第20話 最強で最悪の勇者一行
第20話 最強で最悪の勇者一行
「勇者様だ! 勇者様一行が来てくださったぞ!」
狂喜の叫びが、朝の冷たい空気を震わせた 。
さっきまで死の恐怖に顔を引きつらせ、硫黄と薬草の煙にむせていた商人たち 。
彼らが次々と、汚れた石畳に膝をつき始める 。
擦りむいた手で強く指を絡ませ、ボロボロと涙を流しながら、開かれた門の向こうへ祈りを捧げていた 。
眩い白銀の光の中からゆっくりと輪郭を現したのは、四人の男女 。
先頭を歩く青年は、絵本をそのまま破って出てきたみたいだった 。
朝日を弾く黄金の髪 。傷一つない白銀の鎧 。
整いすぎた造作は、人間というより精巧な彫刻を思わせる 。
勇者、レオン 。
「安心したまえ。我々が来たからには、何の心配も無い!」
よく響く、淀みない声 。
だが、俺の目には彼の頭上に浮かぶ無機質な文字列だけが、不気味に瞬いて見えていた 。
【絶対正義】【倒すのみ】【被害無視】
正義、は百歩譲って分かる 。
だが、被害無視で倒すのみってなんだ 。
倒せればプロセスはどうでもいいのか?
背後から、地鳴りのような足音が続く 。
見上げるほどの巨躯を持つ獣人の戦士、ガラン 。
二メートル半はあろうかという分厚い筋肉の鎧 。
俺の背丈ほどの無骨な大盾を紙切れみたいにぶら下げ、腰の剣はおもちゃの短剣にしか見えない 。
彼の頭上には、【暴力依存】【自責の念】
と、ひどく矛盾したアイコンが張り付いていた 。
彼らは祈る住民たちに視線すら向けず、魔物と俺たちを隔てるバリケードへとズカズカ歩み寄る 。
「チッ、邪魔な壁だ。排除する」
低い獣の唸り声 。
ガランの大盾が、俺たちの命を繋いでいた壁の内側へ、容赦なく叩きつけられた 。
バキィッ!バキバキバキ!
鈍い破壊音 。
必死に組み上げた防衛線が、ただの木屑になって宙を舞う 。
「なっ……何をしてるの! それは商人の、みんなの財産よ!!」
リーシャの悲鳴 。
だが、そんなものは勇者の声にあっさりと塗り潰された 。
『ブレードスラッシュ!!』
レオンの聖剣から放たれた光の刃が、迫るフロッグマンを一気に両断する 。
――止まらない。
光の刃は勢いを殺すことなく直進し、射線上にあった商店を、在庫商品もろとも綺麗に吹き飛ばした 。
祈っていた商人たちの顔から、さぁっと血の気が引いていく 。
「えっ……?」
「う、嘘だろ……」
「魔物は倒した。勇者の務めゆえ、礼は要らぬ」
レオンの顔には、微塵の悪びれもない 。
アイコンの通りだ。自分の信じる正義を遂行できれば、周囲の被害なんて全く見えていない 。
「おい! 今の一撃で商店が一軒吹っ飛んだぞ! 街を守るはずが、自分で壊してどうするんだ!」
俺の怒鳴り声も、彼らの耳にはノイズでしかないらしい 。
無視して一歩前に出たのは、三人目 。
濃紺のローブから妖艶な肢体を覗かせる、銀髪の魔導師、エレーヌ 。
【感情排除】
彼女は、まとわりつく蝿を払うような無造作な手つきで杖を振った 。
杖の先で膨れ上がる熱 。
『ファイアーボール!』
「やめろ。そんなことをしたら……」
直後 。
鼓膜を突き破るような爆発音が、朝の街を激しく揺さぶった 。
ドグォォンッ!!
顔の皮膚が焼けるかと思うほどの熱風 。
着弾したフロッグマンの体液が爆発を起こし、市場の一角が一瞬にして地獄の火の海に変わった 。
「一匹ずつでは時間の無駄ね。効率的に掃討するわ」
燃え盛る炎を、エレーヌは氷のように冷たい瞳で見つめて言い放った 。
その背後 。
一行の最後尾から、十代後半とおぼしき黒髪の聖職者、イリアが静かに歩み出てくる 。
彼女の顔を見た瞬間、なぜか胸の奥がざわりと粟立った 。
理由が分からないが、彼女が纏う空気はあまりにも重く、息苦しい 。
【自己否定】【消えない罪】
こいつも、まともじゃない 。
こいつらが救世主? ふざけるな 。
俺の目には、街の経済価値も人々の生活も、一切のコスト計算を放棄した『歩く災害』にしか見えなかった 。
「レオン、あっちの巨大個体も一気に片付ける。広域爆破魔法を出すわ」
エレーヌの杖の先に、空間が歪むほどの禍々しい魔力が収束し始める 。
標的は、あのフロッグマン・ロード 。
あれだけの爆発物を抱え込んだ巨体に極大魔法なんか撃ち込めば、どうなる 。
街の半分が綺麗に消し飛ぶ 。
脳内で、最悪の数字が弾き出されていく 。
瓦礫の撤去費用、復興コスト、寸断される物流ネットワーク 。
被害総額は、天文学的な数字に跳ね上がる 。
これ以上、この街の『価値』を傷つけられてたまるか 。
言葉が通じない相手を止めるなら、方法は一つ 。
強制的に、交渉のテーブルへ引きずり下ろす 。
肺が痛くなるほど大きく息を吸い込み、俺は地を蹴った 。
膨れ上がる魔力の正面。エレーヌの目の前へと、全速力で飛び出していた 。




