シーン 109
森の中心部と思われる場所で小高い山を見つけた。
山の全体像は分からないが、下から見上げる限りでは、古墳のような形をしている。
山の周りを調べると洞穴のようなモノが見付かった。
どうやら先ほどの男が言っていた廃坑のようだ。
中は薄暗く内部を詳しく見ることは出来ない。
トンネルは馬車がギリギリ通れる幅があり、不気味に口を開いて通行人を待っている。
「…この先にホリンズの根城があるのか?」
「わからない。私が教皇から聞き出せた情報はここまでだ。ただ、雰囲気からして臭うな。この奥からいくつかの気配を感じる」
「じゃあ、やっぱりここか。他に怪しいモノはありそうか?」
「いや、特にめぼしい物はここくらいだ。むしろ、誘われているようで入るのを躊躇いたくなるな…」
セシルは御者台から見える範囲で周囲を見渡した。
敵の気配や怪しい構造物は見つからない。
この先にホリンズが居るなら、ここが目的地ということになる。
最後に周りの状況を確かめ、危険がない事を確認した。
中はドワーフ達が掘った地下トンネルとは違い、周囲の壁が粘土で構成されている。
ただ、作られたのがかなり古いらしく、乾燥した粘土が土器のように固まり、一部はヒビ割れている。
鉱山だった頃の名残なのか、トロッコ列車が行き来していたと思われる木製のレール跡も見付かった。
「セシル、明かりがないけど平気か?」
「私は夜目が利く。この程度の明るさなら何とか大丈夫だ」
視界は一メートルほどと見通しが悪い。
頼りになるのは入口から差し込む外の光だ。
それでも、時間が経つにつれて夜目が利くようになり、おぼろげに内部の様子が見えてきた。
さらに奥へと進むと鉄で出来た扉が現れた。
如何にも危険が待ち構えていそうな佇まいだ。
「…扉だな」
「あぁ、この奥からいくつかの気配を感じる。殺気のようなモノはないが気を付けろ」
馬車から降りて扉を慎重に押し開けた。
中からは微かに冷気が漏れてくる。
ちょうど夏場に冷房の効いたコンビニへ入ったような感覚。
扉の向こうは近未来を思わせる空間が広がっていた。
以前訪れたノースフィールドの“ミュージアム”とよく似ているが、こちらの方が大きい。
SF映画に出てくるような秘密基地と言った印象だ。
中は明るく、天井に設置された蛍光灯のようなモノが光を放っている。
「…何だここは!?」
「気を付けろ、何が待ち構えているか分からんぞ!」
アルマハウドは荷台から御者台に移ってきた。
「見ろ、さっきのヤツらと同じ格好をした人影が見えるぞ」
「…アイツらも化け物に変身するとか言わないよな?」
「可能性はある。気を抜くな」
ここから先は馬車での移動が出来ないため、なるべく安全と思われる場所に馬を止めた。
逃げ出さないよう手綱を固定しつつ、苦しくないように長さを調整しておく。
帰ってきたら馬車がやられていたと言う事も考えられるため、食料など必要最低限の物だけリュックに詰め、残りは荷台に残した。
「行くぞ」
僕が先頭に立って歩みを進める。
なるべく広がらないよう隊列に注意していると、セシルが異変に気が付いた。
「…来るぞ!」
セシルが呼びかけると、前方から先ほど倒した獅子の怪物が現れた。
今まで気配がなかったところを見ると、やはり先ほどの人影が変化したものらしい。
相手は一体だけで、考えもなく真っ正面から突っ込んで来る。
僕は銃で牽制しつつ、飛び出したセシルが斬り捨てた。
この程度の相手なら苦戦をする事はない。
強さもオークより少し強い程度で、サフラでも十分渡り合えるだろう。
「…気が付いたか?取り囲まれているぞ」
仕事を済ませて戻ってきたセシルは唇を噛んだ。
周囲を探ると十数体の気配を感じる。
先ほどの一体は斥候で、これからが本番らしい。
気配の主はすぐに姿を現した。
数えてみると十六体居る。
その中で身体の大きさが倍近くある怪物が三体含まれている。
一目で手強そうな相手だと理解した。
「俺が身体のデカいヤツの注意を引きつける。その間に残りを倒してくれ!」
身体が大きいため拳銃ではダメージが通り難いだろう。
ここは素早く連射できる“AK-47”の出番だ。
銃口を三体に向けて牽制をしながら、周りの状況を確認する。
交戦状態に入ったサフラとニーナが苦戦しているのが見え、援護射撃を加えた。
拳銃よりも威力のある自動小銃は、取り回しの悪ささえ気にしなければ、万能の兵器だと思う。
魔法の力で重さや射撃時の反動が無いとは言え、左手で銃身を支える必要がある。
きっと、その気になれば片手でも扱う事はできるだろうが、この銃のイメージには合わず、動作がぎこちなくなる気がして試してすらいない。
銃身を素早く振って体格の大きい三体の足止めを続ける。
出来れば銃で仕留めてしまいところだが、動き回る的の急所を正確に撃ち抜くのは難しい。
それでも弾さえ当たれば怯んで動きが止まるため、仕上げはアルマハウドかセシルに任せた方が確実だ。
「サフラ、後ろだ!」
四人から数歩引いたところに居るため、戦況を客観的に見ることが出来る。
誰が危険に陥っているか見極めるのは一目瞭然だ。
サフラは空いたスペースを見つけると、素早くステップを入れて攻撃を回避した。
身軽さだけならすでにニーナよりも上を行っている。
攻撃さえ当たらなければ戦いを恐れる必要はない。
怪物の隙をついて左手の鞭でダメージを与え、動きが鈍くなったところへ右手の短剣を左目に突き立てた。
額の骨は意外と硬いため、短剣を突き立てたところで刃が通らない。
特にサフラの場合は非力なため、技術でそれを補う必要がある。
彼女は相手の弱いところを冷静に見極めて、確実に急所を捉えた
左目に刺さった刃は脳に達し、怪物は動かなくなった。
ニーナの方も順調だった。
精神的な疲弊が大きい魔具には頼らず、三日月状のサーベル“ショーテル”で相手を翻弄している。
ショーテルの場合、首に刃を引っ掛けて斬り落とす攻撃が得意だが、使い方によっては胴から真っ二つにする事も出来る。
ニーナは“身軽さ”と“戦士の直感”を生かし、怪物の死角を突いて斬り伏せていった。
アルマハウドは派手に血煙を上げ、怪物たちを両断している。
セシルの方も雷の能力を最大限に生かし、黒焦げになった死体の山を築いていった。
彼らについてはそれほど心配する必要はない。
「レイジ、加勢するぞ!」
いち早く敵を倒し終えたアルマハウドが残った三体に向かって行った。
怪物の体格は大きいものの、機動力の高さは健在で、猫科特有のしなやかな体裁きは侮れない。
アルマハウドは狙いを定めた一体に飛びかかり、剣を脳天に叩き込んだ。
怪物は咄嗟に回避行動を取って後ろに飛び退いたが、リーチの長い大剣からは逃れられず、身体が半分になって斬り捨てられたら。
残りは二体。
それぞれ敵を倒し終えた三人も合流して、怪物を取り囲んだ。
二体に逃げ場はない。
袋の鼠とはこの事だ。
「レイジ、一体はセシルと何とかする。お前はもう一体を頼む」
アルマハウドはセシルと息を合わせて怪物に飛びかかった。
それを合図に僕は銃を“ソードオフショットガン”に持ち替えた。
弾を数発受けて動きが鈍っている今なら、最高の火力を持つショットガンで、至近距離から仕留める事が出来る。
「二人とも、出来る限りヤツの注意を引いてくれ!」
サフラとセシルは左右に展開し、同時に攻撃を仕掛けて怪物の注意を引いた。
一瞬、隙が生まれたところを見逃さず、強く踏み込んで距離を詰めると、顔面に向けて“ゼロ距離”の弾を浴びせた。
ほとんど拡散する事なく放たれた弾は、怪物の頭部を粉々に粉砕し、悲鳴もあげずに崩れ落ちていった。
アルマハウドの方を見ると、すでに決着がついていた。
やはりあの二人に心配は無用だ。
「終わったか」
「あぁ。近くに敵の気配はない」
「こんな数の怪物は尋常じゃないな。一体、あとどれくらい潜んでいるんだ」
「これが全て犠牲者だとすれば正確な数は不明だが背筋が冷たくなるな」
ニーナが顔を青くした。
考えただけで気が滅入ってしまう。
「…待て、別の気配だ!何か得体の知れない化け物が来るぞ」
セシルは“ライトニングソード”と“ブレイズソード”を抜いた。
彼女がここまで武装するのは珍しい。
それだけ警戒している証拠だ。
セシルのただならぬ雰囲気を感じ取り、僕らも武器を構えた。
どんな相手でも対処出来るよう、銃を自動小銃に持ち替えておく。
地響きと共に奥から現れたのは巨大なワニの怪物だった。
よく知っているワニと違うのは、足が六本あり、顔と背中が分厚い皮膚で覆われている点だ。
体長は十メートル近くあるだろうか。
翼のないドラゴンのようにも見える。
「タラスクス!?」
ニーナの表情が凍りついた。
どうやらこの怪物の名前らしい。
「散開しろ!距離をとれ」
猛スピードで走ってくる怪物はまるで装甲車のようだ。
今まで戦ってきた怪物の中でもこれほど巨大な相手は珍しい。
大きく開いた口は人間を軽く飲み込めそうだった。
マンイーターとは別の恐怖感がある。
僕は怪物を近付けないよう弾幕を張って攻撃を仕掛けたが、鎧のような分厚い皮膚がそれらを全て弾を寄せ付けない。
その間にも怪物は距離を詰め、すぐ目の前まで迫ってきた。
「どいていろ!私がやる」
アルマハウドは大剣を構え向かっていった。
“ドラゴンキラー”の通り名を持つ彼にとって、こうした巨大な相手の専門だ。
彼は大剣を振り下ろして脳天に叩きつけた。
同時に金属を打ち付けたような甲高い音が響いた。
剣は皮膚に弾かれ、怪物は平然としている。
対するアルマハウドは再び剣を振り上げ、渾身の一撃を放った。
「…硬い!?」
アルマハウドの攻撃に耐えた怪物は口を大きく広げ、そのまま彼を飲み込もうとした。
その瞬間、怪物の頭上に飛び上がったセシルが剣を突き立てて口を塞いだ。
しかし、彼女の一撃をもってしても頭を貫く事は出来ず、慌てて頭から飛び退いた。
「こいつ、タラスクスじゃないのか!?」
「気を抜くな!刃が通らないぞ」
「それなら、私の雷撃で終わらせてやる!」
セシルは最大級の雷を怪物に放った。
空気を切り裂き轟音とともに、目を覆いたくなるような閃光が走る。
その瞬間、爆裂音とともに大爆発が起きた。
普通なら原型を留めないほど身体が木っ端微塵になっているだろう。
しかし、怪物は倒れるどころか平然としていた。
「あの雷を耐えただと!?」
「グリプトンと同じだ!きっと、雷に耐性があるんだ」
雷が直撃したところを見ると微かに焦げているのがわかる。
それでもダメージと呼べる効果は一切ない。
「仕方ない…コイツで焼き尽くす!」
セシルは左手の“ブレイズソード”に炎を灯した。
グリプトンでさえ悲鳴をあげた炎なら、効果が期待出来るはずだ。
セシルは炎の渦を発生させ、怪物の身体を激しく焼いた。
同時に力を使い切ったセシルが膝をついた。
十メートルに渡る炎を発生させた反動で、精神を疲弊してしまったらしい。
呼吸も乱れ苦しそうだ。
「…や、やったか?」
「いや…まだ終わってない!炎が消えたら打つ手がないぞ」
ニーナはパニックに陥っている。
頼みの綱であるセシルがここまで追い込まれた姿は初めてだ。
彼女の類い希な強さは、僕らの精神的な支柱だったため、これで倒せなければ万事休すだった。
「レイジ、これを使って!」
サフラはリュックの中から“炸裂弾”を取り出した。
火薬を加工して作り出したお手製の爆弾だ。
ソフトボールの球ほどある“炸裂弾”には、着火用の導火線が伸びている。
普段使うときは烈火石などを使って着火しなければならないが、今回は怪物を焼いている炎を使えばいい。
「みんな、下がって体勢を低くしろ!」
“炸裂弾”を受け取り、四人が安全なところまで下がったのを見届けると、大きく開いた怪物の口に目掛けて放り込んだ。
次の瞬間、爆風を伴った衝撃波とともに、怪物の頭が内側から吹き飛んで、木っ端微塵に砕け散った。
外皮は強固でも内側は弱いらしい。
「…頭を吹き飛ばしたのか。何て物を持ってきたんだ」
「おかげで助かっただろ?だけど、数に限りがある。あまり多用できるものじゃないんだ」
アルマハウドは吹き飛んだ怪物を見て安堵している。
さすがに、これで倒せなければ本当に万事休すで、打つ手が残っていなかった。
これほどの相手が居る事は予想してなかったが、周到に準備をしたおかげで、何とか助かることが出来た。
豆知識として、ギネス記録では体長が6.2メートル(6.4メートルとも)の巨大なワニが登録されているそうです。
他にも、体長8メートルのナイルワニ“ギュスターヴ”という恐竜みたいなワニも居るようです。ちなみに、後者のワニはライフルの弾が効かなかったという噂も…。(詳細は不明)
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