第10話 異変
血まみれのまま立っている自分がいた。
手には包丁。見下ろしていたのは婚約者だったあの人の亡骸。
違う、こんな光景ではなかったはず。
夢の中の私はその光景ににやりと笑ってから、彼に向かって包丁を放り投げた。
「もう、動けないでしょ」
勝ち誇る様に一言、言った。これが、私のしたかったことなの?
気が付けば朝の光が私の顔を照らしていた。
また、やってしまった。感情の制御ができていない。……感情の制御? 私は、この感情を私の感情だと認めているの? わからない。知りたい。そう、知りたい。
思い出したように私は扉を開けて、廊下を歩いていたメイドに話しかけようとして、立ちすくんだ。
本当に話しかけても大丈夫な相手なの?
その時、頭の奥に一つの言葉が浮かんだ。
敵なら殺せばいい。
「おはようございます。すみません。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
敵なら殺せばいい。そうよ。この世界はそれでいい。そのために私は喚ばれたのだから。どうせ、私は人を殺してる。殺していいって言われてる。そうよ……今更、なんで怖がっていたのよ。
「おはようございます。どのようなご用件でしょうか」
「ゼウスさんはどこにいるか知っていますか?」
心の中では自分に言い聞かせるかのように、殺しを受容させようとしている自分がいる。そして、この異常な身体能力の秘密を知っている人物に理由を聞こうとしている。聞いてどうするつもりなのだろう。私はいったいどこへ向かおうとしているのだろう。
気が付けば、腰に剣がある。いつの間に私は帯剣していたのだろう。まあ、いいわ。殺すのにちょうどいい。自然と、笑みが浮かぶ。
「ゼウス様はこの時間でしたら、城下町で朝食を食べていらっしゃるかと。お気に入りのお店は王宮を出て右手側のお店ですね」
「詳しくありがとうございます。じゃあ、貴方は気を付けて」
「? お気をつけて……?」
メイドに聞いた場所にゼウスはいた。アリッサとメリッサも一緒だった。三人でちょうど朝食を食べている様子だったが、私は構わず声をかけた。
「ゼウスさん、おはようございます」
「み、道子くん? おはよう。元気そう、だね……」
驚いた様子でゼウスが言う。当然そういう反応よね。何故か、とても気分がいい。
「おはよう、化け物」
「メリッサ!」
「あんな別れ方をして、笑顔で挨拶されたらこんな態度にもなる」
ツンとそっぽを向くメリッサの言葉で気が付いた。そうか、私は笑顔で話しかけていたのか。確かに、メリッサからしてみれば気持ち悪くもなる。だけど不思議と、気分がいい。相手が迷惑がっているのがどうしてこんなに気持ちいいのだろう。
「気にしないでアリッサ。メリッサの気持ちは理解できるから。メリッサ。教えてくれてありがとう」
「何が?」
「私がこんな人間だったってことを。化け物だって教えてくれて、ありがとう」
私は笑顔でメリッサに言った。心からの感謝を込めて。メリッサはじっと私の瞳を見ていた。彼女の金色の瞳は私の心の奥底を見ているように見えた。やがて彼女は口を開いた。
「……ようこそ、こちら側へ」
メリッサが意地悪に顔を歪めて私に一言、そう言った。
「メリッサ!」
「ふんっ」
アリッサが窘めると、そのアリッサの態度が気に入らないのか、メリッサはまたそっぽを向いてしまった。『こちら側へ』ね。その言葉の意図を私は理解した。彼女が繰り返し、私に問いただした理由とともに。思わず声を上ずらせて聞いてしまった。
「そう。何人殺したの」
「道子くん!」
「それは仕事で?」
「それは数えず」
「なら一人」
私とメリッサのやり取りを青ざめながら見るゼウスとアリッサ。二人の様子など、お構いなしに私はメリッサと話を続けた。
「誰を?」
「貴方こそ」
「婚約者」
「そう。私は同僚」
「だから、メリッサ!」
アリッサがメリッサを無理矢理自分の方へと向けた。
「テリッサのことを背負いすぎなの! いい加減にして!」
「よかったじゃない。身内に処分屋ができた。ヴィエラがいなくなった以上、私がやる。ただそれだけ」
「だから……お願いだからもうそういうこと言うのはやめてよ……」
昨日までなら、多分、話題を切り替えてた。でも今日の私はそんなことよりももっと自分を知りたかった。
「そう、貴方は処分屋なの。綺麗な剣舞は最後に見せてあげるために磨いているのかしら」
「……綺麗な剣舞を舞う人がいたのよ。もういないけど」
「そうなの。会ってみたかった。ところでゼウスさん。私の身体能力は、彼女達のように鍛えて培ったものではない。魔素が、という話、聞かせてもらっても?」
「……あ、ああ……こ、ここでは、流石に無理だから、王宮に行こうか……」
ゼウスは怯えながら王宮へ行くことを提案した。昨日までは私と対等に話していたはずなのに、不思議なものね。私は思わず、クスリと声を出して笑ってから、普段だったらやらないような行動に出た。
「私、朝起きたばかりでお腹が空いているんです。話せることだけでもここでお願いすることはできますか?」
「……図々しい提案ね。いいんじゃないですか、ゼウス様。魔素が人間の体にどう影響しているのかという話は常識的な話ですから話しても」
「メリッサ。えっと、そういうことじゃなくて、雰囲気の話をしてるんじゃ……」
「じゃあなおさら、気圧されて場所を移すなんてことはしてはいけないと思いますが」
「う、うむ……そうだな。確かに、メリッサの言う通りか……」
メリッサが私の方を見て嫌らしく笑う。つられて私も笑う。傍から見たらさぞかし意地悪い笑みの応酬だろう。でもなぜか、今の私にはそれが愉快に感じた。




