シーン 111
ホリンズは機嫌がよさそうに笑みを浮かべた。
自分が優位に立っていると分かり悦に入っているらしい。
「信じられないと言った顔をしているね。うーん…そうだな。分かった、特別に研究の一端を見せてあげるよ。ついておいで」
「父上、よろしいのですか?」
「かまわないよ。彼らにはどうすることも出来ないからね」
ホリンズはローブを翻して奥へと歩いていった。
油断している今なら彼を倒せるかもしれない。
そんな心理が働いて、銃に手を掛けようとした時、ホリンズはチラリと振り向き、口元をいやらしく歪ませた。
まるで背中に目がついているようだ。
それが警告だと分かり、僕は思いとどまり、大人しく後についていくしかなかった。
奥に進んで行くと水族館のようなフロアにたどり着いた。
そこには巨大な水槽があり、中には裸の若い女性が入れられている。
女性は機器から伸びたケーブルが繋がれ、呼吸が出来るように酸素マスクが取り付けられていた。
「おや、この設備に興味があるのかい?いいよ、気が済むまで見るといい。理解出来ればだけどね」
「…これが能力を引き出す装置か?」
「うーん…当たらずとも遠からずだ。これは引き出した能力を安定させる装置でね。僕は“ゆりかご”と呼んでいる。一度に十人を収容出来る優れモノだよ」
水槽の中を見つめていると、中にいた女性の目が突然開いた。
どうやら死んでいるわけではないらしい。
水の中で一糸纏わぬ姿は、おとぎ話の人魚姫を思わせる。
しかし、これが彼の言うキメラなら、中身はおぞましい怪物なのだろう。
考えただけで背筋が冷たくなった。
「おっと、目が覚めたか。能力の定着作業が完了したようだ」
ホリンズは近くの機械を操作した。
すると、水槽の中の水が徐々に水位を下げ、繋がれていたケーブルとマスクが取り外された。
女性は濡れた髪を振り乱し、水滴を飛ばし自分の身体を見まわしている。
ホリンズは機器を操作すると、水槽の床に穴を開けた。
女性はその穴に飛び込み、姿を消してしまった。
「い、今のは…」
「調整が終わったんだよ。彼女はこれから素晴らしい生命に生まれ変わる。気高く美しい獣にね」
ホリンズは欧米映画に登場するマッドサイエンティストのように高笑いをした。
耳に障る不快に笑い声は数秒続き、彼は満足すると我に返った。
彼は再び歩き出し、次のフロアへ着いて来るよう合図した。
次に見えてきたのは、様々な亜人や怪物が個別の檻に入れられた異様なフロアだ。
中にはゴブリンやオーク、グリフォンやマンティコアなどが入れられている。
「おっと、ここにも興味あるのかい?」
「…ここは何だ?」
「見ての通り動物園さ。ふふッ…そんな怖い目で睨むなよ。ここは彼らの遺伝子を保存、繁殖させる施設だ。ここで育った優良な個体から優れた遺伝子を取り出し、組み合わせる事で新しい生命を作り出すんだよ」
ホリンズの説明によれば、怪物たちから遺伝子を採取し、別の生物に移植をするらしい。
そうして作り出されたものが、彼が“キメラ”と呼ぶ怪物の正体だった。
先ほどの女性も、ここで採取された遺伝子を組み込んでいるようだ。
「…遺伝子操作。こんなもの、生命の倫理に反しているじゃないか!」
「それは前世の常識だろう?ここはブレイターナ。地球とは別の星さ」
「だからって、こんな事が許されると思ってるのか!?」
「じゃあ聞くが、誰が僕を罰すると言うんだい?まさかキミが僕に正義の鉄槌を下すつもりかな?」
ホリンズは勝ち誇ったように僕を見下してきた。
彼には絶対の自信があるようだ。
そうでなければ、自分の手の内をここまで晒す事はない。
「き、貴様…」
「ムキになるなよ。こんなものはまだ序の口さ」
ホリンズはさらに奥へと進んでいった。
たどり着いたのは行き止まりのフロアで、壁には巨大なスクリーンが設置されている。
ノースフィールドの“ミュージアム”によく似た場所だった。
ホリンズは近くの機械を操作すると、スクリーンに何かの映像を映した。
映像はCTスキャンを行った人間の頭部らしい。
「では授業の時間だ。キミはこれが何に見える?」
「…人体の断層画像…いや、頭蓋骨の中身か?」
「正解だ。では、この中で気付くことはあるかな?」
「回りくどい事は止めろ!何が言いたい」
「ふむ…こう言うのはお気に召さなかったか。まぁいいさ。これから話す事はよく覚えておくんだ。それこそが、キミをここに招いた理由だからね」
ホリンズは画像を交えながら説明を始めた。
それは先ほど言っていた“ある事実”に関する話だ。
「キミはナノママシンと言う物を知っているか?」
「…名前くらいはな」
“ナノママシン”とは大ざっぱに言えば、微生物サイズの機械装置の事だ。
ただ、細胞や細菌より小さい機械は、構成する部品が極小のため、切削加工が不可能とされている。
そのため、フィクション作品でよく扱われる題材で、誇張された表現や知識をよく目にした。
実際、僕が知っている知識は全てフィクション作品から影響を受けたものばかりだ。
「それで十分だ。では、アルマたちはこのナノマシンを実際に扱っていたと聞けば、キミはどう思う?」
「まず疑うだろうな。そもそも、それは危険な代物のはずだ。ナノマシンには自己複製プログラムが存在するだろう?複製時にエラーや不具合が出て暴走すれば“グレイ・グー”が発生して、星そのものがナノマシンに書き換えられる危険性がある」
“グレイ・グー”は自己増殖を繰り返したナノマシンが、惑星そのものが“ナノマシンの塊”に変えてしまうと言う仮説だ。
ただ、一説には“グレイ・グー”を否定する学説も存在する。
もちろん、現実にナノマシンが作られた事がないため、それを実証した研究成果は僕が生きていた世界では報告されていない。
「へぇ、博識じゃないか。そう、キミの指摘は正しいよ。ただ、アルマたちはそれを制御する方法を見つけたんだ。彼らは身体の中に、“有機物で構成されたナノマシン”を作り出す器官を作り出し、DNAの中へ書き込む事に成功したんだよ。つまり、本人の意識に直結した“有機微生物”だ。彼らはそれを“エーテル”と呼び、エーテルを生み出す器官、“エーテル器官”と名付けたのさ」
ホリンズは説明しながらスクリーンに映像を映した。
そこには、“エーテル器官”と呼ばれる臓器が紹介された。
小指の先ほどある臓器は、一日に数万から数十万とも言われるエーテルを生産しているらしい。
エーテル器官は脳の前頭葉と癒着しており、精神作用に影響される仕組みになっている。
「それが俺に伝えたかった事実か…?」
「まぁ、これはこれから説明する核心部分に関わるモノでね。これが伝えたかったわけじゃない。あまり焦らないでくれよ。こちらも段取りと言うもがあるんだからね」
ホリンズによればアルマたちによって、この星に済む生命には全てエーテル器官が備わっているらしい。
それは転生者である僕や彼も同様だ。
そして、彼はこのエーテル器官の能力の有無が、“身体的な強さ”に直結すると告げてきた。
つまり、エーテルのサポートを受けて活性化した身体は、限界を超えて活動出来るようになる。
僕の身体が転生時のボーナスだと認識していたものは、このエーテル器官が生産するエーテルの量が関係しているらしい。
元々、エーテル器官はアルマがこの星の環境に適応させる目的で設計されたものだ。
しかし、人間は適応力が高く、余剰なエーテルを身体能力の底上げに利用出来るらしい。
つまり、僕の身体はエーテルの過剰な働きによって強化されているのであって、死神を名乗る幼女の“魔法”などではないと断言された。
「…魔法じゃない?」
「そう言うことさ。キミは賢そうだから、もう察しがついているんじゃないかな?」
「…このオリハルコンの事だろ?」
「正解だ。素晴らしい」
ホリンズの説明によれば、オリハルコンとは“宇宙一硬い金属”などではなく、体内のエーテルを増幅する“エーテルの塊で出来た外部端末”だ。
彼の言葉に直せば“ナノコンバーター”と呼んでいるらしい。
この装置により、体内で生産されるエーテルをエネルギーに変換する事で、使用者が希望した道具や兵器に変化する。
僕の場合、有用な兵器として無意識に“銃”を希望したため、ナノコンバーターは願いに応じて反応しているようだ。
ただ、何故“銃”以外の物に変化しないのかは、彼も良く分からないらしい。
エーテルは体内の有機物を利用して生産されるため、際限なく使えば体力を消耗してしまう。
それでも、ホリンズの研究結果によれば、丸二日ほど飲まず食わずで、“銃”を撃ち続ければ危険という程度のようだ。
もちろん、二日も飲まず食わずでは空腹で倒れてしまう自信があるため、限界に達することは無いように思う。
「じゃあ、これが姿を代えるのも、感情が左右するのも、全てお前が言うエーテル器官によるものか…」
「ご明察。では、説明のついでに、エルフについても話しておこうか」
ホリンズはエルフについて知っている事を話し始めた。
先ほどから説明する顔が生き生きとしている。
その隣ではセシルが何も言わず黙って寄り添っていた。
彼を“父上”と呼び、絶対の信頼を置いている。
その姿は、皇帝に見せたものと良く似ていた。
彼によれば、エルフはアルマから枝分かれして進化した存在で、“意識体”になる事を望まなかった種族だ。
厳密に言えばアルマとほとんど変わらない遺伝子を持っているらしい。
エルフはアルマが残した技術を解析し、独自に“魔具”と呼ばれる道具を作った。
しかし、その真実はナノコンバーターを模して作った“レプリカ”だ。
また、本物よりも精度が悪く、エーテルの持つ本来の能力を引き出すことが難しい。
そのため、魔具に適応していない者が能力を使った場合、精神的に激しく疲弊するのは、体内の“エーテル”を過剰に消耗するためだ。
元々、魔具には使用者に合わせた設計がされているため、“リンク”していない者が扱える物ではない。
また、“リンカー”と言う名称は、人間が勝手に作り出したもののようだ。
そもそも、エルフの世界では“リンク”する事を前提に創られている。
適合するには特別な調整が必要になるため、その技術を持たない人間には扱える者が稀になってしまう。
同時に“ゼロリンカー”という者は事実上存在しないと言った。
「つまり…セシルが使っている剣、あれはナノコンバーターなのか?」
「察しがいいね。だが残念、不正解だ。彼女の剣は僕が特別に調整したレプリカだよ。極限までエーテルの消費を抑えた自慢の逸品さ」
「…そんな事を話してお前に何の得がある?」
疑問に思うのはそこだった。
彼が僕らに手の内をさらす理由が分からない。
むしろ、知られては困る内容のようにも思う。
「それこそ簡単な質問だ。キミに僕の仲間になって欲しい。“ある計画”を成功させるための協力者にね」
「計画?」
「そう、地上の生命を全て“意識体”に変える素晴らしい計画さ」
「…それが本当の目的か!」
「そうだよ。僕はこの肉体を捨てて“意識体”になるんだ。素敵だろう?」
勝手に盛り上がるホリンズに怒りがこみ上げてきた。
彼の話が本当なら、自分のエゴイズムを他人に押しつけようとしている。
それは僕の一番嫌いなタイプだった。
僕は怒りが頂点に達し、ホリンズに拳銃を向けて連射した。
ローブは全弾命中して蜂の巣のようになっている。
「…酷いな。このローブ、白衣代わりで気に入っていたのに。ふふッ、驚いているね。下に鎧を着ていたんだよ。少しは考えて行動するんだね」
セシルは残像を伴うスピードで加速すると、一瞬で僕の背後に回り込んだ。
今までに見せたことのない速さは、目で追うことが出来なかった。
「…次に下手な真似をしたら、その首を落としてやる」
「セシル、止めるんだ。怖がってるじゃないか。今は身代わりのコインも効かない状態だぞ?殺したら勿体無い」
「…申し訳ありません、父上」
セシルは恐縮して頭を下げると彼の隣に戻っていった。
知っている彼女とはまるで別人で、これまでは実力を偽ってきたらしい。
底知れない化け物が目の前に二人もいる。
これが僕らに突きつけられたら現実だった。
今回は“1”が三つ揃ったゾロ目回でした。
同時に、本作の根幹に関わる重要なシーンになりました。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




