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選ばされた婚約者 〜あみだくじで婚約者を奪われ続けた伯爵令嬢は、ついに“当たり”を引く〜  作者: 猫が寝転んだ


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第三章 幕の向こう側 第一話

毎日14時10分更新いたします。



 マジスタ・リュージョンの屋敷は、王都の南、緩やかな丘陵の中腹にあった。


 子爵家としては標準的な規模でありながら、門から玄関へ至る石畳にはひび一つなく、季節の花々が途切れることなく咲き誇っている。丁寧に整えられたその庭は、家の主人が几帳面であることを物語っていたが、同時に、どこか息苦しいほどの整然さを帯びてもいた。


 訪問の名目は、慈善会の招待状を届けること。


 もちろん、それは口実に過ぎない。


 ディアナは馬車を降りる前に、手袋の指先をそっと撫でた。緊張しているときの癖だと、自分でも知っていた。


「顔色が硬いですね」


 向かいに座っていたフォースが、穏やかな声で言った。


「緊張していますね」


 フォースが静かに言う。


「そう見えます?」


「ええ。剣を抜く前の兵士のように」


「………励ましの言葉として受け取っておきますわ」


 わずかに笑い合うことで、空気が少しだけ整った。 そう言って微笑むその横顔を見て、ディアナは少しだけ肩の力を抜いた。


 彼は、こういう時に無理な慰めを言わない。

 それがありがたかった。

 自分でも意外なほどに。


  屋敷へ通され、応接間へ案内される。

  重厚な家具。深い色の絨毯。壁には代々の当主の肖像画。


 その中で、部屋の中央に置かれた長椅子だけが、妙に生活感を帯びていた。

 柔らかな毛布が掛けられ、傍らには整えられた薬瓶が並んでいる。


 それは本来の調度というより、「ここで休むことを前提とした場所」に見えた。



「ようこそ、お越しくださいました」


 扉が開いた直後、まずマジスタが一歩前に進み、静かに頭を下げた。

 その所作は丁寧で、貴族としての礼を崩していない。


「マジスタ・リュージョンと申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 名乗りは簡潔だった。だが、過不足はない。

 ディアナとフォースもまた、それに応じて軽く会釈を返す。


「ディアナ・エルセインです」

「フォースと申します」


 短い交換だけで、形式的な挨拶は終わる。

 思っていたよりも、ずっと健康そうな娘だった。

 頬には血色があり、立ち姿にも揺らぎがない。

 細身ではあるが、それは病弱というより生来の体質だろう。


 ただ一つ、彼女の目だけが印象的だった。


 深い青。

 水底のように静かで、何を映しているのか読み取れない。


「ご体調のほうはもう……?」


「……私のことは、病弱だとお聞きになっているのですよね」


 マジスタはそう言って、小さく笑った。


 ディアナは慎重に言葉を返した。


「……はい。そう伺っております」


「私は、病人に見えるでしょうか?」


 逆に問われ、ディアナは一瞬言葉を失った。


「……いいえ。正直に申し上げれば」


「でしょうね」


 マジスタはあっさりと頷いた。


「皆さま、そうおっしゃいます」


 その声音には、皮肉も自嘲もなかった。

 ただ、飽きているように聞こえた。


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