シーン 112
サフラたちは一言も発することはなく、目の前で繰り広げられるやり取りを見詰め、呆然と立ち尽くしている。
まず、三人は話の内容を理解出来ないらしい。
実際、前世の記憶を引き継いでいる僕でさえ、彼の言葉を理解するのは難しい。
ただ、このやり取りが普通ではないことは理解しているらしく、彼を刺激しないよう、動揺を押さえ込んでいた。
もちろん、冷静になったところで、この状況を好転させる方法は見つかっていない。
「僕はね、この計画を“カルマの鍵”と名付けたんだ」
“カルマ”は仏教用語で“行為”などと解釈されている。
彼はこの言葉の意味を“死”と結び付け、計画の名前に採用した。
おそらく“鍵”は、肉体を捨てて“意識体”に昇華するための手段を指していると思われる。
「…そんな計画の片棒を担げと?」
「そう言うことだよ。キミなら僕の望んだ働きをしてくれると信じている。どうだい、仲間にならないか?」
ホリンズの目が怪しく光った。
彼自身、僕がどう答えるのか分かっているらしい。
だからこうして、僕を試すような回りくどい方法を取っている。
それを理解した上で、可能性な限り敬遠する態度をとって臨んだ。
「…残念だが、それは無理だ。何より、俺には興味がない。死ぬ事だって恐れてはいないんだから」
「へぇ…でも、それは詭弁だね。キミは後ろの赤い髪の少女が大切なんだろう?それが誘いを断る本当の理由じゃないのかい?」
「…何を言って!?」
言葉とは裏腹に僕は激しく動揺をしてしまった。
同時に顔が赤くなり心拍数が上昇している。
それを見てホリンズは不思議そうな顔をした。
「ん?キミは彼女が何者なのか理解していないのか?いや、聞かされていないだけかな」
「何者って…サフラはサフラだ!他の何者でもない」
「そうか…やはり知らないんだね。じゃあ教えてあげるよ。彼女は“転生者のクオーター”。そして、彼女の祖母は僕の姉だ」
それを聞いて心臓が締めつけられた。
慌ててサフラを見ると顔を伏せている。
表情から否定は感じられない。
「…本当なのか?」
「その子の名前は“サフラ=アリアベル”だろう?姉さんは、“イレト=アリアベル”と言う男と子をなしたのさ。うーん…こう言うのを覚醒遺伝って言うのかな?見た目が小さい頃の姉さんにそっくりだ。仕草もよく似ている」
「…本当なのか、サフラ?」
「…おばあちゃんは、ニホンっていう異国から来た旅の人たって、小さい頃お父さんから聞いた事があるの。だから…たぶんその人の話は本当だと…思う」
サフラは俯いて肩を震わせた。
自分のルーツが転生者であった以上に、エゴに生きるホリンズと同じ血が流れている事が明らかになってしまった。
そして、初めて見つかった親類が、世界を混乱に導こうとする元凶だったのだから。
「キミは彼女の能力を不審に思わなかったのかい?セシルからの報告では、並みの少女にはない身体能力を持っていると聞いているぞ?」
普段からサフラを天才だと思い込んでいた節がある。
それでも、僕やニーナに比べればまだまだ“守る対象”で、常識から外れている事へ無意識にフィルターを掛けていた。
それに、サフラはサフラだと言い聞かせていた面もある。
だから、彼女が普通ではなく、ましてや“転生者の血を引いている”という考えはどこにもなかった。
「だから…だからどうした!お前と同じ血が流れていようと、転生者のクオーターだろうと関係ない!サフラは俺の家族だ。お前が何と言おうとこの事実は変わらない」
「家族…ね。では、話を元に戻そうか。もう一度問う。仲間にならないか?」
「もちろん、なるわけがない!」
「…そうか、交渉決裂だな。セシル」
彼がポツリと呟くと、セシルは再び目では追えない超スピードで移動し、サフラの背後を取った。
後ろから腕を拘束して抵抗できないようにしている。
「き、貴様!?」
「動くなよ?僕もこんな手荒な真似はしたくなくてね。仮にも彼女は僕の血族だ。出来れば穏便に事を済ませたい」
「…どこが穏便だ」
「悪く思わないでくれ。さあ、答えを聞かせてもらおうか?」
「レイジ、ダメ!」
「…セシル、黙らせろ」
セシルは首筋に素早く手刀を入れると、サフラは意識を失った。
「サフラちゃん!」
「ニーナ、抑えろ!お願いだ…」
「冷静だね。わかった、取引のハードルを下げようか。彼ら三人は逃がしてやる。僕としてはキミ一人居れば十分だからね」
口ではそう言っているが、初めからそのつもりだったのだろう。
セシルにもそれが伝わっていたため、素早く反応できたらしい。
「…わかった。その代わり約束だ。三人を解放してくれ」
「交渉成立だね。セシル、彼女たちを別室へ。僕は彼と話がある」
セシルは三人を伴ってフロアを出て行った。
サフラは意識を失ったままだが、乱暴には扱われないだろう。
残されたのは気色悪い笑みを浮かべるホリンズと僕だけ。
「…話とは?」
「分かっているんじゃないのかい?」
「…何のことだ?」
「キミ、あんな演技で僕を出し抜けると思ったのかい?分かっているよ、キミは機転が利く男だ。僕を殺すチャンスをうかがっているんだろう?」
この男はどこまで察しがいいのだろうか。
本物の預言者のように、僕の考える事を見透かしている。
彼が持つ“異質”な部分の一旦だ。
「…ちッ、嫌みなヤツだ」
「否定しないのかい?だけど無駄だよ。僕とキミではスペックが違い過ぎる。備わっている“エーテル器官”の違いというヤツさ」
「…お前は俺が従わないと知っているんだろう?何故殺さない」
「言っただろ。キミに興味がある。それに、キミは今まで出会った転生者の中で別格だ。殺すには惜しい」
ホリンズはスクリーンに別の映像を映した。
そこには真っ赤な鱗のドラゴンが映っている。
この世界に伝わる伝承の中に、“赤い竜”にまつわる物語があるのを思い出した。
赤い竜は世界を破滅させる最悪のドラゴンとして、誰もが知っている常識だ。
実際にそのドラゴンを見た事はないが、特徴は一致していると見て間違いはない。
「…こんな物を見せて何のつもりだ?」
「ふむ…察しがいいキミの事だから気が付くと思ったが…さすがに無理か」
「御託はいい。これは何かと聞いている」
「客人のくせに態度が大きいんだね。まぁ、その点、僕は寛大だ。この件は不問にしておくよ。率直に言うと、これは僕の姉さんだ。いや、成れの果てと言うのかな。もちろんサフラの祖母でもある」
突然の事に言葉を失った。
意味がわからず頭の中が混乱している。
それでも彼は気にせず話を続けた。
「姉さんは正義感の強い人でね。僕が言うのも何だが、自慢の姉だった。ところがだ、姉さんはエーテルを暴走させてドラゴンになってしまったのさ」
「…エーテルが暴走?」
「それがこの身体に隠された能力の一つさ。エーテルには許容量がある。その許容量を超えると暴走し、本人が望む姿に変化する事が分かっている。姉さんは、生前から“強い身体”に憧れていたのさ。そして、気が付けばドラゴンになっていた。きっかけは二人目の子どもを生んだ時だよ。村が大量の魔物に襲われ、“力”を求めた結果だった」
ホリンズの目に光る物が浮かんだ。
彼にも人並みの心が残っているのだろうか。
それを見て少しだけ同情してしまった。
「このドラゴン…いや、姉はどこにいる?」
「姉さんがドラゴンに姿を変えたのは、僕らが転生した十年後だ。それ以来、手を尽くしたが見付からないんだよ」
「…お前、まさか、ここでの研究で姉を元の姿に戻す方法を探ってるんじゃないのか?」
「キミ、預言者の素質があるよ。…もう諦めたさ。だから僕は地上にいる生命を全て“意識体”にする事を考えた。そうすれば、どこかで生きているかも知れない姉さんも、同じ“意識体”の一部になるからね」
初めて彼の本音を聞いたような気がする。
探して見つからなければ、強引に引き寄せてしまえばいい、そう考えたのだろう。
ただ、それは偏った考え方だ。
ましてや、本当に生きているという保障はどこにもない。
そんな理由で、この男は世界を巻き込もうとしていた。
まさに、行過ぎたエゴの塊のような男だ。
「お前…そんな事に世界中の生命を巻き込むつもりか!」
「そんな…事?お前に何が分かる!たった一人になった僕の悲しみが分かるか!!」
ホリンズは急に怒りを露わにした。
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。
この話題は彼が最も気にしているもののようだ。
ただ、それだけ交渉の余地がある。
ここから抜け出す糸口に繋げることが出来れば、僕はその可能性に掛けてみよと思う。
まずは彼に歩み寄ることが先決だ。
「…そんなもの、わかるはずがない。だけど、分かろうとする事は出来る!」
「詭弁だね。僕は同じ事を言うヤツと何人も出会ってきたよ。だけど、結局うわべだけで、理解者は誰もいなかった。それに、もう計画はスタートしている。キミがいくら声をあげた所で何も変わりはしないのさ」
ホリンズは怒りを収めて不敵に笑った。
何とかして彼の計画を止めなければいけない。
そのためには計画の全貌を知っておく必要がある。
彼は自意識過剰だから、そこを突いてやればいい。
「…わかった。俺の負けだ。いくら手を尽くしても勝ち目はなさそうだ」
「ん?急に物わかりが良くなったね。僕の偉大さに気付いたのかな?」
「…あぁ。出来れば俺が立ち向かおうとした計画とやらの全貌を聞いておきたい。どうせ、俺が足掻いたところで邪魔は出来ないんだろう?」
それを聞いていやらしく口元を歪めた。
悦に入ると口元に表れるタイプらしい。
ホリンズは場所を特定せず、計画の進捗状況を話し始めた。
説明によれば全体の二割程度らしい。
しかし、“誰にも邪魔をされない場所”で密かに進行中だと付け加えた。
どうやら僕に教えるつもりはないようだ。
この辺りは冷静な判断だろう。
場所が分からなければ邪魔をする事も出来ない。
むしろ、この場所ではないとだけ付け加えた。
バレない絶対の自信があるらしい。
「…食えない野郎だ」
「計画と言うものは周到に行うものだろう?まぁ、キミが邪魔をするにも、ここから逃げ出せればの話だがね」
「…お前を殺して逃げ出すとは考えていないのか?」
「それが出来るなら、すでにやっているんじゃないのかい?」
図星だった。
チャンスは何回かあったが、その度に銃を手に取るのを躊躇ってしまったのだから。
しかし、それは今までサフラたちが居ない。
捨て身になれば相討ちくらいにはなるだろうか。
僕が反抗しないと思い込んでいる今なら、その可能性はゼロではない。
このまま膠着状態が続くよりよほどマシだ。
まだ終わっていませんがGWもあっという間でした。
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