第2話 違和感
『その日、空に大きな黒い岩が現れた。
地上に近づくとともに火を纏い、燃え落ちるように海へと落ちた。
沿岸は海底の土砂と岩のかけらを多数含む、激しく重い津波に襲われ、一部の村は壊滅的な被害を受けた。
それから、十年の月日がたった。
幸い、沿岸部以外の地域に大きな被害はなかったが隕石がもたらした災いによって多くの人間が死亡した。
そして今もなお、その災いを完全に断ち切れずにいた。
それはこのグランディウス王国だけではない。
同じ大陸にある隣国ハーゲルン王国もである。
ハーゲルンは厄災からの復興の足がかりとして、グランディウスへの侵攻を目論んでいるのである』
「というわけなのでございます」
人を殺した罪悪感と見知らぬ土地に非現実的な形で飛ばされて混乱する私に対して、歓喜した彼らが私に行ったこと。それはまず、この世界から見て異世界……私の現代日本の血まみれの衣服を着替えさせるために、入浴させることだった。
私が、入浴をしている時に外から世話係のギルバードと名乗る、王の隣にいた男性がこの世界の状況を説明してくれた。しかし、その内容は私がこの世界に呼ばれた理由……人殺しでなければならない理由に到底結びつくことではなかった。
私はシャワーを一度止めて、彼に聞いた。
「この世界が隕石によって被害を受けたのは理解できました。でも、それがどうして私を呼んだ理由につながるのですか?」
「それを、今から王が説明いたします。貴方様だからこそ、説明する内容なのです」
私は再びシャワーを浴びながら考える。
人殺しでなければならない理由。人を殺せなければいけない理由。皆目見当がつかない。この世界で人を殺すことを強く禁じられているのなら抜け道として異世界に頼るというのはぎりぎり成り立つかもしれない。だけど、侵攻を目論んでいる、という言い方をするのなら……
ため息が出てしまった。人は、結局どこでも争い合うのか、と。それと同時に、私でなければならない理由の答えも結局見つけられなかった。
それにしても、この世界のシャワーの蛇口はやたら緩いし脆い。金属加工技術などがあまり発展していないのかもしれない。私は力加減に気をつけながら蛇口を閉めてシャワーを切り上げた。
私がシャワー室から出るとそこにはこの世界の衣服の着替えが置いてあった。その衣服に私は違和感を覚えた。
彼らは私の事を女性だという認識はしていた。その上で、この衣服で間違いないのだろうか?
私がここに来る途中、物珍しそうに私を見るメイドや召使であろう女性たちは、小説や漫画の世界で良く描かれる、ひらひらとした派手な装飾が施された衣服を着ていた。本当にそれで仕事がこなせるのか疑問を覚えたが……この世界ではそういうものと理解した。
しかし、ここに用意されていた私の衣服は。イメージとしては男性の軍服や騎士服を女性用に仕立て直した物。……人殺しでなければならない理由があるというのは、建前などではない、という証明だった。
再び大きなため息をつく。そして、この衣服に、いや、この衣服を用意するという行動に対して嫌悪感を覚えた。私に、この世界で人を傷つける行為をしろ、というのだろう……私は、やむを得ずに人を殺してしまった、だけなのに。そうだ。人を殺せる勇気などない。そう、告げよう。そのためにも服は着て、きちんと正式な場で伝えよう。そう思って、私はその服をしぶしぶ着用した。
服を着終わった時に気が付いた。一番下に、長い筒状の物があることに。剣? それをすっと持ち上げてみる。とても軽い。鞘から少しだけ引き抜いてみると鈍い色に輝く刀身が見えた。おもちゃのように軽いのに物凄く本物っぽい見た目をしている。この世界の技術はどうなっているのだろうか……私は剣を鞘に納めると、一応腰に引っ掛けておいた。持っていくことは気が引けたがそれ以上にこの剣を持っていかないことで、この剣を悪用される可能性を潰しておきたかったのだ。
……いや。私は安全なのかわからないこの場所で、身を護るための得物が欲しかっただけなのかもしれない。その気持ちに気が付いた時、クスリと、自分でもよくわからない笑いが浮かんだ。
「準備は終わりました。では、こちらです」
ギルバードは私にお辞儀をすると扉を開けて案内をしてくれた。道中、彼が知っているかを確認するように質問をした。
「すみません。私は元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」
彼は前を向いたまま答える。
「儀式の書かれていた書には『召喚者の願いが成就した時、召喚契約もまた終了を迎える』という記述がございましたので、戻れるかと」
最後だけにこりと笑って見せてくれたことから彼に悪意がない事だけは理解できた。
玉座の間。私を召喚したグラムが王座に座っていた。ギルバードは彼に対してお辞儀をし、横へと控えた。
「おお、よく似合っている。念のため女性用も仕立てておいてよかった。さて、長話は貴殿もつまらぬであろう。その前に名を聞いてもよいかな? 血まみれのままではとついシャワーでもと送り出した時に、名前を聞いておけばよかったと後悔しておってな。ああ、すまない。もっと丁寧な口調で話すべきだったかな?」
軽快な口調で私の名を聞くグラム。王の威厳は感じられるものの、その口調のおかげもあって強い威圧感を感じることもなかった。
「これは失礼いたしました。私は不生道子と申します。道子で結構です。グラム様。あと、その口調で構いません。あの時のように丁寧に話されても私が、困りますので」
「おお、すまないな道子。では道子。ギルバードからどこまで説明を聞いたかはわからぬが、私がお前を呼び出した理由。これだけははっきり伝えておくぞ。私がお前を呼び出した理由は『この世界に現れた、人間にも寄生する寄生体の駆除』だ」




