第3話 運命
階段のすぐそばでゴンッという鈍い音が聞こえ、全員が一斉にそちらを見る。
そこには階段を踏み外し落下して座っているアイリスと、アイリスをお腹に乗せている男の子がいた。
シェリーは階段の踊り場からその現場を見ており、
「こ、これって……ひょっとして……二人の、運命の恋の始まり!?」と口に手を当てて恋愛ドラマの盛り上がりシーンを見てるような感じで一人盛り上がっていた。
アイリスと男の子は互いに状況が分かっていないが、なぜか見つめ合っている。
アイリスは「顔、かっこいいかも」なんて呑気な事を考えていた。
数秒してアイリスがハッと正気に戻った。
「ご、ごめんなさい!!急いでて、周りがよく見えてなくて、それで「あのさ。」
男の子はアイリスをジッと見た。
真紅の綺麗な瞳だった。
「謝るならさっさと降りてくれない?重いんですけど。」
アイリスはその言葉に、申し訳なさと同時に「何だコイツ。女子に向かって重いとはなんだ。重いって。」と顔を顰めた。
でも、ぶつかったのは悪いと思うので「ごめんなさい。」と言って立ちあがろうとしたその時。
「さっさとどけ。雌ブタ。」
その言葉にアイリスはカチンと来た。
「……誰が雌ブタですって?アンタね、女子に向かって重いだの雌ブタだのデリカシーが無いんですよ、デリカシーが!!」
「ハッ、そんな事で一々怒るなんて沸点が低い人ですねぇ。アンタって言うお前ぇも大概だな。女なんてみんな雌ブタだろ?事実を言っただけだ。今からそれなら将来有望なヒステリックババァだぜ?」
「黙りなさいよノンデリ!!ちょっと顔が良いからってあんま調子乗らないでくれる?顔が良くても性格がこんなクソじゃ女子ならみんな付き合いたくないし結婚したくないと思うわ!
……でもまぁ、仮によ?仮に惚れられたとしても惚れられるのは顔、そう、顔だけ!多分アナタにゾッコンになるのは一部の馬鹿だけよ。」
「ハァ?お前今何つった?オレの事、顔は良いけど性格はクソなノンデリ野郎って言ったよな?まぁオレは実際顔は良い方だと思うけど。あれ、もしかしてさっきオレの事カッコいいとか思っちゃった?」
「違うわよ。あんまり自惚れない方がいいですよってわざわざアドバイスしてあげただけ。忠告はちゃんと聞き入れた方が身の為だって言ってるのよ!」
「ちょっとそこ!!さっきから何喧嘩しているの!!」
アイリス達の言い合いを見ていたゴーリラ先生は二人の間に割って入った。お互いの相手を睨む視線が遮断される。
「階段から落ちてぶつかったから怪我してないかどうか心配だったのよ?とりあえず無さそうだから良いけど、二人は何を言い争ってたんですか?」
「先生、この女が俺に向かってクソ野郎とか言ってきましたー。」
「先生、この男が女はみんな雌ブタだとか言ってきたんです!」
二人とも見事にハモっていたため、生憎先生は聞き取れなかった。
「……二人とも、馬が合わないのは仕方ない事ですが、入学初日から喧嘩なんてして、卒業まで同じクラスなのにどうするんです?」
先生は二人の前に立ったため、見えなくなっていた相手の姿が見える。
二人は「は?」と言い顔を見合わせた。
「せ、先生、ちょっと待ってください。今日から7年間、この男とずっと同じクラスなんですか?クラス替えとか無いんですか?」
「ミス・スターマジック。入学式でキーパーンソン先生がおっしゃっていた事をもう忘れたのですか?
___これからクラス分けを発表しよう。これは高等部卒業まで変わらないから、新しい仲間と仲良くするように。」
その言葉を聞いて、二人はサッと青ざめた。
高等部卒業とは要するに、7年生を終える事であり、サンライトを卒業するという事でもある。
「卒業までこの男と?クラス替えが無い?そんなの信じられない。」
「卒業までこの女と?クラス替えが無い?そんなの信じられねぇ。」
お互いに思っていた事が口に出ていたらしく、また睨み合う。
ゴーリラ先生は「もう仕方ない。」という感じで二人を見た。
「ミスター・イケテール、ミス・スターマジック。これ以上あなた達に時間をかけるつもりはありません。ほら、お互い謝って。」
だが、その言葉に二人が素直に応じる筈がない。
相手が謝るのを待っていたが、痺れを切らしたアイリスは「ハァ。」と嫌そうな顔をして言った。
「ごめん。」
「いやそれ謝る時の顔じゃないだろ。」
「じゃあアンタがやってよ。謝る時の顔をしながら私にごめんって言って。」
「……悪かった。」
レントはアイリスを睨みながら言った。
「いやアンタも同じじゃない。人のこと言えないわよ!」
「はい!終わり!仲直り!!うんうん仲直り!そう!よく出来ましたー!!」
これ以上放っておくとまた争いが始まりかねないのでゴーリラ先生は強引に二人の手を取って握手させた。
「待たせてごめんねー!じゃあ夕食を食べに行きましょう!」
ゴーリラ先生は本アイリス達の様子をずっと伺っていた生徒達の方へ行き、食事スペースであるカフェテリアまで連れて行った。
「アイリスー!!」
シェリーがアイリスに駆け寄ってきた。
「シェリー!ごめん、入学初日にあんなとこ見せちゃった……」
「そんな事無いよ!むしろ言い返してるアイリス、カッコよかった。で、どうなの〜?」
シェリーはニヤニヤしながらアイリスの体を肘でつついた。
「どうなのって……何が?」
「イケテールとの事よ。何か見てて良い感じだったし面白かったわ。」
「いや、アイツとは全然そんなんじゃないから。」
「じゃあその手はどうなってんのよ。」
「手……?」
アイリスは手がどうしたのかと疑問に思いながらシェリーの視線の先を追う。
そこには
「アンタ何でまだ手握ってんのよ!離して!!離しなさい!!」
「うるせぇ。お前ぇのブタ力のせいで離したくても離せねぇんだよ!!お前ぇがずっと握ってんだろ?離せはこっちのセリフだ!」
まだ握手をしたままの互いの右腕があった。
二人は磁石の同極の如く一瞬で手を離した。
「もうお二人さん。照れなくて良いのよ。アタシは知ってる。二人とも、素直になれば良いのに。」
「何がだよ!!この中で1番分かってなくて勘違いしてるのテメェだろ!」
「3人とも!早くしなさい!!片付けますよ!?」
ゴーリラ先生のその言葉に3人は慌てて走って行った。
アイリスは「あの男ほど嫌な奴に出会った事なんてない。ある意味一生忘れられないわ。」と心の中で溢した。
―――
「おいお前ぇ。」
「ん?」
夕食後、シェリーと二人で部屋に戻ろうかとカフェテリアを出ようとした時だった。
突然声をかけられ反射的にその人の方を向いた。
「何よアンタ。私に言いたい事がまだあるの?」
「違ぇよ。そう一々突っかかってくんなブス。これ、お前ぇのだろ。」
夕食前に入学早々喧嘩した男だった。
サファイアのペンダントを手にしている。
「ウソ……いつの間に?」
「カフェテリアの前に落ちてたぜ?というかこういうモン着けるのは禁止じゃねぇのか?」
「持ってくるなとも書かれてなかったから良いのよ。ちゃんと説明書を読みましょうねー。」
「うるせぇ。一々突っかかってくんなって言っただろ?人の話をよく聞きましょうねー。ブタの話を聞く気は無ぇから。じゃあな。」
男の子は「ほらよ。」とペンダントを投げてきて、それを危うくキャッチした。
「え、ちょっ……」
ちょっと待って、とアイリスは言おうとしたがそれを言ってる間に男の子は階段をどんどん上って行ってしまう。
「……ありがとう。」
感謝を伝える事に最も抵抗のある相手だが、最低限の礼儀はきちんとしないといけない。
男の子はアイリスを無視したが、今のアイリスには気にならなかった。
「アイリス、綺麗なペンダントね!サファイアが輝いてて素敵よ!誰から貰ったの?」
シェリーは「彼氏〜?」と聞きながらニヤニヤしている。
アイリスは違うよ、と首を横に振った。
「これは、お母さんから貰ったんだ。」
アイリスはペンダントを見つめながら答えた。
「このサファイア、お母さんの目の色と同じなの。小さい時から大事にしてるんだ。」
アイリスは一緒に遊んだ時の母を思い出す。
穏やかで優しくて、料理が上手な母だった。
シェリーは「彼氏じゃないのか〜」と言いつつ、目を細めた。
「お母さんの事、大好きなんだね。」
「うん。世界で一番愛してる人。」
アイリスは何かを噛みしめるように言った。




