第11話 魔素
朝食を食べながら、私はゼウスの話を聞いた。
「この世界には魔素というエネルギーが存在している。この魔素というエネルギーが、一見物理的に不可能に見える幾多の事象を引き起こしているのだ。例えば傷を癒すための治療具だったり、薬師と呼ばれる存在が作り出す薬だったりね」
「そうですか」
「興味なさそう……」
実際、興味はなかった。そういうエネルギーがあること自体は覚えておく方がこの世界で生きる上では便利だと思う。だから単語として覚えるだけ。
「えっと、君がここに居る理由も魔素が少なからず関わっている。これは、別の所で改めて話そう」
つまり、召喚の儀式とやらにも魔素が関わっているということ。もう説明は必要ない気もした。
「それで、魔素は人間の体内、いや、この世界の生き物の体内にも存在している。だがね、生き物は魔素を上手く扱うことはできないのだよ。原理的にね」
「原理的に?」
「そう。治療具という、魔素を人の傷を治すエネルギーに変換する機械があるんだ。魔素をそういうエネルギーに変換できる原理を解明したからそれを再現して量産できているんだ。機械は作れるからね。だが、生き物の体はそうはいかない」
「なるほど」
要するに、この世界に生まれたら魔素というエネルギーに取り囲まれて生活することになる。生き物は魔素を使う機構を持たないから体内に蓄積できても使えない。そういうこと。だけどそれと身体能力がどうつながるのかがわからない。
「魔素には重みがあるのだよ。いや、重みのようなものがある、が正しいだろうか。この世界の中心に重力と同じように魔素を重力のように引っ張るものがある場合でも、この理論は成り立つからね。いずれにしても」
「魔素を持たない私の身体はこの世界で魔素を持つ人間よりもはるかに『軽く』動くことができる……ということですか」
「そういうことだ。魔素を測る機械はこの通り存在していて、魔素が低い人間が総じて身体能力に優れていることが多いのは間違いがない」
そう言いながらゼウスは片眼鏡と、腕時計のような装置を見せる。私を一目で異世界の人間だと気づいた理由はそういう理由だったのか。
そんなゼウスの言葉に反応して、メリッサが口を挟んだ。
「ゼウス様、違うでしょう。仮説があったが貴方が突き止めた、でしょう。わざわざ、魔素が低い人間を買って、ね」
「……」
「メリッサ、だからさ、その。機嫌が凄く悪いのはわかってるけど、仮にもリーダーにその態度は良くないって……」
『仮にも』という言い方をするアリッサ。貴方もそれほどリーダーだと思って話していないわよね。どうやら、ゼウスは信頼はされていないらしい。なら何故この二人はゼウスの護衛を引き受けたのか。疑問は残るが今はそんなことよりも自分の事。
「理由はわかりました。確かに、ゼウスさん、貴方の言う通り、私の身体能力は元の世界よりもはるかに高くなっています。今は魔素は便利なものだが重りでもある……程度でいいのですよね」
「ああ」
「そして、昨日王宮で起きたこと……このことはまた、王宮内で話しましょう」
「そうしてもらえると、助かるね」
そう言って私達は席を立ち、ゼウスが会計をしていた時だった。
「泥棒よ! 捕まえて!」
一人の女性の声が聞こえた。彼女の視線の先には鞄を持って走り去ろうとしている男。気が付いたら私は、駆け出していた。
「えっ!? 速いよっ!」
「本当、化け物ね……!」
メリッサとアリッサが私に追いつく頃には私は、泥棒の前までいって足を払ってなぎ倒し、自然に剣先を首に突きつけていた。鳥やギルバードの時みたいな違和感はない……ただの泥棒ね。
「早く返しなさい」
「は、はい……」
泥棒が鞄を地面に置き、涙を浮かべて私の顔を見る。そんな顔をするぐらいなら最初からやらなければいいのに。剣をそのまま喉に突き立ててしまいたい衝動にかられ、そこでようやく自分の異常性に気が付いた。
朝から私は何をしているの……? 人を脅して話を聞いて、気に入らなかったら殺そうと……剣を手放したくなった。しかし、体は剣から手を離してくれない。
「私の気が変わらないうちに消えて。二度目はないわ」
「は、はいっ!」
辛うじて動いた口で、殺さないよう、悟られないよう、泥棒に逃げることを促すと、泥棒は一目散に逃げていった。助かった。殺さずに済んだ。
「アリッサ。その鞄、被害者に返してあげて」
メリッサがアリッサに指示すると、アリッサはコクリと頷き駆け出して行った。アリッサが遠く離れたのを確認してからメリッサは私の顔を見て聞いた。
「貴方、殺したかったんでしょ」
メリッサの意地悪な一言が胸に刺さる。否定ができない。
「一人殺すと癖になるとはよく言うけれど、実際には堰が壊れるだけだと思ってる。貴方が誰でも構わず殺したくなる衝動を覚えるようになったのなら……他に理由を考えるべきかもしれない」
そう言ったメリッサの表情は真剣そのものだった。
「こっち側に染まる気があるなら別にいいけど。今の行動を見た上で、今の表情を見ていると、その気はなさそうだから……アリッサのためにも考えてあげる。一度、王宮に戻りましょう」
指摘され、気が付けば私の顔から笑みが消えていた。




