カイルと合気道 (第80、81話)
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で起業する。ミナの賢さに気づいたブリア領主アンドリオンはミナを行政顧問に迎えた。ミナは、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。その第二段階として、外国商人が泊まれる高級宿の入札会を開催した。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
第80話 カイルと合気道
ミナは一人で先に若草宮に帰ってきた。
コブルーに長居するとアンドリオンに叱られる。あとはバラントンとセグリオに任せて条件を決めてもらい、交渉の場にまた出ることになるため、2日ほどの時間がある。
今日はカイルが稽古にやってくる。
指導を始めてから、すでに2か月が過ぎた。とはいえ、なかなか日にちが合わないので、週に一回くらいのペースなのだが。
すでに足運びを教えた。受け身もできる。「崩し」も教えた。今は一つ一つ丁寧に型を覚える段階だ。
ミナは長い髪をみつあみにして後ろに流す。そして、道衣と袴姿だ。
「うん、これを着ると昔の私に戻るみたい…」
黒い袴もどきのキュロットはミナのお気に入りになった。
冬の朝の光が高い窓から差し込み、空気はひんやりしている。
若草宮にカイルがやってくる。そして、玄関広間に絨毯を広げる。
絨毯は重いので、カイルが自分で敷くのだ。それは良い準備運動になった。体が温まってくると準備完了だ。
そして、ミナとカイルが向かい合って正座する。
「お願いします」
二人で頭を下げて礼をする。昔の道場の作法だ。そして、立ち上がり、向かい合う。
「今日は小手返しを教えるわ」
「こて……?」
「手首を返して崩す技よ。相手の力を利用するの」
カイルは腕を組んで首をかしげる。
「手首? 手首をつかんで倒すのか?」
「倒すんじゃないの」
ミナは一歩近づいた。
「あなたが倒れるの。突きを打ってきて」
「どこを?」
「どこでもいいわ。好きに打ってきて」
カイルは一瞬ためらう。
だがすぐ踏み込み、パンチを打つ。相手がミナなので、本気のパンチではないのだが。
ミナは半身でよけ、カイルの背中方向に一歩進む。すると、突きは外れて、その右腕の手首をミナの右手が掴む。彼が半回転する。
ミナはカイルの手の甲を親指で抑えて、腕を90度の角度にしたまま、彼の後ろ側に倒す。
次の瞬間、カイルの肘が上に上がり、体が崩れた。
「……!」
ドンッ。絨毯の上に背中から落ちた。
カイルはすぐ起き上がる。
「……何をした?」
「手首を抑えて、腕の向きを変えたのよ」
「え…」
カイルは腑に落ちない。
「もう一回」
カイルは踏み込み、今度は本気でパンチを入れた。しかし、ミナはそれを躱し、カイルの腕をつかむと、さっきと同じようにカイルの肘が上がり、身体が背中から倒れる。
今度は、ミナはカイルが静かに倒れるように、腕を持ったまま倒した。
カイルはしばらく動かなかった。それからゆっくり起き上がる。
「これ、クルムを倒した技だな」
「そうよ」
彼は自分の手首を見る。ほとんど力を感じなかった。
「……俺、押されてないよな」
「うん」
「引かれてもいないよな」
「そうね」
「なのに倒れた。なんでだ?」
ミナはにっこりする。
「それが合気道よ。ほら、見てて」
今度はスローモーションだ。カイルの腕を掴んで、突きをさせる。そして、それを避ける。カイルの手首を握る。その腕の掴み方を見せて、倒す角度を教える。
「関節は動く方向が決まってるの。逆らうと痛い。だから、技をかけられたほうは身を守ろうとして、勝手に体が動くのよ」
ミナはスローモーションでなんどもなんどもやってみせた。
「…今度はあなたがやってみて」
「俺がミナを投げるのか? そ、それは…」
「ゆっくりやってね。腕は離さないで倒して。私もちゃんと受け身のしかたを知っているから大丈夫。いくわよ!」
ミナはそう言って、カイルにパンチをする。
厚い胸板にパンチがぶつかる。
「あれ?!」
ミナは素っ頓狂な声を上げた。
「なんでよけないのよ?!」
ミナがあきれる。カイルはパンチを受けても微動だにしない。
「ちょっとミナの突きを受けてみたくなった」
そう言って、偉そうに胸をそらし、楽しそうに笑う。
「もう! バカなの?! 練習にならないじゃない!」
ミナは怒りながらもブハッと噴き出した。そのミナをカイルが抱きしめながら、二人で笑う。
「もう~、こんなことやっている場合じゃないわ。また投げ飛ばすわよ。ここは神聖なる道場なんだからね」
そう思っているのはミナだけだ。
ぷんぷんしながらカイルを放すミナを、彼は楽しそうに見て笑ってる。
「じゃ、罰としてもっと強く打つからね。よけなさいよ」
そう言って、バシンと強く突き出す。
カイルはそれを躱し、手首をつかみ、手の甲に親指を当てて、ひねろうとする。
「角度はこう」
そう言って、ミナは角度を教え、カイルがゆっくりとその方向に回すにしたがって、足を折って、ゆっくり倒れた。
「うん。そう。その角度ね」
「……できた」
ミナが起き上がる。
「しっかり覚えてね。型を覚えればいいの。一人でも稽古はできるわ」
「そうだな。でも…」
「なに?」
「相手が欲しい。思い切り投げられる相手」
「う~ん? ま、ふたりでやっているから…」
カイルは思い切り力を出したいのだ。ミナが相手では華奢すぎてどうしても遠慮してしまう。
「そうだ。ゾーイを呼んできていいか?」
「ゾーイを? でも、私、彼には教えないわよ」
「なんで?」
「だって、アンドリオン様にばれるもの。絶対に『やめろ』って言われるわ」
「そ、そうだな…」
「カイルが自分で考えた技だと言って、どこか別のところで誰かを練習相手にしなさいよ。その相手にあなたが教えるのはいいわ」
「わかった…。そうする」
そのうちカイルは誰かをみつけるだろう。
そのあと、何度も何度も小手返しを練習し、その日の稽古は終わった。
ミナとしてはとても平和で楽しい一日だった。
第81話 交渉の攻防
次の日、ミナとセグリオ、バラントンの3人は再び港湾局に集まる。これから応接室で業者たちを一人ひとり呼び、交渉をすることになっている。
まず、入札公告時に提示した条件は以下だ。
建設期限厳守
違反時土地没収
年次監査
港湾局検査権
非常時収容義務(戦争・疫病)
まず、これが守れるかという確認をする。
そのうえで、追加条件がある場合は提示する。それでも落札を希望するかを確認する。
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1番区画にモーカドール商会。
追加条件…両替商は施設のみで、開業の許可は今回の入札では与えない。それでも入札したいかどうかの確認。
2番区画にクッシャリエ商会。
追加条件…ヒーズリー教徒専用は良いが、バンサラー専用は許可しない。また、ヒーズリー教の公開布教は禁止。敷地内のみの宗教儀式を許可。また、教義とアラゴンキアの法が対立する場合は、アラゴンキアの法を受け入れること。それを確認。
3番区画にトガリア商会。
追加条件…軍事拠点は不可。私兵は10人以下。防衛の場合はコブルー港湾局長、あるいはアラゴンキア王に従うこと。港湾防衛協力の依頼を受け入れること。それを確認。
4番区画にコーハラル商会。
追加条件…大商人用の縦割り枠は4つまでにすること。縦割り枠内の治外法権は認めず、要請があれば港湾局警備兵の立ち入り検査を受けいれること。それを確認。
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まず現れたのはコーハラル商会だ。
セグリオが追加条件を述べる。
代表のボマンドは渋い顔で唸る。
「領事館代わりにされるという危険性は考えたこともございませんでした…。しかし、大商人は常に命を狙われる立場。その安全を確保するのは当然のこと。
それを4枠までとなると…想定しているうちの利益が大幅に減りますな。しかも立ち入り検査を受け入れるとは…。これでは機密漏洩が起こりかねません」
「もちろん、むやみやたらと立ち入り検査をするわけではない。それなりな事情がある場合のみである。書面命令付きだ」
セグリオが説明する。
「つまり、この宿は完全な主権下の施設ということですな」
「それは当然であろう。ここは自由都市といえども、ブリアであり、アラゴンキアである。どこの国の者が泊まろうと、外部の干渉を拒む建物は国家を拒む建物でもある。それは宿ではなく――拠点であろう」
セグリオとボマンドのにらみ合いだ。
入札会は戦いと同じ。うっかりすると、大失敗につながります…。
この4つの商会から、ミナの強い味方が…。
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用語集
ミナ … 主人公。MBAの知識を生かし、ブリア侯行政顧問として防衛のために自由港を作ろうとしている
アンドリオン … ミナが住むブリア領主
カイル … ミナを助けた冒険者。大商人バンリオルの私兵
クルム … カイルの住む村の村人
ゾーイ …ミナの護衛騎士
セグリオ… 王都から派遣された商務官
バラントン … ブリア領主から派遣された補佐官




