第二章 仕掛けの痕跡 第二話
最初の作戦は、単純だった。
証拠を押さえること。
それだけでよかった。
あみだくじの仕掛けを見破り、その痕跡を持ち帰る。
もし透明な線のようなものが残っていれば、それで十分だった。
そうすれば、すべては終わるはずだった。
だが、その考えはあっさりと潰された。
その程度のことを、ハーバルが見落とすはずもなかった。
結果が出ると、ディアナは何気ない顔で紙へ手を伸ばした。
あくまで自然に――
ただ、結果を片づけようとしているだけ――そう見えるように。
けれど、その指先に、もう一つの手がそっと重なる。
「それは、こちらへ」
穏やかな声だった。
ハーバルは紙を取り上げると、何でもないことのように立ち上がり、そのまま暖炉へ歩み寄った。
そして、迷いなく火の中へ放る。
白い紙が炎を受け、ゆっくりと丸まっていく。
端から黒く焦げ、やがて形を失ってゆく様を、ディアナは黙って見つめていた。
「……燃やしてしまうのですか?」
思わずそう問うと、ハーバルは振り返った。
「験担ぎさ」
柔らかな笑みだった。
「外れくじは残さない方がいい。次は当たる――そう思えるだろう?」
◇
二度目は、人から探った。
ルネが、ハーバル付きの若い従者へ近づいたのだ。
少しばかりの金。
少しばかりの酒。
それで口が軽くなる者は、いくらでもいる。
そう思っていた。
けれど戻ってきたルネは、珍しく暗い顔をしていた。
「駄目でした」
「口が堅かったの?」
「いいえ」
ルネは首を振った。
「――怯えていました」
その言葉に、ディアナは小さく息を呑む。
「“ハーバル様は怒ると怖い”――そう申しておりました」
だが、ハーバルが声を荒げる姿など、彼女は見たことがない。
「……怒る?」
思わず聞き返すと、ルネは静かに頷いた。
「怒鳴られるわけでも、打たれるわけでもないそうです」
ルネは言いにくそうに言葉を選んだ。
「ただ……静かに笑って、『そうか』とだけおっしゃるのだとか」
ディアナは思わず眉をひそめた。
「それだけ?」
「はい。けれど、そのあとから少しずつ、任される仕事が減っていくそうです」
重要な用事から外され。
呼ばれる回数が減り。
やがて、誰もその者の名を口にしなくなる。
辞めたのだと聞く者もいる。
郷里へ戻ったのだと噂する者もいる。
けれど、本当のところを知る者は、誰もいないのだと。
――まるで、最初からそこにいなかったかのように。
ハーバルは怒鳴らない。
物も投げない。
まして、手を上げるような男でもない。
ただ、静かに人を遠ざける。
それなのに、人は怯えている。
その事実の方が、よほど不気味だった。
◇
二つの失敗を経て、数日が過ぎていた――
証拠を押さえようとすれば、紙は燃やされ。
従者へ手を伸ばせば、言葉は怯えに遮られた。
じわじわと、手の届く範囲が狭まっていくような感覚だけが残った。
あのあみだくじの仕掛けだけが、頭の奥に重く残ったままだった。
そしてその日――
午後の陽が傾き始めた頃、ディアナはセレクト伯爵家の一室にいた。
そこにはディアナとルネ、そして助言役としてフォースがいるだけだった。
外の喧騒から切り離された静けさの中で、これまでの手詰まりを整理し、次にどう動くべきかを探っている。
言葉を探すような沈黙が、しばらく続く。
先に口を開いたのはディアナだった。
「行きましょう」
フォースが顔を上げる。
「どちらへ?」
彼女は迷わず言った。
「マジスタ・リュージョンのところへ」
フォースが静かに視線を上げる。
「彼女が、すべてを仕組んでいると?」
「そこまでは分からないわ」
ディアナは首を振った。
「むしろ、そうとは限らないでしょう。ハーバルが一人で空回りしているだけかもしれない」
あの男なら、それもあり得る。
“彼女を守るため”という顔で、誰にも頼まれていないことを、勝手に積み重ねていても不思議ではない。
「けれど………」
彼女は小さく息を吸った。
「このことについて、マジスタが何も知らない――それは、さすがに考えにくいわ」
病弱を装うこと。
医師の報告。
繰り返される見舞いの呼び出し。
どれも、彼女の意思なくしては成り立たない。
「彼女がどこまで知っていて、どこまで望んでいるのか。それを確かめたいのです」
フォースの目が、わずかに細められた。
試すようでいて、どこか満足げな視線だった。
「――行ってみましょうか……」
「ええ――」
その返事は短かった。
けれど、今までの「選ばされる肯定」とは違っていた。
ディアナは息をひとつだけ吐く。
「もう、遠回りは嫌ですから」
あみだくじの前で繰り返してきた選択。
紙の上でしか決められなかった自分。
それを思い出すたびに、胸の奥に小さな苛立ちが残っていた。
――今度は違う。
誰の仕掛けかも、誰の意志かも、もう曖昧なままにはしない。
「せめて、その想いが誰のものなのかだけは……本人の口から聞きたいわ」
その言葉が落ちた瞬間、ようやく空気が変わった。
ディアナは立ち上がる。
呼吸を整え、迷いの余韻ごと椅子から離れた。
「本人に、直接聞きに行きましょう」




