮かせる力もなくなり、力尽きて地上に落下していった。
地上ではグリフォンと同様、弱ったズーを確実に仕留めるため、数人のハンターが取り囲み、容赦なく首を刎ねた。
登場する敵の数が増えてきたので、そろそろ情報を載せようと思います。
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