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口だけ勇者 ~剣も魔法も使えないので、言葉だけで異世界をひっくり返す~  作者: はなたろう
第2章 王都グランゼル

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第45話 流通革命

 新星商店、王都店の二階。

 一階の扉は閉じられ、昼間の喧騒は嘘のように引いていた。通りに面した雨戸を固く閉ざし、分厚いカーテンまで引いた室内には、一日分の七星香の残り香だけが、ねっとりと宙に澱んでいる。テーブルの真ん中に置かれたランプの炎が、じり、じりと不規則に揺れていた。


 その頼りない光に照らされているのは、無造作に放り出された分厚い麻袋。

 中身は、王城で国王グランゼルから下賜された大金貨の山だ。「羽を休めよ」という白々しい言葉と一緒に渡された、俺たちをこの街に縛り付けるための鎖。

 けれど、長テーブルを囲む五人の目に、王の威光に怯えるような色は欠片もなかった。


 集まったのは、ノクト、リーシャ、ミレナ。そして、監視の目を掻い潜り、裏口から合流した獣人戦士のガラン。部屋の隅に巨体を沈める彼もまた、静かに俺の言葉を待っている。

 俺は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 昨日、この店に入った時の光景が、まぶたの裏に焼き付いている。


 カウンターでは、湯気を立てる七星香の串焼きとスープが客の腹を満たしていた。そしてその脇には、リーシャ自身が目利きしたという雑貨の棚が、控えめに、しかし過不足なく並んでいる。旅人が思わず手を伸ばしたくなるミレナの石鹸、安価な手拭い、蝋燭、麻紐、香袋、革紐の補修材――。客は熱々の昼飯を頬張りながら、ついでにと棚の品を物色し、買っていった。


 それは――俺の前世の言葉でいうなら。

 イートインスペース付きの、ミニコンビニそのものだった。

 俺は、リーシャに一度もこの「形」を教えていない。ルインでは商品が売れやすくなるための工夫だけは教えた。

「滞在時間が客単価を押し上げる」だの、「ついで買いを誘発する動線設計」だの、そんな前世の知識は欠片も渡していない。


 ルインから王都へ馬車を走らせる中、リーシャはたった一人、客の流れと商人たちの習性を考察し続け、自分の頭でこの解答に辿り着いていたのだ。

 胸の奥で、何かが静かに沸き立つ感覚があった。

 理屈と数字で武装した俺の隣に、現場の肌感覚だけで「正解」を引き当てる商人がいる。


 リーシャの只ならぬ商人としての資質。

 いずれ、俺の想定する盤面の何枚も先まで、彼女は勝手に駒を進めてくるだろう。


「これが、盤面を引っくり返すための初期戦略だ」


 俺は麻袋を乱暴に脇へ押しやり、昨夜一睡もせずに書き殴った羊皮紙の束を広げた。

 喉が、カラカラに乾いていた。

 これからやろうとしていることは、一つの国家を内側から食い破る狂気の沙汰だ。

 前世でコンサルタントとして何十社もの経営再構築を企画してきた俺にとっても、これほどの規模は初めてだった。手のひらにじっとりと汗が滲む。


「王様は、この金で俺たちを骨抜きにするつもりだ。なら、ありがたく使わせてもらう。王国システムを内側からひっくり返すための、極上の『種銭』としてな」


 乾いた唇を舐め、羊皮紙に引いた歪な図式を指で叩く。

「計画は三段構えだ。一つ目、フランチャイズ方式の確立」

「……ふらんちゃいず?」

 ノクトが、怪訝そうに眉をひそめた。


「俺たちの看板を貸して、商売のやり方を共有する仕組みだ」

 ペンを取り、図を描き足していく。


「まず、加盟店の屋号は、すべて『セブンセブン』で統一する」


「せぶんせぶん……?」

 ノクトが目を瞬かせた。


「朝七時から夜七時まで、ぶっ通しで店を開け続ける。だからセブンセブンだ。揃いの看板を必ず掲げさせて、王都中の路地に『あの看板を見れば、いつでも飯と日用品が揃う』って認知を、強引に植え付ける」


「加盟するための初期費用は。同じ色、同じ大きさの『看板代』のみだ。限りなくタダに近づける。資金繰りに首を絞められている中小の店主たちが、思わず飛びつきたくなるくらいにな」


 参入障壁を徹底的に壊す。だが、甘い汁だけを吸わせるつもりはない。


「条件として、うちの主力になる『七星香』を使ったプライベートブランド商品は、加盟店でしか扱えない契約にする。それと、もう一つ」


 俺はリーシャに視線を投げた。


「加盟する店主には、必ずこの本店で三日間の研修を受けさせる。商品の並べ方、声の張り方、釣り銭のさばき方、客との呼吸――リーシャがこの店でやってきた全部を、頭に流し込んでもらう。どの『セブンセブン』に入っても、客は同じ体験ができる、その一点だけは、絶対に崩させない」


 言い切ったが、リーシャは、すぐには口を開かなかった。

 ランプの炎が、彼女の頬の輪郭を不規則に舐めている。指先がテーブルの木目を、こり、こり、と爪の腹で削っていた。短くない沈黙だった。


「ねえ、ゼン。あんたの計画、抜けてるとこが、あるわよ」


「あんた、さっき自分で言ったわよね。『どの セブンセブンに入っても、客は同じ体験ができる』のが看板の命綱だって」

「ああ」

「逆を言えば、よ。加盟店たった一軒が手を抜いただけで、全店の看板が一気に腐るのよ。腐ったスープを出した店が一軒あれば、客は『セブンセブンのスープは腐ってる』って覚える。王都の端から端までの加盟店が、まとめて巻き添えで死ぬ。看板が共通だから、評判も共通になる。連帯責任よ」


 俺は息を呑んだ。

「そして——」


 彼女は、俺を真っ直ぐ見据えた。

「すべての店主が研修通りに律儀に商売すると思う?  食材の鮮度を一日サバ読んだり、釣り銭をくすねたり、棚の並べ方を半日でやめたり——間違いなくやるわよ。あんた、そういう連中の手抜きで、王都中の『セブンセブン』の看板を、自分の手で殺すつもり?」


 部屋が、静まり返った。

 ノクトが小さく口笛を吹き、ガランは興味深そうに耳を立てた。ミレナだけが、テーブルの上に視線を落としたまま、わずかに眉を寄せている。

 俺は、喉の奥で唸った。

 前世のフランチャイズという「型」の効率性に酔っていた。前世のオーナーたちは十分な教育を受けて、契約の概念も理解していた。

 しかし、この世界の商人は、そこまでの民度に達してないことを見落としていた。

 数秒、目を閉じた。

 計画の骨格は崩さない。だが、肉のつけ方を間違えていた。

 

「……お前の言う通りだ」

 俺は羊皮紙のフランチャイズの図に、ペンの腹で太い斜線を引いた。

 

「研修は、三日連続じゃない。半日ずつ、六回に割る。本店から研修担当を加盟店に派遣して、店を開けたまま、客の波の合間に叩き込む。教科書じゃなく、客の前で覚えさせる。店は一日も閉めさせない」


「……現場で?」

「そのほうが速い。リーシャがこの店でやってきた動きは、結局、机の上では再現できない類のものだろう」


 彼女は、軽く目を見開いた。

「それと、加盟料の仕組みを二段構えにする」


 俺は、羊皮紙の余白に新しい項目を書き殴った。

「看板代は今まで通り、ほぼタダ。だが、それとは別に『預託金』を取る。半月分の売上を目安にした、相応の金額をな」

「預け金?」

「そうだ。基準を守って営業を続けている限り、毎月一定額を、店主に割り戻していく。一年も真面目にやれば、預け金は完全にゼロに戻る。長く続けるほど、実質タダになる仕組みだ」

「で、基準を破ったら?」

「没収。看板も剥がす」


 ペンの先で羊皮紙を叩く。


「定期的に、本部から覆面の調査員を加盟店に流す。客のフリで入って、商品の状態と接客を抜き打ちで採点する。基準を割った店は、まず警告。次は預け金の一部没収。三度目で、看板を引き剥がす。フランチャイズってのは、店を増やす仕組みであると同時に、腐った店を切り捨てる仕組みでもある。後者が抜けていた」


「……なるほどね」

 リーシャは、目を細めた。それから、口の端を皮肉な形に持ち上げた。


「預け金の仕組み、それ、もう一つの効果も狙ってるでしょ」

「気づいたか」

「半月分の売上なんて、いい加減な店主には絶対用意できない。出せた店主は——少なくとも、半月分は寝かせる体力がある、まともな商売人ってこと。看板代をタダにして広く呼び込んで、預け金で本気の店主をふるいにかける。研修の修正で取りこぼしたまともな店主を引き寄せて、預け金で品質を担保する。私が指摘した二つの穴を、二つの仕組みで塞ぎにきたわけね」

「悪いか」

「……いいえ」


 彼女は、ふっと息を漏らして笑った。


「あんた、人を縛る仕組み考えるの、本当に得意ね」

「お行儀のいい結論だろ」

「最高の褒め言葉ね、それ」

「決まりだな。今の話で出た雑貨の一括仕入れ、そのままお前に任せる」

「あたしが?」

「お前の目利きで、王都の中小問屋を片っ端から当たって、まとめ買いする。買い付けた品はうちの倉庫に積み上げて、各加盟店に卸す。手拭いも蝋燭も麻紐も――一店ずつ別々に仕入れていたら、ギルドや問屋の言い値で買わされて終わりだ。だが、数百店分まとめて買い叩けば、仕入れ単価は劇的に下がる」


「ふふん。値切り倒せる相手が、一気に増えるってわけね」


 リーシャの瞳に、商人らしい獰猛な光が宿った。


「いいわよ、任せて。問屋連中の喉元、片っ端から踏んでやる」


「既存の連中が躊躇しないよう、最初のうちは加盟店側に利益が落ちるように設定する。まずは王都中に『セブンセブン』の看板をばら撒く。面を制圧するんだ」


 息を一つ吐き出し、指を二本立てる。


「二つ目。その主軸となる商品は、七星香を効かせた携帯食と保存食だ。貴族向けの仰々しい料理じゃない」


「日持ちして、軽くて、そのまますぐに腹に詰め込めるもの。ターゲットは、冒険者、行商人、傭兵……毎日この王都を出入りする、数万の『移動者』全員だ」


 ミレナにそっと顔を向けた。

「それらの開発と製造は頼んだぞ」


「私に任せて」

 ミレナが、感情の読めない声で答えた。


「保存性と味を両立させる加工の術式は、ルインで済ませてある。大量生産のための魔導設備も、今日、王立魔導院に出入りしている素材商に当たりをつけてきた。郊外に工場を一つ建てれば、十分回せるはず」


「量産化の手法については別途教える」


「分かった」


 重く息を吸い込む。

「そして、三つ目。これが本命だ」


 部屋の空気が、さらに一段階冷え込んだ。


「流通網を、俺たちの手で独自に構築する」


 王都の精緻な地図を指でなぞる。


「現在の物流は、ギルドや貴族が囲っている大型の馬車が頼りだ。だが、あんなものは金も税もかかる上に、この入り組んだ路地じゃ使い物にならない」


 俺は、ガランのほうへ視線を向けた。


「代わりに、俺たちは『小型のリヤカー』を大量に導入する。工場から各加盟店へ、血管のように細かく、素早く商品を流し込む」


「リヤカーね。確かに馬よりは安上がりだけど……誰が引くのよ、それ」

 リーシャの真っ当な疑問。


 俺は、部屋の隅に立つ琥珀色の瞳を見つめ返した。

「王都で、奴隷としてこき使われている獣人たちだ。彼らを、正規の労働者として雇い入れる」


 王都の門をくぐった日。排水溝の汚泥を素手で掻き出させられ、鞭で打たれていた獣人の少年の細い背中が、網膜の裏に焼き付いて離れない。


「奴隷は、隙あらば手を抜く」

 あえて、身も蓋もない事実を口にした。


「鞭で叩かれているうちは動くが、止まれば休む。当たり前だ。だが……正当な対価を払えば、彼らは自分の生活と腹を満たすために必死に走る。獣人の脚力なら、馬車より確実に早く、小回りが利く。コストは下がり、機動力は上がり、彼らの生活も底上げされる」


 ただの慈善事業じゃない。

 獣人たちに金を持たせ、経済力という武器を与える。それは、彼らを安い使い捨ての道具として扱ってきた貴族たちの足元を、根本から叩き割るという宣戦布告だ。


「……いいだろう」

 沈黙ののち、ガランの重低音が床を震わせた。


「俺が工場の警備と、獣人たちをまとめる頭になろう。不当に扱われている同胞を集める。お前の言う『対価』が、本当にあいつらの命を繋ぐのなら……俺が責任を持って束ねてやる」


「頼む」

 俺は深く頷き、全員の顔を見渡した。


「リーシャは資金の管理、加盟店との交渉、そして雑貨の一括仕入れと倉庫の差配。ノクトは裏のルートで、既存の商店の弱みや金回りの情報を吸い上げろ。ガランは物流網の統括。ミレナは工場の準備と製造だ」


「で、お前はどうすんだよ」

 ガランが牙を剥き出しにして笑う。


「俺は、全体の盤面を俯瞰する。そして……王城の連中には、『もらった大金で、毎晩遊び歩いている』と見せかけ続ける」

 自然と、口の端が歪な形に吊り上がった。


「飼い殺されているフリをしながら、王の金で、王の足元を食い破る。ゼクス王子やあの国王が異変に気づいた時には……王都の血流は、完全に俺たちが握っている」


「最高ね」

 リーシャが両手をテーブルに叩きつけ、身を乗り出した。

「王様の金で、この街を丸ごと乗っ取る。商人冥利に尽きるじゃない。……やってやろうじゃないの!」


 俺たちが仕掛ける流通革命の足音が、心臓の鼓動のように激しく鳴り響いていた。


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セブンセブンってwww セブンイレブンって最初から24時間営業だよね?なんでだろう?
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