シーン 110
背後で足音が聞こえた。
同時に感じた事のある気配がする。
首筋の違和感は警戒信号を発していた。
「…やはりキミたちか。あ~ぁ、ウチの子たちをこんなにも…。可哀想に」
「ホリンズ!?」
「おっと、その物騒な物を下げてくれないか?これでも僕は気が立っているんだよ」
彼から目には見えないプレッシャーを感じる。
ただ睨まれて居るだけなのに、全身を鷲掴みにされている気分だ。
本能が危険だと警告し、首筋が痛いほど締め付けられた。
これ以上彼を刺激してはいけないと、身体が拒否反応を起こしている。
仕方なく言葉に従って銃を下ろした。
「なかなか利口だね。それでいい。いくらか気分が落ち着いたよ。それにしても、“マンティコア”が全滅とは…。さすがにショックだよ。タラスクスも頭が吹き飛んでいるし、いったいキミたちは何をしたんだい?」
「マンティコア…?」
「マンティコアはキミたちの近くに転がっている無数の死体。そして、僕が作った子どもたちさ」
「作った…だと?貴様、奴隷たちに何をした!」
「奴隷?おかしな事を言うね。僕はただ、彼らに力を与えて能力を引き出してあけただけさ。それ以上の事は何もしていないよ」
ホリンズは饒舌に語り始めた。
彼にはナルシストな一面があるため、自分の所業を他人に認めて欲しいと思っているらしい。
こういうタイプは喋りたいだけ喋るため、情報を引き出しやすい。
話によれば人間だけでなく、この星に住む生物には“ある秘密”が隠されているようだ。
「…秘密だと?」
「そう。キミはノースフィールドでアルマたちの遺跡を見たんだろう?それに関係しているよ」
「ま、待て…何で俺がノースフィールドに行ったことを…」
「僕は預言者だよ?それくらい見通せて当然じゃないか」
そう言ってホリンズは高笑いをした。
仮に彼が本物の預言者なら、未来を見通せても不思議ではない。
そして、僕らがノースフィールドに向かう以前に未来の光景を見ていれば、彼が知っていてもおかしくはない…そう言うことだ。
ただ、僕は「はい、そうですか」と納得できるタイプではない。
目に見えるものだけが真実とは限らないのだから。
「…本当にお前が預言者だって言うのか!」
「あぁ、その通りさ。では一つ預言をしよう。キミ、これから背中を刺されて死ぬよ?」
「なッ…」
反論を言葉にしようと思った時だった。
腰から腹部にかけて激痛が走り、腹から黒い刀身の刃が生えていた。
どこかで見覚えのある刀身は、背骨を破壊して貫通している。
刃は勢いよく抜かれると、僕は食道の奥から込み上げる血を吐き出して膝をついた。
『レイジッ!』
サフラ、ニーナ、アルマハウドの声が聞こえた。
その中にセシルの声はない。
彼女は刃の返り血を払って、ホリンズの方に歩いていった。
「おかえり、セシル」
「ただいま戻りました、父上」
遠くなっていく意識の中で、セシルの声がハッキリと聞こえた。
空耳でないとすれば、ホリンズを確かに“父上”と呼んだ。
その時、肌身離さず持っていた身代わりのコインが砕け散り、傷口が瞬時に修復していった。
「さすが僕の娘だ。一切の躊躇いがない」
セシルに感心しているホリンズを睨み付け、ゆっくりと立ち上がった。
彼は僕を虫けらでも見るような目で見ている。
本当に人間なのかと疑いたくなるほど、彼の人間性には“異常”という言葉が良く似合う。
「おいおい、そんなに怖い顔で睨まないでくれよ。騙すような真似をして悪かった。でもね、初めからこう言う事情だったのさ。さっきの予言の話、あれは全て嘘だ。これも全て仕込み通りなんだからね」
「…お前ら、初めからグルだったのか!」
「吠えるなよ…キミらしくもない」
セシルが冷たい視線で睨みつけてきた。
針のように鋭い視線は、身体を貫通して穴を空けられそうだ。
彼女は先ほどまでの優しい面影が消え、表情は人形のように冷たい。
「ここまで頑張ったキミにご褒美だ、ネタばらしをしてあげよう。実は彼女から定期的にキミたちの情報を貰っていたんだよ。どうだい、これで納得できたかな?」
「…じゃあ、ここに来ることも全部知ってたのか!」
「その通り。キミたちがどれだけ工夫しようと、いくらセシルと心を通わせようと、全て彼女に言い聞かせておいたんだよ。彼女の演技、うまかっただろ?」
挑発的なホリンズに対し、黙って話を聞いていたアルマハウドが突然剣を抜き、そのまま斬り掛かった。
彼は彼女の事をとても信頼していた一人だ。
それに、皇帝も彼女の事を大切にしていた。
それが全部嘘だと分かり、築き上げてきたモノが偽りだと分かると、鬼の形相でホリンズに迫った。
ホリンズは彼が剣を振り上げる直前まで動こうとせず、刃が振り下ろされた紙一重のところでセシルが止めに入った。
彼の剣が“ライトニングソード”に攻撃が阻まれ、刃がそれ以上進まない。
セシルは体格差をものともせず涼しい顔をしている。
対するアルマハウドは眉間にシワが寄り苦しそうだ。
「…見苦しいぞ、男爵。お前では私に勝てない」
セシルは剣を通じて電撃を放った。
アルマハウドは避けきれずに受け止めると、身体から煙があがり皮膚が焼け爛れた。
そして、そのまま膝をつき、動けなくなってしまった。
「…情けない。その程度の力で私を何とか出来ると思ったのか?だとすれば、お前は幸せ者だよ」
「セシ…ル…」
アルマハウドを見ると、火傷が瞬時に回復していった。
どうやら身代わりのコインが砕けたらしい。
彼は動けるようになるとすぐに二人から飛び退いた。
セシルはそれを追おうとはせず、剣を鞘に収めた。
「うーん…身代わりのコインとは厄介なものだ。まぁ、便利ではあるけどね。そうだ、こうしよう」
そう言ってホリンズは指を鳴らした。
しかし、特に変化はない。
「何をした!」
「“サイレンス”。この場にいる全員の魔具の能力を封印したんだ」
「ハッタリだ!レイジ、私も手を貸す。男爵も頼む!」
ニーナは率先して剣を取り、冷気を操ろうと意識を集中した。
しかし、刀身に変化はなく、何も起きなかった。
「れ、冷気が…」
「言ったろ?“サイレンス”したって。人の忠告はちゃんと聞くものだよ。まったく、若い子は勢いだけで何とかしようとする傾向が強いな。もっと相手をよく見なきゃダメだろ?」
「貴様、どうやって…」
能力が使えなくなったニーナは怯えている。
元々、能力に頼った戦い方をするタイプではないが、切り札として心の支えになっていた魔具が使えないと知り、ホリンズを恐ろしいモノを見る目で見ている。
「分かりやすく説明するのは難しいな。うーん…この指輪、何だか分かるかい?エルフの王から奪ったんだ。名前を“沈黙の指輪”と言う。魔具と呼ばれる道具の能力を封印するためのものさ。これは国民の反乱を恐れた王が、脅威となる魔具を無力化するために作らせたものでね。どうだい、秀逸だろう?」
指輪には小さな青色の宝石が輝いていた。
青が持つ色の効果は“鎮静”の意味がいる。
どんな仕掛けで能力を封印したのかは分からないが、彼の言葉が本当なら、身代わりのコインも使えないという事になる。
「キミ、烈火石を持っているんだろう?試して見るといい。その間、僕らは黙って見ててあげるよ」
促されてポシェットから烈火石を取り出した。
これで炎が灯らなければ、着火の必要がある“煙玉”も“炸裂弾”も使えない事になる。
いつものように念じてみたが、烈火石は冷たいままだった。
「どうやら、納得いただけたかな?おっと、そんな怖い顔をしないでくれよ。こちらとしては準備をする時間はいくらでもあったのさ。その時間の長さが、こうして結果として表れただけなんだよ」
「…随分と饒舌じゃないか」
「ここは僕のホームだからね。アウェイのキミたちとは違って当然の事さ」
「なるほど…」
僕は悔しくて唇を噛んだ。
指輪の効果で、この場にいる全員の魔具が使えなくなったと言うことは、同時にセシルの剣も封印されているはずだ。
しかし、元々身体能力が高い彼女にしてみれば、魔具に頼らない戦い方も出来てしまう。
それに、隣にいる不敵に笑うローブ姿の男が、生き残る可能性を限りなくゼロにしている。
僕の見立てでは、セシルの協力が必要不可欠だったため、現時点ですでに打つ手はなしだ。
その気になれば僕らを殺す事が出来るホリンズにとって、こんなやり取りは茶番に過ぎないのだろう。
セシルは未だに警戒したままだった。
「そう言えば、キミは僕に聞きたい事があったんじゃないか?」
「…全て筒抜けと言うわけか」
「彼女は優秀な娘だからね。親として誇りに思うよ。まぁ、キミの聞きたい事は分かっている。改めて言う必要はないよ」
ホリンズはそう言って勝手に語り始めた。
まず、彼が転生したのは今から百年ほど前のこと。
その時に得たボーナスで、“人間の身体”と“エルフ並みの寿命”を貰ったそうだ。
もちろん、前世の記憶も引き継ぎ、身体能力も化け物並みに強化されている。
ただ、一つ不思議なのは、彼が僕と同じ“オリハルコン”の所持者ではないという点だ。
これは転生の際、幼女に要望しなければ手には入らない、かなり特殊な物だと分かった。
そして、彼はこの百年の間に、この世界の根幹に関わる“ある事実”を知っていくことになる。
彼の話が本当なら、ノースフィールドの“ミュージアム”で見た、超近代文明が関係しているらしい。
この施設も彼らが残したモノで、“ミュージアム”とは違い、機能のほとんどが生きた状態で見つかった。
「…先史文明の遺産か」
「キミはなかなか飲み込みが早いね。そうか、ノースフィールドで一度目にしているんだったね」
「…能書きはいい、続けろ」
ホリンズは苦笑を浮かべると話を続けた。
彼が見つけたこの施設は、アルマたちが悲願としていた、“不老不死”に関わる研究をしていた場所だと分かったらしい。
アルマたちは様々な研究を通じ、“不死の身体”を追い求めていたようだ。
その一つとして、“人間”という成果にたどり着いた。
アルマたちは自分たちの遺伝子をベースに、細胞を組み替えて人間を“創造”した。
人間はアルマに比べて環境への適応力が極めて高く、爆発的な繁殖力が特徴だと言われている。
アルマは進化の過程で長寿を得る代わりに、身体能力が衰え、繁殖能力が低下してしまったらしい。
特に、“自然分娩”による出生率はゼロに等しく、子どもは施設で“生産”されていたようだ。
アルマたちはこの“自然分娩”に強く憧れていたため、人間と言う“種”には大きく期待していた。
その反面で、寿命が百年程度と短いため、不老不死には程遠く、彼らは結局“失敗作”と結論付けたらしい。
ドワーフの研究も同様に行われ、彼らは人間よりも頑丈な身体を持つと同時に、女性の出生率が極端に悪いと言う性質を持ってしまった。
また、寿命もアルマの半分ほどと短く、こちらも失敗作と結論付けられた。
「そこまでは“ミュージアム”で見た映像とほぼ同じだ…」
「あの映像は歴史の一部しか映していないのさ。人間やドワーフに隠された出生の真実はこの施設にあったんだよ」
「…それで、それを知ったお前の目的は何だ?」
気になる点はそこだ。
彼が何を考え、この場所に止まっているのか、どうしてキメラを作ったのかなど、細かい疑問が解決していない。
僕の言葉を聞いてホリンズは不適に笑った。
「キミは命が生まれる意味をどう考える?僕はね、転生前からずっと“死ぬ事”だと考えていたんだよ。死からは逃れられない。今、こうしてここに居るのも、死がきっかけだからね」
「そんなもの当たり前じゃないのか?」
「そう、それが現実だよ。でもね、ここで最後に行われた研究を知り、僕は衝撃を受けたんだ。生命長年の悲願、不老不死の方法をついに見つけたんだよ」
「不老不死の方法…?」
「僕らがアルマたちと同じ“意識体”になる方法さ。ここにはその成果が残されていた。どうだい、胸躍らないか?」
一人で歓喜するホリンズとは対照的に、僕は血の気が引いていた。
彼が言うようにアルマと同じ“意識体”になると言う事は、僕らが“神”になるという事に等しい。
その事実の大きさに、僕の頭はついて行けなかった。
もちろん、彼が笑っている理由すらよく理解できていない。
それは、未知のモノに対する恐怖心が無意識に働いた結果だった。
今の僕は動揺する心を何とか押さえ込むのに精一杯で、込み上げてくる不安を奥歯で噛み潰した。
110話目は節目のシーンになりました。
セシルファンの方、すみません!(居ないかな?)
次回からようやく本作品の根幹に関わる設定が紹介できそうです。(たぶん)
それにしても、ここまで長~~~い道のりでした。(汗)
あ、まだまだ続きますよ?(笑)
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