第三章 幕の向こう側 第一話
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マジスタ・リュージョンの屋敷は、王都の南、緩やかな丘陵の中腹にあった。
子爵家としては標準的な規模でありながら、門から玄関へ至る石畳にはひび一つなく、季節の花々が途切れることなく咲き誇っている。丁寧に整えられたその庭は、家の主人が几帳面であることを物語っていたが、同時に、どこか息苦しいほどの整然さを帯びてもいた。
訪問の名目は、慈善会の招待状を届けること。
もちろん、それは口実に過ぎない。
ディアナは馬車を降りる前に、手袋の指先をそっと撫でた。緊張しているときの癖だと、自分でも知っていた。
「顔色が硬いですね」
向かいに座っていたフォースが、穏やかな声で言った。
「緊張していますね」
フォースが静かに言う。
「そう見えます?」
「ええ。剣を抜く前の兵士のように」
「………励ましの言葉として受け取っておきますわ」
わずかに笑い合うことで、空気が少しだけ整った。 そう言って微笑むその横顔を見て、ディアナは少しだけ肩の力を抜いた。
彼は、こういう時に無理な慰めを言わない。
それがありがたかった。
自分でも意外なほどに。
屋敷へ通され、応接間へ案内される。
重厚な家具。深い色の絨毯。壁には代々の当主の肖像画。
その中で、部屋の中央に置かれた長椅子だけが、妙に生活感を帯びていた。
柔らかな毛布が掛けられ、傍らには整えられた薬瓶が並んでいる。
それは本来の調度というより、「ここで休むことを前提とした場所」に見えた。
「ようこそ、お越しくださいました」
扉が開いた直後、まずマジスタが一歩前に進み、静かに頭を下げた。
その所作は丁寧で、貴族としての礼を崩していない。
「マジスタ・リュージョンと申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
名乗りは簡潔だった。だが、過不足はない。
ディアナとフォースもまた、それに応じて軽く会釈を返す。
「ディアナ・エルセインです」
「フォースと申します」
短い交換だけで、形式的な挨拶は終わる。
思っていたよりも、ずっと健康そうな娘だった。
頬には血色があり、立ち姿にも揺らぎがない。
細身ではあるが、それは病弱というより生来の体質だろう。
ただ一つ、彼女の目だけが印象的だった。
深い青。
水底のように静かで、何を映しているのか読み取れない。
「ご体調のほうはもう……?」
「……私のことは、病弱だとお聞きになっているのですよね」
マジスタはそう言って、小さく笑った。
ディアナは慎重に言葉を返した。
「……はい。そう伺っております」
「私は、病人に見えるでしょうか?」
逆に問われ、ディアナは一瞬言葉を失った。
「……いいえ。正直に申し上げれば」
「でしょうね」
マジスタはあっさりと頷いた。
「皆さま、そうおっしゃいます」
その声音には、皮肉も自嘲もなかった。
ただ、飽きているように聞こえた。
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