表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばされた婚約者 〜あみだくじで婚約者を奪われ続けた伯爵令嬢は、ついに“当たり”を引く〜  作者: 猫が寝転んだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/11

第二章 仕掛けの痕跡 第二話

 最初の作戦は、単純だった。

 証拠を押さえること。

 それだけでよかった。


 あみだくじの仕掛けを見破り、その痕跡を持ち帰る。

 もし透明な線のようなものが残っていれば、それで十分だった。

 そうすれば、すべては終わるはずだった。


 だが、その考えはあっさりと潰された。

 その程度のことを、ハーバルが見落とすはずもなかった。


 結果が出ると、ディアナは何気ない顔で紙へ手を伸ばした。

 あくまで自然に――

 ただ、結果を片づけようとしているだけ――そう見えるように。


 けれど、その指先に、もう一つの手がそっと重なる。


「それは、こちらへ」  


穏やかな声だった。

 ハーバルは紙を取り上げると、何でもないことのように立ち上がり、そのまま暖炉へ歩み寄った。

 そして、迷いなく火の中へ放る。


 白い紙が炎を受け、ゆっくりと丸まっていく。

 端から黒く焦げ、やがて形を失ってゆく様を、ディアナは黙って見つめていた。


「……燃やしてしまうのですか?」


 思わずそう問うと、ハーバルは振り返った。


「験担ぎさ」


 柔らかな笑みだった。


「外れくじは残さない方がいい。次は当たる――そう思えるだろう?」


   ◇


 二度目は、人から探った。

 ルネが、ハーバル付きの若い従者へ近づいたのだ。


 少しばかりの金。

 少しばかりの酒。

 それで口が軽くなる者は、いくらでもいる。

 そう思っていた。


 けれど戻ってきたルネは、珍しく暗い顔をしていた。


「駄目でした」


「口が堅かったの?」


「いいえ」


 ルネは首を振った。


「――怯えていました」


 その言葉に、ディアナは小さく息を呑む。


「“ハーバル様は怒ると怖い”――そう申しておりました」


 だが、ハーバルが声を荒げる姿など、彼女は見たことがない。


「……怒る?」


 思わず聞き返すと、ルネは静かに頷いた。


「怒鳴られるわけでも、打たれるわけでもないそうです」


 ルネは言いにくそうに言葉を選んだ。


「ただ……静かに笑って、『そうか』とだけおっしゃるのだとか」

 ディアナは思わず眉をひそめた。


「それだけ?」


「はい。けれど、そのあとから少しずつ、任される仕事が減っていくそうです」


 重要な用事から外され。

 呼ばれる回数が減り。

 やがて、誰もその者の名を口にしなくなる。


 辞めたのだと聞く者もいる。

 郷里へ戻ったのだと噂する者もいる。

 けれど、本当のところを知る者は、誰もいないのだと。


 ――まるで、最初からそこにいなかったかのように。


 ハーバルは怒鳴らない。

 物も投げない。

 まして、手を上げるような男でもない。

 ただ、静かに人を遠ざける。

 それなのに、人は怯えている。

 その事実の方が、よほど不気味だった。



 二つの失敗を経て、数日が過ぎていた――


 証拠を押さえようとすれば、紙は燃やされ。

 従者へ手を伸ばせば、言葉は怯えに遮られた。


 じわじわと、手の届く範囲が狭まっていくような感覚だけが残った。

あのあみだくじの仕掛けだけが、頭の奥に重く残ったままだった。


 そしてその日――


 午後の陽が傾き始めた頃、ディアナはセレクト伯爵家の一室にいた。


 そこにはディアナとルネ、そして助言役としてフォースがいるだけだった。

 外の喧騒から切り離された静けさの中で、これまでの手詰まりを整理し、次にどう動くべきかを探っている。


 言葉を探すような沈黙が、しばらく続く。

 先に口を開いたのはディアナだった。


「行きましょう」


 フォースが顔を上げる。


「どちらへ?」


 彼女は迷わず言った。


「マジスタ・リュージョンのところへ」


 フォースが静かに視線を上げる。


「彼女が、すべてを仕組んでいると?」


「そこまでは分からないわ」


 ディアナは首を振った。


「むしろ、そうとは限らないでしょう。ハーバルが一人で空回りしているだけかもしれない」


 あの男なら、それもあり得る。

 “彼女を守るため”という顔で、誰にも頼まれていないことを、勝手に積み重ねていても不思議ではない。


「けれど………」


 彼女は小さく息を吸った。


「このことについて、マジスタが何も知らない――それは、さすがに考えにくいわ」


 病弱を装うこと。

 医師の報告。

 繰り返される見舞いの呼び出し。

 どれも、彼女の意思なくしては成り立たない。


「彼女がどこまで知っていて、どこまで望んでいるのか。それを確かめたいのです」


 フォースの目が、わずかに細められた。

 試すようでいて、どこか満足げな視線だった。


「――行ってみましょうか……」


「ええ――」


 その返事は短かった。

 けれど、今までの「選ばされる肯定」とは違っていた。


 ディアナは息をひとつだけ吐く。


「もう、遠回りは嫌ですから」


 あみだくじの前で繰り返してきた選択。

 紙の上でしか決められなかった自分。

 それを思い出すたびに、胸の奥に小さな苛立ちが残っていた。


 ――今度は違う。

 誰の仕掛けかも、誰の意志かも、もう曖昧なままにはしない。


「せめて、その想いが誰のものなのかだけは……本人の口から聞きたいわ」


 その言葉が落ちた瞬間、ようやく空気が変わった。


 ディアナは立ち上がる。

 呼吸を整え、迷いの余韻ごと椅子から離れた。


「本人に、直接聞きに行きましょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ