第5話 限界
「……ギルバードさん。さっき、シャワーを浴びた部屋で、休ませてもらってもいいですか。グラム様には、汚れてしまったし、時間も時間なので、お返事は明日にさせてください、と伝えてもらえないでしょうか?」
気が付いたら私はギルバードさんにそう言っていた。
グラムに返事もせずにワガママを言っている。自分でそう思ったけれど、訂正する気にもなれなかった。
これ以上、今日は考えたくなかった。人を殺して、異世界にきて、その異世界で人を殺してくれと頼まれ、怪物と遭遇し、異常な身体能力があることに気が付いて、怪物を殺した? 一つ一つが人生において重大な出来事だ。それが、今日一日で全て起きる。心の整理もつかないうちに。これ以上、考えたくないと逃げたって、いいじゃないっ!
しかしそれでギルバードやグラムにあたる気もなかった。彼らも数ある選択肢の中で、自分にできることを選んだ結果だったのだろうから……
だから、責めたくないから、休ませてほしかった。気持ちの整理ができる時間が欲しかった。咄嗟に出た言葉を、自分の本音と受け止めて、私は自分の物にした。
「かしこまりました。道子様。彼女のことも、伝言もお任せくださいませ。今日はゆっくりお休みなさいませ。道はお分かりになりますか?」
そう、ギルバードが言ってくれたから、少し救われた気がした。私はギルバードに向かって頷くと、ゆっくりと自分が最初に案内された部屋へと戻っていった。
私が部屋に着くと扉の前には一人の長身の男性が立っていた。すらりとしたスマートな体格の彼の片目には眼鏡がかかっている。初めて見る片眼鏡に私が注目していると、鮮やかな青い瞳が、私の方をじっと見つめてきた。そして、腕につけたバンドをちらりと見てから再び私の方を見た。
「……なるほど、君が異世界から召喚された人間か。グラムの話通り、女性なのだな」
一瞬心臓が高鳴った。恐怖? 興奮? どうして? 体が感じている感覚と、自分の感情が信じられなくなっている私が咄嗟に彼にかけてしまった言葉は自分で思い返しても最悪の言葉だった。
「だからなんでしょうか。どいていただけますか。邪魔です」
自分でも理解できないぐらい冷たく暗い声で淡々とそう言い放ち、自然と剣に手が伸びていた。部屋で休みたい。もう、考えたくない。
私の言葉と威圧感からか、彼はすんなりと扉の前を私に譲るように道を開けた。私は堂々とそこを通り、扉に手を掛けた。その時、彼は私に向かって囁くように呟いた。
「魔素がない世界に生まれ生きた人間は、この世界で魔素の影響を受けることはない。体に異変があるはずだがそれについて、少しは答えられるかもしれない。休んでその気になったら、私の話を聞いてみないか。私はゼウス。数日は滞在する予定だ。門番に名前を出すといい。私の滞在先を知っているから。では、城下町で待っている」
私が振り返ると彼は、立ち去るように背を向け歩いていた。頭の中では、追いかけたい衝動に駆られた。しかし、体は動かない。一刻も早く休みたいと、体が言っているかのように。
そして、気が付いた。今の私が彼とゆっくり話すことはできるのだろうか? 何か、気が付いたらとんでもない言葉を発してしまいそうで、怖かった。私は体に身を任せ、そのまま部屋の扉を開けて、中へと入った。
部屋の中央にある大きなベッドに倒れるように横になる。着替えることもせず、そのままの姿で。目を閉じると自然と意識が闇に飲まれるように消えていく。
遠くで、男の悲鳴が聞こえた気がしたが、疲れた私の体は反応することはできなかった。




