シーン 113
ホリンズの指示で別の部屋に移された。
そこには先に案内された三人が、不安そうな顔で待っていた。
部屋の中にセシルの姿はない。
部屋と言っても独房のような場所で、全面をコンクリートの壁に覆われた寂しい場所だ。
窓はなく、入口も一つだけとシンプルな作りになっている。
一応、僕らは客人として扱われているらしい。
それにしてはサービスが悪すぎるように思う。
せめて部屋の中に椅子とテーブル、ソファーの一つくらいは置いてもらいたい。
仮にここが客室ならベッドがないのは如何なものか。
僕らはそのまま部屋に閉じ込められ、外から鍵が掛けられた。
室内と廊下を隔てる壁は、厚さが五センチほどある鉄製の扉で、直接破壊することは容易ではない。
むしろ、運良く抜け出せてもすぐに見付かる可能性がある。
幸い武器は取り上げられておらず、それぞれ携帯したままだ。
ただ、魔具のサイレンスはまだ続いているらしく、能力は使えないままだった。
「…まさか捕らわれるとはな。それにしてもレイジ、無事でよかった」
ニーナはとりあえず安堵している。
ただ、これで状況が良くなったわけではない。
問題はここから抜け出す方法だ。
安全に抜け出すのは無理でも、多少手荒な事をすれば抜け出せる可能性は残されている。
「そう言えば、仲間になる事を承諾していたな。…あれは何のつもりだ?」
アルマハウドは疑問をストレートにぶつけてきた。
僕としてはその方がわかりやすくてありがたい。
ハッキリと気持ちを伝え、不信感を払拭しておくことにした。
「あの場をやり過ごす演技…の、つもりだったんだがな。見事に見抜かれた。食えない男だよ、アイツは」
「それで、仲間になる事を承諾してきたのか?」
「いいや、そんなつもりは初めからないよ。適当に誤魔化して逃れてきた。それでここに入れられたわけだ。そんなことよりも、ヤツの計画を潰す気持ちがより強くなったよ。まずはここから脱出する方法を考えないとな」
「…そうか。で、勝算はありそうか?」
「幸い武器は手元にある。この部屋を出てから出口へ一直線に走れば何とか…ってところだな」
アルマハウドは深く目を閉じた。
実際、外へ出る事は難しくない。
鍵は“ソードオフショットガン”で撃ち抜いてしまえばいいのだから。
それよりも、ここから出口に向かうまでの計画が大切だ。
この施設には無数のキメラがいる。
それらが行く手を塞いだ場合、対処にはどうしても時間がかかってしまう。
その間に新たな増援が現われ、逃げ場がなくなっては元も子もない。
それに、ここへ来る前まで尽力していたセシルは敵側に寝返っている。
彼女の戦力が大きな支えになっていた事を考えると、この四人だけでどこまで戦えるのか未知数な部分が多い。
特に魔具の能力が封印されているサフラとニーナは、閉じ込められる前より戦力低下が著しい。
それらを踏まえた上で、一体どう対処するべきか、よく考える必要がある。
もちろん、あまり余裕があるわけではない。
「…レイジ、今まで黙っててごめんなさい」
突然、黙っていたサフラが謝罪してきた。
どうやら自分の出生を隠していた事に罪の意識を感じているらしい。
僕にしてみれば驚きはしたものの、現状に比べれば些末な問題だ。
それに、彼女がクオーターでホリンズと血の繋がりがあろうと、彼女を軽蔑したりはしない。
だから出来る限りの優しさを持って、彼女の頭を撫でてやった。
「気にするな。それに、お前が悪いわけじゃない。だから悲しい顔をするな。お前が悲しんでると、俺まで辛くなるからな」
「レイジ…」
「泣くな。泣くのは無事に家に帰った時にとっておくんだ。いいか?」
「…うん」
サフラが泣き止んだところで作戦会議を始めた。
脱出計画をより完全なものにするため、考えられる限りの案を出し合っていく。
その中で真っ先に一致した意見は脱出する時間帯だ。
結論から言って、彼らが最も油断すると思われる“夕食時”を狙う事が決まった。
これに至るまでに別の案として、“深夜”という意見も出た。
しかし、その場合、施設を出てからが問題だ。
特に、深夜は昼行性の魔物よりも凶悪な怪物が徘徊している危険性がある。
そのため、夕食時なら深夜よりも徘徊する魔物が比較的少ないと言うメリットが決め手になった。
「問題は夕食が何時からって話だなよな?」
「常識から考えれば夕方の十七時頃からだな」
「その根拠は?」
自信を持って答えたアルマハウドに疑問をぶつけた。
僕の常識ではそれよりも遅い時間だと考えていたからだ。
「普通、二食が当たり前だろう?よほど常識に外れていなければそれくらいのはずだ」
「…そうか。でもな、こう言う考え方もある。ヤツが俺と同じ転生者と言うことを考えれば、日本に住んでいた頃は三食が当たり前だった。だから、その習慣が抜けるとは考えにくい。それは俺が自信を持って言える事だ」
「それなら私も賛成。レイジの考えている事は、たぶん間違いじゃないと思うの。それに、もし、時間が違ったとしても、食後はあまり動きたくないよね?反対に食事の前はお腹が空いてるから、かえって不機嫌になるんじゃないかな?」
何故かサフラの意見がもっともらしく聞こえてくる。
僕もそうだが、食後はあまり動きたくはない。
それに、空腹時は普段より若干不機嫌になる傾向がある。
これはあくまでも僕の感覚に照らし合わせたものなので、誰にでも適応出来るとは言えないが、可能性はゼロではない。
それを聞いてアルマハウドは驚き、大きく頷いた。
「…確かに、一理あるな」
「私も賛成だ。ただ、それまでヤツらが我々を放置するかだな」
「それについては疑問が残るが、殺すつもりならわざわざ生かしておく必要もないだろ?機会を待つしかない」
「まぁ…そうだな」
ニーナはまだ完全に納得したわけではなかった。
これから生死を掛けた脱出劇を演じようとしているのだから、無理もない話だ。
もし、戦闘になった場合の事も考え、対処方法についても話し合っておいた。
作戦の内容として深追いはせず、可能な限り脱出に専念する。
万が一、戦闘になった場合は、退路の確保が最優先だ。
「…レイジ、さっきタラスクスを倒した道具、あれには数に限りがあるんだろう?」
「あぁ、あまり多用出来るものじゃない。それ以前に、着火しないと爆発しないんだ」
「火種が必要と言うわけか。それに、頼りの魔具は封印されたままのようだな」
「それについては、まだ効果が続いているみたいだな。まぁ、どうにかして魔具の封印が解ければ話は別だが。ただ、どういった仕組みで封印されているのか分からない。それさえ分かれば対処出来るはずなんだ」
指輪の能力がどこまで及ぶのか、どれだけ持続するのかなど、分からない事はいくつかある。
仮に効果が半永久的に続くのであれば打つ手はない。
疑問なのは、その効果が使用者に付与されているのか、それとも魔具そのものなのかだ。
現時点では検証する方法がないため、これ以上考えていても仕方ないのだが。
「他の段取りだが、馬車は出来る限り回収したい。だけど、馬が無事じゃない可能性も考えられる。その時は見捨てるから、そのつもりでな」
「やむを得ないな」
僕らは時間を待って行動を起こした。
時計が無いため正確な時間は分からない、この世界に来て正確さに磨きがかかった腹時計によれば、ほぼ間違いないだろう。
あまり大きな音を立てないよう、慎重に鍵を破壊する。
ショットガンを押し当て引き金を引くと、狙い通り鍵の破壊に成功した。
ゆっくりと扉を押し開け、外の様子を窺う。
廊下に気配はなく人影は見当たらない。
「…見張りはいないみたいだ。急ごう」
僕が先頭を歩き、一列になって出口を目指した。
施設内は入ったときより少し暗くなっている。
どうやらいくつかの照明が消され、必要最低限の明かりしかない。
見通しがあまりよくないため、壁伝いに移動して行く。
途中、ホリンズが“動物園”と呼んだフロアを通った。
ここも薄暗くなっているため、 檻の中の怪物たちは大人しく眠りについている。
彼らを起こさないよう足早に退散して先を急いだ。
次のフロアはキメラの調整が行われる巨大な水槽がある場所だ。
ちょうどそこへ足を踏み入れた時、警報装置のけたたましい音が鳴り響いた。
それを聞いて僕らに動揺が伝播する。
特にサフラとニーナの動揺が激しい。
僕は何とか落ち着こうと三人に言い聞かせた。
「落ち着け!バレたからと言ってすぐに見付かるわけじゃない。こっちだ!」
僕は近くに空き部屋を見付けて中へ逃げ込んだ。
中は倉庫らしく雑然と荷物が積まれている。
よく見ると食糧庫のようだ。
僕は扉を少し開けて外の様子を窺った。
しばらくすると、警報音を聞いて駆けつけてきたキメラが数体通り過ぎていった。
まだ人の姿をしていたため、どういったキメラなのかはわからない。
僕らに気付かなかったところを見ると、気配を察知出来るタイプではないらしい。
キメラの姿が見えなくなると警報音は鳴り止んだ。
「…行ったか」
「気が抜けないな。近くに気配はあるか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。今通り過ぎていった連中はおそらく斥候だな。対峙しても勝てそうな相手だった」
「…出口の方へ行ったよね。きっと、私たちを待ち構えてるんじゃない?」
サフラは少し心配そうにしている。
彼女が今頼れる武器は短剣しかない。
鞭が使えれば心強いが、まだ封印は解けていなかった。
それでも並みのハンターよりは強いため、身を守る程度には活躍できるだろう。
「…静かに、別の気配だ」
息を潜めて様子を窺っていると、別のキメラが数体通り過ぎて行った。
先ほどのグループと同様の斥候らしい。
しきりに周りを見回していたところを見ると、彼らも僕らを探しているようだ。
それでも、僕らの気配に気付く様子はなかった。
最初と合わせ、通り過ぎて行った数は十体近くにのぼる。
「…何体居るんだ?」
「今のが警備要員と見て間違いないな。他にもいるかもしれない」
アルマハウドは妙に冷静だった。
こうした危機的状況は日常茶飯事で、もっと強大な相手と対峙したこともあるらしい。
そんな経験が彼に心の余裕をもたらしていた。
特に、魔具の才能に恵まれて居ない彼にとって、弱体化する要素は何一つない。
むしろ、相手が魔具を使えない状況は、彼にしてみれば好都合と言っていいだろう。
「一気に駆け抜けるのは無理そうだな。身を隠しながら少しずつ進むしかないんじゃないか?」
「そう思うか?」
「私もその方がいいと思うよ。気配を消すのは難しいけど、やれない事はないと思う」
サフラは心を落ち着けて気配を完全に消した。
視覚に頼らなければ至近距離に居ても気が付かないほど、存在が隠蔽されている。
これなら広範囲の索敵に力を発揮するセシルでも見つける事は出来ないだろう。
サフラによれば、呼吸を穏やかにして心を無にすることらしい。
どこかに居る武術の達人のような口振りだが、実際に習ってやってみると似たような事ができた。
僕はまだ不慣れで微かに気配が漏れているが、ニーナはこの手の技術に長けているらしい。
アルマハウドもぎこちないながらに気配が消せている。
確認を終えて再び廊下へと飛び出した。
今回のシーンは“だるまさんが転んだ状態”です。ただ、子どもの遊びと違うのは、見つかったら命が危ないという点ですね。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




