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口だけ勇者 ~剣も魔法も使えないので、言葉だけで異世界をひっくり返す~  作者: はなたろう
第1章 「口だけ勇者」誕生

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第24話 口だけ勇者

 暗闇の中で、ふわりと、頭を包み込むような柔らかい感触があった。


(ああ、また死んだか)


 なんだか、すごく心地がいい。

 あの白い空間で、女神様が膝枕でもしてくれているんだろうか。

 次は「痛覚無効化スキル」でも要求してやろう。

 そんな的外れな計算が頭をよぎった、その時。


 ぽたり。

 頬に、温かい雫が落ちた。


 鉛みたいに重いまぶたを、無理やり押し上げる。

 ぼやけた視界がゆっくりと焦点を結ぶ。

 やはり女神か。

 いや、そこにいたのは、後光が差す金髪の女神様なんかじゃない。

 夜の闇みたいな黒髪と、涙でぐしゃぐしゃになった深い茶色の瞳。


「気が、付いた……! よかった、ほんとにっ!」


 鼻をすする無様な音。

 聖職者のイリアが、俺の顔を覗き込んでボロボロと泣いていた。

 どうやら俺は、彼女の膝で眠っていたらしい。


「……ゲートは」


 掠れた声で問うと、イリアは何度も、何度も首を縦に振った。


 視線を動かす。

 空き地を歪めていた不気味な黒い渦は、もうどこにもない。

 背中を焼いたはずの猛毒の痛みも、彼女の魔法のおかげか、嘘みたいに引いていた。


 代わりに転がっていたのは、小山のような肉塊だ。

 数分前まで俺たちを蹂躙していた、フロッグマン・ロードの成れの果て。

 致命的なガス爆発を防ぐため、レオンには「必殺技禁止」というふざけた縛りを科した。

 結果はどうだ。

 あいつは純粋な剣の踏み込みだけで、あの分厚い脂肪の装甲を切り裂き、急所だけを的確に突き刺した。

 無数に空いた刺し傷から、体内のガスがしゅうしゅうと情けない音を立てて抜けていく。


 理不尽なまでの身体能力。

 バカバカしくて、思わず口の端が吊り上がる。


「……きっちり、守り抜いたみたいだな」


 いつもの憎まれ口を叩いて身を起こす。

 イリアは袖で乱暴に涙を拭って、呆れたように、でも心の底から安堵したように笑った。



     ◇



 広場へ戻ると、そこはもう別の世界のようだった。


 あちこちにエレーヌの氷結魔法の跡が、薄っすらと白い霜を引いている。

 ガランがなぎ倒した魔物の残骸。

 俺が火炎魔法を徹底的に禁じたおかげで、黒焦げになった家屋はない。

 街は、生き残っていた。


 最前線で戦った防衛隊からは、血の匂いがする。

 それでも。

 逃げ遅れた市民たちの中に、動かない者は一人もいなかった。


 一般人の死者、ゼロ。

 あの絶望的な盤面から引きずり出した、奇跡みたいな戦果だ。


「怪我をしている方はこちらへ! すぐに診ます!」


 広場に着くや否や、イリアが人だかりの中へ飛び込んでいく。

 地面にへたり込んで天を仰ぐ男。

 泥だらけの子供を抱きしめて号泣する母親。

 喧騒。熱気。生きている人間たちの、むせ返るような匂い。


 人混みから少し離れた壁際。

 冷たい石積みに背中を預け、俺は細く、長く息を吐き出した。

 張り詰めていた糸が、少しだけ緩む。


 その時だ。

 包帯を巻かれていた一人の男が、ふと俺を見て呟いた。

 俺のハッタリに屈して、一番最初に荷馬車をバリケードとして差し出した中年商人。


「あのコンサルタント……。剣も振らねえで、魔法も使わねえで……。本当に、口先だけでこの街を救いやがった」


 ぽつりとした呟きは、水面に落ちた雫みたいに波紋を広げた。

 誰かが、ふっ、と吹き出す。

 釣られるように、あちこちから声が上がり始めた。


「無茶苦茶な野郎だぜ。あの勇者様までアゴで使いやがって」

「ああ。……とんでもない、口だけ勇者だ」


 口だけ勇者。

 誰かが言ったその言葉が、熱を帯びて広場を伝播していく。


「俺たちの、口だけ勇者だ!!」

「口だけ勇者!」

「口だけ勇者!」


 最初はただの冗談だったはずの声が、うねるような歓声に変わって夜空を震わせた。


 元の世界なら名誉毀損で内容証明を送りつけるレベルのネーミングだ。

 けれど。

 チート能力も魔法の才能もない。ただのロジックとハッタリだけで生き延びた俺には、これ以上ないくらいお似合いの称号じゃないか。


 つい緩みそうになる頬を、コンサルタントの冷徹な仮面で覆い隠す。

 だが、それを完全に被り直すより早く。

 煤けた顔の見慣れた三人組が、目の前に立っていた。


「……無茶ばっかりして。本当に馬鹿なんだから」


 頬を汚したリーシャが、潤んだ目で俺をキッと睨みつける。


「でも。……あなたがいてくれて、本当によかった」


 屋根から軽い音を立てて降りてきたノクトが、ニシシと笑う。


「あんたの采配、悪くなかったぜ。俺の目利きは間違ってなかったな」


 ミレナも隣で、静かに首を縦に振った。


「ゼンがいなかったら、私たち、とっくに全滅してた。……ありがとう、ゼン」


 ——あなたがいてくれて、よかった。


 そのありふれた言葉が。

 胸の奥の、ずっと昔から凍りついていた場所を、容赦なく撃ち抜いた。

 呼吸が、うまくできない。


 前世の俺は、誰にも必要とされていなかった。

 どれだけ完璧な事業計画書を組んでも、組織という巨大な機械の、代替可能な小さな歯車でしかなかった。

 死ぬ間際でさえ。

 『誰かの役に立ちたい』なんて、財布の中の臓器提供意思表示カードにすがるしかなかったじゃないか。


 ああ。俺はずっと、この言葉が欲しかったんだ。


 ここにいてもいい。

 俺という存在の計算式が、誰かの明日を繋ぐための、確かなピースになった。


 視界が、急激にぐにゃりと歪んだ。

 目の奥が熱い。

 前世でも今世でも味わったことのない、バグみたいな感情がこみ上げてくる。

 喉の奥がヒクついて、奥歯を強く噛み締めた。


「……おいおい、泣いてんのか? 冷徹なコンサル先生よぉ」


 ノクトの茶化す声に、俺は弾かれたように顔を背ける。

 近くの樽に置いてあった誰かの木のジョッキをひったくり、乱暴に喉に流し込んだ。

 ごくり、ごくりと鳴る喉仏。

 冷たい水が胃に落ちていく感覚だけが、熱を持って震える視界を、ほんの少しだけ誤魔化してくれた。


     ◇


 その夜。

 新星商会の根城にしている宿の食堂は、耳が痛くなるほどの喧騒に包まれていた。


 テーブルにはありったけの肉とエールが並び、むさ苦しい商人たちが肩を組んで音程の外れた歌を歌っている。

 リーシャはすでに出来上がって笑い上戸になり、ミレナはマイペースにスープを啜る。ノクトはどさくさに紛れて、一番高そうな肉を自分の皿に確保していた。

 視線を移せば、勇者レオンが商人たちに揉みくちゃにされて困り果て、エレーヌが呆れたようにジョッキを空にしている。

 目が合うと、イリアがふわりと優しく微笑んだ。


 うるさくて、酒臭くて。

 ひどく、温かい。


「ゼン! 何一人で黄昏てんのよ、ほら、飲むわよ!」


 ドンッ、と荒っぽくジョッキを押し付けられる。

 俺は小さく息を吐いて、肩をすくめながらそれを受け取った。


 弾けるような笑い声の渦。

 そのど真ん中で、俺はジョッキを高く掲げる。


 この馬鹿みたいに騒がしい日常を維持するために。

 明日からはまた、吐き気がするほど山積みの帳簿整理と、街の再建計画が待っている。


 まあ、それでも。

 今日くらいは、この安酒に酔ってやるのも悪くない。

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