第5話 ドSの本領発揮
「これから護身学の授業を始めます。担当のメーチャ・ミテールです。この授業では危険な攻撃魔法も使いますので、人に向かって使わないように。」
ミテール先生は「今日は、その攻撃魔法と回復魔法を習います。相手を失神させる呪文『リデルゴ』と、その失神状態から解放させる『フェリテージ』です。教科書の5ページに載ってます。」と言った。
「この授業では毎回、二人一組で取り組んで貰います。では、1年間固定のペアをこちらで決めますね。」
ミテール先生は杖を取り出し、名簿に向かって『杖よ、適当にペアを決めなさい』と振った。
そして先生はまた別の呪文を唱え、教室の黒板にはペア決めの結果が映し出された。
アイリスはペアが決まるまでの間、ずっと嫌な予感がしていた。「このクラスは全員で20人。つまり、クソ野郎とペアになる確率は19分の1……たった19分の1よ?そんな簡単にアイツが選ばれる訳がない。そう、選ばれるはずが無い。」とペアが決まるまでの間、そう考えていた。むしろ祈っていた。
「アイリス、イケテールとペアになれたら良いわね!!」
「今は余計な事を言わないで。」
だが、神様というのは何がしたいんだろう。
「では、ペアの人と隣の席に座ってください。1年間、護身学の授業で関わっていく相手です。挨拶をしましょう。」
1番後ろの列からは、真っ黒なオーラが漂っていた。
「何でアンタなの。」
「知らねぇ。こっちのセリフだ。」
なぜなら、アイリス・スターマジックとレント・イケテールはお互いに運が尽きていたせいか、1年間固定のペアになったからだ。
これにはクラスのほぼ全員が「マズい、これじゃ授業崩壊が起きてしまう!!」と何とかしてペア決めの結果を変えようとするが、何をすれば良いのか分からなかった。
シェリーはニヤニヤしながら二人を見た。
「アハハハお二人さん!!今の気持ちはどう?これはもう運命ね。」
「絶対ぇお前ぇフラグ立ててただろ。」
アイリスとレントが晒し出す不機嫌オーラにミテール先生も気づいたらしい。
「そこのお二人。どうかしましたか?授業を進めても大丈夫でしょうか?」
切れ長のミテール先生の目がさらに鋭くなる。
有無を言わせぬそのオーラに、アイリスとレントは「この人には逆らってはいけない」と本能的に察した。
「大丈夫です。」
「すんません。」
「では、早速呪文を唱えてみましょう。二人とも同時に唱えたらダメですよ?一人ずつ取り組んでください。あ、呪文はペアの人にかけるって意味ですから。何かあれば私を呼んでくださいね?」
ミテール先生が「10分で終わらせてください。」と言い、実践が始まった。
みんなが呪文を唱える中、アイリスとレントはお互いに距離を取ってじっとしていた。
「あ、実践やらなかったペアは放課後の補習に参加して貰いますから。私の目の前で取り組んで貰います。」
アイリスとレントの事を言っているのは明らかだった。
「補習」という言葉に二人はピクッと反応した。
「私、補習だけは嫌よ?だからアンタ、ちゃんとして。」
「は?そんなのオレだって嫌だわ。じゃ、オレから。」
そう言ってレントは杖を取り出す。
するとアイリスは突然、ブルっと悪寒がした。
そして、呪文を唱える直前のレントに言った。
「ちょ、ちょっと待って。」
「あ?何だよ。」
「……なんか、嫌な予感がするから私からやっていい?」
アイリスは手を合わせて「お願いします!」と言った。
「別にいいけど……え、お前もしかして失神すんのが怖くなった?」
雑魚が、とレントの目が自分を見下して笑っているのをアイリスは見逃さなかった。
「違うわよ!アンタの場合、失神呪文とは別の変な呪文を唱えてきそうだし。」
「……今、自分で言っちゃったな。良いアイデアだ。やってやろうか?」
レントはドSの人間がするような表情で口の端を持ち上げた。
アイリスは自分が墓穴を掘るような事を言ってしまったと、数秒後に理解した。
「ハァ!?アンタ、サイテーね!正真正銘のドSの顔をして笑ってんじゃないわよ!」
「悪ぃな。オレは生まれた時からこうなんだ。」
「心が腐ってるのは生まれつきだったのね。可哀想に。」
「ま、残念だったな。このオレ様とペアになるって事は、そういう事だ。」
レントが「『デリシン』」と唱え、アイリスに杖を振った。
アイリスはぶん殴ってやろうと思い、体を動かそうとするが、全く動かない。
動かせないのだ。
声を出そうとするも、上手く出ない。
アイリスはキッとレントを睨んだ。
「いいねぇその顔。悪くねぇ。でも、ブスを極めてんな。」
アイリスは「何したのよ!」と目で訴える。
「これは、金縛りの呪文だ。オレはちっさい頃から色んな魔法を習ってきたんで、こういうのも簡単に出来る。」
レントは杖を振り回しながらアイリスを見つめた。
「ハァ、ようやく課題に取り組める。じゃ、安心して眠りな……『リデルゴ』。」
アイリスはレントを睨んだままだったが、呪文をかけられるとすぐに意識を失った。
意識を取り戻したアイリスは、教室の電気の眩しさに目を眩ませた。
目の前で退屈そうに座っている男は目覚めたばかりのアイリスに「もう呪文は解いたぜ。次はお前ぇだ。」と指差した。
「人に指差さないで。」と言いながら杖を取り出している時に「あ、本当に呪文が解かれてる」と実感した。
「まぁ、私はアンタみたいなドが付く程のっていうか、そもそもSじゃないんで。あんな酷い事はしないから安心して。」
「ハッ、酷くて悪かったな。」
「その顔ムカつく。今すぐぶん殴りたい。」
「出来るもんならやってみろ。まぁ、お前には到底無理だと思うが。」
これ以上レントと喋ると自分の血糖値だけ上がる気しかしないアイリスは「黙りなさい。」と言いながら呪文を唱えた。
「『リデルゴ』!」
そう唱えると、さっきまで腐ったドSの顔をして笑っていた男の目は、うつろになった。
元が良いおかげか悔しい事に失神していてもイケメンだった。
アイリスは突然、「コイツは腹立たしいことにかなりのイケメンだからこれでもモテるんだろうけど、私はどうだったんだろう。」と自分がどんな顔をしていたのか気になった。
「『フェリテージ』」
目の前の男は半開きになっていた目を一旦閉じ、数秒して目を開いた。
「……ねぇ、私が失神してる時、どんな顔してた?」
レントは意識を取り戻してから初めに言われた事がそれだったので、「は?」と困惑した。
「お前、急にどうした?」
「私は何も変な事を言ってない。自分が失神してた時の顔が知りたいだけ。」
レントは数秒間何かを考えた後、またドSの笑みを浮かべた。
「そんなに知りてぇのか?」
「うん。だってアンタの失神してた時の顔はカ……」
アイリスはそこまで言って、一旦止まった。
待って。私は今、コイツに何を言おうとしていた?と自分が戸惑っていた。
レントはその言葉の先を察し、「オイオイ、急にどうした?言いたい事があるなら最後までハッキリ言えよ?」と完全に面白がっていた。
それを見てアイリスは数秒考え、改めて言い直した。
「……失神してた時のアナタの顔は……カッコよかった。これで良い?」
時間が止まったような気がした。
レントはアイリスが本当にそれを言うとは思ってなかったらしく、目を見開いた。
教室にいる全員が、二人の方を見ている。
ミテール先生でさえも「……ん?」と動きを止めていた。
「……お前ぇ、それガチで言ってんの?」
レントはポツリと言った。
前髪で顔が見えない。
だが、先程までのドSオーラは消え去っていた。
「……ガチだって言ったら、どうする?」
レントはまた固まった。
数秒してアイリスは「アハハッ!」と笑い始めた。
「えっちょっ、アンタマジで信じてたの?」
「は?」
突然笑い出したアイリスにレントは困惑する。
アイリスはレントに顔を近づけた。
他の人に聞かれないように囁く。
「私がアンタにカッコイイなんて言うわけないじゃない。ドSを好きになる趣味は私には無いわ。」
続けてアイリスは言った。
「アナタの失神してた時の顔、カバみたいにブッサイクだった。」
その言葉に、レントはプルプルと震え始める。
「お前ぇ……お前ぇ……」
「あら、そんなに嫌だった?でもこれは金縛りの呪文に対する仕返しよ?」
アイリスは微笑む。
やっとレントはアイリスを見た。
「……お前ぇ、そんな事言ってタダで済むと思うなよ?」
「え?」
「仕返しできて良かったな。じゃあオレからそれに成功したご褒美だ。感謝しな……『ルクセス』!!」




