第9話 解離
「結局動けなかったのに、あんな大見得切った理由は何?」
玉座の間から出て、今まで口を開かなかったメリッサが私に向かって口を開いた。
「話の流れで貴方が異世界の人間であること。寄生体に対して耐性があり、戦う適性がある人間であることまでは理解した。だけど貴方が決意した理由。そしてその口にした内容。どちらも理解しがたい」
鋭い目で私の事を睨みつけるように言うメリッサ。私がギルバードに対して何もしなかったことを咎めるかのように。実際、私はギルバードに何もしていない。彼女に対して示せるようなことは何もしていない。言われて当然だと思う。私は目を伏せた。
「逃げないで。貴方はやると王に言った。ならやりなさい。やれることを証明して見せて」
「ちょ、ちょっと、メリッサ!」
メリッサは私に対して剣を向けた。剣先は私の目の前で止まる。人に、剣を向けたくない。頭ではそう思っているのに、体は正直だった。
「道子くん、応じなくてもいい。剣に手を置かないでくれ。ここは仮にも王宮なのだから」
気づいたら私は剣の柄に手を置いていた。体が勝手に、相手の敵意に反応してしまう。
「そう。実力を証明する気はあるのね。ゼウス様、王宮には訓練室という立派な戦闘訓練設備があります。そこでならよいでしょう?」
「メリッサ……そう言って、過去ぶっ壊して出禁になってるよね?」
「私を出禁にする方が間違ってる。私とあの人が戦えばああなるに決まってるし、あの人が本気出したらああなるのなんてわかってること。彼女は、あの人じゃない」
「メリッサ……」
メリッサの実力は一瞬だけれど見たから知っている。あの美しい剣舞は、見惚れてしまうほど美しいだけでなく隙は一切なかった。だけど、不思議と負ける気がしなかった。……勝てそう。彼女の動きははっきりと見えていた。そして、その動きに合わせて自分がどう動けば勝てるのかも。だからこそ、勝敗よりも気になった。彼女が戦ったという『あの人』とは誰なのか。どうしてアリッサが引っ掛かったのか。
問い詰められているはずなのに、私はメリッサの剣舞を思い出して、うすら笑いを浮かべるような形で、口を開いた。
「ゼウス様。彼女が私に証明しろというのは理にかなっています。私は、人に剣なんて向けたくない。そう言いながら、人に剣を向けなければ成し得ない仕事を引き受けました。理由も覚悟も、彼女は理解できないでしょう。理由は、説明できます。だけど、覚悟は見せなければ……彼女も私も、理解できない」
そう。私も何故、グラムに対して引き受けると言ってしまったのか。帰るためには引き受ける必要があったからだけではない。そんな気がしている。そもそも命を懸けてまで私は戻らなくてはならないのか、と言われればそれはノー。あの世界で少なくとも私を待つ人間はもう誰もいない。人を殺した私に、あの世界での居場所はないのだから、そもそも戻る必要はない。ただ、私が断罪されたいだけ。
そうか、私が笑ったのはそういうことか。納得して浮かんでいた薄ら笑いを笑顔に変えて、メリッサを見た。
私は、人を斬って自分の価値を見出したいのだろうか。わからない。その理由を知りたくて、私はメリッサの挑発に乗ることを選んだのだ。
「メリッサ、よくないって! 道子さんは警護対象じゃないの?」
「黙りなさいアリッサ」
「道子くん。メリッサに付き合う必要はない。メリッサは意固地になっているだけ。話せばわかる」
「話して理解するよりも、体で理解する方がいいんです」
メリッサは実利のため。私も、実利のため。お互いの理にかなった行動が戦いなんて。それを、迷わず選んだ自分自身に心の中で苦笑する。でも、表に出るのは妙な笑顔。気が付けば、私達は訓練室にたどり着いていた。入る前にゼウスが説明に難儀していたようだけれども、それすらも今の私には妙な高揚を高める効果しかなかった。
「実際に斬り合うわけにはいかないわ。これを使いなさい」
メリッサが私に木刀を渡す。思った以上に軽い。いや、私が異常なのだ。そういえば、それについても聞かなくてはいけない。
「ゼウス様、魔素がない人間は、というお話。この後、お聞きしても?」
「あ、ああ……構わない。だが、しかし」
「そう。私なんて眼中にないと」
メリッサは木刀を二本手に取ると構える。私は腰に下げていた剣をその場に置いた。そして左手で木刀を腰に添え、右手を柄に置く。鞘などないのに、体は当然のように抜刀前の構えを選んでいた。知りたい。どうして私の体が自然と戦い方を知っているのか、私がどうして求めたのか。知りたい。勝てば、わかる。
カッ!
私が意識するよりも早く、木刀がぶつかり合っていた。
カッ、カンッ!
メリッサの二刀の剣が私に流れるように襲い掛かってくる。だけど私は動じることなくそれを捌く。見て捌いているわけじゃない。体が勝手に動いていた。私がそうしたいと思ったから私が意識せずに動いているのか、それともこれがこの世界のルールなのか。知りたい。
カンッ!
ブンッ!
「くっ!」
メリッサの剣を弾いてすぐにわざと避けられるように大振りで一閃。避けたメリッサが、その剣戟の風圧だけで大きくよろめく。即座に私はそのメリッサの首に木刀の剣先をあてた。
「私の勝ちね」
「いいえ、私の勝ちよ。貴方は私の首に一撃を入れられなかった。証明、できてないわ」
自分の中で、何かがプツリと切れた。
「そう」
自分でも驚くほど、冷えた声だった。気づいた時には私はメリッサのみぞおちに素早く木刀の剣先を食いこませて、倒していた。メリッサは一言も発することなく、私に寄りかかるように倒れた。
これでいいんでしょ。どうして何もかも私の思い通りにいかないの? 殺さないだけ、感謝して。貴方を殺す理由なんてないの。私には。私はメリッサを床に投げ捨てるように倒すと、冷たく見下し笑顔を見せる。そして、彼女の上に木刀を放り投げた。
「ちょ、ちょっと! 道子、それはやりすぎよ! メリッサが悪いと言えば悪いんだけど」
「ええ。メリッサが悪いわ。ゼウスさん、すみません。気分が悪いのでお話はやっぱり明日で」
ゼウスに淡々とそう告げると、私は自分の剣を手に取ってその場から立ち去った。
「道子くん!」
邪魔をしないで。振り向いて、目で訴える。ゼウスはその場に凍り付いたように動かなくなった。そう。それでいいのよ。私は部屋に戻って部屋に鍵をかけ、剣を放り投げると再びベッドに身を投げた。




