シーン 115
丸二日をかけてフォレストメイズから帝都に帰還した。
帰路は想像より遥かに過酷で、亜人や魔物に何度も襲われた。
これまでは、セシルの見張りで安全に旅が出来ていた事もあり、僕らが積極的に動く機会は少なかった。
ところが、そんな状況から一転して、彼女が抜けた穴は大きく、発見が遅れて取り囲まれていたと言う事態も珍しくなかった。
僕は御者と見張りを掛け持ちしたおかげで、精神の消耗が激しく、普段よりも神経が鋭敏になっている。
野宿の際も気が休まる時間がほとんどなく、浅い眠りを繰り返して何度も目が覚めた。
結果として残ったのは、これまで感じた事のない疲労と空腹からくる脱力感。
いくら身体的に強くなったとは言え、これほど追い込まれたのは初めてだった。
何より、目を閉じる度、ホリンズの顔が浮かんでは消えを繰り返し、気分が悪くて仕方がない。
もはや嫌がらせを通り越して呪いのようだ。
そんな悪夢を乗り越え、久しぶりに見る帝都の風景に気持ちが和らぐ。
活気のある雰囲気に安堵のため息が漏れた。
町の様子も普段と変わらず、商売熱心な商人たちがいつものように露店を開いている。
中には見慣れない食材や工芸を売る店もあり、興味深そうに眺める客と商人とのやり取りが、町の活気を後押ししている。
出来ればこのまま自宅へ帰り、ベッドで朝まで眠りたい気分だが、そんな事も言っていられない。
今成すべき最優先事項は、皇帝に旅の成果を報告する事だ。
ただ、実際には成果よりも損失の方が大きい。
ましてや、国の安全保障にも関わるセシルの離反は、どのように受け止められるだろうか。
ネガティブな思考に陥らないよう気持ちを強く持ち、一路厩舎を目指した。
まずは馬車を預けるところからだ。
長旅で疲れているのは馬も同じなので、厩務員によく言って聞かせた。
元々、長距離を歩くのに適した種類なので、担当する厩務員の話では、一日休めば十分に回復するだろうと言う事だった。
宮殿へ向かう途中、僕らの足取りは思っていたよりも重かった。
まるで足枷をはめられたら罪人のように、ノロノロと歩みを進める。
それでも何とか気力を振り絞って宮殿にたどり着いた。
無表情で守護する衛兵に事情を話すと、すぐに謁見の手配をしてくれた。
僕らはその間、廊下でぼんやりと時間を潰し、お互いの顔を見合っては何度もため息が漏れた。
さすがにこんな顔を皇帝には見せられないと、アルマハウドが率先して気丈に振舞うと、全員の表情が硬く引き締まった。
その顔はこれから戦地に向かう兵隊のようで、どこか悲壮感も漂っている。
「準備が出来ました。こちらへお越しください」
皇帝の世話係が僕らを呼びに来た。
この時ばかりは、世話係が死の宣告に来た死刑執行に見えてしまう。
余計な事を考えれば、それだけネガティブになってしまうため、深呼吸して心を落ち着けるよう努力した。
王の間に続く大きな扉が開くと、いつものように赤い絨毯が王座へと続いている。
その先では僕らの帰りを待ちわびて居たであろう皇帝が、威風堂々とした風貌で待ち構えていた。
「さっそく話が聞きたい。ちこう寄れ」
皇帝が手招きしたため、僕らは寄り添って王座に近付き、深々と頭を下げた。
「…セシルの姿が見えないが、どうした?」
皇帝はいきなり本題に触れてきた。
本人にしてみれば、自分の右腕のような彼女が見当たらず、疑問に思ったようだ。
「陛下…大変申し上げ難いことではございますが、セシルは…謀反を起こしました」
「謀反…?事情を説明せよ」
急に皇帝の視線が鋭くなった。
獲物に狙いを定めた猛禽類のように、高い位置から僕らを睨みつけている。
僕としては精一杯の誠意が伝わるよう、言葉遣いに注意した。
ここで不信感を与えてしまっては、今後の身の振り方にも影響してくる。
旅の出来事を一つ一つ丁寧に説明したところ、皇帝は眉一つ動かさず、黙って最後まで聞いてくれた。
「…ふむ。話はわかった。それで、そなたの考えを聞かせてもらおうか?」
沈黙を守っていた皇帝から問いが返された。
その表情は硬く、口元が真一文字に結ばれている。
「今回の旅、初めからホリンズに仕組まれたモノだと感じました。ヤツはセシルを使い、我々の情報をくまなく収集していたと言っていました」
「…そうか。そのホリンズと言う男、我らに敵意を持っていると見て間違いないのだな?」
「はい。ヤツの言葉が確かなら、“カルマの鍵”という正体不明の計略を企てようとしています。それと、数日のうちに世界の支配構造が変わるとも…」
それを聞いて皇帝の眉間にシワが寄った。
そして、しばらく考えた後、大きくため息をついた。
「…予言通りか」
ポツリと呟くと皇帝は目を深く閉じた。
「予言?」
「あぁ、そうだ。捕らえた教皇が持っていたメモに、同じような記述があったのだ。そこには、そなたが申した通り、“カルマ”という暗号も記されていた。これがホリンズの計略と同じものなら、かなり以前から計画されていたと私は見ている」
「陛下、そのメモはいつ頃の物かわかりますか?」
「教皇の話では数年ほど前だと言っていた。ただ、本人から直接渡されたものではなく、使者が持ってきたらしい。その使者というのが若い女だったらしい。この意味がそなたにわかるか?」
「まさか…」
嫌な予感がして首筋に違和感が走った。
こういう感は昔からよく当たる。
もはや答えを聞かなくても、その女が誰なのかわかる気がした。
「察しの通りだ。女の特徴が、私の部下となった当時のセシルと良く似ている。時期から見ても間違いはないだろう…」
「陛下はこの事をいつ知られたのですか?」
「そなたらがフォレストメイズに向かう少し前だ。気になってセシルに問い詰めてみたのだがな。他人の空似だと言ってうまく誤魔化された。その時は、私の杞憂だと不問にしたが、帰ってきたのが四人と知って、すぐに察した」
「そうでしたか…」
皇帝は気持ちが沈み、先ほどから難しい顔をしている。
信頼していただけに、ショックが大きかったらしい。
何より、国を治める上での相談を彼女にしていたため、皇帝の手の内がホリンズに筒抜けだったと知って頭を抱えている。
「…そなたらに頼みがある。急ぎ国の守りを固めよ。嫌な予感がする」
「具体的にどうすれば?」
「可能な限り戦の準備を整えておいてくれ。これも杞憂であって欲しいのだが…。それと、緊急にフランベルクの団長を決めねばならん。今は代わりの者が指揮しているが、それでは少し心もとない」
「陛下、私に考えがあります」
一歩下がって話を聞いていたアルマハウドが進み出た。
「良い、言ってみろ」
「フランベルクのリーダーには、この者、レイジが適任かと思われます」
「なッ!?」
アルマハウドは平然と言ってのけた。
当の本人である僕は、一瞬頭が真っ白になり、慌ててそれを否定した。
「そ、その役目は、私よりもアルマハウドが適任です」
「そう慌てるでない。何も、この場で決めようと言うのではない。それに、なるべく個人の意見は尊重するようにしている。フランベルクの入団を断ったそなたの事だ、断られるのは百も承知だ」
「そうでしたか…申し訳ありません」
「しかし惜しいな。そなたほどの腕があれば、ヤツとも渡り合えるのではと期待しているのだが。本当にそなたが思うほどに強大な相手か?」
皇帝はホリンズと直接対峙した事がないため少々懐疑的だ。
僕も彼に出会っていなければ皇帝と同じ対応を取ったかもしれない。
事実、僕自身も目に見える情報に頼る部分があるため、人から聞いた話で素直に納得するのは難しい。
それに、大会で僕がホリンズを負かしている場面を見ているだけに、本当にホリンズが太刀打ち出来ないほどの相手なのか、真意を知りたいようだ。
「率直に言って、ヤツは人の皮を被った化け物です。いや、ヤツに限らず、セシルも同等でしょう。言葉では表すのはなかなか難しいですが、ヤツの場合、身体的強さは元より、考えていることが一切見えてきません」
「では、“カルマの鍵”と言ったか。あれはどのようなものだと考える?」
「直接聞いた話から推察するに、人間やドワーフ、それにエルフさえも巻き込んだ世界の危機でしょう。それには、私とヤツに関わる成り立ちに関係している可能性があります」
「成り立ち?」
皇帝はまだ転生者という者を知らない。
この機会に説明しておこうと思う。
それに、魔具やエーテルの話など、それまで謎が多かった部分にも触れておいて損はない。
僕が別の惑星から転生して来たこと、魔具がエーテルを増幅する外部端末であること、エーテルは誰にでも備わっている事を細かく説明した。
特に転生者というニュアンスは丁寧に伝えなければ誤解を生んでしまう。
それに、前世の知識を引き継いでいると言っても、前世を知っていない皇帝にとっては夢物語と同じだ。
そのため、皇帝にもわかるよう、具体的な例をあげつつ説明しなければならない。
ただ、その例となるモノがすぐには思いつかず、この世界との違いや考え方で説明を試みた。
特に食習慣の違いや空に浮かぶ星の様子など、具体的な違いはいくつもある。
それに、元の世界にはドワーフやエルフと言った種族は存在せず、事実上、人間が星を掌握していたと付け加えた。
他にも日本は比較的治安がよく、この世界に比べて教育の質も高いと説明した。
また、皇帝が一番興味を持ったのは政治についての話だ。
封建制が当たり前のこの世界にあって、民主主義の前世とは支配構造が大きく異なる。
皇帝はそれを興味深そうに聞き、法治国家とは何か疑問を持ったらしい。
「俄かに信じられんな。そのような世界が本当あるのか?」
「現時点においては、元の世界に戻る方法がないため、口で説明する事しかできません。ただ、このような考え方に興味がおありなら、一から説明いたしますが?」
「そうだな。私もいろいろと見聞を広めたいと思っている。そなたの言うことが本当なら、それは大変興味深いことだ。それこそ、これからの世を治めるために必要な知識かもしれない」
皇帝は支配者という立場よりも、一人の探求者として僕の話に興味を持ってくれた。
実際、転生者というニュアンスが正しく伝わったかどうか、そこ点については少し怪しいが、白い目で見られなかったのは幸いだ。
理解のある対応に感謝しつつ、今回はこの程度で話をおさめ、今後の対策について話し合うことになった。
真っ先に問題にあがるのは、ホリンズの計略についてだ。
計画そのものが何を意味しているのか、ハッキリわかっていない以上、こちらから特別何か行動を起こす事は難しい。
彼の邪魔をしようにも、国家が一丸となって戦争を仕掛ける勢いなければ、返り討ちにあってしまう。
特にセシルは皇帝の軍師として助言していたため、こちらの手の内は筒抜けになっている。
対応策として、別の参謀を向かえ、これまでにない国防計画の実施が必要だ。
気付いたら節目(?)の50万文字を超えていました。スタート当初、ここまでの文字数になるとは思いもよらず、自分でもビックリしています。
出版社にもよると思いますが、ライトノベルの一冊分の文字数が13万文字程度と聞いた事があるので、そうなると約四冊分かな?
こんな事を書いていますが、まだまだ終わりません!
個人的にどこまで文字数が増えるか、最後が楽しみです。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




